馬場秀和のRPGコラム 2002年2月上旬号



『“ホビット”とゲームマスターの存在意義』



2002年2月3日
馬場秀和 (babahide*at*da2.so-net.ne.jp)
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 一般のテーブルゲームに比べてTRPGを独特なものにしている要素はいくつ
もあるが、中でも最も目立つものは「ゲームマスター」の存在だろう。

 ところであなたは、次のような問題について考えたことがあるだろうか。


    ・TRPGにおいては、なぜゲームマスターが必要なのだろうか?

    ・TRPGにおいて、ゲームマスターは何をしているのだろうか?

    ・ゲームマスターは、TRPGにとって本質的な存在なのか、それとも
     便宜的な存在なのだろうか。言い換えれば、あるゲームがTRPGで
     あるためには、何らかの形でゲームマスターという存在が必要条件と
     なるのだろうか。それとも、単に今のTRPGでは、ゲームマスター
     という方式が便利だから広く活用されているだけで、他に有効な手法
     があれば“マスターレス”TRPGというものが成立するだろうか?

    ・ゲームマスターは、本質的な意味で、「ゲーム」をプレイしていると
     言えるだろうか。あるいは本当に「ゲーム」に参加しているのだろう
     か?

    ・ゲームマスターの必要性あるいは存在意義という問題は、「TRPG
     をプレイしているとき、プレーヤーは本質的に何をしているのか」と
     いう問題と表裏一体だろうか。それとも、両者は独立した問題であり、
     答えも独立しているのだろうか?


 もし、あなたがこういったことを深く考えたことがないのなら、ぜひそうする
ことをお勧めする。しかも何度も何度も継続的に考え直してほしい。TRPGに
上達するということは、こういった問題に対して、より深い考察ができるように
なる、ということでもあるのだから。


**


 実際のところ「ゲームマスターは何をする役割なのか」という最も単純な問題
ですら、万人を納得させる回答を出すのは容易ではない。そのことは、「ゲーム
マスター」を指す呼称の混乱を見ても分かる。

 ゲームデザイナー達は、それぞれの作品の中で思い思いに「ゲームマスター」
に代わる呼称を提案してきた。それらは「いわゆるゲームマスターとは何をする
役割なのか」という問題に対するそれぞれの回答、主張が込められていた。
レフリー(判定者)、キーパー(保護者)、ルーラー(統治者)、ディレクター
(指導者)、ストーリーテラー(語り部)、モデレーター(調停者)、といった
具合だ。

 あるいは、こういう風に“ゲームマスターが果たすべき役割”を定める(少な
くとも暗示する)のを断念して、皮肉あるいは自虐ギャグに走った呼称もある。
マンチキン・スレイヤーとか、奉仕者とか、嫌われ係とか、そんな具合だ。

 呼称として適切ではない、ということには多くの者が同意するにも関わらず、
結局のところ「ゲームマスター」という呼び方が広く定着している理由は、つま
るところゲームマスターの役割、責任範囲、ミッション(責務)についての明確
な合意が得られてない、ということなのだろう。


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 では、逆の発想をしてみよう。TRPGからゲームマスターを抜いたら、一体
どうなるだろう。すなわち、TRPGで伝統的に使われてきた設定やガジェット
だけを残し、判定や指導や調停といった作業が必要ないように、ゲームの目標や
プレーヤーに可能なことを全て明確に規定してしまったら、どうなるだろうか。
それでもなおかつ、面白いゲームをデザインすることは可能だろうか。可能だと
すれば、そもそもゲームマスターなんて不要、ということにはならないだろうか。

 といったところで、今回のテーブルゲームの紹介に入ろう。

 最初に紹介するテーブルゲームのタイトルは『ホビット』(Hobbits) 。ドイツ
の"Queen Games" が出した新しいボードゲームだ。(文末参照)

 『ホビット』は、簡単で楽しいファミリー向けボードゲームだ。対象年齢10歳
以上となっており、小学生にもプレイできる“軽い”作品だ。誰でも一度プレイ
すればその面白さがすぐに理解できるだろう。「何度もプレイして様々な戦略を
試してみて、初めてその魅力と奥の深さが実感できる」といった重厚なゲームで
はない。だから、ヘビィゲーマーの方々には少し物足りないかも知れない。

 最初にこういうシンプルで軽いファミリーゲームを紹介するのは、「TRPG
のプレイ経験はあるが、ボードゲームはほとんど全くプレイしたことがない」と
いう方に是非とも実際にプレイしてみてほしいからに他ならない。


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 まず、私とこのゲームの出会いについて語ろう。

 2002年現在、私たち夫婦は、毎月1回、自宅に知人や親戚を招いてゲーム会を
開催しているのだが、そこに知人が持ち込んできたのがこのゲームだったのだ。
最初の印象は、あまり芳しいものではなかった。正直に言って、「また、“指輪
物語”映画化の便乗ゲームか」と思った。

 そりゃもちろん、あの映画の公開に合わせてデザインされた大量のゲームの中
には、傑作も含まれている。例えば、Kosmos社の『指輪物語』(Herr der Ringe)
は驚くほどの名作だった。しかし、あれはクニッツィア氏(高名なゲームデザイ
ナー)の作品だ。それに比べて『ホビット』のデザイナーの名前は、私には聞き
覚えがなかった。デザイナーへの信頼感といった裏付けでもない限り、どうして
も「映画公開便乗作」には不安を覚えてしまう。偏狭と言わば言え。これは何度
も火傷をおってきた人間の自然な反応なのだ。

 続いて、ルールの説明を聞いて、ゲームコンセプトの凡庸さに大いに失望した。
ダイスの目に従ってボード上を移動し、モンスターを倒してお金を儲けて、その
お金で武器や防具や特殊アイテムを購入してパワーアップし、最終的にドラゴン
を倒した者が勝ち・・・、って何だそれは。凡庸、というか、いっそ陳腐といっ
ても過言ではない。独創性や斬新さのかけらも感じられないではないか。

 というわけで、全く期待しないでプレイし始めたのだが、何とまあ驚いたこと
に、これはかなりの佳作だった。実に楽しい時間を過ごすことが出来た。(まあ
参加者全員がドラゴンに食われてしまい、勝者なしという結果になったのだが、
それがどうした)

 その後、別の機会にもう1度プレイしてみたが、やはり最初のときと同じよう
に楽しむことが出来た。これなら安心してお勧めできるというものだ。


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 では、箱を開けてみよう。中には、美しい地図(ミドルアース、“中つ国”)
が描かれたゲームボード、各種チップやカウンター、綺麗なイラスト入りのカー
ド多種、ダイス、フィギュアなど、一般的にテーブルゲームで使われるほとんど
全ての道具が満載されている。(それも、最初に紹介するゲームとしてこれを選
んだ理由の1つだ)

 ゲームの目的と進め方は、前述した通りだ。各プレーヤーは自分のホビットを
示すフィギュアをボード上のスタート地点に置く。手番になると、ダイスを振っ
てボード上の場所から場所に移動する。身も蓋もなく言ってしまうと、要するに
場所は二種類に大別できる。「お金を使う場所」と「お金を儲ける場所」だ。

 お金を使う場所としては、「村」や「魔法使いの居場所」がある。ここに入っ
たホビットは、村で各種のアイテム(武器、鎧、盾、水薬、道具類)を購入した
り、魔法使いから呪文やマジックアイテムをもらったりする。

 一方、お金を稼ぐ場所としては「冒険」「チャレンジ」「危険」といったもの
がある。「冒険」の場所では、様々なイベントに遭遇することになる。雑魚敵ク
ラスのモンスターが現れることもある。イベントをクリアするか、雑魚敵モンス
ターを倒すと、わずかなお金が手に入る(こともある)。

 「チャレンジ」の場所では、中ボス級のモンスターか、または高価な宝物を手
に入れることが出来る。どちらが出るかはカードの引き次第だ。むろん、中ボス
級モンスターを倒せば、かなりの金額を手にすることが出来る。

 「危険」な場所では、必ずラスボス前座クラスのモンスターに遭遇する。最初
のうちは近寄らない方がいいだろう。ただし、ドラゴンと戦うために必要な特殊
アイテムは、このクラスのモンスターを倒さないと手に入らない。


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 色々な場所で起こるイベントは、全て対応するカードの山から1枚引くことで
決定される。「冒険」の場所では冒険カードを、「チャレンジ」の場所ではチャ
レンジカードを、というわけだ。アイテムや魔法も全てカードになっている。

 冒険カードの内容は、こんな感じだ。


    ・あなたは洞窟を見つけた。ランタンを持っていれば、探検することが
     出来る。その場合、ダイスを振って4〜6が出れば5ゴールドの金貨
     が見つかる。

    ・あなたは旅の途中でビルボ老と出会った。もしあなたがパイプを持っ
     ていれば、彼はあなたに同行して、次の戦闘でアドバイスをくれる。
     その場合、戦闘値に+2のボーナス。

    ・あなたはトゲのある下草の密生地に入り込んでしまった。防具を装着
     してない場合、ライフポイントに−2のダメージ。


 モンスターが描かれているカードもある。その場合は、もちろん、戦闘開始だ。
カードにはモンスター側の攻撃値が「6面ダイス+4」という具合に書かれてる
ので、指定通りダイスを振って攻撃値を決める。ホビット側の攻撃値は、特殊な
やり方でダイスを振って決めた基本値に、武器や防具やアイテムなどのボーナス
を足して決める。ホビット側の攻撃値がモンスター側の攻撃値以上になったなら
ホビットの勝ちだ。カードには、モンスターを倒した場合に得られる金貨カード
の枚数と、モンスターに負けた場合に失うライフポイントが示されている。

 ダメージを負って失ったライフポイントは、水薬を飲むか、特定の魔法使いが
いる場所に行けば回復することができる。(むろん、ライフポイントが0になれ
ばホビットは死亡し、あなたはゲームから脱落することになる。幸いなことに、
よほど無謀な行動をしない限り、そういうことには滅多にならない)


**


 他にも色々あるが、そろそろ読者も退屈してきた頃だろう。

 まあとにかく、ゲームがスタートすれば、まず村に行って、わずかな所持金で
武器あるいは水薬を購入し、冒険を何度も繰り返して雑魚モンスターを倒しては
小銭を稼ぎ、それで防具やアイテムを購入し、魔法も手に入れ、いずれ「チャレ
ンジ」に挑戦してまとまった金を稼いでパワーアップし、ついに「危険」に挑戦
して実力を試し、特殊アイテムを手に入れ、よしとなれば、ドラゴンが棲んでる
洞窟に向かう、というゲームだ。2時間も経過すれば、誰かがドラゴンを倒して、
ゲームを終了させてしまうことだろう。

 お分かりの通り、このゲームは「多人数ソロプレイ」に近い。各プレーヤーは
自分の手番が回ってくる度に、それぞれの冒険に挑戦する。プレーヤー間の相互
作用(交渉、同盟、妨害、足の引っ張りあいなど)は、ほとんどない。

 一応、言っておくと、「謎かけ勝負」というルールがあって、他のホビットの
所持金やアイテムを奪うことも出来るのだが、これは数の少ない貴重なアイテム
を狙うときか、またはゲーム終盤で「誰が最初にドラゴンに挑戦するか」を競う
ときくらいしか発動しない(と思う)。他に、自分が遭遇したモンスターを他人
に押しつける魔法や特殊カードがあるので、これを使って他人を邪魔するという
ことも、まあときどきは起こる。

 プレーヤー間の競争や足の引っ張りあいといった対立要素が希薄であるため、
このゲームでは、勝ち負けはあまり気にならない。確かに「打倒ドラゴン、一番
乗り」を目指して競争しているという建前なのだが、何しろアイテム集めが楽し
いので、コレクションが完成するまでは勿体なくてドラゴンへ挑戦する気が起き
ないというのが正直なところだ。たとえ他人が先にドラゴンを倒してしまっても、
「ああ、終わったなあ」という感慨を覚えるだけで「くっそお〜っ、負けたあっ」
という悔しさは、あまり感じない。(これもまた、ボードゲームに慣れてない方
にこのゲームをお勧めする理由の1つである)


**


 こうして説明すると、どこが面白いのかさっぱり分からないという読者もいる
だろう。ひどく古くさい、陳腐なゲームではないか、と。

 ううむ。実は、ここまでの文章を読み返してみて、私も戸惑っているところで
ある。確かに、要領よくゲームの概要を説明できたと思う。しかし、いくら読ん
でもこのゲームをプレイしているときの楽しさが伝わってこない。どう書いても
私の筆力ではこの楽しさは伝わらないのではないか。

 結局のところ、「アイテムを集める」「今まで倒せなかったモンスターを倒せ
るようになる」ということ、凡庸と言われようが、陳腐と評されようが、やはり
それが単純に嬉しいのだろう。

 ゲームというのは不思議なものである。ルールを読んだときの印象と、実際に
プレイしたときの印象が、まるで異なることがあるのだ。私としてはこう言って
逃げるしかない。「とにかく、みんなで一度プレイしてみて。面白いから」


**


 いくつか補足しておこう。とても重要なことなので、よく聞いてほしい。

 まず、このゲームを購入するときには、必ずルールの日本語訳がついているの
を確認すること。

 日本語訳には、各カードに書かれている文章の訳文も載っているが、購入した
らすぐに訳文に一連の番号を記入することをお勧めする。例えば、冒険カードの
訳文に、A01、A02、A03、という具合に、載っている順番に一連番号を
振る。同様に、魔法カードの訳文にも、M01、M02と載っている順番に一連
番号を振るのだ。その他のカードの訳文についても同様。

 そして、割り振った一連番号を、対応するカードにもペンで記入しておく。

 ペンで記入するのは、綺麗なカードを汚すようで抵抗があるだろうが、これは
とても重要なことだ。ゲーム中にカードを引いて、「えーと"Ein Mitreisender
bietet dir ein" 何とかかんとか、で始まる訳文はどれ」とドイツ語に対応する
日本語訳を皆で一生懸命探す、というのは、疲れるし、興ざめだし、何より時間
がかかる。カードと訳文を対応させる一連番号が明記されていれば、「えーと、
R07の訳文は、・・・これだな」という具合にすぐに訳文が見つかるのだ。

 最後に、このゲームの戦闘ルールでは、ダイスは2度まで振り直しが出来るこ
とになっているが、子供とプレイするのでない限り、このルールは採用しないこ
とをお勧めしておこう。つまりダイスロールは1回勝負、振り直し禁止、という
ことだ。実は、初めてのときは、この振り直しルールに気づかずにプレイして、
非常に緊張感のある戦闘を楽しめた。(だからこそ、全員がドラゴンに敗北する
という結果になったわけだが)

 二度目にプレイしたときは、ダイスの振り直しのルールに気づいて、途中まで
は採用したのだが、すぐに戦闘の楽しさが損なわれることに気づいた。何しろ、
スタート直後のホビットでさえ、二度もダイスを振り直せば、たいていの雑魚級
モンスターには楽勝できるのだ。これでは、雑魚敵は単なる金貨の袋と大差なく
なってしまう。そこで、プレーヤー全員で相談して、このルールを採用しないこ
とにした。私見だが、これによってずっとゲームバランスが良くなった。


**


 さあ、これが『ホビット』だ。まずは楽しんでほしい。何度も繰り返しプレイ
して飽きてきたら、改めて考えてみよう。

 このボードゲームは、明らかに古典的TRPGを意識して作られている。ただ
し、ゲーム中で起こり得ることとその処理の方法は、全てルールブックとカード
に明記されており、解釈や判断や調停の必要はない。要するに「TRPGから、
ゲームマスターを抜いたら、こうなりました」というゲームなのだ。

 もし、このボードゲームが充分に魅力的であるなら(そうかどうかは、読者が
自分で確認してみてほしい)、「わざわざルールを不完全にして、それをカバー
するためにゲームマスターという役割を導入し、ゲームの前準備(シナリオ作成
など)を含めて多大な負担をかける」というやり方を採用する意義は、一体どこ
にあるのだろう。

 あるいは、あなたがゲームマスターをするとき、そのセッションは『ホビット』
よりも魅力的な体験に、あるいは価値あるゲームになっているだろうか。それと
も、ゲームマスターというものは、TRPGを楽しい体験にしたり、優れたゲー
ムにしたりすることではなく、何か別の任務を持っているのだろうか。だとすれ
ば、その任務とは何か。

 結局のところ、ゲームマスターの存在意義とは何だろうか。

 『ホビット』は、単純なゲームだ。奥の深さはないし、ほとんど戦略もない。
上達するということもない。だが、この単純で自由度の低いゲームは“誰でも”
“常に”楽しめる。これを実感すれば、「なぜ、あえて複雑で自由度が高く、プ
レイする人を選び、しかも常に楽しいとは限らない、TRPGという特殊なゲー
ムをプレイするのだろう」という疑問が生ずる。この疑問に真正面から向き合う
ことから、TRPGの上達というものが始まるのだと、私はそう思う。


『ホビット』

  原題    : Hobbits
  デザイナー : Jean Vanaise & Philippe Janssens
  ゲーム会社 : Queen Games
  プレイ人数 : 2〜4名
  プレイ時間 : 1〜2時間
  対象年齢  : 10歳以上


【付記】

 本コラム公開後に、親切な読者の方より、「ホビットがデザインされたのは、
“ロード・オブ・ザ・リング”映画制作の話が具体化するより前である」という
ご指摘がありました。版権表示を確認してみると、確かに今回のコラムで紹介し
たQueen Games 版(ドイツ語版)の元になったオリジナル版は、1994年にI.C.E.
社から出版されています。映画公開に合わせてデザインされた、というのは明ら
かに私の誤った思い込みでした。すいません。ご指摘に感謝いたします。

 また、私は「ホビット」を昨年(2001)の末に購入して、てっきり新作だと思って
いたのですが、ドイツ語版の出版は1998年となっており、数年前の製品だという
ことが分かりました。現時点では、入手困難とのこと。今回のコラムを読んで、
「ホビット」に興味を持った読者の方々には、誠に申し訳ありませんでした。



馬場秀和
since 1962


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