優しい逡巡

 ゼノの中で達し荒い息を整えていると、不意に強い視線を感じた。
「ゼノ? どうか、した?」
 辿った先には、同じように達したばかりで呼吸を乱したゼノ。彼の私室なのに招かれざる客が居たら怖いかと益体のない事を頭の片隅に浮かべながら尋ねるも、ゼノの薄く開いた唇から零れるのは吐息ばかり。でも、目だけはじっとカナタを強く見つめていて、何かを訴えていると感じられた。
 えぇと、と、カナタは今しがたの行為を思い出してみる。何か、ゼノが言いたいけど言わないあるいは言えないようなことはあっただろうか。
 中に出した……ことなら、むしろゼノの方が引き留めたと思う。カナタの腰に脚を回されていたから、対処の仕様もなかった、はず。
 体位が気に入らなかった……ことはないだろう。どうしたいか尋ねたらカナタの好きにしていいと許可をくれたから。
 そもそも気持ちよくなかった……なら、ゼノが達することはなかったから、多分違う。
 呼吸が整ってきても、ゼノは何も言わない。でも、目は何かを訴えている。正解がわからなくて焦り、考えが纏まらない。困った。
 見つめ返してみても、ゼノが無言で訴えるような何かに思い当たらない。ただ、薄く開かれた唇に、妙に誘われている気分になる。僅かな隙間から覗く舌先の蠢く様が、そう見せるんだろうか。
 駄目だ。上気したままの頬も、乱れた呼吸を整える唇も、熱に潤んで強く何事か訴える目も、愛しいという感情しか引き出してくれない。とりあえずそのつもりはないだろうが、誘われたと思ってしまったので堪らず唇を寄せる。ちょうど滑り込めそうだなと思っていたので、押し付けると同時に舌を潜り込ませてみた。
 途端、ゼノの腕が背中に回された。あんなにも何かを訴えていた視線が途切れて、ゼノの舌が絡み付いてくる。もしかして、これが正解だったんだろうか。
 そういえば、カナタは上体を起こしたままだったので、体を繋ぐ前にしてからキスをしていないんだっけ。
 つまり、今の視線はキスがしたいという意味だった、と。
「ゼノ可愛すぎ」
 合間に囁いて、ゼノの口内を貪る。気持ちいい上に満たされて多幸感を覚えるが、中に留めたままの熱がゼノの得た快感の分締め付けられて、ちょっと困ったことになった。
「ちょ、待って、ゼノ。やばいって」
「やばいって、何が?」
 慌ててキスを解いて、待ったを掛ける。今ならまだ間に合うむしろ退き返せなくなる前にと熱を抜こうとするが、背中に回されたゼノの腕に力が籠り、阻まれた。明らかに引き留められ、おかわりを要求されている。嬉しいかつ愛しいのコンボに、カナタが断る術はないやつだ。
 でも、今日はおいしいお誘いにのってしまうワケにいかない。何せ明日は日の曜日。それも、候補との約束がある日だから。
 カナタではなく、ゼノに。
 だから土の曜日の午後、いつもどおりゼノの私室に遊びには来たけれど、今日は体を繋ぐつもりがカナタにはなかった。そりゃ、したくないのかと問われたら全力で否定するけれど。
 ゼノから許可はでていても、カナタ自身のけじめのため週に一度、土の曜日の夜にだけと決めている。その機会を自分から蹴ってもいいと思えるのは、ひとえにゼノに負担を与えたくないからだ。本来受け入れるようにできてはいないはずの体に、全く負担がないなんてありえないだろうから。
 青い髪の女王候補が明日どのようなプランを考えているかはわからないが、青空面談ならほぼ立ちっぱなし。森の湖も座るところはない。カフェなら座れるけれど……いや、彼女の部屋で過ごすことになったら? あ、くらくらしてきた。
「カナタ」
 なのに、当のゼノ本人が続きを熱望するように甘い声で呼びかけてくる。ゼノの為にと我慢する必要があるだろうか? 堅く決心したはずなのに、ぐらぐら揺すられてぽきりと折れてしまいそう。
「あのさ、わかってると思うけど、ほんっとに、やばいんだけど」
「大好きなカナタが優しいことなら、ちゃんとわかってるよ」
「うん、オレも大好き。って、違うでしょ」
 それでもと、理性を総動員して忠告する。とろりと笑ったゼノは、わかっていてはぐらかしてくるからタチが悪い。コントでもしてんのかなと返しながら思うが、ゼノが腰を揺すって理性が散り散りになった。
「ちょ、ゼノッ」
「心配してくれて、ありがとう。でも、俺がまだ足りないから」
 悲鳴じみた呼びかけも気にせず、ゼノが求めてくる。それにカナタが弱いのを知っているくせに。ぐっと息を飲んで、ゼノを睨む。明日予定がある恋人の為にかっこつけたかったのにと、少し恨めしく思って。
 それすら受け止めて再度甘く呼びかけてくるゼノに、もはや抵抗する手段など残されていなかった。
「責任とれないからね?」
「自己責任だから、大丈夫だよ」
「ったく……」
 白旗を振る替わりの確認に、ゼノが嬉しそうに請け負う。頼むから連動して熱を締め付けるのはやめてもらいたい。取り返しがつかないどころか、我慢しようとしてるところを物理的に煽られたら、反動というものが。
 溜息を一つ吐いてから、ぴったり隙間なくくっつくようゼノに覆いかぶさった。先の行為ではしなかったから、口付け絡ませた舌を離さないまま腰を振るう。熱心なお誘いで気遣う余裕を無くした動きでも、ゼノは甘受してくれた。むしろカナタの腰に改めて絡ませた両脚に力を込め、もっと深く繋がりたいと訴えてくる。
 息継ぎの為に離した唇が物足りなくて、またすぐに押し付けた。息苦しくなるのはわかっているのに、全身余すことなくもっとゼノを感じたくて堪らない。
 少しでも負担を軽くしたいから、せめてゆっくりしたいとは思う。だけど、身を焦がすような熱情が足りないと先に進んでいってしまい、再びゼノの中に達するまでそう長くは保たなかった。ほぼ同時にキツく締め上げられ、ゼノも達したことを知る。見下ろせば満足しているとわかる、とろけた笑顔。無理をさせなかったか、体はしんどくないか、気遣えなかったことを呆れていないか。カナタの危惧を吹き飛ばしてしまう笑顔に、堪らず離したばかりの唇を寄せてしまった。
 先ほどと同様呼吸が乱れるも、気にせずゼノの唇を貪る。流石に苦しくなって僅かに離れると、閉じていた目を開けたゼノが、満たされたと微笑んだ。
「ん、ありがとう、カナタ。大好き」
「ほんっと、ゼノって! あーもー、オレも、大好きだけどッ」
 幸せそうな声で告げられて、脱力した体を抱きしめながら返した。気持ちよかったし幸福にもなったし、大好きと言ってくれるゼノが愛しい。でも、悔しい。ものすごく悔しくて堪らない。だけどそれを凌駕してやっぱり愛おしくて、今度こそ負担を掛けないように唇を触れ合わせる。
 とはいえ、長時間の接触は危険だ。すぐに離し、ゼノの中からも熱を引き抜いた。今度は引き留めるような仕草はない。満足してくれたからだろう。代わりに手が伸びてきて、カナタの頬を優しく撫でていく。
「カナタ、キスしよ」
「は? いや、今したじゃん。これ以上はやばいって」
「じゃあ、やばくならない程度で」
「なにそれ。いいけど……ほんとにやばくならないようにしてよ?」
 ゼノからそんな可愛いお誘いの言葉がかけられ、嘘でしょと目を丸くしたら、小首を傾げて提案された。なにそれどこで覚えてきたの卑怯すぎると思いながらも、求められるのはやっぱり嬉しいので応じてしまう。ゼノから求めてくれたからを免罪符にするために、わざと言ってるんじゃないだろうか。もちろん、ほんとに望んでくれているのもわかるけれど。
 ゼノが頷くのを見て、少し強めに抱きしめる。巻き込んで横向きに体勢を変えゼノからもキスできるようにしたら、小さく礼を告げた唇が触れてきた。押し付けては離れまた触れる、情欲を刺激しない程度の優しい触れあいが心地いい。
「ゼノ、ほんとキス好きだよね」
「カナタとするからだよ」
「……そういう殺し文句、どこで聞いてきたの?」
「殺し文句って」
 今度こそ満足したのだろう、最後に鼻先にキスをしてゼノが顔を少し離した。幸せそうな顔に、既知の事実を感嘆の声で零してしまう。うっとりと返されて、撃沈する羽目になるとは思わなかったが。
 カナタだって、ゼノとするキスが好きだ。他の人としたいと思ったことはないし、経験だってない。できればこの先ずっと、ゼノだけしか知らないでいたいとも思ってる。
 でも、それを言葉にするのは駄目だと思う。威力が半端ない。完璧なクリティカルヒットだ。
 脱力したカナタのぼやきを、ゼノが笑う。何も偽らない本音だというのだろう。わかる。カナタも同じだ。でも、不意打ちで受け取る側からしたら、殺し文句以外の何物だというのか。
「一応言っとくけど、オレだってゼノとするキスだから好きなだけだから」
「うん、知ってるよ」
「……ほんとマジでいつかゼノに殺されそう」
「ちゃんとキスで生き返らせてあげるから、安心していいよ」
「そういう問題じゃない……けど、お願いしとく」
 ゼノから渡される愛が的確過ぎて、ほんとにいつか息の根が止まってしまいそうだ。蘇生してくれるというので、一度くらいは止められてみてもいいかもしれない。そしたら少しは耐性がつかないだろうか。
 実際にありえないとわかっているから、こんな風にじゃれていられる。この関係までもが愛おしい。
「つか、マジで明日辛くなるでしょ。良ければオレがやっとくから、寝ていいよ」
「心配してくれてありがとう。でも明日の約束のことなら大丈夫。今は言えないけど、帰ったら教えてあげるね」
「……わかった。でも、無理だけはしないでよ」
 諸々にまみれた体を清めるのを引き受けるよと提案するも、柔らかく拒否されてしまった。どうやら、単なるデートの約束ではなさそうな口振りだけれど、まだ言えないらしい。それでも断言している以上、負担を掛けた体でも問題がないことだけは間違いないだろう。
 是が非でもしたかったわけではないので、ひとつ頷いてくれぐれもと重ねて言い募り終わりにした。それ以上は大丈夫だと言うゼノを信じていないことになってしまう。信じていても、何か不測の事態が起きたらと心配するのを止められないだけ。飛空都市で何が起こるのかと言われたら答えられないが、理屈じゃないから仕方ない。
 ゼノにも、カナタの葛藤は伝わったんだろう。まっすぐに目を合わせ、改めて大丈夫だと頷いてくれた。
「カナタを哀しませるようなことはしないから」
「うわ、殺し文句その2」
「あはは」
 微笑んで言うゼノが凶悪に見えてぼやいたら、腹を抱えて笑われた。カナタからしたら全然笑い事じゃない。……が、ゼノが楽しそうならと釣られて笑ってしまった。
 呼吸も笑いも落ち着いたところで、用意済のティッシュやタオルでさっと体を清める。夜食はないけどと言いながらゼノがキッチンから持ってきたのは、フルーツをたっぷり混ぜたお手製ゼリーだった。深夜に近い時間の胃にも優しいデザートだと思う。柑橘をベースにしているようでさっぱりした口当たりなところも、食べやすい。
 ただ、器が深夜サイズではないような。ゼノらしいとは思うけれど、食べきれるだろうかとちょっと心配になる。
「残してもいいよ?」
「いや、食べるし」
 ちびちび食べているのに気づかれ、ゼノが苦笑混じりに進言してくれる。否定する言葉に、ゼノが作ってくれたものだから食べきるという強い意志を載せた。頑なにスプーンを離そうとしないカナタを見て、ゼノが嬉しそうに笑う。
「可愛いなぁ、カナタ。大好きだよ」
「は? 俺も大好きだけど、ゼノのが可愛いでしょ」
「もういっかいしない?」
「約束あんのゼノの方でしょ……」
 目を細めて言うゼノにいつもの反論を返したら、思いもしなかった反撃を喰らった。ゼリーごと撃沈しなくてよかった。ほんとなんてことを言い出してくれるんだろうと、ちょっと頭が痛む気がする。恐らく言葉遊びの一環ではなく、本気で誘われてると感じたから余計に。
 ゼリーを食べ終わって手持ちぶさたなのか、にこにことカナタが食べる姿を見ているゼノに、食べ終わったら絶対キスしてやると密かな決意を固めた。……食べ終わるまで、決意が揺るがない自信はないけれど。


 翌朝、聖殿を出るゼノを見送ってから自室に戻った。特にしなければならないこともないのでゼノ作のゲームをやっていたら、昼にさしかかる頃に訪問者。もしかしてと迎えたら、案の定ゼノだった。手には公園で入手してきたんだろう弁当。なんで懐石料理の弁当が公園で食べられるのか、バース生まれのカナタも、候補ふたりも謎だと思っている。ゼノは候補の食べ慣れたものを用意したんじゃないかと推察していたが、それが何故懐石料理を選択したのかまではわからなかった。社会人になると、懐石料理が定番なんだろうか。
 候補とのデートが青空面談だったのかと尋ねたら、帰りに寄り道しただけと返ってきた。確かに、面談をしたにしては、帰りが早いかと納得する。
「今日はね、出張ワークショップの約束だったんだよ」
 楽しかったのだろうと伺える笑顔で、ゼノが今日の約束の中身を教えてくれた。
 ゼノは以前、ピンクの髪の候補の部屋に招かれてアクセサリー作りをしたことがある。その時ゼノが作ったブレスレットはプレゼントされたカナタが愛用しているが、候補が作ったものはもう一人の候補に贈られたらしい。
 お返しを贈りたいと考えた彼女から相談されて、今度は青い髪の候補の部屋に材料を持ち込んだ。だから、出張ワークショップだそうだ。
「今回もカナタに渡そうと思って作ってきたんだ。もらってくれる?」
 弁当をテーブルに置いたゼノが、ポケットから取り出したアクセサリーを手のひらに載せて差し出してくれる。なるほど、昨日は言えなかった理由は突然渡して驚かせたかったとか、そんな可愛い理由なのかもしれない。
 前回もらった、今もカナタの腕に寄り添う革のブレスレットとは異なる、金属の煌めきを有したアクセサリー。一見ブレスレットに見えるが、それより少し長く作られていて足首につけるアンクレットだという。ブレスレットばっかり何本もいらないよねと笑ったゼノに、いらなくはないが困りはすると返した。執務服とセットで渡されてもいるので、これ以上はつける場所がない。気遣いは的確でありがたいが、でもなんで足首なのかと首を捻る。
 アクセサリーなら、ペンダントや指輪の方がメジャーな気がするのだが。
「見えないお洒落、みたいな感じかな」
「まぁ、見えないよね……?」
 意味深に笑うゼノの意図が読めず、少し訝るような反応になってしまった。カナタに与えられた靴は足首の少し上までを覆うので、つけても靴の中に隠れてしまうだろう。確かに見えないが、それがお洒落なのだろうか。
「たまにでいいから付けてくれたら嬉しいな」
「嬉しいから、できるだけつけるようにはするけど。ゼノにも見え無くない?」
「それでもいいんだ」
 カナタの返答に嬉しそうに笑うゼノ。意図は計りかねるが、ゼノが喜んでくれるなら忘れずつけようと思った。私室に遊びに行った時や、ゼノを迎えた時など、親密な2人なら案外靴を脱ぐ場面はありそうだから。
「あのさ、今度はオレも作ってみたいんだけど」
「いいね! やろやろ! お昼ごはん食べたらすぐ取りに行ってくるよ!」
「あ、いや、それならオレが行くし。っていうかそこまで急がなくてもいいんだけど」
「カナタにもモノ作りの楽しさ伝えられるなら、いつでもいいよ!」
 同時に思いつくことがあり尋ねてみたら、ゼノが目を輝かせて乗り気になった。ちょっと笑ってしまうくらいの勢いに押されて、結局弁当を持ってゼノの私室に向かう羽目に。もちろん、異論はない。むしろ、珍しくテンションの高いゼノを見ていたら、ちょっと楽しくなったくらいだ。純粋にモノ作りが好きなんだなと改めて感じさせられたというか。
 いつもはカナタが好きなゲームを作ってくれたり一緒に遊んでくれたりばかりだから、これからはゼノの好きなことも一緒にできたらいいなと思う。ただ、レベルが違いすぎて、邪魔にならないかという不安は残るが。
 カナタの持ち物にゼノ作が増えていくように、ゼノにもひとつくらいカナタ作の何かを持っていてもらいたいなと思った。……なんて思いつきの真意は、恥ずかしいから絶対に言えないけれど。




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こめんと。
19作目。ちょっと間空いちゃってすみません!
カナゼノ本作ってました。絶賛頒布中です!
これはゼノとお部屋デートした時めっちゃナチュラルに
「カナタにあげよう」発言するのを見ていつか書いたると
思っていたお話です。別にえろくする必要はなかったですね?
(2021.9.14)