馬場秀和のRPGコラム 2000年8月号



『これまでのはなし、これからのはなし』



2000年8月3日
馬場秀和 (babahide*at*da2.so-net.ne.jp)
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 というわけで2周年記念である。「馬場秀和のRPGコラム」の連載が始まっ
てから、2年が経過した。長く、辛く、しかしながら実り多き2年間だった。

 今回は特別編ということで、少し肩の力を抜いて、色々な思い出を、筆という
かキーのおもむくまま気楽に書いてみよう。


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 まず最初に、ここら辺で当初の目標を振り返ってみるのも悪くないだろう。

 そう、私は「馬場コラム」の連載を開始するときに、3つの目標を立てたので
あった。

 第1の目標は、とにかく優れたコラムを書くこと。前作である馬場講座を超え
るのは、まあ当然として、言語を問わず他の誰にも書けない素晴らしいRPGコ
ラム、前人未到にして空前絶後、末永く語り草になり、人類が生み出した不滅の
金字塔と後世に讃えられること間違いなし、内容・表現ともに有無を言わさぬ、
最高レベルの作品をものにする。これが最初の目標であった。

 第2の目標は、定期的に書くこと。具体的には、隔月に1本コラムを公開する。
半年で3本、1年で6本。どんなに辛くても、逃げないで書く。

 第3の目標は、継続的に書くこと。とりあえず、10本のコラムを完成させる。
それまでは絶対に放り出さない。歯を食いしばってでも書き続ける。

 それから2年が過ぎて、結果はどうだったか?

 まず、第1の目標は達成できた。第2の目標は、そう、かなり厳しかった。
正直に言うと、何度か締め切りに間に合わなかったこともある。が、とにかく、
最終的に2年できっちり12本のコラムを書き上げたわけだから、まずまず合格と
言えるだろう。もちろん第3の目標はクリアしたことになる。

 総合的に見て、満足すべき成果ではないだろうか。


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 ここでさらに過去にさかのぼり、馬場コラムのルーツについて書くことにする。

 今だから明かすが、馬場コラムの最初の12本に書いた内容の多くは、もともと
馬場講座(馬場秀和のマスターリング講座)の「第4章:ヒューマン・アフェア」
に書く予定だったものなのだ。

 元々の構想では、4章のテーマは「いわゆる“問題プレーヤー”への対処」に
なるはずだった。キャラクタープレーヤー、パワープレーヤー、たこつぼプレー
ヤー、お地蔵さんプレーヤーなどなど様々な問題プレーヤーの類型を取り上げ、
そのどこが問題なのかを論じる。そして「これらのプレイスタイルが問題なのは、
セッションがうまく進まないことではなく、他の参加者に迷惑をかけることでも
ない。そんなことは瑣末な点だ。これらのやり方でTRPGをプレイしても、何
ら技量向上に結びつかない、ということこそが真の問題なのだ」という結論に向
かう、はずであった。

 しかし、講座を連載しているうちに「早く“終章”を書きたい。いや、早く書
かないと手遅れになる」という焦りが生じ、とりあえず4章をカットして、筆を
先に進めてしまった。講座から4章が欠落しているのは、そういうわけだ。

 もちろん、連載開始時に示した講座の全体構成(目次)には4章とそのタイト
ルも入っていたわけで、十分に注意深い読者なら連載途中で4章が欠落したこと
に気づくのは可能だった。が、まさか、そんなことに気づく人はいないだろうと
思って、私は4章カットの件については黙っていた。

 それなのに、誰だったか「4章はどうなったのですか」という質問を出してき
た人がいた。これには驚いた。世の中には、注意深い人もいるものだ。困った私
は、とりあえず「全体のバランスを考えてカットしました。4章に書く予定だっ
た内容は、いずれ別の機会に書きます」とか何とか回答し、お茶を濁したと記憶
している。

 これを書いていてふと思ったのだが、あのときの質問者こそ後にScoops RPGを
立ち上げることになるベンさん、その人ではなかっただろうか。確認できないの
だが、何だかそんな気がしてきた。もしそうなら、これはちょっといい話である。
「別の機会に書きます」と私が答えてから1年後、質問をしたまさにその当人が、
「機会」を与えてくれたというわけだから。


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 話はさらに過去にさかのぼることになるが、「馬場講座」こと「馬場秀和のマ
スターリング講座」の話をさせてほしい。なにしろ、あの作品は、着想から完成
まで、実に5年近くの歳月をかけた大作だ。今から振り返ると、色々と未熟な点
もあるが、何と言うか、若さというか情熱というか使命感というか、そういった
ものが過剰なまでに含まれていて、今でも愛着を感じてやまない。私以外の多く
の見識ある読者にとっても同様だろう。

 5年近くの歳月、と言ったが、実のところ、実際に執筆に取り組んだのは最後
の1年半ほどに過ぎない。それまでの3年間は、書くべき内容を吟味することに
費やしたのだ。

 当時、自分がゲームマスターを務めていたキャンペーンの場を利用して、私は
講座に書くべき理論、手法、テクニック、その他その他を、実践(正直に実験と
いうべきだろうか?)したのだ。それもこれもみな、参加者の協力があったから
こそ出来たことだ。彼らにはいくら感謝しても感謝しきれない思いだ。今では、
キャンペーンは終了して参加者も散り散りになってしまったが、みんな、元気に
やっているだろうか・・・。


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 ともかく、そうやって、現実的ではない理論、実際にはうまくゆかない手法、
自分勝手な思い込み、そういったものを3年かけて振るい落とした。その上で、
残ったもの、すなわち、うまくいく手法、上達に役立つ姿勢、自分にとってだけ
ではなく普遍的に正しい、という自信を持つことが出来た考え方、それらを1つ
1つ選別し、研ぎ澄まし、文章にしてノートに書きつけていった。

 だが、それらはまだ断片的な寄せ集めでしかなかった。この状態で講座を書き
上げたとしても、それはせいぜいノウハウ集、チップス、知恵袋といったものに
しかならなかっただろう。講座を真に有意義な教科書とするためには、体系化が
必須だと私は感じた。体系化されてない断片的な知識は、応用が効かない。優れ
た教科書は、個々の知識や情報ではなく、「体系化された考え方」を伝えるもの
だ。少なくとも私はそう信じていた。そして、私の目標は、優れた教科書を書く
ことだったのだ。


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 やがて転機が訪れた。尊敬するゲームデザイナー、グレッグ・コスティキャン
の論文に出会ったのだ。"I Have No Words & I Must Design" というのが、その
タイトルだ。

 一読して、これこそ私の捜し求めていたものだと悟った。劇的な経験だった。
私の人生に、あれほど劇的な瞬間が再び訪れることはないだろう、とさえ思う。

 紹介者の西尾弦一氏が翻訳公開許可をとってきたので、さっそく名乗りを上げ
て、翻訳に取り組んだ。完訳までには1カ月くらいかかった。その間、ほとんど
睡眠をとらなかった、という気がする。

 余談になるが、最後までどう訳すべきか悩んだのがタイトルだった。もちろん、
これは、ハーラン・エリスンの"I Have No Mouth, And I Must Scream"のもじり
だということは分かる。ちなみにエリスンの短編の翻訳タイトルは「声なき絶叫」
だ。SFマガジンの1969年 3月号に載っているので、バックナンバーをごそごそ
取り出してきて、確認してみるとよいだろう。(ところで、「俺には口がない。
それでも俺は叫ぶ」という直訳タイトルで短編集に収録されたこともあると思っ
たのだが、確認できなかった)

 エリスンが「声なき絶叫」と訳されてるからといって、まさか「言葉なきデザ
イン」と訳すわけにもいかない。それでは何のことやら意味不明だ。結局、もじ
りは無視して意訳することにした。タイトルは「私には(ゲームについて)語る
べき言葉がない。だから(言葉の代わりに)デザインによって(ゲームを)語ら
なければならない」という意味になる。(そういうタイトルをつけておきながら、
ゲームについて言葉で饒舌に語っているところが笑える)

 最終的に「言葉ではなく、デザインのみが、ゲームを語ってくれる」という、
ちょっと気取ったタイトルにしてみた。さらに、内容を表すために、「コスティ
キャンのゲーム論」という、原文にはない副題を付けた。今ではこの副題の方が
よく知られているようだ。

 ともあれ、この論文を訳し終えたとき、私の書くべき講座の姿が、はっきりと
見えた。「意志決定」「目標」「管理資源」「ゲームトークン」「多彩な展開」。
これらの概念と用語を核として、3年間ノートに書きためてきた技法や考え方や
何やかやが、頭の中で見る見るうちに体系化されていった。それはまるで過飽和
溶液に結晶を放り込んだかのようだった。

 本質的には、そのときに講座は完成していたのだと思う。実際には、それから
1年半をかけて、誰にでも理解できる文章の形にまとめ上げる仕事が必要だった
のだが。

 そうして出来上がったのが、「馬場秀和のマスターリング講座」なのだ。


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 馬場講座が多くの人に支持され、愛され、推薦され、無数のサイトからリンク
され、今日に至ってもなお「講座を読んで感動しました」「目からウロコが落ち
る思いでした」といったネット新人からのメールが途切れることなく届くのも、
全ては長い長い地道な努力と、最初から最後まで全力を尽くして取り組んだこと
の成果だと思う。

 いっぽう、講座の知名度が上がるにつれてトラブルも増えた。私が書いたこと
を勝手に拡大解釈してでっち上げた(往々にして馬鹿げた)見解を「馬場さんの
考え」だの「馬場派の主張」だの言い出す(賛同するにせよ批判するにせよ)人
も出た。

 私の動機を(勝手に)想像して憤慨したり蔑視したり、私の主張に賛同してる
と称する人々(「馬場信者」とか呼ばれたりする。はっはっはっ)の言動を理由
に、私や講座を非難したり。

 もちろん、それなりに筋の通った批判もあった。しかし、講座を批判する論者
の大半が、単に講座は「間違っている」「不完全だ」「無価値だ」「特定の考え
方だけを正しいとすることで他の考えを排除している」「独善的だ」「マニアの
自己満足に過ぎない」と叫ぶだけで、「講座が提起している課題に対して、講座
よりも優れた答えを示す」という、批判者が負うべき責任を果たそうとしなかっ
た。至極残念なことである。

 馬場講座や馬場コラムを否定し、葬り去りたいのであれば「なぜTRPG市場
は衰退したのか。どうすれば復興できるのか」「TRPGに飽きて止めてしまう
人を減らすには具体的にどうすればいいのか」「TRPGにうまくなる(技量が
向上する)とはどういうことなのか。そのために何をすべきなのか」「世間一般
の人にTRPGの魅力を伝え、入門者を増やすには、どうすればよいか」「TR
PGに対して世間一般の人が抱いている偏見や誤解を緩和するために我々は何を
すべきか」といった重要な問題に対して、私のものよりも優れた、説得力のある
回答を示し、その考え方を広めるべく真剣に努力すべきだ。

 そうすれば、今まで馬場講座や馬場コラムを支持していた人々も、そちらの新
しくより正しい考え方に賛同するようになり、私の講座やコラムは忘れ去られる
ことになるだろう。TRPGの未来にとっても、私にとっても、いや誰にとって
も、それは望ましいことだ。

 学問の世界でも、政治やビジネスの世界でも、それこそTRPG論などという
マイナーな世界でも、実社会における議論のルールは同じだ。多くの人々に支持
されている理論や考えを否定するためには、それよりも正しく説得力ある理論や
考え方を示すことが要求されるのだ。


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 といったところで、話を元に戻そう。

 講座が完成してから3年、心残りだった「幻の4章」問題にも、馬場コラムと
いう形でようやくケリをつけることが出来た。馬場講座に馬場コラム、それに、
コラム連載の前後に書かれた「海外RPGを読もう!」と「初心者のためのRP
G入門」を合わせると、講座の構想が出来上がった時点で言いたかったことを、
ほぼ全て言い尽くしたことになる。やれやれ。

 ここらで宣言しておこう。(ついでに宣伝しておこう)

 次の5つの作品は、互いに補足・補完しあうことで全体としてTRPGに関す
る一つの体系的な考え方を提示している。この体系的な考えが、私こと馬場秀和
の「主張」である。


    『コスティキャンのゲーム論』

    『馬場秀和のマスターリング講座』

    『馬場秀和のRPGコラム』

    『海外RPGを読もう!』

    『初心者のためのRPG入門』


 私はこの「主張」に責任を持ち、それを広めるために真摯な努力を続けること
で、TRPGを取り巻く状況をより良い方向に変えてゆこうと志すものである。

 以上の作品は、全て次に示す私のウェブページで公開されており、誰でも自由
に読み、議論し、評価し、批判することが出来る。


    『馬場秀和ライブラリ』
      http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/


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 さて、記念宣言を済ませてほっとしたところで、少しだけ今後の話をしよう。

 これまでのところ、私はScoops RPGという場に常連投稿者という形で参加して
いただけだが、これからはもっと積極的にScoops RPGに関わっていこうと思う。
具体的には、コラム部門を充実させるとともに、Scoops RPGをより読者参加型に
することで活性化につなげる、ということで貢献したいと考えている。

 実のところ、Scoops RPGは深刻な人手不足に悩んでいる。このままでは、継続
さえも危ぶまれるのではないか、と私は危惧する。考えてもみてほしい。開設か
ら2年ちょっとで13万ヒットに達するかという人気サイトが、今や、わずかな
常連投稿者の意志(意地?)だけで支えられている、といってよい状況なのだ。

 この状況は変えなければならないし、あなたの協力があれば変えることが出来
る。どうか、レビューや翻訳といった記事の作成に協力してほしい。オリジナル
TRPGを作った人はそれを紹介してほしい。「こういう企画なら私でも書ける
のになあ」と思うのであれば、その企画を送ってほしい。

 皆で協力して、Scoops RPGを支えよう。少なくとも、RPG市場を復興させる
よりは、ずっと簡単なことではないか。



馬場秀和
since 1962


馬場秀和が管理するRPG専門ウェブページ『馬場秀和ライブラリ』


 この記事はScoops RPGを支える有志の手によって書かれたもので、あらゆる著作権は著者に属します。転載などの連絡は著者宛てにしてください。

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