ずるい

 常日頃、ずるいなぁと思っていることがある。

 室内を照らすのはオレンジ色の仄かな灯り。聞こえるのは熱の籠ったお互いの吐息と、微かな濡れた音。熱の先で擦り離れ、また触れる。何度も何度も繰り返しすぎて、合わせた唇とは別のところで音をたてるのが潤滑剤か己の熱から溢れたものか区別がつかない。
 いい加減、こちらの方が白旗を振りそうだ。競っているわけではないが、カナタの心情イメージとして。そもそも勝手に望んで挑戦している上に、説明の一言も告げていない。求めて許諾されて、ふと思いついて試してみているだけだから。
 早くゼノも同じになっちゃえばいいのにと思ったのが伝わったのか、胸に這わした指先に力が籠る。強すぎたのか、ゼノが身を捩った。慌てて力を抜いて、唇を離す。
「ごめん、痛かった?」
「いた……くは、ないけど」
 胸から離した手でゼノの頭を撫ぜた。滲んだ汗で額に張り付いていた髪をかきあげ、ごめんの気持ちを込めて頬に口づけを落とす。露になった額にこそ口づけたかったが、ちょっと身長が足りない。伸びあがった拍子に不用意な刺激を受けたら、そのまま達してしまってもおかしくないぎりぎりのところで留まっているから。
 くすぐったそうに、僅か目を細めて言い淀むゼノ。言ってくれないかなと期待を込めて、また熱の先を擦りつけて離す。
「……さっきから、なに、あそんでるの」
 吐息を零したゼノが、意を決したように尋ねて来る。そっと伸ばしてきた両手でカナタの頬を挟みながら真っ直ぐに目を見つめ、言い逃れを許さないように。少し尖らせて見える唇は拗ねているようで、衝動に抗わず己の唇を押し付けてしまった。
「ちょっと、カナタ、質問に、んっ」
「あそんでるように、見える?」
「……みえなきゃ、きかないよ」
「それもそっか」
 緩く首を振ってキスから逃れたゼノが抗議の声をあげるのに、心外だなと質問で返した。軽く睨まれてしまったので小さく頷くけれど、誤魔化したわけではない。増して、遊んでいるわけでも。
 一言、ゼノから欲しい言葉があった。それが、先程からのつかず離れずな行為の理由。聞きたい一心で理性と自制心をかき集めて、中に進めたい気持ちに打ち勝ちながらゼノを焦らしていた。だけどゼノは今に至るまで何も言ってくれないどころか、同様の仕草さえなくて。
 もう、あと数秒でもアクションがなければ、耐え切れずにゼノの中に押し入っていたと思うところまできていた。
 ちょっとしたアクシデントが切欠かもしれないけれど、ゼノから反応があったので今日のところはここまで。求める言葉がもらえなかったので負け戦だけれど、ゼノと体を繋ぐ行為自体は大勝利しかないので問題はない。欲しい言葉はまた次の機会にでも。
 もう少し自制心を養ってからの方がいいのかななんて思いながら、留めていた行為を先に進めようと体勢を変えようとしたら。
「……気分、乗らない?」
「は?」
 ぽそりと尋ねられ、一瞬理解し損ねる。見下ろしたゼノはカナタから視線を外すように、目を伏せがちにしていた。
 気分が乗らない、とは?
「まさか。こんなにしといて気乗りしないとか、ありえないでしょ」
 理解した瞬間に首を振っていた。頬に触れる手を片方掴み、自身の熱に導く。触れさせたそこは笑っちゃうくらい育っていて、気分が乗らないどころかやる気に満ち溢れているとしか言えないだろう。
 そもそも週に一度のお楽しみ、土の曜日恒例のお泊りな時点で完全にその気で訪れている。日の曜日にお互いに約束がないとくれば、やる気以外に何があるだろう。ゼノがどうかは尋ねなければわからないけれど、少なくともカナタから「今日はやらない」なんて言うつもりはない。
 いや、堂々と威張るようなことではないけれど、ゼノは恋人でもあるし?
「それならいいけど……。でも、じゃあ、なんで?」
「うぁっ、ゼノ、それだめだって。煽んないで」
 カナタの言い分と触れた熱に納得はしてくれたんだろう。視線を戻したゼノが、改めて尋ねてくる。
 が、導いた指先でカナタの熱を撫でながらというのは頂けない。ただでさえ我慢の限界にきているのに、指先で辿るように撫でられたらそれだけで達してしまいかねない。
 慌てて手を引き離しながら拒否の言葉を吐くと、ゼノがあからさまに不満の色を濃くした。
 自制心をかき集めて焦らしてでも欲しかったのは、カナタを欲する言葉。それも、カナタが求めて言わせるのではなく、ゼノが思ったからこそ口にするもの。普段から「欲しい?」と訊けば言葉で返してくれるけれど、そういえばゼノから自発的に乞われたことがないなと思いついてしまって。
 だから、焦らしてみたら、言ってくれないかなと。説明もしないで勝手に競うように焦らしていた。もちろん、これ以上引き延ばすつもりは今日はない。ゼノを不快にさせたいわけじゃないから。
 機会はこの先にもまだまだある。慌ててがっつく必要はない。
「何、言ってるの。さっきから、俺を焦らして煽ってるの、カナタじゃん」
「え」
 さっきよりもはっきりと唇を尖らせて、ゼノが言った。確かに焦らしてはいたけれど、煽る行為だったろうか?
「も、早く。満たして」
 カナタの頬に触れたままだった片手を離し、自らの下腹に這わしてゼノが口にした。微かに濡れた音が追いかけてきたのを耳にする前に、ゼノの熱から零れたものをその手が塗り拡げるのを目の当たりにしてしまう。
 今日はと諦めた途端に聞きたかったねだる言葉をもらえたことも、視覚の暴力ではないかと思うくらいの色に満ちた仕草を目撃してしまったことも。使い果たしかけていた自制心を蒸発させて余る程の興奮を与えられ、カナタは無言で両手でゼノの腰を掴んだ。
「カナ、――ッ」
 呼びかけに応じる余裕もなく、熱をあてがい腰を押し付ける。声になりきらなかった叫びをあげたゼノの口に喰らいついて吐息を奪い、気遣うことも忘れて一息に奥まで突き入れた。
 言葉で仕草で求めてくれたように、抵抗なく迎え入れてくれた中を早く満たしたくて。
「……ごめ、ゼノ……っ」
 物理的に阻まれ留まったところで、辛うじて詫びの言葉を口にした。頬を伝った汗が端から口内に入り、塩辛さを覚える。
 我を忘れて強引に突き入れてしまった。拒まれなかったが、負担を掛けてしまったことは事実。悔いても今更なので、せめて中が馴染むまでは留まろうと、僅か数滴程も残っていない理性を動員する。どれだけ保つか定かではないが、少なくともこれ以上ゼノの体に負担を掛けたくはない一心で辛うじて。
 抑えきれずに暴れだしそうな欲情を抑え込む反動のように、ゼノの腰を掴む手に不必要な程力が籠っていることにも気付かず。
 なのに。
「おそいよ、カナタ」
 愛おしそうに告げた口が嬉しいと笑みを象り、這わされたままだった手が再び自らの下腹を撫でた。ゼノが狙ったのかはわからないが、ちょうど――カナタの先端を埋め込んだあたりを。
 ぞわっとそこから全身に伝わる快感に、抗う術はなかった。
「っう、わ、ぁ」
 まさに暴発としか言い様がない。元々ぎりぎりのところにきていた熱を、ゼノの中に無遠慮に放ってしまった。押し寄せる恍惚に飲まれそうになるが、ハッと我に返ってゼノを見る。完全に策に溺れた状態の自分を、呆れてはいないだろうか。
「可愛い、カナタ……」
 目があったのに気付いたゼノが、笑みを湛えたままの口から零す。下腹に這わしているのとは別の手でカナタの頬を撫でてくる様が、ゼノ自身は達していないのに恍惚として映った。呆れもからかいも窺うことはできないが、先に達してしまったことを可愛いと言われるのはひどく悔しい。
 常日頃、ずるいなぁと思っている。ゼノを前にすると、カナタはこんなにもいっぱいいっぱいで全く余裕なんてないのに。なんでゼノばっかり余裕があるんだろう。せめて熱に飲まれている時くらい、カナタと同じだけ余裕なんかなくしてしまえばいいのに。
「あ、待って、カナタ、駄目」
「なんで」
 余りに悔しいのと一人で達してしまった恥ずかしさとから、ゼノの熱に手を伸ばすが、到達する前に阻まれてしまった。声が荒くなってしまったカナタの手を取り引き寄せて、ゼノが指先に口付けてくる。途端、ぞくりとした快感が伝わって悔しさを逆撫でていく。
「ごめんね。でも、触らないで」
「……ッ、ゼノ……」
 何度も唇を寄せ、開いた隙間から伸ばされた舌先で指をなぞられる。待てと言うなら煽らないでほしい。達してしまったとはいえ、まだ入れただけ。ゼノの中を暴くのがどれだけ気持ちいいか身を以て知っている。煽られたらすぐさま腰を振ってしまえるだけの興奮と熱情が、冷めずに身の内に渦巻いているのだから。
「ゆっくり、してくれる……? 一緒に、いきたいから」
 微かな音と共にカナタの指に口付けたゼノが、要望を告げた。カナタが息を飲んだ音が、仄かなオレンジに染まった部屋に響き渡る。
 ずるい。ずるいずるい。
 なんでゼノはこんなにも余裕があって、カナタを煽り続けられるのか。その欠片でいいから、カナタだって余裕が欲しい。
 乞われるまでもない。共に達したかった。暴発させたのは、ゼノの仕草なのに。
 半面、喜びも広がっていく。ゼノから欲しがってもらいたくて、乞う言葉が聞きたくてしかけたのは、カナタ自身だから。
「ゼノ、好き。大好き」
「うん、俺も。大好きだよ、カナタ」
 悔しいけど、嬉しくて愛しい。強く抱きしめ、口づけ、合間に告げる。両手を背中に回して抱き返してくれたゼノも、同じように囁く。
 そういえば、まだバースに居た頃、聞いた覚えがある。曰く、恋愛は先に惚れた方が負けなんだそうだ。何が、どうしてかは知らないが、今ならなんとなくわかる気がする。
 先に好きになったのはカナタだ。同性であることよりも「自分なんか」を発揮したゼノに、どれだけ好きなのか信じてもらう為にたくさんの言葉と行動を重ねたのは、カナタの方。
 だから、カナタの余裕がないのは、仕方ないのかもしれない。
 でも、やっぱり悔しいし、ずるいと思う。
「ずるい」
 ゼノの願いどおり、ゆっくりと腰を引きながら、思わず零す。問うように目を合わせたゼノの下唇に噛みついた。
「なんでゼノはそんな余裕なの」
「えぇ? 余裕な、んて、全然ないけどなぁ……?」
 先端だけを残して一度止まり、拗ねた響きの言葉を投げてからゆっくりとゼノの中を掻き分けていく。悦さそうな声で応じたゼノの舌が、カナタの上唇をなぞる。だからそういうところ!とちょっとだけ乱暴に突いたら、喘いだゼノの中がきゅっと締まった。
「うわ、やば……ゼノの中、ぬるぬなのに、キッツ……!」
 潤滑剤に先程吐き出したものが合わさってか、いつもよりぬかんるんでいるように感じる。締め付けられると自然に奥まで飲み込まれていくような快感を覚えて、思わず声が漏れていた。
 きもちいい、と下から声が届き、頭を抱えたくなる。ゆっくりして欲しいなら黙っててくれないかなと。吐息のひとつにさえ煽られて堪らない。
「オレ、こんなにいっぱいいっぱいなのに。ゼノだけ、ずるい」
 ゼノの願いを叶えてはあげたいけれど、これ以上ゆっくり進めるのは無理そうだ。もっとゼノの中を堪能して、早く達したい。ゼノと共に。
 捕らわれていた片手を解放させて、ゼノの腰を両手で掴む。ゼノの熱だって、さっきからしきりに溢れさせているんだからと、頭の片隅で言い訳しつつ。
「……? なに、言ってるの……?」
 空っぽになった片手をカナタの頭に這わせて、ゼノが微かに首を傾げる。
「俺だって、カナタでいっぱい、だよ……?」
 気持ちよさそうな吐息混じりの声を、目の前で告げられた。そういう意味じゃないと反論する数秒さえ惜しくて、強く腰を振るう。空気を求めるように喘ぎ開いた唇から覗く舌に喰らいつき、阻まれるくらい奥まで突き上げて。
 名を呼びながら果てたゼノを追いかけて達するまで、そう時間はかからなかった。




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こめんと。
12作目。ぴんくリターン。
ネオロマなんで一応書いておきますけど、
こちら妄想ファンタジー作品でございますので、
生でも問題ないということでひとつお願いします。
古の合い言葉には「やおいはファンタジー!」ってのが
あったんですよねぇ。懐かしい。
あと、ネオロマなんで、あんま生々しくならんように
一応気を付けている……一応……。
(2021.8.3)