家庭の味

 2人で過ごす日の夕飯は、ほとんどゼノの手料理だった。元々料理が趣味だと公言するくらいなので、ゼノの作る料理は美味い。バース育ちのカナタからすると驚くような味付けや見た目の料理もたまにあるが、ほとんどが令梟の宇宙内で流行っているまたは過去に流行った料理だそうだ。初見の取っつきにくささえ無くなってしまえば、好みは別として美味であることに違いなかった。
 突然連れてこられた飛空都市で最初に、そして誰より親身になってくれたゼノ。ごく初期にハンガーストライキをした際に、バースの料理を作ってきてくれたこともある。もしや全く意図はなくとも胃袋を掴まれたんだろうかと以前ちらりと考えてしまったほど、カナタにとってゼノの手料理は慣れ親しんだものになってきていた。
 まもなく終わりを迎えるだろう女王試験期間中、料理に限らず誰よりも世話になった自覚がある。時間のある時にカナタの故郷の料理を調べて作ってくれることも含めて、いくら感謝しても足りないくらいだ。本人に言っても好きでしてることだからと、礼を言うことさえ辞退されそうだが。
 代わりに、というのも変な話だが、カナタはこっそり好物を作る練習をしていた。豚ロースを使った生姜焼きと、付け合わせの千切りキャベツというメイン料理を。調べれば生姜焼きのレシピはすぐにわかったが、それは誰かの味であって、カナタの好きなカナタの家の味とは異なる。母親の手伝いをしたこともなければ作り方やコツを訊いたこともなく、頼りになるのは自分の味覚だけ。
 試行錯誤と、女王候補2人の知識も借りて、なんとか思い描く懐かしい味に近づいたと思う。生姜多めがいいなと思って入れすぎたことも今となってはいい経験だったと言える。何事もほどほどがいいとも改めて思ったけど。
 ということで、2人揃って予定がなくカナタの私室でゲームをして過ごした本日、日の曜日。カナタは満を持して生姜焼きをゼノに振る舞う運びになった。
 ただ、カナタが練習したのは生姜焼きだけ。メインのおかず一品だけでは育ち盛り2人の夕飯には物足りないので、副菜と汁物をゼノにお願いする羽目になった。詰めが甘かったと無念に思ったのは、何を振る舞うつもりかがすぐにバレてしまったことだ。
 それでも手際がいいとは言い難いカナタの作業に手や口を出すことなく見守ってくれたのは、ちょっと嬉しかった。いつもはゼノの手伝いをするだけだから、新鮮な気分になれたのもある。
「なんか、共同作業してるみたいで楽しいね」
「あ、それオレも思ってた。共闘してるみたいって」
「ほんと? って、例えがゲームなのがカナタらしいね」
 隣でみそ汁を作ってくれているゼノが、小さく笑って言うのに同意する。笑顔で応じてくれるのが嬉しい反面、ゼノは物を作る時に誰かに協力してもらうこともあるんだよなと少しちくりとした。主にロレンツォやタイラーといった面々なのだが……なんとなく、面白くない。
 最近はゼノの手伝いをしてみたい意志を伝えてはいるが、彼等のような知識や経験からの助言は逆立ちしたってできるはずがなく。ゼノとともに何かをするのは専らゲームだからこそ出てきた例えなのに。でもその笑顔が可愛くもあって、文句を言うのは憚られる。いくらなんでも子供っぽい行為だというのも留まった理由だ。
 年齢的には1歳しか違わないが、ゼノが先に守護聖となって過ごしてきた時間の経験は、恐らくそれ以上の差を生み出しているのではないだろうか。まだまだ自分が子供だなと思わされる場面は多い。決まって『まだ守護聖になって日が浅いから』とゼノから慰められるので、ちょっと情けないと思ってる。だから、必要以上に子供っぽく見られてしまう言動は控えたい。
「出来た!」
「おつかれさま。すごくおいしそうだね!」
「うん、自信作」
「楽しみだな」
 盛りつけはまだ練習中なので少々見栄えは良くないが、生姜焼きが完成した。思わず声を挙げると、ゼノが生姜と焼けた肉の匂いに笑顔を向けてくれる。カナタも笑顔で応じると、頷いてくれるのが嬉しい。
 カナタの作業が終わるのを待っていてくれたんだろう。予め用意されていたお椀にみそ汁をよそってくれるのを見ながら、自信作の生姜焼きを運ぶ。ゼノが作ってくれた副菜のわかめとツナの酢の物にだし巻き卵がすでに置かれている食卓に、自分が作った物を並べるのは当然初めてで、照れくさいような誇らしいような気分になってくる。
「カナタ、みそ汁もお願いしていい?」
「あ、うん」
 やりきったと感慨深く成果を見下ろしていたら、キッチンから声がかかった。まだご飯をよそってもなかったなと思い出して戻ると、ゼノが茶碗に炊きたてご飯をよそっているところ。料理を振る舞う初心者とは、手際の良さの格が違いすぎる。
 礼を口にしてからお椀を食卓に運ぶ。戻るより早く、茶碗を持ったゼノがやってきた。自分の分を受け取ってから座る。
「じゃあ、いただきます」
「め、召し上がれ」
 向かいに座ったゼノが手をあわせて告げるのに、普段は言われる側の言葉をぎこちなく口にする。ふわりとゼノの口元に笑みが浮かんだのはなんでだろう。照れくさいしくすぐったいしで落ち着かないまま、ゼノが生姜焼きを口に運ぶのを見つめる。
 不躾な程の視線は居心地悪いだろうに、ゼノは表情を変えることなく租借・嚥下してぱぁっと顔を輝かせた。
「美味しい!」
「ほんと? 良かった……」
「カナタが自信作って言うの、わかるな」
 手放しで褒めてくれるゼノに照れながら、自分でも口に運ぶ。さっき味見をした時よりも美味く感じるのは、ゼノの言葉のせいだろうか。目の前の笑顔のせいだろうか。
 ゼノの作ってくれた酢の物もさっぱりとしていて箸休めに最適で、だし巻き卵もカナタ好みの塩梅だ。みそ汁も根菜と油揚げの入った具だくさんで食べ応えがあるもの。どれも生姜焼きを引き立てるように主張が控えめなところから、ゼノの気配りを感じるのは穿ちすぎだろうか。
「ふぅ、美味しかった。ごちそうさまでした」
 先程までやっていたゲームの感想や攻略について話ながらの食事は、あっという間に皿が空になった。満腹だけではないのだろう満足そうな声と笑顔に、作った甲斐ありすぎだなと思う。ゼノの為に何かしてあげられることがまだあまりないから、余計に満たされた気分になるのかもしれない。
 少し話を続けてから、使った皿や水だけ張って放置してきた調理器具を片づけるべく立ち上がると、ゼノがいいよと制してきた。
「美味しい生姜焼きのお礼に、俺がやるよ」
「何言ってんだよ。みそ汁とかだし巻き卵作ってくれたの、ゼノだろ」
「でも、嬉しかったから。それくらいさせてもらいたいんだ」
 今まではゼノの手料理をご馳走になっていたので、片づけくらいはとカナタが担当していた。だから言い出したのだろうとすぐにわかったので、今日は2人で手分けして作ったんだからと告げるも、反応に困る言葉が返ってきた。
 以前、カナタも似たような言葉を口にしたことがある。軽くハンガーストライキをした時だ。カナタの為にと故郷の料理を調べて作ってくれたことが嬉しかったから、片づけくらいはすると。
 今ゼノが感じている嬉しさとは種類が違うも、ニュアンスとしてはわかる。あの時はゼノの性格をまだよく知らず、大丈夫だと断られたのが少し残念というか無念というか淋しいような気持ちになったのを、今も覚えている。つまり、断ってはゼノに似たような思いをさせてしまう可能性があるということだ。
 ゼノの性格なら、俺なんか、なんてまた言い出しかねない。
 でも、作るのも共同だったから、片づけも2人でやるのは駄目だろうか。他の物づくりにはあまり役に立てなくても、片づけなら共同作業ができる。
「え……。そ、そんなこと考えてたんだ、カナタ」
 答えを返す代わりにできればこうしたいと告げたら、さっとゼノの頬に朱色が走った。ぎこちなく顔を逸らされてしまうが、照れからというのは見ていてすぐにわかる。共同作業がしたいと言われて照れているゼノを、可愛いなと思う。
「駄目?」
「まさか。駄目じゃないよ。……うん、一緒にやろっか」
「やりぃ」
 逸らした顔をカナタに向けて、笑顔で頷いてくれるゼノ。妙な達成感を覚えてガッツポーズを見せたら、苦笑されてしまった。
「……カナタって、不思議だよね」
「え、そうかな……。初めて言われたけど」
「うん、不思議」
 苦笑の後にぽつりと言われ、首をかしげてしまう。評するゼノの表情や声が嬉しそうに感じたので、深く追求するのも反論するのもやめておくけれど、不可解だ。不思議という形容も謎だと思う。変とは違うのだろうか。
 ゼノの許可を取ったので、再び並んでシンクに向かう。洗剤で洗う係と水で流す係とで分担すると、いつもの半分ほどの時間で片づけが終わった。ゼノも気づいたようで、今度から2人で片づけようかと提案されて首を振る。もっとも、先にゼノの申し出を断ったのはカナタだし、手伝ってくれるじゃないと言われてしまうと、強くでることもできず。
 結局毎回じゃなければと折れるしかなかった。ささやかなことでも共同作業ができるのは嬉しいので、やっぱり手伝いから脱却できるようにもう少し料理の練習をするべきかもしれない。
「今度、生姜焼きの作り方教えてくれる?」
「え、なんで? ゼノが食べたくなったらオレ、作るよ?」
 片づけを終えてさてゲームを再開しようとソファに座ると、ゼノがそう尋ねてきた。唯一作って上げられるレシピを教えてしまったら、カナタができることがなくなってしまうと否を返すも、ゼノから告げられた理由に絶句してしまう。
「カナタの好きな味なんだよね? それに家の味だって言うなら、俺も作れるようになりたいなって」
 よくソファに撃沈しなかったなと、ちょっとだけ自分を褒めてやりたい気分になった。言葉以上の思惑はないんだと思う。思うが、威力は抜群すぎる。
 余所がどうかは知らない。ゼノの故郷はそうではないのかもしれない。でも、カナタの育った場所では、その台詞は嫁入りする女性が言う印象がある。相手の食べ慣れた家庭の味も作れるようにとかなんとか。
 多分、もっとずっと前に同じ台詞を言われていたら、カナタに故郷の料理を食べさせてくれる為だろうとしか思わなかった。でも今はただの友達じゃない。好きだって伝えて、キスだってそれ以上のことだってする恋人なんだから、邪推するなっていう方が無理だ。
「……代わりに、ゼノの故郷の料理、教えてくれんなら」
「もちろんいいよ! 母さん直伝の料理に、カナタも好きそうなのがあるから今度一緒に作……え、どうしたの、カナタ? 大丈夫っ?」
 すみません、撃沈しました。
 ソファに沈んだカナタを心配して慌てるゼノに、心の中で返す。もしかしてわかってて言ってるんじゃないだろうなと疑うくらいは許して欲しい。家庭の味のレシピを交換するとか、あまつ一緒に作るとか、あぁもうゼノは心臓に悪い。
 具合が悪くなったのかと心配してくれたんだろう。ソファから降りて顔を覗き込むよう近づいてきたゼノに手を伸ばし、引き倒すように抱き込んだ。
「え、え!? カナタ?」
「ゼノってさ」
 おろおろと声をかけてくるゼノの疑問を遮るように、ため息混じりにそれだけ呟く。言葉にするほどでもないかと思い直したからだ。代わりに目の前の頬に唇を寄せる。さっと赤く染まるのを目撃して、背中に回した腕に力を込めた。
「ゲームの続きはまた今度ね」
 意図は正しく伝わったようで、腕の中の体が緊張するのが伝わってきた。拒否はされないので、同意は得た物とする。
 カナタの家庭の味も、ゼノの家庭の味も。2人で一緒に作る未来はそう遠くないだろうなと思いながら、目の前の唇に口づけた。
 夜はまだ、始まったばかり。






+モドル+



こめんと。
2作目。早い。
某所で生姜焼き作ってたから?と言われたら否定しません(笑)。
最初のが自覚未満だったかららぶいちゃ書きたくて、暗転です。
カナタのもってる印象はこのご時世どうなの?と言われそうですが、
マンガとかドラマとかで描かれるのはまだそっちのが一般的かなと。
自分のこととして考えてないから、世間の印象のが強いというか。
カナタは相手が誰であったとしても、進んで一緒にやるタイプだと思います。
共闘好き。←ちょっと違くないか
ハンガーストライキの話は捏造です。
そのうち書きたい。
(2021.6.8)