一生に一度のお願い(断章)

 4月12日火の曜日、未明。女王試験328日目にして、令梟の宇宙第25代女王が決定した。

 その時ゼノは、自室で作業中だった。そろそろ切り上げて寝ないと、またカナタに心配させちゃうなと思い始めていた頃。
 不意に、自らの司るサクリアと宇宙全体との調和が強まったのを感じた。先代女王が倒れて以降初めての感覚が、何を意味するのか察して顔をあげる。
「カナタ」
 無意識に唇が名前を象り、作成中だった玩具を放って自室を飛び出した。静まりかえった聖殿の廊下を全力で駆けるが、足音は一切しない。廊下をガジェットで移動する際に生じるを音を消すために作った携帯型防音装置を、執務服のポケットで作動させたままだったのだろう。
 目的の部屋の前で止まり、訪問を報せる。たったこれだけの距離なのに息が上がってしまっていることよりも、気に掛かるのは、部屋の主のこと。
「ゼノ。なんで。いやていうか、これって……」
 すぐに迎え入れてくれたカナタが、疑問を口にする。言葉にはせず頷くと、「そう、なんだ」と小さく呟いてみせた。
 ゼノが感じたと同じものを、カナタも感じている。前例を覚えているゼノと違い、カナタにとっては未知の感覚だったはずだ。それでもこの宇宙のシステムを理解している今なら、何を意味するのかおおよその検討はついたのだろう。
 そして、何が為されるのかも。
「……カナタ……」
 恐らく就寝中だったのだろう。室内は暗く、すぐ目の前にいるカナタの表情も容易に窺えない。なんと言葉を掛ければいいのか見つけられず、呼び掛けるだけに終わってしまった。
 女王が決まり次第、令梟の宇宙内の時間を正常の流れに戻すことを、カナタも知っている。本来なら守護聖として招致された時から切り離されていたはずの外の時間が、非常事態の今だけ同一であったことも。
 何度も話したし、カナタから質問もされた。心構えは出来ているとも言っていた。でも、実際にその時になって、どう感じているのかなんて、ゼノではわからない。何を言えば、どうすれば、カナタの負担を少しだけでも減らしてあげられるだろう。
「大丈夫」
 ゼノの逡巡に気付いたのか、カナタが告げた。少しだけ震えの残る声が、それでもきっぱりと。俯きかけていた顔を戻すと、カナタの顔が近づいた。ゼノを安心させるために、表情が見えるようにしてくれたんだろう。
 一度だけ家族との面会を許された時に見せていた強い不安と後悔の色は、その面のどこにも見受けられなかった。ゼノに向けられた微笑みには、ほんの少しの諦めと強い意志が見てとれる。
「100パー大丈夫だ、なんてまだ言えないけどね」
「……そっか。カナタは、もう立派な守護聖様なんだね」
「え、ちょ、今更? オレ、結構がんばってるつもりなんだけど」
 改めて感じたことを告げると、カナタが少し茶化すような声を出した。「うん、がんばってる」と認めて、その頭を一度撫でる。少し細められた眼差しは、まっすぐに未来を見据えているように感じられた。
 顔を離したカナタが、この時間だし泊まってきなよと勧めてくれる。ちらと向けられた視線は、ゼノが未だ執務服を着たままなことを確認したのだろう。言外にこのまま寝るように告げられていると悟り、頷く以外の術がなかった。
 カナタの部屋で風呂を借り、部屋着も借りて、並んでベッドに腰掛ける。ぽつりぽつりと語られるカナタの想いに、胸を熱くさせられた。少しずつ、心の準備と覚悟をしてきたのだろう。確かに前を向いているカナタは、だけど淋しさを隠そうともしなかった。堪らず抱きしめると、「落ち着く」と耳元で零れる声。
 途中、訪問者を告げるベルが鳴る。対応に出たカナタは、数分で戻ってきた。少し、不思議そうな顔をして。
「お姉さんだった」
 ゼノが尋ねるより早く、訪問者が誰かを教えてくれる。それから、その用件をも。
「在位中、オレの力だけじゃどうにもならないことがあったら、一度だけ助けてくれるって」
 まだ候補の立場でいるうちに告げにきたという、候補の真意はわからない。ただ、ゼノにはひとつだけ思い当たることがあった。もしかしたら、候補もそれに気付いたのかもしれない。
 この先の未来で、必ずカナタに訪れる出来事を。
 だとしたらきっとそれは、候補ができる最後で最大な『お節介』だろう。ゼノとはまた異なる想いで、候補もカナタを大切に想っているからこそ、なんとかしてあげたいと考えた結果と言えそうだ。
 でも、今のカナタには告げられない。いつ訪れるかわからない未来の話で、不安を煽ることなどできるはずが。きっと候補も同じ気持ちで、必要なことだけを伝えたのだろう。
 日が昇れば慌ただしくなるからと、カナタを眠りに誘った。いつもと逆だと笑うカナタに釣られて笑いながら、目を閉じる。
 明日からの新しい女王統治の日々ができるだけ永く続くように。
 最後のお節介を使うときが、うんと先の未来になるように。
 どうか、と祈りながら。




+モドル+



こめんと。
試験終了記念日作品。
カレンダー作ったというのは何度か書いてるんですが、
今日、2022年4月12日の未明に、
ここの宇宙における女王試験は終了しました。
折角現実暦とリンクさせたので、記念に。
ただ、まだ出せないことの方がおおいので、
一番当たり障りのないゼノ視点で、
しかも大事なことは出さない形で恐縮ですが。
ひとまず、試験終了。です。
っても、ここのお話はまだまだ増やしますよ!
今後ともお付き合いよろしくお願いします!
(2022.4.12)