馬場秀和のRPGコラム 2003年6月号



『RPGを支える柱』



2003年6月28日
馬場秀和 (babahide*at*da2.so-net.ne.jp)
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 JR東海によると、東海道新幹線の遅れ時間は、年間平均で約18秒とのこと
だ。すなわち、1日に300本近く走っている超特急列車の、東京駅から新大阪
駅まで約3時間の運行を全て平均して、時刻表からの遅れがわずか18秒だとい
うのである。

 考えてみれば、これはちょっとした驚異である。「時計のように正確な運行」
という表現も、決して過言とは言えないだろう。新幹線だけではない。在来線も、
その「時刻表通りの運行」には、以前から定評がある。

 これを日本人の几帳面さの現れと見るか、列車運行プロセスにおける品質管理
の成果ととらえるか、それとも社会的強迫症の一種として薄気味悪く感じるかは
人それぞれだろうが、ここでこれ以上の分析を行う気はない。

 私が指摘したいのは、「国民のほとんどが、列車は時刻表通りに運行するもの
と確信している」という特殊な環境なしには、いわゆる「時刻表ミステリ」なる
推理小説のサブジャンルは成立しないだろう、ということである。

 そう。列車の時刻表をもとに、事件の容疑者が持っている鉄壁のアリバイを崩
してゆくという、「時刻表ミステリ」あるいは「時刻表トリック」と呼ばれる、
あれだ。(このジャンルは、しばしば「2時間ドラマ原作ミステリ」という別名
で呼ばれることもある)

 この手のミステリにおいては、アリバイを成立させるために文字通り1分1秒
が問題となる緻密な計画が実行されることになる。犯人の側から見れば、これは
命がけの冒険に他ならない。もし、列車の発着時刻が、それどころか発着自体が
ほとんど当てにならないとすれば(多くの国ではそうだ)、そもそもこんな冒険
は成立しないだろうし、無理に書いたとしても、あまりにもリアリティに欠ける
と読者も思うに違いない。

 実際、時刻表ミステリが書かれているのは、私の知る限り、日本だけである。


**


 伝聞で申し訳ないが、英国を舞台にした冒険小説で、非常に印象的な設定の作
品があるそうだ。ある事情から「ロンドンの地下鉄の全ての駅を、地下鉄だけを
使用して1日で回ることが出来るか」という賭をした主人公が、この冒険に挑む
というストーリーだ。

 私はこの話を聞いたとき、思わず「どこが冒険小説なの?」と聞いてしまった。
だって、もしも舞台が東京なら、地下鉄路線図を確認してきちんと計画を立てれ
ば、後はただ地下鉄の乗り降りを繰り返すだけのことで、冒険にも何にもならん
じゃないですか。というか、冒険以前にそもそも賭が成立しないでしょう。

 どうやら、ロンドンだとそうはならないようだ。「誰が考えても不可能と思え
る難関に敢然と立ち向かってゆき、あらゆる予想外の困難を乗り越えついに目標
を達成する」という冒険小説の王道をゆく話になっているらしい。たぶん地下鉄
というものは、アイガー北壁山頂付近の天候予測とか、ナチスドイツ要塞の警備
スケジュールに関する情報とか、ベトナム戦争における友軍救出ヘリの到着時刻
とか、そういった事柄と同程度の信頼性を持って運行されているものと見なされ
ているのだろう。

 英国を舞台にした冒険と言えば、『試すな危険! 冒険野郎ハンドブック』と
いう本(邦訳は早川書房より)の中で、“バッキンガム宮殿の寝室に忍び込む”
という冒険の手順が、宮殿屋上へのパラシュート降下から、チャールズ皇太子の
ベッドにいたずらを仕掛けるところまで、詳しく解説されている。

 余談になるが、この本で実行手順が説明されている冒険には、モナリザを盗み
出すとか、捕虜を敵国の収容所から解放するとか、事故を起こした宇宙飛行士を
救出するとか、TRPGのシナリオ作成にそのまま応用できそうなものが多いの
で、そこそこお勧めできる。こう書くと、さぞや面白い本かと期待する人もいる
かも知れないが、まあそれほどではない。最近の「非日常実用講座」シリーズよ
りは面白いし役に立つ、という程度だと思ってほしい。(TRPGシナリオ作成
にとって役に立つ、という意味だが)

 それに、ドーバー海峡を泳いで渡るときには高潮線より上の地面に触れるまで
公式なゴールインとして認められないとか、エリア51にいる宇宙人はグルーム
レイク付近の研究施設からパプースレイク西部の施設に引っ越したとか、そうい
う有益な知識も学べるのだ。(何のために有益なのかは別として)

 で、バッキンガム宮殿に潜入してチャールズ皇太子のベッドにいたずらを仕掛
けるという冒険の話に戻るが、これが魅力的な(あるいはユーモラスな)冒険と
して成立するのは、英国王室と国民の関係あってのことだろう。それが証拠に、
舞台を日本にしたと想像してみよう。皇居にパラシュート降下で潜入し、寝室に
いたずらを仕掛ける。どう考えてもただの(やばい)犯罪にしか感じられない。
魅力的でもないし、少しもユーモラスではない。少なくとも冒険小説の題材には
なりそうもない。


**


 「冒険」という言葉を、ここでは「冒険小説の題材になりそうな、魅力的な、
課題解決行動」という意味で使うことにしよう。これまでの話からもお分かりの
通り、ある特定の行動が、上のような意味での「冒険」たり得るか否かは、国に
よって異なる。もっと一般的に言うなら、社会状況によって決まるということに
なる。

 時刻表を利用したアリバイ工作は、日本では「小説としてリアリティのある」
冒険となるが、他国ではそうは見なされないだろう。逆に、地下鉄全駅を1日で
回るという行動は、日本においては、困難が少なすぎて冒険とは見なされない。
これらは鉄道運行の信頼性という社会状況の差によるものだ。

 王族皇族の寝所への潜入が「魅力的な冒険」と感じられるか、単にやばい犯罪
と感じられるかは、一般国民が王族皇族に対して持っている感情(親近感など)
による影響が大きい。

 もちろん特定の行動が冒険になるか否かが「政治的状況」によって決まるケー
スは列挙にいとまがない。

 広場に楽器を持ち込んでアナーキーパンクロックを大声で歌う、という行動を
想像してみよう。奇矯な行為ではあるが、冒険とは思えないだろう。もと「爆風
スランプ」のドラマー、ファンキー末吉さんは、この冒険に挑もうとしたときの
話を『大陸ロック漂流記』(アミューズブックス)に書いている。(腹の底から
熱くなりたい人は、この本を読むべし)
 なぜこれが「冒険」かと言うと、時は1990年、場所は中国、北京は天安門広場
であるためだ。

 何が冒険と見なされるかについては、時代背景も重要だ。いつか「20世紀に
は、月に行って石を拾ってくるだけで冒険になった」と書かれる日がくることを
想像するのはさほど困難ではない。あるいは「20世紀には、単に移動のために
化石燃料を大気中で燃やしても、冒険とは見なされなかった」と書かれることを
想像する方が簡単かも知れない。

 こういった例はいくらでも挙げることが出来る。ある行動が冒険とみなされる
か否かは、社会状況によって決まる。逆に言えば、冒険を成立させるためには、
まずそのために必要となる社会状況を作り出せばよい、ということになる。

 もちろん、実際に社会状況を任意に作り出すのは困難なので、たかだか「冒険
を成立させるために」そんなことをする人はいないだろう。しかし、社会状況を
作り出すことが比較的簡単で、冒険が成立することが非常に重要なケースだと、
これは有効な手法になる。

 冒険色の強い小説の執筆というのは、そのようなケースの具体例だ。作家は、
作品内の社会状況を、割と簡単に作り出せる。そして、小説中で冒険が成立する
ことは、とても、とても、重要だ。だからこそ作家は、慎重に、考え抜いた上で
その冒険に適した社会状況を作り出すのだ。

 他にもこういう条件を満たすケースはある。すでにお分かりのことだろう。
TRPGのゲームデザイナーと、その代理人としてのゲームマスターのことだ。


**


 前回までのコラムでは、TRPGの最も基礎となる構造と、それを支えている
要素について解説してきた。もう一度、整理してみよう。


 ・ゲームマスターは、ゲームデザイナーの代理人として、デザイナーから与え
  られたゲームコンセプトの下で、可能な限り優れたゲームを作り出すことを
  目指す。

 ・これに対して、プレーヤー達は、ゲームマスターが作り出したゲームに成功
  することを目指す。

 ・ゲームマスターは、プレーヤー達に、「課題」を提示する。

 ・プレーヤー達は「パーティ」を構成し、その中で「役割分担」を決める。

 ・プレーヤーは、自分が担当するキャラクターに、分担した役割にふさわしい
  振る舞いをさせる。つまり、「ロールプレイング」する。

 ・各プレーヤーのロールプレイングを通じて課題を解決できれば、プレーヤー
  達にとってゲームは成功である。出来なければ失敗である。

 ・いずれにせよ、課題解決を目指す過程で「意志決定」を行うことで、プレー
  ヤーはゲームをプレイしたことになる。


 言っておくが、これは最も基本的な構造に過ぎない。TRPGをこれほどまで
魅力的なゲームにしているいくつかの要素(キャラクターの個性の表現、演技、
物語の創出、感情移入など)は、まだ導入されていない。建物にたとえるなら、
むき出しの土台があるだけだ。屋根も、壁も、内装も、そして家具もない。

 それでも、土台は決定的に重要だ。いい加減な土台の上に、きちんとした建物
を建造することは出来ない。TRPGも同じことだ。

 それに、たったこれだけの、全くむき出しの土台のような基礎構造だけでも、
TRPGはゲームとして成立する。前回のコラムでは、このような、「課題提示
−役割分担−ロールプレイング−課題解決」という基礎構造だけからなるTRP
Gを研修用TRPGと位置づけた上で、そのような研修用TRPGを繰り返しプ
レイすることで、基礎を身につけることが大切だということを強調した。

 さて、将来、TRPGの指導者/コーチとなったあなたが、自分の生徒たちに、
研修用TRPG、例えば前回説明した「マンション理事会RPG」を何度もプレ
イさせたとしよう。生徒たちは、きっとそのうちに、予算作成や居住者の説得と
いった雑務ではなく、ドキドキハラハラするような「冒険」をしたいと思い始め
るに違いない。(たぶん最初からそう思うだろう)

 むろん、基礎練習は何事にも優先する。研修用TRPGをきちんとプレイでき
るようになるまでは、それ以外のTRPGをプレイさせるべきではない。基礎が
固まる前に悪いクセがつくのを防止するためだ。(しっかりした建物を作りたけ
れば、土台が固まるまで時間をかけるべきだ)

 だが、生徒たちの基礎がしっかりしてきたと確信できたなら、そろそろ研修用
TRPGに「冒険」を導入すべきだろう。

 やり方は、すでに説明したはずだ。

 そう。「冒険小説の題材になりそうな、魅力的な冒険」を成立させるために、
必要となる社会状況を作り出すのだ。TRPGでは、この作業を「背景世界設定」、
作り出された社会的状況のことを「背景世界」と呼ぶ。


**


 背景世界設定の目的は、魅力的な冒険を、それなりのリアリティを持って成立
させることにある。しばしば、背景世界の構築それ自体が目的となってしまい、
背景世界設定に耽溺する(細かい設定にひたすらこだわる)人がいるが、本来の
考え方からすると、これは邪道と言わざるを得ない。

 また、背景世界については全てが決まっているべき(キャラクターに知らせる
か否かはともかくとして)だと考えている人もいるようだが、そんなことはない。
背景世界の目的とは、実際にTRPGでプレイされる「冒険」が成立することだ。
そのために必要な設定があるなら、それはTRPGの背景世界として合格である。

 逆に言えば、どんなに詳細な設定が用意されていても、「で、何をすればよい
のか」と考え込まなければならないような背景世界では、本末転倒ということに
なる。

 TRPGの背景世界の良し悪しというものは、それ自体の魅力や完成度ではか
るべきではない。その背景世界設定により、どれだけ魅力的な冒険が(それなり
のリアリティを持って)可能になるか、で評価すべきなのだ。


**


 では、あなたの生徒たちに、今までプレイしてきた研修用TRPGについて、
背景世界設定を行わせてみよう。まず、どんな冒険をしたいのかを明確にして、
次にそれがリアリティと魅力を持つためには、どのような社会的状況が必要にな
るかを考えさせる。そして、最小限の変化で、必要な社会状況を作り出すのだ。

 最小限の変化で、と言ったのは、何かというとすぐにゼロから架空の背景世界
を作り出そうとする人がいるからだ。そんな必要はない。

 試しに、マンション理事会RPGにおいて、「派手な乱闘の末に、襲ってきた
悪漢どもを撃退する」という冒険を成立させてみよう。

 まず、現実の日本社会においてこのような「冒険」が成立しにくいのは、警察
が介入してくるためだ。要は、以前に比べれば悪化しつつあるとは言え、秩序と
治安が守られているというのが問題なのだ。(もちろん、冒険を成立させる上で
問題だと言っているのだ)

 そこで、社会秩序を崩壊させ、治安を極度に悪化させてみる。ここでいきなり
核戦争を起こしたり、戦国時代にタイムスリップさせたりするのは、やり過ぎと
いうものだろう。マンション理事会という基本設定は残したまま、現実の世界に
最小限の変化を加えることにしよう。

 そこで例えば、致死性の伝染病という設定を持ち出してみることにする。疫病
が東アジア地域を中心に広がった。他国は何とか制圧に成功したが、日本は疫病
上陸後、わずか7週間で人口の3割を失い、急激かつ徹底的な社会崩壊を起こし
無政府状態に陥った。国際社会は、今のところ日本を封じ込めることで、疫病の
拡大を防ぐので手一杯である、ということにする。
(後世の研究家の方々へのヒント:本原稿が執筆されたのは、2003年の前半です)

 これらの設定の狙いは、こうだ。秩序と治安があまりにも急激に失われたため、
マンションやその理事会といったものがまだ残っている。無法化が、日本だけの
局地現象であるため、多くの国民が「これは一時的な混乱であり、いずれは海外
からの介入か何かによって秩序が回復するに違いない」と信じている。

 このような社会状況下で、暴徒からの襲撃に怯えながら、マンション内に立て
こもって秩序回復をひたすら待っている住民たち、という状況が何とか成立する
だろう。

 この状況さえ成立すれば、後は簡単だ。単純にエントランスのドアをぶち破っ
て乱入してきた略奪者たちをロビーや階段付近(もちろん1階の住民は避難済)
で理事会メンバーが指揮するマンション居住者たちが迎え撃つ、というシナリオ
を作ってもよい。理事会のメンバーたちが、別の場所からマンションまで貴重品
(疫病のワクチン、燃料、総合ビタミン剤など)を運ぶ途中で、ならず者グルー
プから襲撃を受ける、というシナリオでもよい。


**


 さきほどのようにTRPGの基礎構造を建物の土台にたとえるなら、背景世界
は柱に相当するだろう。そして、背景世界設定は、土台の上に柱を立てる作業と
いうことになる。

 何本の柱をどこにどう立てるかによって、建物の構造と機能は大筋で決まる。
土台の上に建つのは、一軒家かも知れない。集合住宅かも知れないし、オフィス
かも知れない。体育館、図書館、劇場、それとも大聖堂でさえあるかも知れない。
土台が充分に大きく頑丈であるなら、その上にどんな建物を建てることも出来る。
だが、そのためには、まずは柱を適切に立てなければならない。

 同様に、背景世界設定により、そのTRPGで可能になる冒険が大筋で決まる
のだ。基礎構造が充分にしっかりしていれば、背景世界を選ぶことでどんな冒険
も可能になる。もちろん、そのためには狙いとする冒険のことをよく考え、慎重
に背景世界を設定しなければならない。

 TRPGにおける「背景世界」というものを単なるフレーバーと見なし、自分
の好みや勢いだけで設定を作る生徒がいるかも知れない。それは大間違いである
ことをきちんと教えてあげてほしい。背景世界は、フレーバーの集合ではない。
それは、TRPGを支える柱なのだ。



馬場秀和
since 1962


馬場秀和が管理するRPG専門ウェブページ『馬場秀和ライブラリ』


 この記事はScoops RPGを支える有志の手によって書かれたもので、あらゆる著作権は著者に属します。転載などの連絡は著者宛てにしてください。

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