Scoops RPG 読者の声



断絶への航海


馬場秀和



 多くの読者は既にご存じだろうが、HP社が店じまいすることになった。

 いやいや、あのHP社の話ではない。ファンタジーRPG『ウォーハンマー』の出版元として知られている(人によっては凶悪犯罪RPG『バイオレンス』の出版元として記憶されている)英国の Hogshead Publishing 社のことだ。

 詳細は、以下を参照して頂きたい。

Hogshead Publishing 社
http://www.hogshead.demon.co.uk/

 余談だが、このニュースを聞いて私が真っ先に心配したのは、FRUPのことだった。私と同じように「FRUPはどうなるのか?」という、どうしようもなく愚かな疑問を抱くゲーマーが多かったのだろう。本件については、次のような公式発表がリリースされている。

「誰かが、馬鹿げた大金を払うからどうか完成させてくれ、とでも言い出さない限り、FRUPの開発は中止だ。ちなみに“馬鹿げた大金”の具体的な額だが・・・」


 だがしかし、本件に関して真に注目すべきは、FRUPの命運ではない(当然だ)。注目すべきは、彼らがRPG業界から手を引くに至った理由である。それは経営上の問題ではなく、彼らの言うところでは「嫌気、クリエイティブな仕事が報われないことでつのる不満、RPG業界の将来に対して日増しに高まる幻滅」なのだそうだ。

 なかなか、辛辣な業界批判ではないか。

 テーブルトークRPG業界の現状と将来についての力強いビジョンを持って、この批判に反駁することが出来る者がいるだろうか。そいつは、かなり疑問だ。むしろ、密かにこの批判に共感を覚えるゲーム会社や出版社が多いのではないか。

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 RPG業界が抱えている深刻な問題の1つに、「真にクリエイティブな仕事は、金にならない」ということがある。より深刻な問題は、クリエイティブでない仕事だってやっぱり金にならない、ということであるが、こちらについてはまずは置いておこう。

 どうしてクリエイティブな仕事が金にならないのか。私の考えるに、それは、RPGというものが実のところ(ゲームマスターやプレーヤーが思い込んでいるほどには)クリエイティブなゲームではなく、そのためにクリエイティブな作品を実際のプレイに活かすことが出来ないためではないか。

 Hogshead Publishing 社の一件を聞いて以来、私はずっとこういうことを考え続けていたので、次のレビュー翻訳を読んだときに、真っ先にこう思ったものだ。「うん。これは実にクリエイティブな仕事だ」「きっと売れなかっただろうな」

『パイロット・アルマニャック(水先案内人の暦)』
http://www.scoopsrpg.com/contents/review/rev021210_almanac.html

 既に読んだ方はご存じの通り、レビュー対象となっているのはハーン世界における船と航海に関するソースブックだ。とても使えないほど大量かつ詳細な情報と、とても使えないほど大量かつ緻密なルールが載っている(らしい)。

 私は、このソースブックを読んだことがないので、いやそもそもハーン世界について無知なので、レビューがどのくらい妥当で客観的な評価になっているかを判断する資格はない。が、おそらく、私に評価するだけの能力や知識があったとしても、「真にクリエィティブで素晴らしい作品だが、実用的ではない」という結論になったであろうということは、レビュー記事から容易に想像できる。

 なぜなら、私はこれと非常によく似たソースブックを知っているからだ。

 それは、『トラベラー』シリーズにおける、一連の宇宙船マニュアルである。こちらも同じように、宇宙船の構造、操縦、設計、運行について、大量かつ詳細な情報とルールを提供していた。

 その設定やルールの細かさときたら、隣の星まで宇宙船を飛ばすだけで丸ごと1回のセッションが必要なほどだった。その上、宇宙船の設計。こいつは間違いなく数時間から数日かかる作業だ。いや、そう言いたいところなのだが、実際には宇宙船設計は決して完成しない。大量のチャートに、大量の誤植があるからだ。

 ルールの中には、とてつもなく瑣末な事項まで含まれている。「彗星核に着陸して、宇宙船の燃料である水素を抽出するためのルール」を見つけたときには、これは冗談の一種だろうと思ったほどだ。

 ところが、ところが。

 ずっと後になって、ある設定情報の存在を知って、私は唸ってしまった。

 標準的なトラベラーアドベンチャーの舞台である「スピンワードマーチ宙域」は、恒星系の密度があまりにも低いために宇宙船が突破できない領域、いわゆる「大裂溝」と呼ばれる空隙によって、帝国中心部から切り離されている。これは最も基本的な設定の1つであり、トラベラープレーヤーならみんなよく知っていることだ。

 ところが、この基本設定には、実は裏がある。1つだけ「大裂溝横断ルート」が存在するのだ。これは、帝国海軍によって最高機密とされている。このルートを利用するためには、詳しいことはここには書けないのだが、前述したルールが必要になる、というわけだ。

 そして、あるシナリオ、詳しいことはここには書けないのだが、メガトラベラー最後のキャンペーンシナリオ、において、プレーヤーキャラクター達の宇宙船がこのルートを通って大裂溝を横断する、という歴史的とも言うべきシーンが登場する。むろん、本当に、あのルールを適用するわけだ。

 最初は馬鹿げているとしか思えなかった瑣末なルールが、実は重要な設定につながっていることが後から明らかにされ、しかもその後に実際にその設定を活用するシナリオが提供される、という数年ごしの大仕掛け。

 もちろん、ワールドビルダー達が最初から全てを計画していた、というわけではなかろう。後知恵でどんどん情報を積み上げたに違いない。だが、それにしても、これはなかなかクリエィティブな仕事だと思う。

 だが、同時にこうも思う。数年かけて各種サプリメント、ソースブック、シナリオブック、それらにくまなく目を通して初めて理解できるような仕掛けなど、それがいくらクリエイティブであろうと、実際には誰にも使えないだろう、と。そして、きっとこれらのサプリメントやソースブックは、ゲーム会社が期待したほどは売れなかったに違いない、と。

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 古い『トラベラー』の思い出話を長々と書いて申し訳ない。これはもちろん、私がハーン世界について知らない、ということが原因である。すまん。

 私が言いたかったことは2つだ。

 1つは、トラベラーシリーズにおける宇宙船と航宙に関するソースブックは、いたずらに詳細なだけの屑山ではなくて、なかなかクリエイティブな仕事だった。レビューを読んだ限りでは、ハーン世界における船と航海に関するソースブックも同様であろう、ということ。

 もう1つは、それにも関わらず、これらのソースブックに含まれている情報やルールを使いこなせるゲームマスターやプレーヤーは、皆無とは言わないまでも、ごく少数であり、おそらくこれらの作品はあまり売れなかっただろう、ということだ。(レビューアーが“もう全くの「買い」である”と強調したとしても)

 私の愛するRPGに『ブループラネット』というシリーズがある。非常に高い評価を受けた作品で、ここ10年で最もクリエィティブなSF−RPGだと絶賛されている。だが、やはり売れてないのだ。おそらく、あの膨大かつ緻密な設定情報を活かすことの出来るゲームマスターやプレーヤーがほとんどいないためだろう。

 このように、ゲーム制作者サイドから見て「クリエィティブな優れた作品」と、実際に多くのプレーヤー達が購入する商品の間には、多くの場合、深刻なまでの断絶が存在する。

 誤解しないでほしい。私は「売れないものは駄目だ」とか「どんなにクリエイティブだろうが、実際のゲームで活用できない情報やルールは無価値だ」とか、そんなことを言うつもりはない。むしろ、逆だ。クリエイティブな仕事が、単に「レビューにおける高い評価」を受けるだけでなく、金銭的にも報われるような、そういう業界にするにはどうすればよいか皆で考えよう、と言いたいのだ。

 これは何も、絶対に無理な注文というわけでもあるまい。

 コンピュータゲーム業界では、もちろん例外は多々あることだろうが、統計的な意味では「クリエィティブで優れた作品」と「実際に多くのプレーヤーが購入する人気製品」の間には、それほど深刻な断絶はないと思う。つまり一般的に、良い作品であればあるほど、よく売れて制作者に金銭的利益をもたらす、という傾向があると、私にはそう思えるのだ。

 では、テーブルトークRPG業界はどうだろうか。あるいは、そのような業界にするためには、具体的にどうすればよいのだろうか。

 この問いかけに対して説得力ある回答を出せれば、Hogshead Publishing 社にテーブルトークRPGビジネスを続けさせることが出来るかも知れない。HP社は間に合わないとしても、これからHP社に続くであろう(それは間違いない)ゲーム会社を思い止まらせることが出来るかも知れない。『ハーン』や『ブループラネット』といった作品のサポートが強化されるかも知れない。

 もちろんその回答は、「先細りのテーブルトークRPG業界から足を洗って、コンピュータゲーム業界にでもビジネスチャンスを探した方がずっとマシ」という答えに比べて、かなりの説得力を持たなければならないのだが。

馬場秀和(2002年12月)


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