暴風雨のち虹

 あまりにも夢見の悪い目覚めに、カナタの口からは溜息しか出ていかなかった。いやそりゃ寝る前にいろいろあったけどさと、言葉にはせず息を吐く。
 昨晩、遊びに来ると言っていたのに来なかったゼノを心配して様子を見に行った際のやりとりを、ゼノのことを思えば後悔してはいない。どうしてあそこまで思い詰めることになったのかはわからないが、少しは軽減できたはずだ。最後に笑顔を見せてくれた時も無理をしている様子はなかったことだし。内面を隠すのに長けているゼノであっても、流石にあの状況では完璧にとはいかないはずだ。
 ただ、その過程での接触については、今思えば無謀というか必要なかったんじゃないかとか浮かんできてしまう。半ば以上無意識の行動だったし、結果としては上々だった。だけど、それがなければ、今この最低な目覚めもいくらかマシだったろうと、夜中の自分を恨みがましく思ってしまうのを止められない。
「……シャワー浴びてこよ……」
 数時間前の自分に対する恨み言の代わりに、力無く零してベッドを降りる。夢は最も身近なバーチャル体験だって、そういえばバースにいた頃耳にしたようなないような。
 ここ最近は結構落ち着いていたのにと、肩を落としたまま歩く。何がといえば、今しがた見たと認識している夢の内容が。元々ゼノを友愛だけでなく恋愛でも好きだと自覚するトドメになった、ちょっとエッチな夢。好奇心から途中でいらない知識を仕入れて一時期は散々振り回されてきたが、近頃の内容はキスやハグ程度で済むことが多くなっていた。それでもまぁ、飛び起きる日も間々あったけれど。
 だが、夜中のやりとりでゼノの体温や匂い、肌の感触までもを知ってしまったからだろう。覚悟してはいたものの、カナタ史上最もリアルな夢を見せられる羽目になった。夢での行為もさることながら、夢の中のゼノに言わせてしまった台詞が。全てを覚えているのではなく、ひどく断片的な欠片だけれども、自分最低だとしか思えない。
 夢は無意識だからなんて責任逃れをしたくなるが、それを願う自分も喜んでしまう自分も否定ができず。結局自己責任だと、項垂れるより他にない。でもやっぱり夜中の接触がなければ、ここまで自己嫌悪もひどくならなかったのではないかと考えてしまう。
 いや、待て、最後に背中を押したのは、ゼノからの接触の方だ。意識的には叩いた、実際には触れただけとも言えるカナタの手をこそ、心配してくれたゼノ。嫌な役割をさせたと労るように撫でてくれた。身の内に巻き起こった嵐のような衝動を必死に覆い隠していたけれど、優しく撫でられた感触をきっちり覚える余裕はあったらしい。
 盛大な溜息と冷たいシャワーで、ぐるぐるする感情はひとまず流してやった。ということにした。気にしすぎたら後でゼノに会った時に平静を装えない。何度か逃亡したことがあるからこそ学んで、会得したやり方だ。
 本末転倒ながら、バースじゃなくて良かったと思う。12月の早朝、それもまだ日の昇らない時間に冷たいシャワーを浴びるなんて、自殺行為すぎる。風邪を引く以外の未来が見えない。これも現実逃避かなと、執務服を着込みながら思った。
 シャワーのついでに身支度を整えてはみたものの、まだ早すぎる。二度寝する気にはなれないので、ゼノからプレゼントされた新作ゲームのひとつをプレイしてみることにした。後で会った時に少しでも感想を伝えたら、より安心してもらえるんじゃないかと思って。
 だが、一時間ほどプレイしたところで、カナタはコントローラーを投げ出す羽目になった。
「意味わかんない。こんなにオレのこと考えたゲーム作ってくれて、なんであんなになんの?」
 一時間があっという間だった。バース風に言うなら、まさに溶けた。カナタがあっさり夢中になってしまうゲームを作ってくれているのに、何故ゼノはあんなにも思い詰めてしまっていたのだろう。思わずぼやくが、カナタが何を言ったところで響かないことは身に染みてわかっている。
 ゼノの自己評価の低さは、カナタが招致された時からずっと変わらない。フェリクスたちの言動からすると、それ以前からのようだ。でも、なんでそんなに低いんだろう。実際に作ってもらったものを評価しても、上向く兆候がない。まるで、ゼノの評価は低くなければいけないような印象を覚えるほど、頑なに。
 カナタが親友としてだけではなく恋愛感情でも好きだと伝えたことも響いてないが、それ以上に自分には好かれる価値がないと考えているんじゃないかと疑っている。自分が恋愛対象として好意を寄せられる可能性を、バースにいた頃はカナタ自身も考えたことがない。でも、ゼノはもっと根底からないと思っているように感じる。価値じゃなければ、資格とかだろうか。
 なんというか……恋愛対象としてだけではなくて、もっとずっと広い範囲で、自分が認められること自体を……?
 微かに脳裏を掠めた思考は、掴みきれずに逃げてしまった。溜息と共に、考えること自体を今は放棄する。たった18年しか生きていないカナタには、目に映るゼノから背景を想像しきるだけの経験値が足りない。ゼノの自己評価の低い原因を考えるより、どうやって「カナタから見たゼノはすごい」と伝えていこうかと考える方が、まだ有用な時間になるはずだ。
 続きをプレイする気にはなれず、またキリも良かったので一旦ゲームは終了させた。代わりにいつかも使ったレポート用紙を引っ張りだしてきて、思いついた感想や意見を適当に書いていく。ただのメモ書きだ。感想文なんか渡したら、またゼノに大事に仕舞われてしまう。黒歴史リターンは避けたい。
 ざっと書き上げたところで、体が空腹を訴えてきた。時間を確認すれば、いつも起きる時間を少し過ぎたところ。朝ご飯を食べに行こうと立ち上がり、扉の前で停止する。「ゼノは親友」と口にして両手で頬を軽く叩いて気合いを入れてから、扉を開けた。気を抜いて今朝の夢を思い出したりしないように。


 私室を出る前の気合い入れが功を奏したのか、ごく穏やかな一日を過ごすことが出来た。お昼前に王立研究院に向かったら、ゼノも訪れていて少し動揺したけれど。カフェで一緒に昼食をとって聖殿の廊下で「またあとで」と別れるまでも、ちゃんと取り繕えていたと思う。ひとまずゼノに変には思われなかったようだから、良しとするしかない。
 夢見だけは悪かったが、守護聖として迎えた初めての誕生日としては、まずまずの一日だったのでは。夢だって、内容自体はカナタの願望が色濃く反映されていたので、悪かったと言い切れるか問われると怪しいところだが。
 誕生日らしいことと言えば、夜中にもらったゼノからのまさに抱えきれないほどのプレゼントと、候補が二人揃って告げに来てくれた祝いの言葉くらい。一年前にはあった家族や友人たちからのたくさんの祝いの言葉や品はなかったけれど、今のカナタはこれで充分だとちゃんと思えた。もちろん、会えない淋しさはあったけれど。以前のように帰りたいとかなんで今年は違うんだなんてことは、考えなかった。
 ちょっと薄情かもしれないが、きっと、家族も友人たちも、後ろを向いてばかりのカナタなんか望んでいないだろう。誰もが覚えていないとしても、今のカナタにはそう、信じられる。
「一旦私室に戻ってから向かうね。すぐ行っても大丈夫?」
「うん。待ってる。何か用意しておくものある?」
「んっと……飲み物かな?」
「りょーかい」
 守護聖の誕生日恒例の食事会という名の近況報告会が恙なく終わり、解散すると同時にゼノが声を掛けてくる。気遣う一言にゼノらしいなと微笑んで、問題ないと告げてから尋ね返した。ゼノの好きなオレンジスカッシュも、カナタの好きな辛口ジンジャーエールも、どちらもが炭酸だ。事前にできる準備はグラスを出しておくくらいかなと考えながら応じる。
 廊下で一旦別れ、それぞれの私室へ。食事会に行く前に簡単に掃除はしておいたから、片づける必要はなし。まっすぐキッチンに向かってグラスを用意してから、そういえば氷は充分にあるだろうかと冷凍庫をあけたら、訪問を報せる音が響いた。
「え、早くない?」
 緊急事態でもない限り、他の守護聖や研究員たちがこの時間に訪れることはない。訪問者は約束しているゼノのはず。私室に戻ったにしては早いのではと不思議に思いながら扉まで早足で向かい、開く。そこに立っていたのは、やっぱりゼノだった。
「お待たせ!」
「や、全然。もっとかかるのかと思ってた」
「あはは。これを取りに戻っただけだから」
 笑顔のゼノを迎え入れながら驚きを伝えると、笑いながらも手にしたバスケットを軽く持ち上げ示してくれる。なるほど、持ち出す用意は食事会の前に終わっていたのだろう。それを取りに戻っただけならこれだけ早くても、全然不思議じゃなかった。
 いつもと同じように、リビングの3人掛けソファに向かうゼノ。カナタはキッチンに向かい、改めて飲み物を用意して持っていく。
「ありがとう」
 テーブルにグラスを置くと、笑顔で礼を言ってくれる。眩しい。僅かに目を細める先で、ゼノがバスケットから取り出したものをテーブルに置いた。シンプルな白く長細い紙箱だ。夜、あれだけのプレゼントをくれたくせに何を持ってきたんだと視線を向けると、苦笑しながら座ってと促された。
 不自然にならない程度に間を空けて隣に座ると、テーブルの上の箱がカナタの前に置き直される。開けてみてということだろう。ちらりとゼノを伺えば、カナタが開けて中を見る瞬間を楽しみしている様子。ということは、カナタが見ても怒るとは考えられないものが入っているんだろう。流石に夜中のやりとりのすぐ後で、時間や手間のかかるものを作ったとは考えられない。
 意を決して、箱に手を伸ばす。横の小さい面から開封するタイプの箱だった。開いて中を覗くと、茶色が見える。それから、ふわりと香ってくる何か、嗅ぎ慣れない匂い。初めてではない気もするが、身近にあった匂いではなさそうだ。
 箱から取り出すと、中身はパウンドケーキだった。飾り付けはなく、至ってシンプル。でも、およそケーキらしくないこの香りは一体?
「ゼノ、この匂いって……?」
「ブランデーの香りだよ」
「ブランデー……って、酒?」
 疑問を口にするとゼノが応じてくれるが、明かされた正体には驚いた。誕生日を迎えたとしても、カナタはまだ故郷の法律では飲酒が認められた年にはなっていない。飛空都市での飲酒が何歳から大丈夫かは知らないからこそ、カナタの感覚では駄目なんじゃないかと思う。
 カナタの反応で何を気にしたかわかったんだろう、ゼノは笑顔で首を振った。
「香り付けに使ってるだけだから、俺たちでも大丈夫だよ」
「え、そういうもんなの?」
「うん。お菓子の香りや風味付けによく使うよ。少量だし、しっかり火を通してるから」
「あー、そっか。アルコールだから」
「そう。アルコールだから」
 ゼノが重ねてくれた説明に、理科の実験で使ったアルコールランプを思い出して頷いた。燃料になるくらいだから、火を付ければ当然燃える。少量なら火を通しても燃えないだろうが、揮発とかするんだろう。そういえば母からお遣いを頼まれた時に、料理酒がリストアップされていることもあった。わざわざ専用の酒が販売されているくらいだからカナタが気付かなかっただけで、酒を料理に用いるのは普通のことなんだろう。
 無知を恥じ入るが、ゼノからは「しないとわからないことって、たくさんあるよね」と慰めの言葉をもらった。優しい。
「もっと誕生日のケーキっぽいものが作れれば良かったんだけど」
「や、充分すぎ。ケーキ食べようなんて考えもしなかった」
 少し残念そうに告げるゼノに、ありがとうと添えつつ返す。あまり甘いものが得意ではないカナタは、誕生日だからとケーキを用意してもらうことは近年なかったから。代わりにいい肉を食べさせてもらったりして、そっちのが嬉しかったっけ。
 懐かしいなと口にしたら、ゼノはあっと声をあげた。
「そっか、カナタはそっちのが嬉しかったんだ……!」
「え? いや、家ではって話。甘くないケーキ、作ってくれたんでしょ?」
「うん、甘さは控えめにしてあるよ」
「ゼノがオレのために作ってくれたのに、肉のが嬉しいとかないよ」
 気付かなかったと呆然とするゼノに、きっぱりと否定を返しておく。落ち込ませたくて話題にしたんじゃない。ただ、ケーキが思い浮かばなかった理由として伝えただけだから。
 それに内容がなんであれ、カナタのためにと想って作ってもらえたなら、全部嬉しいに決まってる。ただ、ゼノの傾向からするとこう伝えても「カナタは優しいね」とか言われてしまうだろう。
「ゼノが作ってくれなきゃ、誕生日ケーキなんて思いつかなかったから。作ってくれて、ありがと」
「カナタ……。うぅん。俺の方こそ、ありがとう」
「ていうか、さっき食事会でいい肉食べたし。今もらうなら、こっちのが絶対嬉しいって」
「あ、それは、そうだね」
 そっと目を伏せて礼を返してくるゼノに言葉を重ねると、ぱちぱちと瞬きしてから笑って同意してくれた。これでケーキを作ってくれたことに対する評価は、ゼノの中で少しは上がっただろうか。
 ケーキはしっかりと食べやすい大きさでカットされていて、バスケットからは皿とフォークまで出てきた。至れり尽くせりすぎて、言葉がでない。ここまで気が遣える人を、何も出来ないと評価する方が難しいとカナタは思う。
 ゼノ自ら取り分けてくれたケーキを、いただきますを告げてから一口。
「うまっ」
「ほんと? 良かった」
 少ししっとりしたケーキは、ゼノが言うように甘さはさほど感じられなかった。ブランデーのだという香りが口の中一杯に広がり、今まで食べたどのケーキとも違う味わいに驚く。自然に零れた感想が消える前にもう一口と食べ進めるカナタに、ゼノも安心したらしい。自分も一口食べて、出来に満足するかのように小さく頷いた。
「これ、やばいね。いくらでも食べれそう」
「気に入ってもらえて嬉しいな。全部カナタにあげるから、たくさん食べてね!」
「流石に食べ過ぎでしょ」
 甘くないからか、それともしっとりしているからか。普段ケーキなど食べないカナタでも食べやすくて、一切れをすぐに食べ終えてしまった。感想に笑顔を見せたゼノが、もう一切れカナタの皿にサーブしながら言う。
 食事会のすぐ後でこの量を食べきるのは無理だとツッコミじみた反応を返したら、声をあげて笑われてしまった。
「俺でも今すぐに全部は無理だよ。残した分はまた明日、食べて」
「あ、そういう意味か。びっくりした」
「あはは、ごめんね」
 言い方が悪かったと、ゼノが笑いながら謝ってくれる。謝るほどのことじゃないと首を振るが、釣られて笑ってしまった。大好きなゼノと楽しく笑える時間に、美味しいケーキ。うん、まずまずどころか、間違いなくいい誕生日だ。
 二切れ目はゆっくり味わいながら、気になったことを尋ねてみる。
「ケーキって、作るの大変じゃないの?」
「そうでもないよ。材料を混ぜて焼いただけだから」
「え、そうなの?」
 ゼノの様子からさほど手間ではないのだろうと思ったが、カナタにケーキを作った経験はない。作り方を調べたこともないので、どれくらいかかるものか検討も付かなかった。だから、苦笑混じりのゼノの説明にも少し驚いてしまう。
 ケーキ作りに時間がかかるのは、デコレーションする時かなとゼノ。クリームを泡立てたり、フルーツをカットしたりと作業工程も格段に増えるかららしい。でも、今日作ってくれたのは、ゼノ曰く焼いただけの超シンプルなブランデーケーキ。なので、言葉通りに混ぜて型に流し入れたら主な作業は終わりなんだという。
「あとはオーブンにセットして焼くだけ。もちろん焼くのに時間はかかるけど、付きっきりで見てなくても大丈夫だから。作業自体は、10分もかかってないよ」
 説明の結びに実際にかかった時間を教えてくれたゼノ。ちょっと得意げな様子に、夜中のやりとりを気にしてくれたんだろうなと微笑ましくなる。ケーキを作るために無理をしたのではなく、手間暇をかけたわけでもないから、大丈夫だと考えているんだろう。
 むしろそこまで考えた上でカナタのためにケーキを作ってくれたと思うと、じんわり胸の中が暖かく染まっていく。
「オレのためにありがとう、ゼノ。大好きだよ」
 感情に逆らわず、礼と共に告げる。ほんのり頬に熱が灯った気はするが、もはや照れる必要のない言葉だ。最初に告げてから二ヶ月と少し。ちっとも伝わらないと繰り返し口にしてきたから、慣れてしまった。ゼノも聞き慣れただろうが、止めたらきっと伝わらないまま終わってしまう。
 今日もきっといつもどおり「ありがとう」だけ返されるんだろうなと、ケーキを一口。
 だが、口の中が空になっても、想像した言葉は聞こえてこない。
「ゼノ?」
「え? あ……うん、俺も、カナタが大好きだよ」
 不思議に思って呼び掛けると、少しだけ目を丸くしてカナタを見ていたゼノと目が合う。ぱちぱちと瞬きをしてから、ゼノはいつもの微笑みを浮かべてそう、応じてくれた。
 告げられた言葉に、どきりとする。でも、舞い上がったりはしない。
 最初に告げた時に返されたのと、同じ一言だと気が付けたので。
 言葉を換えて幾度カナタの好きが友愛だけでなく恋愛感情としてもだと説明しても、全く伝わらないし、響かない。好きだとストレートに告げても、ゼノの中では親友としてだと変換されてしまうようだ。間違いではないけれど、友愛が全てではない。
 今日もやっぱり伝わらないなと小さく苦笑を零す。少し歯がゆいが、安堵の方が大きい。正しく伝わらないために、気持ち悪いと蔑まれることも嫌われてしまうこともないから。増して今日は初めて伝えた時以来で、大好きだとまで返してもらえた。それが親友としての気持ちからだとしても、ゼノから更なるプレゼントをもらったように嬉しくなる。
「サンキュ。あ、そうだ。オレもゼノに渡すものあったんだ」
 笑顔で礼を返してから思い出して、立ち上がる。机に置いておいた早朝のメモ書きを取って戻り、ゼノに渡した。不思議そうな顔をしつつも受け取ってくれたので、もらったゲームの感想と告げる。
「えっ?」
「ちょっと早く目が覚めちゃってさ。少しだけって一本やってみたんだけど、やばいね。すっげー好み」
 驚いて顔をあげたゼノに、経緯を苦笑混じりで説明する。最後の一言には、自然と力が籠もってしまった。あんなにもあっさりと夢中になっておきながら、まぁまぁだよなんて嘘でも言えない。一時間で止まれて良かったと思うくらいだ。
 カナタの力説を受けて、ゼノの視線がメモ書きに向く。ゆっくりと左手が動いて、紙面をそっと撫でていった。
「……気に、いってもらえた……?」
「すごく。一瞬で一時間溶けた」
「良かった……」
 カナタを見ないままの問いかけは、少しぼんやりとした声だった。だから余計に強く頷いたら、ゼノが顔を上げてほっと息を吐き出す。なんだか泣きそうな表情にも見えて、抱きしめたくなる衝動と闘う羽目になった。いや、流石に更なる接触は避けたい。
 動きそうになった手は、皿とフォークに伸ばし誤魔化す。二切れ目が半分ほど残っていて、助かったと思う。
「てことで、しばらくオレのためにってゲーム作らなくていいから」
「え……、どうして?」
「もらった分遊びきる前に新作きたら、そっちやりたくなっちゃうじゃん。めちゃくちゃ困る」
 ついでにと伝えたら、ゼノは大きく息を呑んだ。呆然と聞き返された問いかけには、悲壮感さえ漂っていそうで、なんでそんな反応すんの?と、カナタの方が困惑してしまう。
 短期間であれだけの数を制作してくれたのだから、どのゲームもさほどやり込み要素が強いわけではないかもしれない。それでも数が豊富すぎて、全てを遊び終えるまでには最低でも一ヶ月はかかるだろう。その前にゼノに「新作出来たよ!」と言われたら、そっちも気になってしまうから。
 カナタの感情籠もる説明に、納得がいったらしい。今度は安心したと息を吐いてから、それもそうだねとゼノが頷いた。
「じゃあ、次は、時間掛けてすっごいゲーム作ってみるね!」
「いやなんでそうなるの!?」
 嬉しそうに宣言してくれるゼノに、悲鳴のようなツッコミを入れてしまった。睡眠時間を削って作ってくれた分を補ってほしいからわざわざ言ったのに、どうしてそうなる。
 だけど、ゼノはすでになにかしらのアイディアが浮かんでしまっているようだった。何かを呟きながら考え始めるゼノは、真剣な表情が格好よく、活き活きとした様は可愛い。カナタにとっては眼福であるけれど。
 夜中のやりとり、ほんとに伝わってるのかなとちょっとだけ疑わしく思って、苦笑を禁じ得なかった。




+モドル+



こめんと。
カナタお誕生日おめでとうー!!
ということで、昨年書いたカナタ誕話、
「Gimme a smile」の続編でした!
カナタのもだもだはもう少しだけ続く。
ちなみにゼノが作ったたくさんのゲームは、
前からちょこちょこ作ってたのを一気に仕上げたので、
カナタの想定よりは時間取られてないです。
でも他が多いからなぁ。
(2022.11.25)