呪文をどうぞ
女王試験が始まって、6期目のある日の曜日、朝。遊ぶ約束をしているゼノが訪れるのを待ちながら、カナタは今日やる予定のゲームをプレイしていた。先日ゼノが新作だと持ってきてくれた、アクションゲーム。対戦プレイも協力プレイもできる、複数人向けのゲームだ。もちろん一人でも充分遊べるが、トラップを仕掛けたり、また解除したりと駆け引きできる要素が含まれているので、誰かと遊ぶ方がより楽しめる。
持ってきてくれた時にもゼノと遊んだから、その楽しさをカナタはすでに知っていた。一人では少し物足りないなと思っていたので、女王候補と約束はしていないと言ったゼノに、約束を取り付けた次第だ。
断じて、未だ告白の回答をくれる気配のないゼノが、候補のどちらかとデートする事態を阻止したかったわけではない。多分。恐らく。純粋にゼノと一緒に遊びたかっただけだ。
「っていうか、ゼノ、遅くない?」
待ってる間に少しのつもりで始めたのに、すでに2つミッションをクリアしていた。短いものなら数分で終わるが、カナタが今チャレンジしていたのは、少し長めのストーリーがあるミッションだ。こちらは早くて大体15分程度が目安だろうか。少なくとも始めてから30分は経っているはずだ。
ゼノとの約束時間まで1ミッションならこなせそうだなと思って始めたのに、未だ、ゼノは訪れない。
実際に時計を見てみれば、すでに20分ほど約束の時間をオーバーしていた。驚きに目を少し丸くして、時計を凝視する。もちろん時間を読み間違えてはいない。
約束の時間に遅れるなんて、ゼノらしくない。もしかして、何かあったのではないか……と、危惧して腰を浮かせた瞬間、呼び出し音が室内に響いた。
数秒、立ち上がり掛けた変な姿勢で固まってしまう。タイミングが良すぎて、びっくりしたせいだ。すぐに気を取り直して立ち上がり、入り口に向かう。恐らく、遅れたことにすまなさそうな顔をしてるだろうゼノを、迎え入れるために。
「ゼノ、おそか」
「と、とっりっくおあとりーと?」
「った……って、え?」
扉を開けると、そこにはゼノだけど見慣れない姿があった。肩のあたりまで挙げた両手は全ての指が曲げられていて、見えないボールでも掴んでいるかのよう。
なにより、頭の上に、見慣れたゴーグル以外のものが乗っかっている。髪と同系色で、三角のふわふわしたものが、ふたつ。
「あ、あれ? えっと……間違えちゃったかな……?」
目をまん丸にして固まったカナタの前で、照れくさそうに小首を傾げたゼノ。右手を降ろしてコートのポケットから、おもむろにメモを取り出してみせる。
「んっと……、トリックオアトリート! あれ、合ってたよね?」
先程のたどたどしい発音ではないが、同じ言葉を再度紡ぐ。メモに書き記された言葉を読み上げたのだろう。
ちゃんと聞き取れているし、その言葉にも覚えはあるし、見慣れない姿にも合点がいった。けれど、なぜゼノがそれを知っていて、この姿でカナタの私室を訪れたのかがわからない。
なにより。
「……尻尾……」
「え? あ、うん。なんかね、これも付けてって、候補たちに渡されちゃって。約束に遅れちゃったよね? ごめん」
ぽそりと、カナタの口から零れた単語を聞きつけて、ゼノが左手も降ろしてコートをめくってみせてくれる。露わになった腰には普段つけていないベルトが巻かれていて、背中側からふさふさとした毛の塊が覗いていた。毛の色は、頭についた三角と同じく、ゼノの髪色。
これは、どう見てもアレだ。動物の耳と尻尾。尻尾の様子からして、多分、犬か狐か、狼。
照れくさそうに頬を少し染めてはいるけれど、無理矢理付けられた様子には見えなかった。もしそうならもっと困惑顔だったろう。
「バースのお祭りなんでしょ?」
「いや……うん、えっと、そう、かな……」
とりあえず室内には入ってもらったが、カナタには何がなにやらさっぱりわからず。腕に掛けていたバスケットを外しながら、ゼノが簡単に説明してくれるのを静かに聞いた。
先日、ゼノの執務室を訪れた候補たちと話をしていて、バースの祭の話になったそうだ。ちょうど今くらいの時期に、ハロウィンというお祭りがあるのだと。オバケやモンスターなどの仮装をして、決まり文句を言ってお菓子を集めるイベント。今年はちょうど日曜日だったよねと言い出したのは、どちらの候補だったか。
バースの祭ならカナタも知ってるだろうと、飛空都市でも真似できないだろうかと相談を持ちかけたのは、ゼノ自身だった。カナタに楽しんでもらえるんじゃないかと考えたそうだ。ちょうど日の曜日に遊ぶ約束もしているからと。
そしたら、決まり文句の伝授と、イタズラを用意していけばいいとアドバイスされたらしい。
「でも今日、出ようと思ったら、二人で俺を訪ねてくれてね。これを付けていったらもっとハロウィンっぽくなるよって」
「あぁ、うん、確かに、仮装っぽいね」
「ほんと? カナタの分はないのかなって思ったんだけど、二人が用意してくれたのは俺の分だけだったみたい」
「あーうん、オレはいっかなー……はは……」
確かに、バースにハロウィンというイベントはあった。だが、カナタの認識としては祭ではない。むしろ、夜の繁華街での迷惑な集まりという報道で記憶している。あるいは、子供の頃に町内会のイベントがあったような朧気な記憶が残っているものの、カボチャやオバケのイラストをよく見る季節、だろうか。
なので、いきなり仮装しようと誘われても、流石にすんなりとは頷けなかった。用意されてなくて良かったと安堵してしまうのも、仕方ない。
ただ、ゼノがカナタのことを考えてくれたのは充分に伝わってきたので、その点についてはちゃんと礼を告げる。最近元気がないと心配されてるみたいだから、元気づけようとしてくれたんだろう。甚だ見当違いではあるが。
元気がないのとは違うから。告白したのに距離感の変わらないゼノに、なんというか、そう、健康な青少年ならあるあるな理由なので。
今だって、ちょっと危ない。バースにいた頃、SNSでたまに流れてくるイラストなどで、何がいいのかわかんないなーと思っていた『ケモ耳』とやらの良さが、飛空都市に来てわかるなんて、想像もしていなかった。
なんで今スマホが手元にないんだろう。是非とも画像に残しておきたかった。耳も尻尾も、髪色と合わせているからだろうか。とても似合っていて、可愛い。触り心地も良さそうだ。
「あ、けど、オレ、おやつ用意してないや」
「うん、俺が作ってくるよって言ったもんね」
「え、てことは、イタズラされんの?」
ちょっとヨコシマな事を考えかけたので、慌てて意識を切り替えた。トリックオアトリートと言われたら、お菓子を渡さなければイタズラされてしまう。あ、ちょっと待った、ヨコシマな考えは隠しておかないと。ゼノにされるならどんなイタズラでも歓迎とか、いくらなんでもやばすぎる。
カナタの内心など知るよしもなく。問いかけにゼノはにこっと笑ってみせた。
「もちろん! っていっても、カナタに何かするんじゃなくて、ゲームにだけどね!」
そう言ってポケットから取り出したのは、記憶媒体。ゼノが作ったゲームが入っている見慣れたものだ。
「彼女たちにハロウィンのことを教えてもらったから、ハロウィン仕様のアップデートを作ってきたんだ! 他にも少し調整してきたから、カナタが不利になるイタズラだよ」
「え、なにそれ。ズルくない!?」
「お菓子をくれたら、使わないであげるよ」
説明に抗議すると、至極当然な返しをされてしまった。ハロウィンだからと言われては、お菓子を用意していないカナタは黙ってアップデートを受け入れるしかない。
こんなことなら『ゼノが作ってきてくれるから』と、昨日シュリが寄越そうとしたお菓子を断るんじゃなかった。市販の物より、ゼノが作ってくれる方が甘さ控えめで、カナタの好みに合うから。
にこにこと楽しそうにアップデートを迫るゼノ。逃れる術なく観念したカナタは、ひっそり夢に出てきそうだなと思っていた。
こめんと。
Happy Halloween!!
ということで、バースのお祭でカナタを元気づけよう作戦です!
時間的な余裕がなくて短くてすみません!
候補たちは夜、仮装女子会を開きます。
噂をききつけた風の人が参加したそうにしていたのが目撃されたそうです。
ゼノの仮装は、特典の狼着ぐるみから。
あれ可愛いですよね。
(2021.10.31)