ゼノのこと3
ゼノはたまに、やまびこみたいになる。
もちろん、そっくりそのままの言葉を返してくるのではないけれど。
例えば手料理をごちそうになってありがとうと言えば、食べてくれてありがとうと返ってきたり。
例えばちゃんと寝てる?って心配したら、寝てるよカナタこそ無理してない?って返ってきたり。
悪いとか嫌だとかじゃない。むしろ、カナタの言葉を嬉しそうに受け止めてくれてから返されるから、ちょっと嬉しかったりもする。でも、なんでだろうと少し、不思議に思う。
気が付いたのは割と最近のこと。飛空都市に連れて来られたばかりの頃はもとより、仲良くなってからも、恋人に関係が変わったばかりの頃にも、そんな風に返されることはなかった。もちろん、カナタが気付かなかっただけという可能性はある。その頃のカナタには周りを気にする余裕なんてなかったから。
恋人になったばかりの頃は、2人で過ごす時間が親友の気安さに甘さが加わって、くすぐったい気恥ずかしさに慣れずにいたので、自然体でいたとは言い難い。不意の接触があったらどうしようとか、今キスしたら嫌がられちゃうかなとか、そんなことで頭がいっぱいだった。何せ人を特別好きになることも、恋人がいることも初めてだから。
それでも、前とは違うと確信が持てる。同じ言葉が返ってきていたとしても、籠められた想いは明確に違うと断言できるというか。
だって、まずカナタの言葉に嬉しそうな笑顔を向けてから、返してくれるんだから。
恋人になったばかりの頃にあんな笑顔と共に返されていたら、ゼノに好かれてるんだって舞い上がっていたっておかしくない。それがほとんどなかったんだから、やっぱり笑顔で返されるようになったのは、最近のことだと考えられる。
まぁ、違う言葉や仕草で舞い上がってはいたけれど。いや、舞い上がると言うか、煽られてるというか。
「カナタ、どうかした?」
ゼノと2人での夕飯中。主菜として供されたのは、ゼノの故郷の料理だった。以前にも一度作ってくれたそれは、食べ慣れない味ではあったけれどカナタの好みにあったもの。だから、『あ、オレこれ好き。作ってくれてありがとう』と伝えたら、『どういたしまして。好きになってくれてありがとう』と嬉しそうに返された。
それで最近疑問だったことを思い出して、目の前のゼノを見つめたまま考え込んでしまった次第。箸を持ったまま動かなくなったのを心配してくれたんだろう。ゼノがそっと声を掛けてくれ、我に返る。
気付いてから何度か考えてはいるけれど、答えはわからない。それなら、いっそ。
「ゼノ、大好き」
「えぇ? いきなりどうしたの? 俺も大好きだよ、カナタ」
「うん、それ」
「それ?」
唐突に告げてみる。一瞬面喰って、でもすぐに嬉しそうに笑って返してくれるゼノ。指摘するけれど、ゼノには伝わらなかったらしい。笑顔をきょとんとした表情に変えて小首を傾げている。
「あーそれ可愛い。反則」
「えぇ? カナタ、説明がほしいんだけど」
思わず心の声が漏れてしまい、ゼノが困惑する。ごめんと謝ってから、ちゃんと説明する為に一度箸を置いた。長い話にして、せっかくゼノが作ってくれた料理を冷ましてしまうのは本意ではないけれど、箸を持ったままというのもちょっといただけない。
倣ってゼノも箸をおいたので、テーブル越しに手を伸ばして触れた。カナタの好きにさせてくれるらしいので、指を絡めて繋いでみる。くすぐったそうに微笑んだゼノも、同じように返してくれた。
「ゼノさ、時々オレの言葉返してくるでしょ。嬉しそうに笑って。それ、なんで?」
「あぁ、それ? うん、嬉しいからだよ」
「……なんで?」
指に力を籠めたり抜いたりと遊ばせながら尋ねたら、しっかりと頷いてから答えてくれた。無意識とかじゃなくて、意図的な行動だと、その言葉だけで伝わってくる。
でも、説明にはなっていない。きゅっと強く手を握って改めて尋ねると、ゼノがまた嬉しそうに笑う。
「言葉にするなら、お裾分けが一番近いかな」
「お裾分け?」
「うん。カナタからもらった嬉しいを、カナタにも返したいなって」
ゼノの説明はこうだ。
恋人になってからカナタに言われる礼や好意を伝える言葉が、それまでよりもずっと嬉しく思えるようになった。もちろん、ゼノからも伝えてくれていたけれど、ある時気が付いたんだそうだ。
「俺がカナタに好きだよって言うと、カナタも嬉しそうにしてくれるでしょ? それが俺も嬉しくてさ」
だから、カナタから言われた時に同じように返したら、ゼノがもらった嬉しいをカナタにも分けてあげられるんじゃないかと思ったという。
もらったことへの返礼ではなく分け与えるという発想が、優しいゼノらしいなと思った。
「ほんとはね、もっと、俺からも伝えられれば一番いいんだけど……ちょっと、難しい時もあってさ」
「足りないとか思ってる?」
「うん。カナタがくれるのに、全然見合ってない」
少し自嘲するような響きを感じて尋ねると、申し訳なさそうに頷く。ゼノがそんな風に感じていたなんて、全然気づかなかった。
確かに、言葉で好意を伝える回数は、カナタの方が多いとは思う。でもそれはさっきのように心の声が駄々漏れているだけだったりもするから、意図して伝えようとしていることはそこまで多くはないはず。
だけど、ゼノからは言葉以外の好意を毎日たくさんもらってる。言葉でしか伝えられない自分が歯がゆく思えるくらいに。
「そんな風に思っててくれたんだ。……嬉しい」
カナタの考えを伝えたら、ふわりと柔らかく微笑んだゼノ。そんな風に笑ってくれることがカナタには嬉しくて……あ、このことかと理解した。
ゼノがお裾分けと言った意味を。図らずも今カナタが伝えたことが、お裾分けになったから。
「お互い得意分野が違うってことかな」
「だね。カナタは言葉で、俺は行動で伝えるのが得意ってことだもんね」
「別に、言葉で伝えるのが得意ってわけじゃないけど」
顔を見合わせて苦笑して。ゼノの言い分を肯定できるわけじゃないけど、お互いと比べたらの意味だと理解はできている。
繋いだままの手、ゼノからも力を籠められるのが伝わってきた。
「だから、今は、カナタのくれる言葉に返して、慣れてるところ……って感じかな」
「じゃあ、オレもそうしよ」
「充分すぎるほどもらってるよ?」
「駄目。言葉はそうだとしても、行動はゼノを見習う」
「お手本になるかなぁ?」
頬を少し染めて、ゼノが結ぶ。たぶん、同じように赤い頬で、カナタも同意した。抱きしめたいなともキスしたいなとも思って、代替に繋いだ手のひらを擦りあわせる。流石にそんなことをしていたら、ゼノの手料理が冷めてしまうから、自重。
「……カナタ、大好き。あとでキスしようね」
「する。……じゃなくて、オレも。ゼノ、すっげー好き」
ゼノから告げてくれた言葉に、同じ気持ちだったのかなと嬉しくなる。倣って返したら、ゼノが幸せそうに笑うから、カナタも幸せな気分になった。
ゼノはたまに、やまびこみたいになる。
カナタも見習って、いつかお互いに不足してるなんて思えない日がくるように、精進していかなければ。
こめんと。
16作目。
二日連続で書いて更新するというよくわからないことを(笑)。
気が付いたらゼノがやまびこみたいになってて、
その理由を掘ってみたら出てきたお話。
心の声が駄々漏れてるカナタが可愛いです。
(2021.8.13)