敗北ルート

「な、なぁ、ゼノ。やっぱさ」
「くどいよ、カナタ。ちゃんと了承してくれたでしょ」
「いや、でもさ……」
 ちゃんと二人で話し合って決めたことなのに、土壇場になって怖気づいたカナタに対し、ゼノがちょっと怒ったように諭してくる。それでも反論してしまうのは、カナタがゼノを心配するからこそだ。
 もちろん、ゼノだってそれはわかってくれている。だからこそ、普段はカナタの決断を尊重してくれているのだろう。誘いかけられはしても、カナタがノーを告げれば引き下がってくれたから。
 だけど、今日はそうはいかない。なにせ、最初にカナタが了承してしまたから。
 ――対戦ゲームで、ゼノが勝ったらするって。
「その、手とか口だけとか」
「カ・ナ・タ」
「……う……」
 しどろもどろに妥協案を提示してみるが、一音ずつ区切って名を呼ばれ、途切れさせる。そもそも、了承してしまったのが悪い。往生際悪くごねるより、一回だけと腹を括った方がずっと潔いだろう。
 ……ただ、どうしても一回で終わらせられる自信が、ない。
 なにせ、前回ゼノと体を繋いでから、もう二週間も過ぎている。
 先週は、ゼノが約束を取り付けられて。
 今週は、土の曜日の昨日。
「昨日は緊急要請で帰ってきたばっかりだからって、カナタが気を遣ってくれたのはわかるよ。でも、俺がカナタに触れたい」
「でも、今日、日の曜日だし」
「だから、賭けにしたんだよ。じゃなきゃ、カナタ納得しないでしょ」
「ぐ……」
 カナタが口にした通り、今日は日の曜日。明日は執務があるから、体に負担のかかる行為をゼノにさせられない。だから次の土の曜日まで待とうと諭したのは、つい数時間前のカナタだ。
 対し、来週の保証はないと突っぱねたのが、ゼノ。カナタは心配しすぎだと賭けを持ちかけてきたのも。
 元々、対象になった対戦ゲームはバースから取り寄せたもので、カナタの方が上手かった。昨日までの対戦成績はカナタの圧勝。賭けを提案された時も、どうせ自分が勝つと高をくくっていたのは否めない。
 了承してカナタが勝てば、ゼノだって自分の体のことを考えてくれるだろうと思って。
 だけど、ふたを開けてみれば、カナタは苦戦させられた。否、今回はゼノの圧勝だった。先に五勝した方が勝ちというルールで始め、終わってみれば五勝二敗でゼノの勝利に。
 思ってもみなかった結末に、今更ベッドの上で慌てているのが現状だ。
 一回。それで終われば、ゼノへの負担も大したものではないだろう。まだ夜も遅い時間ではないから、たっぷり休めば回復するはず。
 だけど、それで終われるはずがない。なにせ、カナタだってもう二週間オアズケを喰らっている状況だから。ゼノがいいと言うんだからと、今だって頷いてしまいたいほど、触れたい。だからこそ、一回で終われるはずなく、翌日を気兼ねしなくていい土の曜日を待つべきだと主張している。
「……それとも、カナタ、ほんとは、嫌だったり」
「は!? ないない、それだけは絶対ないから!」
 頑なに拒むカナタの様子に、ふっと表情を翳らせたゼノが、呟く。遮るように声を張り上げて、全力で否定する。それだけは、絶対にないと。
 ゼノの体に負担にならない程度で留まれない、カナタのためのルールで、拒否だから。ゼノに触れたくないわけじゃないし、触れたら止まれなくなるのがわかっているからこその拒否だ。
「でも、カナタ、優しいから……俺が傷つかないように合わせてくれたり」
「しない! つか、そんなんするくらいなら、そもそもゼノに告白してないよね? 忘れてない? オレが、ゼノに告白したんだけど!」
 哀しげなゼノの言葉に、思わず声を荒げて反論してしまう。ゼノが真摯に考えてくれた結果の保留を受け入れたが、まさかあんなに待たされると思っておらず、悶々とした日々を過ごしたことを思い出したからだ。
 それはもう、毎晩のように夢に見るくらい。
「じゃあ、俺がしたいなら、何の問題もないよね?」
「そりゃ、もちろ……ッ!」
 かっとなったカナタの耳に、涼やかな声が届く。反射的に頷いて、ハッと気が付いた時には遅かった。
 見れば、言質をとったとばかり、ゼノがニコニコと笑っている。
「ゼノ~……」
「駄目だよ、そんな顔しても。カナタは賭けに負けたんだから。ちゃんと責任果たしてもらうよ」
 完全に乗せられてしまった。情けないカナタの呼びかけに、ゼノは笑顔で迫ってくる。これはもうどうあがいても逃げられそうにない。いや、ほんとは最初からわかっていた。賭けを了承したのはカナタ自身なのだから。
「……たぶんわかってると思うけど、一回じゃ止まれないから」
「望むところ、だよ?」
「……明日、執務行けなくなっても」
「平気だよ。ていうか、カナタはちょっと真面目すぎ」
「え、それゼノが言うの?」
 観念したが、確認はしっかりしておかなければと尋ねると、ゼノが笑って返してくる。カナタよりよっぽど真面目なゼノから出てくるとは思えなかった一言に、思わず目を丸くしてしまった。
 それを、ゼノがまた笑う。
「必要がないから、ちゃんと行ってただけだよ。もちろん、理由もなくさぼったりするのはいけないと思うけど……体調が悪い時だって、たまにはあるよね?」
「は……、それ、体調悪いで済ませちゃうんだ……?」
 真面目だからではなく、さぼる理由がなかったからだと笑うゼノ。原因がはっきりしているのにとは思うが、駄目だとは思えなかった。むしろ、ゼノがそう処理するつもりなら、いいかと。
 ゼノ本人がそうしたいと言ってくれているのだから。
 カナタだって、本当はしたいから。
「じゃあ、遠慮しないけど」
「うん。俺も遠慮しないからね!」
「え……いや、ちょっと遠慮してくれた方がいいんだけど……?」
 嬉しそうに笑うゼノに、ちょっとたじろいでしまった。これはもしかして今夜は寝かさない的な宣言なんだろうか。普段から夜更かししがちなゼノだから、できればちゃんと寝て欲しいけれど。
「まぁ、でも、いっか。たまにだし」
「そうこなくっちゃ!」
「って、ちょ、待って、ゼノ!」
「え?」
 腹を括ったカナタに嬉しそうな笑顔をみせてくれたゼノは、徐に着ているシャツの裾に手を掛けた。そのまま脱ごうとするのを、慌てて止める。腹をむき出しにした状態で留まったゼノの手を掴みシャツを離させ、目の毒になりかねない肌を隠す。
 不思議そうな顔をしたゼノだが、すぐにむっとしてしまう。
「カナタ、まだ」
「ちがう、そうじゃなくて。その、オレが、脱がせたい」
 この期に及んでまだ拒むのかと言いかけたのだろうゼノを遮って、咄嗟に思いついた要望を訴えた。予想外だったのか、ゼノが数回目を瞬かせる。
 もっとも、本当は脱がせたかったわけじゃない。このままゼノに主導権を握られっぱなしなのを避けたかっただけだ。今日のゼノはなんだかいつも以上に強気というか強引な気がする。普段と違うのもまた魅力的ではあるけれど、明日が月の曜日な以上、できればもう少し抑えてもらいたい。どうがんばっても、一回で済まないどころじゃなくなってしまいそうだから。
 次の土の曜日になら遮ったりはしなかったのにと、少し惜しく思う。
「えっと、じゃあ、カナタのは俺が脱がせていい?」
「ん。でも、オレが先」
「わ、ふふ、くすぐったいよ、カナタ」
 こくりと首を傾げたゼノが可愛い。掴んだゼノの手を離して、改めてシャツの裾から両手を侵入させた。指先で腹を撫でると、ゼノが小さく笑う。構わずシャツをひっかけたまま手を上に進め、ゼノの肌を改めて晒していく。胸を撫でるとぴくりと体を揺らしたが、敢えて気付かなかったフリをする。
 肩に触れるとシャツは首元までたくし上がり、ゼノの胸から腹にかけてが露になった。まだ反応していない尖りに手を伸ばしたくなるが、脱がすと言ったのを失念してしまいそうだから、我慢。
「カナタ?」
「これ、持ってて」
「うん、いいけど……?」
 手を止めたまま動かないカナタに、ゼノが呼びかけてくる。要望も咄嗟の思いつきなら、行動自体も何か考えた上でのものではない。この先どうするべきか悩んでいたとバレないように、またも思いつきでたくし上げたシャツをゼノの手に委ねた。
 疑問を浮かべたままでも頷いてくれたゼノをじっと見つめるフリで、次の行動をどうしようと考える。前は上げたので、次は後ろだろうか。それならと思いついて、少し距離を詰めた。正面から抱きしめるように両手を後ろに回し、背中側のシャツも同じように撫でながらたくし上げる。
 腹よりくすぐったいのだろう、ゼノが小さく声を出して身を捩った。それも見ないふりをして、殊更ゆっくり焦らすようにシャツを上げていく。
 当然ながら焦らすのが目的ではなく、必死にどうするどうする!?と考える時間を稼いだ結果だ。
「ゼノ、手、離して、上にあげて?」
「えっと、こう?」
「そうそう」
 結局、前と後ろとたくし上げたシャツを、そのまま抜き取ることにした。何がしたかったのかと問われたら、カナタ自身も答えられない。主導権を握られないようにするだけなら普通に脱がせば良かったので、強いて言えば、ゲームの対戦時からずっとゼノに負けっぱなしだから意趣返しがしたかった、だろうか。
 とりあえずシャツは脱がせたので、さっき我慢した胸をぺろりと一舐め。
「んッ」
 油断してただろうゼノの反応に気を良くしつつ、尖るまで舐め吸い付いた。途中でゼノの手が頭に触れるが、剥がそうとしたわけじゃないらしい。ただ触れるだけの手を不思議に思いながらも満足して顔を離すと、頬を赤く染めた困惑顔のゼノが見下ろしていた。
 これは、もしかしなくても、意味不明なシャツの脱がせ方を誤魔化し切れなかったのでは。となれば、もはや押し流してしまうより他にない。訊かれてもうまく誤魔化せる気がしないから。
「カナタ、あの……」
「はい。次はゼノが脱がしてくれるんだろ?」
 控えめな声で呼びかけられたので、先回りして両手を万歳の形にしてみせた。今しがた尖らせた胸も、まだ触れていないもう片方も弄りたいし、口にキスだってしたい。でもそれは、ゼノの疑問を流してしまうまでお預けだ。
 カナタの促しに何か言いたげな顔は見せたけれど、飲み込んでくれたらしい。ゼノはこくりと頷いてからカナタのシャツに手を伸ばしてきた。
 一瞬躊躇ってから裾を掴み、そのままぐいと上に引き上げられる。両手は最初からあげているので、勢いのまま脱がされるのかと思ったが。
「え? ちょ、ゼノ?」
 シャツは顔を隠すかたちで止められた。中途半端な状態に手も降ろせず、今度はカナタが困惑する羽目になる。先程カナタが脱がせたときのゼノも、こんな気分だったんだろうか。いやでも、カナタは視界を奪ってはいない。
 何をされるかわからないので、ちょっとどきどきする。その胸に、手が触れた。
 それから、胸の中央あたりに温かいものが。
「ッ!? ぜ、ゼノ?」
 不意にぴりっとした痛みが伝わって、びっくりした。何度か繰り返されるそれが、口づけて吸い付かれているからだと気付く。
「ん、うまくつかないや」
 諦めたのか呟いて、胸から手も恐らく顔も離れていく。直後、顔を覆っていたシャツがすっと引き抜かれた。目の前には、赤い顔のゼノ。
 見下ろすと、先程吸い付かれた辺りがうっすらと赤くなっているのが見えた。
 まさか、ゼノからキスマークをつけられるとは思わず、かぁっと全身に熱が回る。
「カナタ、すごいどきどきしてたね」
 照れくさそうに笑うゼノを、衝動に抗わず押し倒した。
「カナタ?」
 不思議そうに名前を呼ぶ口を塞いで、先程触れなかった方の胸に手を這わせる。性急すぎてゼノを怒らせてしまうんじゃないかと頭の片隅で危惧するものの、火のついてしまった熱情はもう止まれない。
「ごめん、ゆっくりとか、もう無理」
 キスの合間に謝り告げると、ゼノが口元を緩めた。カナタの背に手を回して、うんと頷いてくれる。ただ、そのまま背中を撫でられるのは少しまずい。ただでさえ二週間ぶりにゼノに触れているのに、熱情に更なる燃料を投げ込まれている気分だ。
 キスと胸への愛撫とで感じてるんだろう。ゼノがもぞりと身じろぎする。
「ッ、ゼノ、それ、やっばい」
「ふふ、うん、俺も。ズボンも早く、脱いじゃお?」
 ゼノが狙ったかはわからないが、すでに反応しているお互いの熱が擦れて喘ぐと、背中を撫でていた手が腰に向かっていった。進行を阻むズボンを指にひっかけて脱がそうとするゼノに、こくりと生唾を飲み込む。
 ゼノを押し倒した体勢のままでは、ズボンを脱がせるのが難しい。さっと身を起こして手早く脱ぎ捨て、ゼノの下肢もむき出しにしてしまう。そうしてから改めてゼノに覆いかぶさった。
「脱がせ合いっこするんじゃなかったの?」
「無理。また今度で」
 くすくすと笑いながら膝を立てたゼノに、潤滑剤を取り出しながら余裕なく返す。たっぷり濡らした指をゼノの中に埋め込むも、抵抗はあまりなかった。賭けに勝った後に入った風呂で、準備してきてくれたんだろう。二週間ぶりだから、念入りに?
「オレってさ」
「ん?」
「めちゃくちゃ愛されてるよね」
 それなのにゼノのためなんて大義名分で拒んで悪かったなと思ったのと、そこまで求めてくれたのが嬉しかったのと、愛しいも悔しいも全部混ぜ込んだ結果。惚気かと自分でもツッコミを入れたくなるような一言が口から飛び出ていった。
 言われたゼノは、でも、にっこりと笑顔になる。
「カナタが、俺を愛してくれるのと、同じにね」
「今もっと好きになったから、同じじゃないよ」
「そんなこと言われたら、俺だってもっと、好きになっちゃうよ」
 あっさり肯定されたのがちょっと悔しくて張り合うが、ゼノも譲る気はないらしい。体を繋ぐ準備をしながら、何を言い合ってるんだろうとおかしくなって笑うと、ゼノも声にだして笑っていた。
 愛しいなと思って、笑みに口付ける。応じてくれるゼノの手が、先程と同じように背中に回された。
「ごめん、もう入れたい。無理?」
「大丈夫。だと思う」
「じゃあ」
 キスを解いて尋ねると、こくりと頷いてくれた。指を引き抜き、そっと自身の熱を添える。
「えっと、キツかったらごめんね?」
「それ、むしろ嬉しいやつじゃない?」
「あ、そうか。そうかも?」
 なんのリップサービスかと、くらくらすることを言われた。正直に返すと、意味は伝わったらしい。あははと笑うゼノが可愛くて愛おしくて、逆らわず中へ。
「んッ、カナ、タ」
「っ、だいじょうぶ?」
「へいき。いたくはない、から」
「嘘厳禁」
 ぐっと顔を顰めたゼノに尋ねるが、小さく首を振って応じてみせる。思わず反論すると、笑われた。振動が伝わって、今度はカナタが顔を顰める羽目になる。
 ゼノの手が頬に触れ、そっと撫でていく。
「嘘じゃ、ないよ。少しキツイ、けど」
「そか。……もっと奥、いい?」
「いいよ」
 しっかり慣らせたとは言切れない状態で繋がっているので、多少は仕方ない。お互いにわかって納得した状態で進めているのだからと、ゼノの言葉に頷いた。代わりに要望を告げると、うっとりと微笑んで了承してくれる。
 じゃあと両手で腰を掴むと、ゼノが頬を撫でた手を三度背中に回してきた。
「いちばん奥まで、カナタだけ」
 すりと頬を寄せて甘い声で言われたら、もう留まれるはずがない。
「オレだって、ゼノにだけ、だしッ」
 張り合いながら腰を振って、ゼノと共に絶頂を目指す。たっぷりと燃料を注がれた熱情は当然一度で満足できるはずがなく。
 満足して眠るまでに何度達したか、お互いに覚えてないほど貪りあってしまった。当然、翌朝に執務があることなど、早々に頭から吹き飛んでいて。
 月の曜日から遅刻とはいい度胸だなと、ユエに見つかり揃って説教を受ける羽目になったのはまた、別の話。




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こめんと。
カナゼノ22作目!
森の湖デートで聞ける嬉しかったことが元ネタ。
ゼノは真面目だけど、理由があれば休むことも大事だよねと
ちゃんと考えていそうな気はするのです。
最初がっつり書こうとして「これサイト用!!」って
踏みとどまった経緯があります(笑)。
(2021.11.7)