ゼノのこと2

 ゼノは人に甘すぎる。
 厳密に言うと、カナタに甘すぎる。
 連れてこられたばかりで何も受け入れることができなかった頃に、守護聖なんて知らない家に帰りたいと言ったのは流石に首を振られたけれど。それ以外は基本的に駄目だとかできないとか言われたことがないような気がする。
 多分できないことであっても、難しいなと言いながら一旦は引き受けてくれる。結果出来なかったと申し訳なさそうに謝られて、逆にこっちが恐縮することもあった。
 もっとも、仕事に関してはあんまり甘やかしてくれることはないように思う。たぶん、カナタの為にならないから。助言はくれるし、ほんとに難しいことは成長を促す程度に手を貸してくれることもある。その分終わったらこっちが照れるくらい褒めてくれて、好物を食べさせてくれたり新作ゲームをくれたりとたっぷり甘やかされるというのが、いつ頃からか定番になった。
 だから仕事をがんばるというわけでもないけれど、頑張った分認めて褒めてもらえるのは純粋に嬉しい。他の守護聖たちに褒められることがほぼないから、余計に。いつだったか「ゼノはめちゃくちゃ褒めて伸ばすタイプだ」と言ったら、「叱る時はちゃんと叱るよ?」と返された。意味が違うと思ったし、そもそもゼノに叱られた記憶はないなぁとも思ったが、顔には出さずにすんだらしい。
 単に守護聖の後輩だった時も、親友になってからも、ゼノが甘いのは変わらなかった。根底にあったのはカナタが彼にとって庇護下の存在だというのと、誰かの為になにかしなきゃという意識の二つだと思う。特に前者について該当するのはカナタだけだったから、余計に自分が甘やかされているように思えたんだろうなとも。
 じゃあ、関係が変わった今はどうか?
「ゼノ、オレのこと好きだよね」
 優しく頭を撫でる感触で目を覚ましたカナタが寝起き故に口を滑らせると、ベッド脇に腰掛けていたゼノは一瞬きょとんとしてから微笑んで、首を振った。
「ううん。俺より、カナタの方が俺を好きでしょ?」
「うわ」
「おはよう。気持ちよさそうに寝てたけど、いい夢見れた?」
 目を開けて最初に飛び込んできた愛おしいものを見る表情が眩しくて、いらぬ一言を口走った自覚はある。なんでもないことのようにやり返されたカナタは撃沈するしかない。確かにそうだけど、間違いなくカナタの方がゼノを好きな自信はあるけど。同じだけ好かれてる自信もあるけれども。
 しかも何事もなかったように朝の挨拶をされるので、とても悔しい。どうにか反撃できないかと寝起きの頭をフル回転させてみるけれど、何も思い浮かばず。
「え、わっ?」
「今ので全部忘れた」
 右手をゼノの肩に伸ばして、強く引き寄せる。バランスを崩させ倒れ込んてきたゼノを抱きしめて、拗ねたように言う以外にできなかったのもやっぱり悔しい。
 どうやらカナタの寝顔を眺めていたらしいゼノ曰くの「いい夢」の残滓もなにもなく、寝起きに見えたゼノの柔らかい表情だけが残っている。
「そっか。俺が起こしちゃったからかな? ごめんね」
 自分でも駄々っ子みたいな言い分だと思ったのに、ゼノは受け入れてくれたらしい。手を伸ばしてカナタの頭を先程と同じように優しく撫でてくれる。ぐずる子供をあやすようにも思えたけれど、詫びのつもりか宥めるように触れるだけのキスをされて、全部許したくなるのもどうなんだと、自問してしまう。
 ゼノからキスしてくれるのが稀だとか、特別な時だけだからとかではない。割合的には半々な気がする。キスしたいなぁと眺めていたら、気付かれて先回りされることもあった。だから理屈じゃないというか。
 今に関してはそもそもが子供じみた感情なので、誤魔化されたという落としどころを与えられた気がして、更に悔しい思いが積もる。
「ゼノってほんと甘やかすよね……」
「え? そう? 甘やかしてる……かな?」
 元々甘やかされていると思っていたけれど、恋人になってからは更に加速したと感じている。カナタだってゼノを甘やかしたいのにうまくいかず、やきもきするくらいに。
 溜息交じりにぼやいたら、ゼノが頭をあげて意外だと表情でも返してくる。予想外の反応に、口にしたカナタの方が驚いたし意外だった。てっきり先程同様やり返されるのがオチだと思ったのに。
 なるほど、カナタにはできないわけだ。無自覚と意図的じゃ、そもそも同じ土俵に立てていない。
「カナタが嫌なら、できるだけ気を付けるようにするけど……」
「いや、いいよ。たぶん無理でしょ」
 諦めがついて盛大に息を吐きだしたら、ゼノが困惑顔で言った。下がった眉尻と頬に口付けて返し、両手でゼノを抱きしめる。
 甘やかそうとしてされているのでなければ、言葉にしたとおり自粛するのはたぶん無理だろう。カナタがゼノに触れたいとかキスしたいと感じた時にはすでに触れているのと同じで、無意識なら。
 であるなら、気を付けるべきはカナタの方だ。甘えないように甘やかされないように考えて行動するとか、できることがあるはず。自分ばかりが甘やかされるのは、やっぱり悔しいから。
 なのに。
「そのままでいてくれたほうが、俺は嬉しいけどな」
 軽く伝えた決意を、淋しげに微笑んで一蹴されてしまった。
 甘やかしてる自覚はないらしいのに、甘えられてる認識はあったらしい。おかしい。ただ、なんとなくカナタが甘やかされてると思っている部分と、ゼノが認識している部分は大部分が重ならないような気もしている。
 あぁでも今の一言は、ちょっと甘えられてるような気がしないでもない。
「じゃあ、そうする」
「ほんと? 良かった」
「でも、その分ゼノもオレにもっと甘えて?」
 抱きしめていた両手を離してゼノの頬を挟み、額を触れ合わせて願いを口にする。近すぎてぼやけるゼノの表情が困惑に傾くのが、雰囲気でわかった。
「カナタの望みどおりできるかわからないけど、努力する」
「なんか、どっちが甘えてんだかわかんないね」
 困惑しながらも頷いてくれたのが嬉しくて、なんとなく甘え方がわからないと言われてるようで可愛くて。照れくささを覚えて誤魔化すように呟いたら、何故かゼノにキスされていた。しかも触れるだけじゃなくて、朝からちょっと困るようなやつ。
 目を瞬かせたら、顔をあげたゼノが頬を染めながらも苦笑を零す。
「ごめん。カナタが可愛すぎて、我慢できなかった」
「えと、どういたしまし、て……?」
 予想外のキスと言い分、あと照れて苦笑してるゼノがあんまりにも可愛くてちょっと混乱して、よくわからない応答を返していた。口にしてから、いやゼノの方が可愛いのに何言ってんの?と、ようやく思えたくらいに。
「離れがたくなっちゃうから、そろそろ起きよ? 新作ロボのテスト付き合ってもらわなきゃ」
 気を取り直すより前に、ゼノがカナタの上から退いた。ベッド脇に立って振り返りはにかむ姿に、もしかして気付かなかっただけで、ゼノはちゃんと甘えてくれてたんじゃないかと、今更ながらに思う。
 でも。
「朝ごはん、何食べたい? お詫びにリクエストに応えちゃうよ」
 半袖のシャツで腕まくりの素振りをして尋ねて来るゼノはやっぱりカナタを甘やかしてくるから、苦笑を隠しながらカナタもベッドから降りた。
 ゼノはカナタに甘すぎる。
 でも、釣り合わない頻度だけどちゃんと甘えてもくれてるから、バランスをとるにはあとちょっとの努力なのかもしれない。




+モドル+



こめんと。
10作目。いぇーい二桁ー!
「ゼノのこと」は最初からこんな感じで
連作みたいにしたいなと思ってたので、2話目。
甘えと甘やかしと、認識の不一致。
ちなみに、カナタが「他の守護聖はほぼ褒めない」
というのは、彼等の執務は必然なので、
新米ができたからと褒めるのではなく、
「できるようになったな」と認める方が強いのではないかと。
そう思ったので、「ほぼ褒めない」です。
決して他の守護聖は冷血だって意味じゃないデス(笑)。
(2021.7.26)