Scoops RPG 読者の声



表なら私の勝ち、裏なら君の負け


馬場秀和



 ウィリアム・ゴールドマン作『プリンセス・ブライド』という小説がある。

 私にとっての“メタフィクションのベスト作品”といえば、それはもう長年に渡ってエンデの『はてしない物語』に他ならなかったのだが、いきなりエンデを蹴落として王座を奪ったのがこの小説だったのだ。それからというもの、幾多の挑戦者にも関わらず、ずっとチャンピオンベルトは不動のままだった(まあ、最近になって『プリンセス・チュチュ』にあっさり譲ってしまったが)。

 で、この小説に、ヒーローと悪漢が知恵比べをするシーンが登場する。我らがヒーローが、悪漢に毒薬を見せる。無味無臭の猛毒で、普通の人なら飲めば即死だという。それから、後ろを向いてごそごそやって、さっと向き直ったかと思うと、テーブルに2つの全く同じ酒のグラスが置かれる。さあ、どちらか一方を手にとりたまえ。残りは私が持とう。そして同時にぐいっとあおるのだ・・・。

 さあ、毒薬が入っているのはどちらのグラスだろうか?

 悪漢は色々と心理戦を展開した後、ヒーローの注意がそれたタイミングを見計らって、さっとグラスを入れ換える。それから、一方のグラスに手をかけ、ヒーローの顔色をうかがう。ヒーローが、自信に満ちた顔つきで他方のグラスを手にとったのを見て、悪漢は自分の勝利を確信する。二人は酒を飲み干して・・・。

 悪漢は絶命する。

 読者は「なんとさすがは我らがヒーロー。悪漢がグラスをすり替えることまで読んでいたのか」と思うし、たぶん悪漢もそう思って死んでいったことだろう。

 つまり、読者も悪漢も、このゲームは公平で、ヒーローの判断が優れていたからこそ勝利を手にしたのだ、と確信するわけだ。もし悪漢がグラスを取り替えなければ、そう、そのとき死んでいたのは、ヒーローの方だったはずだ・・・。

 さあ、ここでベンさんのコラムをどうぞ。

『一本道かどうか、それは問題ではない』
http://www.scoopsrpg.com/contents/mistery/mistery_may03.html

 ベンさんが言っていることは明快だ。せっかくゲームマスターがシナリオ分岐を用意しておいても、プレーヤーがそれを実感してくれなければ一本道シナリオと大差ない・・・。うん、その通り。

 もっと回りくどい表現を好む誰かさんなら、「意志決定を成立させる必要条件とは、“選択肢の存在”ではなく、選択肢の存在に対する“確信”に他ならない」とか何とか書くかも知れないが。

 逆に、プレーヤーが選択肢の存在を確信するなら、つまり自分の選択が有意義な差を生み出したのだと実感するなら、実のところ選択肢など存在しなくても良い、ということになる。そうだろう? 一本道かどうか、それは問題ではない。

 では、実質的に選択肢のないシナリオ、いわゆる一本道シナリオにおいて、プレーヤーに選択の有意さを確信してもらう(悪い言い方をすればペテンにかける)ことは可能だろうか?

 もちろん可能だ。ベンさんが挙げている、プレーヤーに選択を実感させるための3条件を見てみよう。

 袖口に少々のギミックを用意しておけば、これは簡単なことだ。

 試しにやってみよう。話を単純にするために、D&Dのダンジョンを想定する。

 ダンジョンの入口を抜けるとそこは大広間のようになっていて、奥へ進むためには扉Aか扉Bのどちらかを通らなければならない。PC(プレーヤーキャラクター)達が扉を調べようとしたとき、このダンジョンの主(とにかく現在のレベルでは絶対に倒せないとはっきり分かる強くて巨大なモンスターなら何でも可)が外出先から戻ってきた!

 入口はモンスターによってふさがれているわけだから、PC達は今すぐにどれかを選択しなければならない。扉Aか、扉Bか、それとも全滅か。[選択肢を明示して選ばせる]

 PC達は扉Aを選んで飛び込み、内側から扉を閉める。中は狭い通路になっていて、たとえ扉Aをぶち破ったとしても、巨大なモンスターは入ってこれない。一安心だが、怒り狂ったモンスターが大広間でどしんどしんと床を踏みつけている音が響く。もう大広間には戻れない。先に進むしかない。[実際に選べるのは1つだけにする]

 通路を進んだプレーヤー達は、剣や防具などが納められている武器庫を発見する。そこには一人の老ドワーフがいた。彼はPC達と同じように、主がいない間にダンジョンに忍び込み、先に扉Bの奥を探索したとのことだ。そちらには魔法関連の書庫やマジックアイテムの保管庫があった。だが、彼には無縁のものだし、何だか不気味なので、途中で大広間に引き返し、改めて扉Aの奥を調べていた。そこにPC達が追いついてきた、というわけだ。[選ばれなかった選択肢の結果を明らかにする」

 わざわざ説明するまでもないだろうが、もしプレーヤー達が扉Bを選んだとしても、実は事態の成り行きには何の変わりもないのだ。その場合には、マジックアイテムの保管庫は扉Aの奥にあったことになる。いずれにしても、PC達には武器や防具とドワーフの同行者が与えられるが、マジックアイテムや呪文の巻物は決して手に入らない。

 これは完全な一本道シナリオなのだが、あたかもプレーヤーの選択によって、手に入るアイテムが異なってくるかのように見せかけているわけだ。

 まあ、たぶんこれだけ単純なトリックに本気でだまされるプレーヤーは少ないだろうが、シティアドベンチャーだと、これがうまく決まることがある。

 勢力Aと勢力Bのグループが対立し、紛争が絶えない街。プレーヤーキャラクター達は、とにかくどちらかを選んで加担しなければ、両方から敵対されて、とてもこの街にいられない。[選択肢を明示して選ばせる]

 勢力Aを選んだプレーヤーキャラクター達は、勢力Bの連中から攻撃されるが、今や仲間となった勢力Aの人々が守ってくれる。(PC達は、勢力Aにいっぱい義理や借りや恩が出来るというわけだ)[実際に選べるのは1つだけにする]

 ところが何と、実は勢力Aの幹部達は、敵国のスパイで、共産主義者のミュータントで、さらにクトゥルフ復活をもくろむ邪神教の狂信者で、そのうえ宇宙人と邪悪な取引をしている影の連邦政府の手先だった。勢力Bのリーダーは彼らを阻止しようとしていたのだ。さあ、どうする?[選ばれなかった選択肢の結果を明らかにする」

むろん、PC達が勢力Bに加担すれば、勢力Bのリーダー達こそが悪の手先だと判明する。

 この手はいくらでも使えるだろう。例えば、宿屋の宿泊料が高額であるため、野宿を選んだPC達。ところが、そのために盗賊団に襲われ、大切なアイテムを奪われてしまう。ああ、こんなことならお金をケチらずに宿屋に泊まればよかった・・・。しかし、もし宿屋に泊まったとすれば、実は宿屋の主人は盗賊団と通じていて、よそ者が泊まると盗賊団に襲わせては分け前にあずかっているという不快な事実が判明するのだ。

 魔物の手からとっさに助けることが出来るのは娘Aか娘Bかどちらか一人だけ、という状況で娘Aを助けたPC達。ところが、実は魔物に誘拐された娘Bこそ、国王の孫娘だった。PC達は、単なるトラブルメーカーだと判明した娘Aにつきまとわれながら、国王の命令(脅迫)に従って娘Bの救出に向かわなければならない。ああ、こんなことならあのとき娘Bの方を助けていれば・・・って、もしそうしてたら、実は娘Aこそ国王の孫娘だということが判明するんだよもちろん。

 ほーら、いくらでも出来る。

 これは邪道だろうか?

 ゲームマスターの目標が、プレーヤーに対して、「良いゲーム」を与えることだとすると、確かにこれは邪道だろう。しかしながら、ゲームマスターの目標が、プレーヤーに対して「良いゲームをプレイしたという体験」を与えることだとするなら、一本道シナリオをそうでないように確信させる技は、それがプレーヤーにばれない限り、必ずしも邪道マスターリングだとは言えないかも知れない。

 どちらの考えの方がより正しいのか、実のところ私にもよく分からない。

 だが、確実に言えることがある。邪道だろうが正道だろうが、ベテランゲームマスターになるためには、とにかくこの手の技に習熟しておかなければならない、ということだ。いざという切羽詰まったときのために。

 ところで、「プリンセス・ブライド」の話に戻ろう。

 悪漢を倒して姫を救い出したヒーローは、彼女から質問される。あのとき悪漢が別のグラスを選んでいたらどうなっていたのかと。我らがヒーローの回答は、こんな感じだった。

 「実は両方のグラスに毒を入れました。あれは私の身体には効かないのです」

馬場秀和(2003年7月)


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