馬場秀和のRPGコラム 2003年5月号



『マンション理事会RPG』



2003年5月13日
馬場秀和 (babahide*at*da2.so-net.ne.jp)
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 現在、私たち夫婦はマンション管理組合の理事会のメンバーなのだが、これは、
なかなかどうして、まことに大変な仕事である。

 マンション理事会というのは、まあ簡単に言うと、自分たちが住んでいるマン
ションの資産価値を守り、生活環境を維持あるいは改善し、住民間のトラブルを
解決するための活動を目的に作られた、少人数のメンバー(理事)により構成さ
れるグループだ。もちろん完全なボランティア、無報酬の仕事だ。

 イメージとしては、学校における生徒会、地域社会における町内会、国政にお
ける地方自治体に相当する組織だ、と考えてよいだろう。基本的な理念は「住民
自治」というところにある。もっと平たく言うと「自分達の問題は、自分たちで
解決しましょう」ということだ。

 むろん、マンションの全住民に「自分たちの共同住宅を守り、資産価値と快適
な住環境を維持するために互いに協力しましょう。でないと困るのは私たち自身
なのですから」という自覚があれば話は簡単なのだが、実のところ、そういうこ
とは全くない。

 例えば、決められたルールを守らなければならない、という発想が、根本的に
欠落している住民がいる。仮に「無法者」とでも呼ぼう。彼らは、生ゴミを出し
てよい日とそうでない日があることに気づかない。少なくとも気づいてないふり
をする。共同ホール(もちろん禁煙)に煙草の吸殻を捨てる。共同廊下でペット
をブラッシングして毛をまき散らし、真夜中でもフルボリュームで音楽を聞き、
共同玄関前に違法駐車し、共同排水管を詰まらせ、そして理事会に文句をつけて
くる。「管理人が口うるさいので、何とかしてくれ」

 また別の種類のトラブルメーカーもいる。彼らは「エントランスホールにゴミ
を捨てている人がいました。きちんと注意して下さい」といった苦情を、理事会
に持ち込んでくる。(まず、あんたが注意しろよ!)

 彼らは、廊下に吸殻が落ちていた、エレベータの壁が汚れていた、戸口で若者
に挨拶したのに無視された、といっては理事会に不満をぶつけてくる。そのくせ、
自分で吸殻を拾ったり、掃除したり、きちんと挨拶するよう若者を指導したりと
いった解決行動は決してとらない。彼らのやることはたった1つ。文句をつける
ことだけだ。こういう、マンションをホテルか何かだと勘違いしている連中を、
「苦情屋」とでも呼んでおこう。

 さて、複数のマンションにおいて理事を勤めた経験から、私はマンションにお
けるトラブルメーカーの法則を発見するに至った。その法則とはこうである。


  ・任意の1つのマンションにおいて、「無法者」の人数と「苦情屋」の
   人数を合計した値は、マンションの全住民数の2倍に等しい。


 そういうわけで、理事会に持ち込まれる苦情が尽きることは決してないのだ。


**


 ここで、理事会に持ち込まれた苦情がどのように処理されるのか、その具体例
を見てみよう。少々長くなるが、我慢してお付き合い願いたい。

 理事会に、何者かによってバイクが破損された、という通報が入ってきたとす
る。破損と言っても、シートに煙草の火を押しつけたような焦げ跡がついていた
というだけのことだが、もちろん被害がどのようなものであれ、理事会として何
らかの防犯対策が求められることに変わりはない。

 マンション敷地内のバイク置き場は、建屋内からは見えないし、外からも塀の
陰になって見通せない位置にある。防犯のためには、何らかの方法で監視を強化
するしかなさそうだ。

 まず、警察に通報して対処を求める。警察は「付近のパトロールを強化する」
と回答してくれるが、むろん当てにはならない。彼らはいつも人手不足なのだ。

 余談だが、私たちのマンションは米国空軍基地の近くに位置しており、大統領
専用機が着陸する日など、付近のあらゆる交差点という交差点に警官が2名づつ
張りついて警備しているのを見かける。あれだけの警官が動員できるなら、普段
からマンション周辺の巡回パトロールにもっと人手を回してほしいものだ。あれ
では、まるで、私達のマンションの治安よりも、合衆国大統領の生命の方が大切
だ、とでも言わんばかりではないか。

 そういうわけで、国家権力に頼るのは無理となると、自分たちで監視するしか
ない。どうすればよいか。全住民の当番制で、マンション敷地内の見回りを行う
べきだろうか。そんな提案が住民総会で通るはずがない。

 そこで、他のマンションにおける防犯活動について調査してみることにする。
その結果、どうやら防犯用の監視カメラを設置すると、お金はかかるが、それな
りに効果があるらしい、ということが判明する。

 監視カメラの設置が、何らかの条例に違反しているとか、法的なトラブルを引
き起こす可能性がないか、といった点を念のために調査する。どうやら問題なさ
そうだ。

 次に、監視カメラの設置計画を検討する。どこを監視するか。駐車場、自転車
置き場、バイク置き場、エントランス、ゴミ置き場、宅配一時預かりボックス、
いやいや全部見張るとなるとカメラの台数が多くなりすぎて、どう考えても予算
が足りなくなる。監視エリアの絞り込みが必要だ。

 その一方で、監視カメラのリースサービスを行っている業者をいくつか選定し、
各社から見積もりを出させる。比較検討した結果、某社が提示してきた監視カメ
ラ3台のシステムが最もリーズナブルだという結論に達する。

 某社の技術者を理事会に呼んで、保安システムの検討を行う。どこにどの角度
で監視カメラを設置し、どう配線するか。撮影画像の分解能をどのくらいにし、
どのくらいの周期でハードディスクを上書きするか。通報があったとき、誰が誰
に連絡し、どういう手筈でディスクに記録された画像データを検索するか。画像
検索、再生を行うソフトウェアの操作/管理は誰が担当するか。

 警察に確認したところ、デジタルファイルには証拠能力がないとのことで、わ
ざわざビデオテープに落とした上で証拠物件として提出しなければならないこと
が判明する。その手筈も考えなければいけない。

 工事費を含む必要予算を確定させ、各理事で手分けして「防犯カメラ作動中」
のステッカーをあちこちにペタペタと張り付ける。(監視カメラはまだ取り付け
られてないが、そんなことは問題ではない。このステッカーこそ防犯の要なのだ)
業者との間で工事スケジュールを調整しつつ、住民総会に提出する予算修正案を
作成する。

 予算修正。これが問題だ。マンション管理組合の運営予算を1円でも変更した
ければ、住民総会において全住民の3/4の賛成投票を得なければならないのだ。
こう言うと簡単そうだが、そうではない。そもそも住民総会の参加者は、全住民
の2〜3割に過ぎない。何も手を打たなければ、たとえ参加者全員が賛成投票し
たとしても、運営規則に従ってきっぱりと否決されてしまう。

 さあ、住民総会まで1カ月。予算修正案について説明する資料を作って全住民
に配布し、総会欠席者には議決権行使書(総会前に議題についての賛否投票をす
るための書類)を提出してもらわなければない。ご想像の通り、提出期限を過ぎ
ても、出欠の回答をしない、議決権行使書も提出しない、という無関心な住民が
続出する。(だいたい、そういう人に限って、自分が被害を受けたときには声高
に理事会を非難するのだ)

 各理事で手分けして各戸を訪問する。

「理事の馬場ですが、次回の住民総会への出欠票の回収にうかがいました。提出
期限は×日でしたが、まだ提出されていませんよね。あ、欠席ですか。いや欠席
でも必ず出欠票を出してくれと明記して、え、いやそうおっしゃられても、色々
と手続きがありますから。あっ、それで欠席する場合には、出欠票と合わせて、
こちらの議決権行使書に議案毎に賛否を記入して頂いてですね、いやお願いしま
すよ、ええどうしてもです、はい、ここで待っています。ここで待ちます。どう
か、さっと読んで記入して下さい。あ、印鑑を、ここに印鑑を、お願いします」
という具合に、迷惑顔の住民にぺこぺこ頭を下げなければならない。誰のために
こんな苦労をしているんだ、とは思うが、口には出さない。大人ですから。

 さて、いよいよ住民総会。ここに出席する人は、だいたいにおいてうるさ型が
多い。何だか、他人の努力に文句をつけることで優越感を感じたい、という人々
ばかりのような気も・・・、いや、すいません。総会に出席して頂けるだけで、
もう十分に、十二分に、感謝しております。はい。

 防犯のために監視カメラをリースする補正予算を組み入れたい、と説明すると、
やはり文句が出る。「本当に防犯効果があるのか。もっと良い方法がないか十分
に検討したのか」「どうして私の駐車スペースが監視エリアに入ってないんです
か」「なんでカメラが3台も必要なんだ。もっと減らしてお金を節約すべきだ」
「どうせお金を出すのなら、3台でなく、もっとカメラ台数を増やすべきだろう」
「どうして私の駐車スペースが監視エリアに入ってないんですか」「そもそも、
本当に防犯効果があるのか。もっと良い方法がないか十分に検討したのか」

 ここが踏ん張りどころである。予算修正案を1円でも変更したら、事前に集め
た議決権行使書は全て無効になり、従って修正案は自動的に否決される。そして
もう一度、改めて予算修正案を用意して、住民総会を再開催しなければならない。
さすがに、そんな、ローマ帝国を再建するような仕事を何度もしたくはない。

 説明、説得、交渉、最後には泣き落としまで使って、何とか議案投票までこぎ
つける。実のところ、投票手続きさえ承認されれば、後は議案は自動的に可決さ
れるのだ。何しろ、事前に集めた議案賛成の議決権行使書の束に、理事の投票分
を加えると、それだけで軽く住民総数の3/4を超えるのだから。何だかかなり
虚しい話ではある。どこか根本的に間違っているような気もする。が、それは、
今回の総会が無事に終了した後で考えることにする。

 とにかく、こうして正式に予算が組まれ、業者へ発注が出され、理事が持ち出
しで払った契約金等を清算して、理事会の立ち会いの元で工事が行われ、ついに
監視カメラが稼働する。これでようやく一段落。

 ただし、油断はできない。次に通報があったときに、もしも監視カメラに犯人
の顔が写っていなければ、次回の住民総会で理事会の責任が問われることは必至
だ。その場合の対策を検討しなければならない・・・。


**


 だいたい、これが理事会で処理する1つの案件について行われる典型的な作業
だ。こういう案件が月に1〜2件、発生する。作業を効率的に分担しないと、手
が回らなくなるだろう。

 ここで求められているのは、単純な作業分担ではない。

 例えば、ある理事Aにとっては、条例を調べたり、業者に見積もりを提出させ
たりする作業は、単に手間の問題に過ぎない。しかし、別の理事Bにはそういう
仕事の経験が全くなく、たとえやれと言われたとしても、どうしてよいやら分か
らずおろおろするだけ、ということになる。

 同様に、監視カメラを制御するソフトウェアのパラメタを適切に設定したり、
マニュアルに載ってない動作(保存された動画像ファイルの一部を切り出して、
ビデオテープにアナログ録画する)を行う方法を考える、という作業は、理事C
にとっては楽しみだろうが、別の理事Dにとっては意味すら不明の秘儀である。

 理事会運営に求められるのは、作業分担ではなく、役割分担なのだ。各理事の
経験やスキルを生かして役割を分担し、グループとして課題を解決する。活動的
な理事会は、この役割分担がうまく機能しているのだ。

 具体的に、私たちの理事会のケースを見てみよう。役割分担はこうだ。

 まず理事長は、市役所に勤める公務員である。警察や業者とのやりとりは任せ
てOK。総会の議事進行役も軽くこなしてしまう。副理事長は技術者。もちろん
技術関連はお得意だが、論理的、あるいは少なくとも論理的に聞こえる説明と、
粘り強い説得という場面で真価を発揮する。会計担当理事は、自営業者だ。帳簿
管理から領収書の整理まで、これも適任である。

 その他数名の理事のうち、見逃せないのが、諜報担当(公式には監査役)理事
で、彼女は専業主婦である。実に人当たりがよく、常識人で、マンションの住民
との交流が広い。噂話や、マンション内で発生していトラブルについて知りたけ
れば彼女に質問するだけでよい。私? 私は文書作成を担当している。もちろん。

 どの理事が欠けても、理事会の効率は大幅に下がってしまうことだろう。また、
各理事の役割分担を強引に変えたとすれば、やはり効率的な活動は出来なくなる
はずだ。

 理事会に出席するたびに、各理事の経験、得意分野と、役割分担がうまくかみ
合っていることに感心すると共に、私はこう思うのだ。この理事会は、TRPG
でいうところの「パーティ」そのものだ、と。(ようやくTRPGにつながった)


**


 前回のコラムで、「ロール」および「ロールプレイング」という用語の一般的
な意味を説明した。すなわち、「ロール」とは社会的役割のことであり、「ロー
ルプレイング」とは社会的役割を果たすこと、社会的役割にふさわしく振る舞う
ことだ、という説明をした。

 TRPGにおいては、これらの用語をもう少し限定された意味で使用すること
が多い。つまり、「社会」という部分を「プレーヤーキャラクターの集合」とい
う範囲にまで限定してしまうのだ。(これはおそらく、平均的なTRPGプレー
ヤーは、実社会について何も知らないからだろう)

 このように限定された「社会」のことを、TRPG用語で「パーティ」と呼ぶ。

 TRPGにおいては、ゲームデザイナーあるいは(その代理人として)ゲーム
マスターが「課題」を提示する。この「課題」は、どのプレーヤーキャラクター
にとっても一人では解決できないが、様々な経験やスキルを持った複数のプレー
ヤーキャラクター達が相互協力すれば解決できる、というようなものであること
が肝心だ。

 このようにして提示された「課題」に対し、プレーヤーキャラクター達が相互
協力のため「パーティ」を組んで、それぞれが持つ経験やスキルを活かせるよう
「役割分担」し、各自が分担した役割を果たす、すなわち「ロールプレイング」
することで、その課題を解決しようと試みる、そういうゲーム。

 これが、TRPGの最も基本的な構造だ。

 このような基本となる構造から外れたプレイを楽しむ(例えば、各プレーヤー
キャラクター達がそれぞれ自分の見せ場を作って場を盛り上げる)というのも悪
くはないが、それは基礎をしっかり習得してからの話であろう。

 そこで、TRPGの基礎をしっかり学んでもらうための研修用TRPGシステ
ムを考案してみた。それが、『マンション理事会RPG』だ。


**


 これがどのようなTRPGかは、ここまで読んできた読者には、容易に想像が
つくことと思う。

 まず、このTRPGの舞台は、ある郊外型マンションである。原則として全て
のアクションは、マンション建屋内、敷地内、およびその近辺でのみ行われる。
マンションの全住民(60世帯、100名)についての住民カードが用意されて
おり、1枚につき1名の住民データ(部屋番号、名前、性別、年齢、職業、経験、
スキル、性格、他の住民との関係など)が記されている。

 さて、ゲームマスターは、以下のようなリストの中から、最近このマンション
で生じている課題を選んで提示し、状況をなるべく詳しく説明する。(もちろん、
いくつかの重要な情報は、調査しないと分からないことにする)


 1.ゴミ出し
   ・ゴミ出しの曜日、時間帯を守らない住民がいる
   ・ゴミ置き場に、マンション住民以外の人がゴミを捨てる
   ・ゴミ置き場が荒らされている、カラス/野良猫が生ゴミをあさる
   ・ゴミ置き場の悪臭がひどい
   ・ゴミ置き場に、粗大ゴミがずっと放置されている

 2.騒音
   ・音楽/ゲーム/TV/ピアノ/カラオケなどの騒音に苦情が出た
   ・ホールで子供が騒いでいるのがうるさいという苦情が出た
   ・特定の部屋における麻雀の音がうるさいとの苦情が出た
   ・騒音のせいで住民間の喧嘩が発生したとの通報があった

 3.防犯
   ・車/バイク/自転車/その他マンション備品が盗まれた、破損された
   ・ピッキングによる泥棒被害が続出している
   ・マンション内、または敷地内での強盗、傷害事件が発生した
   ・マンション敷地内に若者がたむろしていて不安との声がある
   ・マンション付近に挙動不審な男がうろついているとの訴えがある
   ・ストーカーに付きまとわれている住民がいるが警察は動いてくれない

 4.防火
   ・ボヤ騒ぎが発生した
   ・火災報知機の誤動作で大騒ぎになった
   ・防災訓練を行うようにとの消防署からの指導が入った
   ・マンション防火管理者の任命と消火/避難体制をまとめる必要が生じた
   ・煙草の吸殻のポイ捨てへの苦情が多い

 5.ペット/子供
   ・ペットの悪臭、そそう、子供への噛み付き、等の苦情が発生
   ・ペットによる被害に対する飼い主の賠償責任問題が浮上
   ・トカゲ/ヘビの脱走事件が発生した
   ・子供がマンション備品を破損したが、親の責任を問う声が多い
   ・子供が危険な場所に出入りしているとの通報があった

 6.住民活動
   ・ベランダに温室を作っている住民がいるとの苦情があった
   ・ドアの外側に選挙ポスターを張っている住民がいるが問題ないか
   ・マンション内での宗教勧誘/選挙運動/募金活動は問題ないか
   ・暴力団組員/宗教団体信者の居住者に対する他住民らの不安の声
   ・借金取りが大声で取り立てをしている

 7.周辺環境
   ・日当たり/電波障害/景観に関して付近住民からの苦情が寄せられた
   ・近所で工場/風俗店/パチンコ店/産業廃棄物集積所の建設が始まった
   ・隣に高層建築が建つことになったが日当たり等は大丈夫か
   ・マンション住民も町内会に加入すべきとの声があるが実際どうなのか


 このリストは、ゲームマスターの知識と経験により、いくらでも拡張してよい。

 さて、ゲームマスターは、提示した課題を解決するのに必要な役割分担を考慮
して、住民カードを何枚か選んで理事とする。各プレーヤーは、それぞれ自分が
担当する理事カードを選ぶ。こうして、理事会が構成される。

 各プレーヤーは、理事会のメンバーとして相互協力し、提示された課題を次回
の住民総会で解決しようと試みる。これが、ゲームの目標である。

 マンション理事会RPGは、1週間を単位として進行する。ゲームマスターは、
課題提示と共に、次の住民総会まで何週間あるかを明確にする。(基本は8週間)

 各理事は、1週間につき1つのアクションを遂行できる。アクションというの
は、「警察に相談」「条例を調査」「住民への聞き取り」「現場状況を実地検証」
「業者に見積もり提出を依頼」「トラブルメーカーの説得」「予算修正案の作成」
といったものである。

 アクションは必ずしも満足のゆく結果になるとは限らないし、予定より長びく
可能性もある。成否と所要期間は、スキル判定の結果に基づいてゲームマスター
が決定する。もちろん、警察、役人、理事以外の住民、などのNPCはゲームマ
スターが担当し、会話により相談、交渉、説得などを処理する。また、各理事が
アクションに成功する度に、理事会に対して、その課題について「成功ポイント」
が与えられる。成功ポイントは、課題毎に記録する。

 各理事は、前述した「バイク置き場での破損」の例を参考にして、課題解決の
ために必要なアクションの流れ(段取り)を考え、役割分担を決める。1週間毎
に各理事が1つのアクションを実行し、結果を決める。各理事が順番にアクショ
ンを申請し、処理を行い、全理事のアクションが完了すると、1週間が経過した
ことになる。

 予定の期限が経過すると、住民総会が開催される。理事会は、課題を解決し、
あるいは課題の再発を防止するために、予算修正/組合運営規則修正/住民決議
発行、などの議案を提出する。各理事は交代で議案の内容を説明し、居住者たち
を説得しようとする。その後、居住者役のゲームマスターとの間で、質疑応答が
行われる。(全理事が、説明と質疑応答に参加すること)

 議案が適切で、その説明と質疑応答に十分な説得力があり、それまでに行われ
たアクションが課題解決に対して効果的だったとゲームマスターが判断すれば、
住民投票に入ることが出来る。

 それまでに理事会が十分な成功ポイントを集めていれば、住民投票は自動的に
可決されたことになる。成功ポイントが不足している場合、集めた成功ポイント
をスキルと見なしてスキル判定を行う。判定に成功すれば議案可決、失敗すれば
議案は否決されたことになる。

 提出した議案の全てが可決されれば、ゲームの目標は達成されたことになる。


**


 この『マンション理事会RPG』が研修用教材に向いていると思うのは、この
TRPGでは、前述した基本的な構造に従ったプレイが強制されるためだ。課題
の提示、役割分担、ロールプレイング、課題の解決、というRPGの最も基本的
な構造から外れたプレイは、まずほとんど不可能だ。

 戦闘、派手な活劇シーン、わくわくするストーリー展開、魅力的な背景世界、
といった仕掛けがないこともポイントだ。こういう仕掛けが充実した市販TRP
Gだと、TRPG基礎力が不足しているプレーヤーでも何となく楽しめてしまう。
これはむろん市販製品にとっては大切なことだが、研修用教材としてはまずい。

 マンション理事会RPGにおける「アクション」とは、役所窓口への問い合わ
せや、電話連絡、会話、文書作成といった地味なものばかりだ。こういう地味な
アクションをうまく遂行するためには、正しい計画策定、適切な役割分担、きち
んとしたロールプレイング(演技という意味ではなく、自分の役割を的確に果た
すという本来の意味)といった、TRPGのまさに基礎力が問われることになる。

 このTRPGをうまくプレイ出来るようになれば、TRPG基礎力が身につい
たと言ってよいだろう。そこで初めて、戦闘、ストーリー構築、キャラクタープ
レイングといった応用技法の練習に進む資格を得ることが出来るわけだ。どんな
分野でもそうだが、上達を目指すためには、どんなに苦労しようとまずは基礎力
をしっかりと固めることが大切なのだ。

 こういうことを書くと、いつもの通り「TRPGは楽しければそれでよい」と
か「TRPGに上達するために苦労するというのは本末転倒」とか言い出す人が
いるだろうが、もちろん私はそういう方々にまで上達努力を強いる気などない。
彼らには、ただただ手軽な楽しみを求めて、何も価値あるものを得ない、どこに
も到達することのない、そういう人生を送ってもらって結構。

 だが、どんな分野にも、たとえ単なる娯楽と見なされている分野においても、
ごく少数かも知れないが、上達を追い求める人々が確実に存在する。一過性で底
の浅い楽しみよりも、苦労をもいとわず技量向上を切望する人々。もっと上手く
なりたい、高みに到達したい、その先を見たい、そう願う人々。彼らは必ずいる。
TRPGにおいてもそうだ。私がそうだった。あなたもそうだったかも知れない。

 そういう向上心あるTRPGプレーヤーに対して、良い教科書や、優れた研修
用教材を与えることは、我々の責任ではないだろうか。

 だから、ここでまた、いつものお願いを繰り返すことにする。

 将来、あなたがTRPGの指導者/コーチをつとめる日がやって来れば、それ
が高校の部活動であれ、カルチャースクールであれ、市民会館における社会人の
ためのサークル活動であれ、良い教科書だけでなく、優れた研修用教材となるT
RPGを提供してあげてほしい。別にマンション理事会RPGでなくてもよい。
基礎を習得できるTRPG。プレイすることで上達につながるTRPGだ。

 そして、その教材をプレイさせる中で、生徒たちにしっかりと教えてほしい。
先に進みたければ、とにかく絶対に基礎をおろそかにしてはいけない、という、
とても、とても大切なことを。



馬場秀和
since 1962


馬場秀和が管理するRPG専門ウェブページ『馬場秀和ライブラリ』


 この記事はScoops RPGを支える有志の手によって書かれたもので、あらゆる著作権は著者に属します。転載などの連絡は著者宛てにしてください。

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