可愛い問題。
「だから、ゼノのが絶対可愛いって」
「そうやって力説するところも、俺は可愛いと思うんだけどなぁ」
カナタの私室、ベッドの上。新作ミニゲームを作ったと持ってきてくれたゼノと遊んでいたら大分遅くなってしまい、急遽お泊りになった朝。
ただの親友だった頃からさほど珍しい行為ではなくて、同じベッドで寝ることにも慣れている。元々一人で寝るには大きめなベッドなので、男二人でも落ちる羽目にはならなかったし、くっついていなければならない程でもなかったから。
ゼノへの想いに気付いたばかりの頃はもとより、親友兼恋人になったばかりの頃には変に意識して眠れなかったりもしたけれど、さほど経たずに落ち着いた。……落ち着かない時はまぁ、落ち着くように協力してもらったりもしているというか。
二人で寝ると、大抵ゼノの方が先に目を覚ましている。元々睡眠時間が短いんだと言っていたけれど、ショートスリーパーとかではなくて、ただの習慣だと思う。徹夜し過ぎ問題の一環というべきか。
目を覚ましたゼノの行動パターンは3つ。カナタの寝顔を眺める・頭や頬を撫でる・いたずらをしかけてくるの順で繰り出される。たまに真ん中が抜ける時もあるらしい。くすぐり程度のいたずらなら笑ってすませられるけど、キスしてくるのには朝だってことを考慮してもらいたいと何度も訴えているが、やめてくれる気配はない。ごめんねと眉尻を下げて謝る姿も可愛いのですぐに許してしまう自分も良くないのだとは思う。
今も、頬をつつかれる感触に意識が浮上して、微睡んでる間に口を塞がれていた。半ば夢心地のまま応じてしまう自分も自分だけれど、そんな相手にディープキスを仕掛けるゼノもゼノだと思う。だから朝はやばいって!と、飛び起きる羽目になるのが定番の反応だというのもいかがなものか。
抗議に「ごめんね。寝てるカナタが可愛くて我慢できなくて」といつもの言い訳をするゼノに反論して、朝からキス以上に何してるんだと思わざるを得ない、どっちが可愛いか論争が勃発していた。
これはもう兼恋人になった当初から、平行線を辿るばかりの終わらない水掛け論。言い合うだけ無駄だとわかっているのだけど、やっぱり可愛いゼノから「可愛い」と言われるのが納得いかなくて。
「俺だって、自分のどこが可愛いんだろうっていつも疑問だよ? でも、カナタが可愛いって思ってくれてるならいいかって思えるだけ」
「だって実際ゼノめちゃくちゃ可愛いし」
「うん、ありがとう。そういうカナタもすごく可愛いよ」
「だから……はぁ」
というわけで、本日も朝から平行線な議論。可愛いと言いながら頬にキスしてくるゼノに脱力して、とりあえず今朝の論争終了。大体いつもこんな感じで終わる。お互いに主張を撤回しないけど、相手にも求めないからケンカという程でもない。たぶん他の人が見たらなにじゃれてるんだと言われて終わる程度じゃないだろうか。
実際、事情を知っているピンクの髪の女王候補に愚痴をこぼしたら、『リア充爆ぜろって言われたい?』とにこやかな笑顔と共に言われたくらいだ。
ただ、一応アドバイスというか解の一種を教えてくれたのはありがたかった。カナタから見たもう一人の候補の印象を訊かれ、議題の可愛いよりは綺麗とか美人とかのが合いそうと答えたら、『でも私から見たらすごく可愛いんだよ』と。
彼女が伝えたかったことは、なんとなくわかる。立場とか、感情とか、好みとか、そういうもの全部をひっくるめて集約した言葉が『可愛い』なんだと。誰を可愛いと思うかなんて、人それぞれだっていうのも。だから、ゼノがカナタを可愛いと思うのを止めようというのは無理だよというアドバイスにも通じていそうだ。
ただ、やっぱり、ゼノから可愛いと言われるのは納得がいかない。ゼノの方が絶対に可愛いんだから。それがカナタの主観だとわかっていても、納得できない。
だけど、ゼノは自分が可愛いと言われるのを受け止めた上でカナタを可愛いと言う。同じようにできないのは、カナタの頭が固いんだろうか。それとも、考え方が子供なんだろうか。好きだって言ってもらえるのは嬉しいのに、可愛いだとなんでこんなに反発してしまうんだろう。
「カナタは、なんて言われたら嬉しい?」
「え? ……考えたことない」
「可愛いが嫌なら、カッコいいとかかな」
言い合いは終了しても、カナタが考えたままなのが伝わったんだろう。寝間着に貸したカナタの服を脱ぎながら、ゼノが問いかけてくる。思わず瞬きをしてしまったくらい、考えたこともなかった。
続けられた言葉に、ハタと気が付く。
「嫌……じゃ、ないかも……?」
「可愛いって言われるの?」
「……うん。嫌っていうのは、なんか、違うかも……」
ゼノに可愛いと言われると反論はするが、嫌だと感じたことはない。……気がする。
自分が誰よりも可愛いと思っているゼノから可愛いと言われるのは納得がいかないけれど、言われたくないかというと、多分違う。カッコいいと言われたら照れくささと嬉しさを感じるだろうが、言われたいかと問われると、そうでもない、ような?
今まで気付かなかった側面を提示されて、軽く混乱する。
「ごめん、余計悩ませちゃったね」
「あ、いや、ゼノのせいじゃないし」
「お詫びに朝ごはん、リクエスト聞くよ。何がいい?」
遊びに来た時の服に着替え終えたゼノが、苦笑交じりに謝ってくる。自分の感情が把握しきれていないのはカナタ自身のせいだと首を振るけど、気にせず尋ねてくるゼノに相変わらずだなと思った。だけど、ちょっと嬉しい。
「じゃあ、オムレツ食べたい」
「任せといて」
「ん。よろしく」
キッチンに向かうゼノを見送って、自分がまだ寝間着のままだと気が付いた。着替えながら、ゼノに言われて嬉しい言葉ってなんだろうと考えてみる。
当然ながら、好きとか大好きとか、好意を伝える言葉は嬉しい。
キスしたいとか、ゼノから誘ってくれるのも嬉しい。あとは褒められた時だろうか。ゼノは軽率に褒めてくれるから。照れくさい時もあるけど、やっぱり嬉しいも大きい。
じゃあ、可愛いは? カッコいいは?
「逆に悩ませちゃった?」
「ゼノ」
「朝ごはん、できたよ。早く食べよ? 俺、お腹すいちゃったよ」
考えている間に、ずいぶんと時間が経っていたらしい。ゼノの催促に、格闘途中だったベルトを慌ててやっつけて後を追った。
テーブルの上にはバターを塗ったトーストと、サラダを添えた大きなオムレツ。それからベーコンと野菜のコンソメスープが並んでいる。
「え、これ今作ったの?」
「スープは昨日の夜だよ。朝、カナタが食べられるようにって作っておいたんだけど……自分も食べることになるとは思ってなかったから、ちょっと量が少ないんだ」
「なんだ、そっか……ちょっと驚いた」
これだけの量を作るだけの時間が経過していたのかと少し焦ったが、実際にはオムレツを作る時間程度しか経ってないと教えられて安心した。悩むのにどれだけの時間を浪費したのかと思って。
というか、昨夜カナタがゲームをしてる間に何度か席を外していたが、スープを作ってくれていたとは。至れり尽くせりというか……ゼノが泊まらない朝はちゃんと食堂で食べてると伝えてあるのにと、ちょっと呆れた。甘やかし過ぎだって。もちろんそれ以上に愛されてるなぁって嬉しくなる。
「あのさ」
「うん。いただきます」
「あ、いただきます」
席に着いて、今しがた考えていたことを聞いてもらおうと口を開く。空腹を訴えていたゼノが応じながら手を合わせるので、倣ってから改めて。
「可愛いって言われるの、納得いかないけど、嫌じゃなかった」
「そっか。じゃあ、これからも言っていい?」
「うん。でも、多分そのたびにゼノのが可愛いって反論もするから」
「あはは、いいよ。カナタはそう思うんだもんね?」
すでにバターがたっぷり塗られているトーストに、オレンジ色のジャムを落としながら聞いてくれたゼノ。にこっと笑って告げられた確認に、そうかと気付かされた。
可愛いと言われることが嫌なんじゃなくて、自分よりゼノの方が可愛いと主張したかったのかもしれない。
「だって、実際ゼノのが可愛いし」
「ありがとう。でも、真剣に考えてくれてるカナタもすごく可愛かったよ」
「ゼーノー」
「あはは! ほら、カナタも食べよ」
気付いたからこそ、更にわかったことがある。カナタが可愛いと言うとゼノが返してくるのも、多分根っこが一緒だ。一度受け入れてはくれるし、「どちらがより」とは言わないけれど。
カナタにとってゼノが誰より可愛いし愛しいのと同じで、ゼノにとってはカナタがそうなんだろう。たぶん。
お互いにそう思ってるなら、これから先も可愛いと言い合って平行線を辿るんだろう。今までと同様今後もケンカに繋がることはないだろうから、コミュニケーションの一種と考えればいいのかもしれない。
お姉さんに言ったらマジでリア充爆発しろって言われそうだな、なんてのんきなことを思いながら、ゼノが作ってくれた見た目も美しいオムレツを口に運ぶ。
「朝からゼノの手料理食べれて、幸せ」
「ほんと? カナタにそう言ってもらえたら、俺も幸せだよ」
「いやいや、何もしてないオレのが幸せでしょ」
「もう、カナタったら」
カナタの好みに合わせて作ってくれるオムレツの美味しさも手伝って言葉にしたら、ゼノが笑顔で返してくれた。用意済みの反論で笑ってくれたゼノがとっても可愛かったけれど、それは言わないでおく。
2人とも幸せなら、それ以上の主張は必要じゃなかったから。
こめんと。
17作目。
そろそろこの問題にも解釈しておかねば問題。
カナタは普通にゼノが可愛いと思ってて、
ゼノは「ゼノを可愛いと思ってるカナタ」が可愛いと思ってる。
という違いがあったりなかったり。
(2021.8.20)
『恋人』のみの表現のところが気になったので修正しました。
(22.4.15)