馬場秀和のRPGコラム 1999年10月号



『アジアン・ポップカルチャーな人々に学ぶ(前編)』



1999年10月9日
馬場秀和 (babahide*at*da2.so-net.ne.jp)
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 私たち夫婦の新婚旅行の行き先は香港だった。どうしても香港に行きたい、と
主張したのは配偶者の方で、旅行の手配やスケジュールは全て自分が担当すると
まで言う。ものぐさな私は「いいよいいよ、任せるよ」などと返事をして、本当
に彼女に全て任せてしまった。

 さて、香港に到着するや否や、配偶者はいきなりCDショップに駆け込んで、
音楽CDやら香港映画VCDを大量に購入したのだった。正確な枚数は今に至る
も不明だが、とにかく両手でも持ちきれない量で、私が半分持って二人でレジに
ディスクを積み上げたことを覚えている。レジのお兄さんはおろおろし、私たち
は店内中の客から好奇の視線を浴びることになった。会計が終了するまでたぶん
30分くらいかかったのではないか。

 その後も、彼女は、九龍と香港島の間をぐるぐる回りながら、あちこちのCD
ショップで「買い残し」のCD/VCDを買い漁っていった。不思議なことに、
何件回っても、必ず「買い残し」があるのだった。スーツケースはディスクだけ
で一杯になり、着替えその他を持って帰るために現地でもう1つスーツケースを
買うはめになった。結局、彼女の立てた「スケジュール」に含まれていたのは、
食べること、ディスクを購入すること、張学友のコンサートに参加すること、そ
れだけだった。

 帰国後、彼女はアジアン・ポップカルチャーの勉強にのめり込んだ。その真剣
さたるや、見ているこちらの方が怖くなるほどだった。毎日、帰宅してから寝る
までずっと「音声:広東語、字幕:北京語」なんていう香港映画を何本も観る。
(内容が分かるのかと尋ねると「何度も観ればおよそ分かってくる」などと言う)

 香港映画を観てないときは、香港や台湾のヒット曲を聴きながら、現地で購入
した新聞や芸能雑誌を(読めないので)眺めている。


**


 やがて彼女は「香港の言葉を勉強する」と言い出した。そして、中国は広東省
出身で日本に在住している先生を見つけて、本格的に広東語の勉強を始めたのだ。

 何しろ彼女は医療関係の忙しい仕事に就いているので、はたして長続きするか
どうか私は気がかりだったのだが、結果的には無用な心配だった。今では広東語
の会話も聞き取れるようになり、並行して北京語の通信講座にまで手を出してる
のだ。(さらに最近では「今、東アジア圏で音楽的に最先端を突っ走ってるのは
韓国」と口走るようになり、韓国語のテキストを眺めている)

 私たちはそれからも香港や台湾に何度も旅行したが、観光地を訪れる「時間的
な余裕」は一度もなかった。最近では旅行それ自体ではなく、「気に入った明星
のコンサートやイベントに参加する」という目的で現地に足を運ぶようになった。

 先日も、張恵妹(チャン・ホイメイ、アメイ)という台湾の女性歌手が香港で
コンサートを開催すると聞いて、私たちは仕事を(1日だけ)放り出して、香港
に駆けつけたのだった。


**


 そうこうしているうちに、私たちはアジアン・ポップカルチャーにハマってる
多くの人々と知り合いになった。彼らはみんな活動的で、好奇心旺盛で、明るく
て、気持ちのよい人ばかりだった。そして、誰もが「もっと、アジアン・ポップ
カルチャーを日本に広めなければ」という一種の使命感に燃えて仲間を増やそう
としていた。

 聞いてみると、彼らの共通認識はこうだ。

 ファンが増えれば、アジアン・ポップカルチャーの日本市場が広がる。市場が
広がれば、日本で公開されるアジア映画が増え、来日コンサートが増え、日本で
ビデオ化/DVD化される作品も増える。DVDなど、最初から日本語の字幕が
選択できるタイトルが増えたりする。さらに、日本市場に魅力を感じた向こうの
映画会社や音楽会社が日本のファン向けサービスを何かと強化してくれたりする
し、とにかく自分たちにとって非常にはっきりとした、大きなメリットがある。
だから皆で協力し合い、もっとアジアン・ポップカルチャーのファンを増やそう。

 とても明解である。そして、彼らの努力は実を結びつつあるのだ。

 5、6年前までは、日本で公開されるアジア映画といえばジャッキー・チェン
を別にすれば、ごく一部のカンフー映画くらいのものだった。それが今や、香港
や台湾の若手監督による最新作が年に10本以上は公開されるようになり、しかも
客の入りがよい。金城武(彼は日本国籍だが、もともとは台湾のアイドルだ)や
陳慧琳(ケリー・チャン)は日本でも人気スターになり、王菲(フェイ・ウォン)
のCDは、日本のヒットチャート入りを果たした。袁詠儀(アニタ・ユン)や、
舒淇(スー・チー)など香港・台湾の女優が日本のCMに登場することも珍しく
なくなってきている。

 今や、アジアン・ポップカルチャーのブームだと言われることさえある。それ
は、基本的には広告会社やレコード会社が仕掛けたものではなく、日本のアジア
ン・ポップカルチャーのファン達が何年もかかって作り上げた功績なのだと思う。


**


 さて、そろそろRPGの話にしよう。RPGも、ポップカルチャーの一種だ。
ならば、RPGファンが、アジアン・ポップカルチャーのファンの行動から学ぶ
べきことは多いのではなかろうか。何と言っても、彼らはほとんど何もないとこ
から自分たちの力で巨大な市場を作り上げたのだ。それを思えば、日本のRPG
市場の建て直しだって、RPGファンの力で何とかなるような気がするではない
か。


**


 今、日本のTRPG(テーブルトークRPG)人口は非常に少なくなっており、
しかも、減少傾向に拍車がかかっているような気がする。ひょっとして、絶滅の
危機に瀕しているのではないか、とさえ感じる。私は、今まで、ことあるごとに
「向上意欲、啓蒙活動、市場再建」と叫んできたが、なにしろ今のこの状況では、
ともあれまず仲間を増やすことを優先しないといけないのかも知れない。

 さて、ある集団が仲間を増やすには、大きく分けて2つのアプローチがある。
その集団に新たに入ってくる入門者の割合(人数/単位時間)を増やすか、ある
いはその集団から抜けていく脱退者の割合(人数/単位時間)を減らすか、だ。

 今まで私が「もうRPGには飽きた、と錯覚して止めてしまう人々をどうやっ
て減らすか」というテーマについて何度も書いてきたのは、要するに、脱退者の
割合を減らす方策を考えていたわけである。

 今度は視点を変えて、入門者の割合を増やす方策について考えてみよう。これ
について、アジアン・ポップカルチャーな人々から学んでみることにしたい。


**


 アジアン・ポップカルチャーな人々は、どうやって入門者を増やしているのだ
ろうか。我が配偶者に聞いてみたところでは、全ては、

    ・職場でもどこでも、とにかく人が集まって雑談するときには、必ずや
     アジアの明星(歌手、俳優、アイドル)のネタ、それも知識や興味が
     ない人でも思わず笑っちゃうような面白いネタをふってみること。

から始まるという。

 そういうネタをふっても反応がなければ、すぐにその話題は打ち切る。しかし、
もし興味を持って色々と尋ねてくる人がいれば、質問に親切に答えつつ、話題を
つなぐのだ。ここで大切なのは、

    ・私ってアジア芸能情報に詳しいでしょ、といった得意気な顔をしては
     いけない。

    ・周囲の話の流れを遮って強引に話をしてはいけない。

    ・とにかく他人を不快にさせることは御法度。

とのこと。

 しばらくアジア〜な話をした後で(長引かせるのも駄目)、最も有望な相手に
対して、

    ・じゃ、誰々(話題になった明星)のCD貸してあげましょうか?

とさりげなく切り出す。こう言われて断る人はまずいない。本気で期待してなく
ても「ありがとう」くらいのところには落ち着く。そして、次に会ったときに、
本当にCD(もちろん一般人をハメるべく厳選した“撒き餌”CD)を貸してあ
げるのだ。撒き餌CDが気に入ったようなら、これ幸いとばかり別のCDや芸能
雑誌(読まなくても楽しめるように、写真が満載されているものを選ぶ)を貸し
て次第次第にアジア漬けにしていく。ポイントは、相手が自発的に興味を持って
ハマってゆくよう仕向けることにあり、決して「さあ君もアジアン・ポップカル
チャーのファンになろう!」などと煽動してはいけない。(そういうことをする
と、相手は引いてしまって、二度と戻ってこない)

 で、ほどよく“下ごしらえ”できた頃合いを見計らって、コンサートか映画に
誘う。

 先日、香港の大物歌手の来日コンサートに夫婦で出かけたところ、我が配偶者
の職場の同僚が2人も来ていた。彼女はチケットをわざと2枚も余分に購入して
おき、それまでに“下ごしらえ”しておいた何人かの同僚に「チケットが余った
ので無料であげるから、一緒に行こう」などと声をかけまくったらしい。

 それからどうするのかと聞いたところ、「後は時間の問題」とのこと。


**


 まとめてみよう。仲間を増やすコツは次のような感じだった。


    ・まめにネタ出しする。とにかく数多くトライする。手応えがなくても
     決して落胆しない。根気が大切。数で勝負。

    ・無理をしない。話の流れを邪魔しない。無理な誘導は禁物。

    ・他人に不快感を与えない。優越感を顔に出したりしてはいけない。

    ・手応えを示した相手がいれば、少しづつ繰り返し気を引いて、相手が
     自発的に興味や好奇心を持つように導く。強引な勧誘は逆効果。

    ・相手がある程度まで近づいてきたところで、一緒にコンサートや映画
     に参加しようと誘う。


 書いているうちに気づいたが、これってナンパのコツと同じではないか。


**


 というわけで、読者であるあなたにも、前述したナンパのコツを大いに活用し、
RPG仲間を増やすことを試みてほしい。TRPGファン各人が、一般人(ここ
ではTRPGについて知らない、興味がない、普通の人々を指すことにしよう)
をそれぞれ1人づつこの道に引き込むだけで、日本のTRPG人口は一挙に2倍
になるのだ。

 さて、日本のTRPG界の明日のための、勧誘作戦その1。

 一般人と雑談するときには、さり気なくTRPG関連の話題を出すよう心がけ
る。心得は「まめにネタ出しする。とにかく数多くトライする。手応えがなくて
も決して落胆しない。根気が大切。数で勝負」だったね。

 なお、ストレートに「RPG」あるいは「テーブルトークRPG」という用語
を使うと、一般人はコンピュータRPGのバリェーションだと理解(誤解)し、
それで分かったような気になって興味を失う恐れが高い。むしろ「皆で集まって、
会話で進めていくタイプのテーブルゲーム」くらいの表現にしておいた方が、む
しろ好奇心を刺激して効果的だろう。

 ネタふりに対する手応えがなくても焦ってはいけない。その話題はそこで打ち
切り、また別の機会を待てばいいのだ。「落胆しない。根気が大切。数で勝負」
だ。


**


 それにしても、全く知らない人の興味を引くTRPG関連の話題というのは、
とても難しい。映画や小説の話題をふっておいてから、「こんど映画化されると
いうので話題になってる『指輪物語』だけどね、あれを題材にしたゲームがある
んだって。皆で集まって会話で進めていくタイプなんだけど・・・」という具合
に誘導したらよいのであろうか。

 はたまた「“メックウォリアー”新作、もうコンプリートした? あれの対人
ゲームがね、いやネットワーク対戦じゃなくて、テーブルを囲んで会話で進める
奴」とかいう感じでコンピュータゲームの方から話題をふるのが効果的だろうか。

 いずれにせよ、一般人が「へぇ、世の中にはそんなゲームがあるんだ」と興味
を持ってくれるような話題、ネタ、あるいは誘導方法というのは、中々の難問で
ある。こういうのこそ、ネットワークで皆の知恵を集めて解決すべきだろう。


**


 幸いにしてTRPGというものに興味を持った相手がいたとしても、次のコツ
を肝に銘じておくように。

    ・無理をしない。話の流れを邪魔しない。無理な誘導は禁物。

    ・他人に不快感を与えない。優越感を顔に出したりしてはいけない。

 喜びのあまり口角泡を飛ばす勢いでTRPGについてしゃべりまくってはいけ
ない。「TRPGというのはね」と偉そうに説明を始めたり、いきなり「まずは
一度プレイしてみよう」などと言い出すのはもっての他。何事も辛抱が肝心です。

 次のコツも忘れないように。

    ・手応えを示した相手がいれば、少しづつ繰り返し気を引いて、相手が
     自発的に興味や好奇心を持つように導く。強引な勧誘は逆効果。


**


 さて、興味を示してきた相手に対して、アジアン・ポップカルチャーな人々は
「じゃ、CD貸してあげようか」などと言うのであった。ところが、TRPGの
場合には、何を貸してあげると言えばよいのだろうか。これが次の難問だ。

 私がすぐに思いついたのは「ゲームブック」だが、現在では、ゲームブックは
軒並み絶版で、手に入らないのが問題だ。(私は、今でも『火吹き山の魔法使い』
とか『ソーサリー四部作』を大切に持っているが、他人に貸す気にはならない)

 次に思いつくのは「リプレイ本」だが、どうも適切なリプレイ本が、具体的に
思い当たらない。一般人の目から見てあまりにも幼稚あるいは軽薄で、そもそも
読んでもらえそうにない本。読んでもらったとしても、TRPGへの興味をかき
立てるどころか、げんなりさせてしまいそうな本。特にどれとは言わないが、ど
うも質の低いリプレイ本が多すぎるような気がする。


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 さて、いよいよ次の段階である。

    ・相手がある程度まで近づいてきたところで、一緒にTRPGをプレイ
     してみようと誘う。

 何人か“下ごしらえ”しておいた相手に、声をかけてみよう。ここで肝心なの
は、「他のプレーヤーも、TRPGは初めての(または慣れてない)人達ばかり
だから、緊張したり遠慮したりする必要はないからね」と言うことだ。本当は、
周囲がベテランばかりの方が入門者にとって良いと思うのだが、それでは相手は
引いてしまうだろう。

 そうやって、入門プレーヤーが3名ほど集まれば、あなたがゲームマスターと
なってTRPGセッションを開催するのだ。


**


 さて、初心者と入門者ばかりのセッションの場合、あなたがゲームマスターと
して気をつけるべきことは何だろうか。色々と気をつけるべき点はあるが、最も
重要なポイントは“悔しがらせること”ではないだろうか。これはつまり動機付
けの問題なのだが、初心者相手なのに、ここに注意を払わないゲームマスターが
多すぎるように思えるのだ。

 どういうことかというと・・・おっと、これについては次回に考えてみること
としよう。



馬場秀和
since 1962


馬場秀和が管理するRPG専門ウェブページ『馬場秀和ライブラリ』


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