Gimme a smile
深夜の廊下は照明が抑えられ、しんと張り詰めたような空気に包まれている。音を立ててはいけないような雰囲気に圧倒されそうにはなるが、暗いというほどではない。そもそも日中が煌びやかすぎるのであって、これくらいの光量の方がカナタは落ち着く。
足音というか靴音というべきか。響きやすい廊下で無用な音を立てないよう、そろりそろりと足を運ぶ。間もなく日付も変わろうという時刻に向かうのは、ゼノの私室だ。
『夜、遊びに行くね!』
カフェで昼食を共にした後、別れ際にゼノはそう宣言した。最近ではすっかり馴染んでしまった複雑な感情を覚えながらも『待ってる』と応じたのだが、この時間になってもゼノは来ない。
候補たちが育てている大陸や、宇宙のどこかで急を要する事態が発生し、駆り出された可能性はある。普段が平穏なので忘れがちだが、この令梟の宇宙は崩壊の危機に面しているから、ありえないことではない。実際に少し前、どこだかの惑星にヴァージルとシュリが派遣されていた。
ただ、あのゼノが、連絡をひとつも寄越さないままというのは考えにくい。タブレットから一報を送るだけなら僅か数十秒で終わる。精通したゼノならもっと早く終わるかもしれない。それさえもできないほどの緊急事態が起こったのだとしたら、聖殿内のこの静寂はあり得ないはずだ。幾度かあった火急の際に、守護聖が指示を出す声や研究員が走る音に満たされるのを体験している。
となると、作業に没頭して時間を忘れている可能性が高い。遊びに来てもらえなかったのはとても残念で淋しいが、それよりもちゃんと夕飯を食べたかが気になった。寝る前に様子を見に行こうと考え、今こうして深夜に聖殿の廊下を歩いている。
ゼノのことだから、作業に没頭して未だ執務室にいる可能性も高い。私室を出た直後、どちらに向かうべきか一瞬迷ったが、近い私室から先に訪ねることにした。日中ならあっという間に辿り着く距離も、音を立てないよう気を付けてゆっくり歩くと倍以上の時間がかかる。こんな風にどうでもいいことを考えてしまう程度には。
ようやく私室の前に辿り着き、ドアに取り付けられた機械に手をかざす。ゼノが作り設置したこれは、非接触のインターフォンみたいなものだ。ゼノ本人なら解錠して、他は訪問を室内に伝える。登録されているので、訪問者がカナタだというのも報せるらしい。残念ながら解錠する場面しか見たことがないので、どのように報せるのかは不明だ。
便利なのでカナタの私室にもつけてもらいたかったが、作るのに時間がかかるそうなので辞退した。訪ねて来るのはゼノだけだし、大体約束や予告をしてから来てくれる。どうやって作業時間を確保しているのか謎なゼノの手を大幅に煩わせてまで作ってもらうほど、必要なものではないから。
というか、カナタの故郷でも一般的だったインターフォンが、何故標準整備されていないんだろう。謎だ。
「……あれ……?」
機械に手をかざすと、すぐに室内に報せが響くとゼノは言っていた。いつもはさほど待たずにゼノがドアを開けてくれたが、今日はその限りではないようだ。やはりまだ執務室にいるんだろうか。
こんなことなら躊躇わずにタブレットで先触れを出すべきだったかもしれない。カナタの私室では常時稼働中の防音装置だが、ゼノの私室ではカナタが訪れた時にしか使わないのを知っている。タブレットの着信が室外に漏れるのは迷惑になる深夜だから、直接訪ねた方がいいかと思って出てきてしまった。
念の為と、もう一度だけ機械に手をかざしてみる。これでもう少し待っても反応がなければ、執務室に向かってみようと決めて。
かざした手を外しながら、改めて機械を良く見る。ゼノの説明によると、手をかざすのは作動スイッチであって、解錠には網膜認証も用いているそうだ。手をかざしやすい位置に付けられているので、網膜認証用の機械は別で設置されているのだろうが、そちらは巧妙に隠されていてわからない。
わかったところでカナタの手では作動しないから、探る意味も必要もないのだが、待つ間の暇つぶしにはなる。ファミレスのメニューにあった間違い探し的な感覚だ。
当然見つけられるはずはなく、そもそも見つけるつもりもなかったが、適度に時間は経ったと思う。そろそろ執務室に向かってみるかと半歩足を下げたところで、タイミングよくドアが薄く開いた。
「……待たせてごめんね、カナタ」
「ゼノ。良かった、こっちにいたんだ」
そっと顔を覗かせたゼノのごめんに首を振って、応じる。作業中だったならむしろ、邪魔してしまったのはこちらだ。謝意を伝えながらも気にかかるのは、ゼノの表情が少し翳っていることだろうか。
招き入れてはくれたが、ゼノの足取りがひどく重い。もしかして作業をしていたのではなく、体調が悪くて寝ていたのだろうか。それなら連絡がなくても当然だし、インターフォンに応じるまで時間がかかるのも頷ける。
「ゼノ、もしかし、うわ、すごっ」
訪問者がカナタだと報されたからか、防音装置を作動してくれているのが範囲視認用の光でわかる。室内を先行するゼノに思い当たったことを尋ねようと口を開いたが、目の前に現れた光景で驚愕が先に出ていく。
廊下の先、バースで言うならリビングに当たる部屋は、物で溢れ返っていた。ゼノの部屋で作った物があちらこちら無造作に置かれているのは見慣れていたが、その比ではない。足の踏み場もないという言葉が相応しいほどだ。
「なにこれどうしたの?」
「ずっと、考えてたんだけど……どうしても、決められなくて」
「何が?」
驚きをゼノに向けるが、歯切れ悪く返ってくるのは、今まで聞いたことがないほど暗く消沈した声。ゼノ自身も肩を落としていて、どうやら明るい話題ではなさそうだとカナタも意識を引き締める。
昼食を共にした時はいつもどおり笑っていたのに、数時間で何があったんだろう。
「カナタにもらったのと同じくらい、嬉しいって思ってもらいたかったのに、全然、わからなくて」
「え? オレ? なんかあげたっけ?」
視線さえも落としてしまったゼノの小さな声は主語が無く、首を傾げる。ゼノからはもらうばかりで、カナタからなにかあげた覚えはない。泊まりで遊びに来る土の曜日の夜は夕飯を作ってくれるし、ゲームだって防音装置のような便利な機械だって、カナタが飛空都市で愛用しているものはほぼ全てゼノが作ってくれたものだ。
むしろゼノから放たれた言葉は、カナタが日頃から思っていて感謝し足りないとも感じていることなのだが。
疑問を口にしたが、ゼノは応えてくれなかった。代わりに、顔を上げて。
「誕生日、おめでとう、カナタ。贈り物……何をあげていいかわからなくて、ごめんね」
「は? え?」
哀しげに顔を歪めて、ゼノが告げた。何のことかわからずに目を丸くしたが、視線を巡らせ時刻を確認して合点がいく。日付の変わる直前に私室を出たから、廊下にいる間に変わっていたのだろう。
なるほど、カナタの誕生日だ。
強制的に高校生活という日常から切り離され、別世界と言っていいほど環境ががらりと変わった。それに、故郷とは暦も少し違う。日付として認識はしていたが、自分の誕生日だとは気付きもしなかった。
そういえば、少し前のノアの誕生日に行った食事会で、「次はカナタだね」とゼノが言っていたのを今更思い出す。そうだねなんて相づちはしたものの、特段感慨もなく忘れてしまっていた。
誰かの誕生日に食事会と銘打って守護聖全員が集まるが、日程を誕生日に据えているだけで誕生会の様相はなく、おめでとうの一言さえない。カナタがプレゼントを用意したのも、日頃世話になりまくっているゼノにだけだ。誕生日だからと浮ついた気分になる必要もないだろうと思っていた。
だから、ゼノが覚えていてくれたことは嬉しい。でも、なんでそんなに哀しそうなんだろう。口にしたとおり、何をあげていいかわかならいことが、だろうか。ゼノにはいつももらってばかりなので、誕生日だからと張り切ってくれなくていいのに。守護聖同士で贈り物をするような習慣だってないようだから。
そもそもゼノは嬉しかったと言ってくれるが、カナタがゼノの誕生日にあげたものはひどいというかやばいの一言に尽きる。前日の夜に初めて知り、切羽詰っていた中で閃いた『ゼノに作ってもらったゲームの感想文』だ。優しいゼノだから喜んでみせてくれたけど、カナタがアレをもらったら、扱いに困るし喜びはしなかっただろう。できれば思い出しくないし、黒歴史として葬り去りたいくらいだ。もちろん、現物も廃棄処分に出してもらいたい。訴えてもゼノには断固拒否されてしまうが。
ゼノからなら、笑顔でおめでとうと言ってもらえたら充分すぎる。あ、いや、ほんとは、できれば、待たされ続けている告白の回答がもらえれば一番だけど。それは、ちゃんと待つと決めているし、急かしたくはないし、ゼノ自身が納得できる回答を探してももらいたい。待ちすぎて生殺しもいいところで、我慢大会終盤みたくなってはきているけれど。
「思いついたものは全部作ってみたんだ。でも、カナタが喜んでくれるかどうか、全然わからなくて」
「は? いやちょっと待って?」
哀しげな表情のまま、微笑んでみせるゼノ。恐らくそれは自嘲からくる歪な微笑みだ。取り除いてあげたいと思うが、それより先に今の告白が気にかかる。思いついたものは全部作ってみた、と言った。
改めて室内を見渡す。作業机の上からソファや床に至るまで、足の踏み場のないほどに溢れている物たち。恐らくゼノが言う「全部」だろう。先週の土の曜日はカナタの私室に招いたから、ここを訪れるのはその前の土の曜日以来だ。その時にはまだ、いつもの様子だった。
つまり、ゼノは二週間足らずでこの状況を作り出した?
「ゼノ、寝てないでしょ!?」
がしっとゼノの両肩と掴み、顔を覗きながら尋ねる。間近に見た顔は、予想通り目の下に青いクマが出来ていた。日中は執務をこなし、週末はカナタと遊ぶ時間にあてて。なら、これだけの物をいつ作ったのか? 考えるまでもない。
睡眠時間を削って作った。それ以外にあるはずがない。
「少しは、寝てるよ。でも、それより、全然わからなくて」
「いやほんとマジでなにしてんの?」
自嘲を浮かべたまま、小さく首を振ったゼノ。遮ってカナタも首を振った。『それより』じゃない。全然ない。
「駄目だね、俺。カナタに、喜んでもらいたいのに」
「ゼノ」
カナタの言葉が届いてない、と思った。手が動いたのはほぼ反射だ。
ぺちん、と。ゼノの頬から微かな音がした。同時に、カナタの右手に同じくらい微かな衝撃が伝わる。
「カナ、タ」
「あのさ。ゼノの誕生日に、自分で言ったこと覚えてる?」
驚きから目を丸くして、ゼノがカナタを見上げてくる。カナタの手が触れた左頬を確かめるように指先で辿りながら。
力は入れていない。だから、さほど痛くはなかったはず。跡だってつかないはずだ。
でも、カナタはゼノの頬を叩いた。右手が、衝撃以上に痛い。
「徹夜したオレに、自分を大事にしないのは駄目だって言ったじゃん」
なんで人のことは心配するくせに、いつも自分を二の次に置くんだろう。何度心配だと告げても伝わらないことが、歯痒くて仕方ない。伝わった左手に力が籠もり、ゼノの肩をいっそう強く掴む。
ゼノは元々、夜更かしが多いという。作業に没頭して時間を忘れてしまうのだと、苦笑混じりに言っていた。それは、わからないでもない。でも、カナタのためのゲームを作るのにも徹夜しているのは嬉しくないと、再三告げてきている。
なのに、ゼノの誕生日に徹夜した挙げ句に寝落ちしたカナタには駄目だよと自分を棚にあげて言うから、心配させたとわかっていてもついそっくりそのまま返してしまった。逆の立場になりようやく少し響いたみたいで、以降は気をつけてくれていたのを知っている。
でも、これは、その頃より、酷い。
「ゼノが自分を大事にしないで作ってくれたもの貰っても、嬉しくない」
右手でカナタ自身の目の下を指し示しながら告げる。頬に触れていたゼノの指先が釣られたように動き、目の下に触れた。触ってもクマがあるとわからないだろうが、意識に残れば後で鏡を見た時に思い出してくれるはず。
きっぱりと言い切ったカナタに、ゼノが小さく声を漏らす。言葉にはなっていない。
「あ、誤解しないでもらいたいけど、ゼノから貰うのは、なんだって嬉しいから! それは、絶対。でも、ゼノが自分を大事にしないのは、嬉しくない。えっと、伝わってる?」
嬉しいけど、嬉しくない。嬉しくないけど、嬉しい。
禅問答でもしてるのかと自分でも言いたくなるような言葉を、上手く伝えられる気がしない。ゼノの誕生日にも同じ話題になったことを思い出しながら確認すると、ゼノはこくりと頷いてくれた。
「ごめんね。俺、自分のことばっかりで……」
「は? どうしてそうなんの?」
また俯いてしまったゼノの言葉に、今度はカナタが首を傾げてしまう。
つい先ほど口にしたのはゼノ自身だ。カナタが喜ぶかわからないと。何が最適かわからなくていろいろ作りすぎてしまったのは、言葉通りにカナタのためだと思うのだが。
「カナタにもらった贈り物が、嬉しかったから。だから、俺は、俺のために、カナタにも同じくらい喜んでもらえるものを贈りたかった」
「わかんない。それ、どう考えてもオレのためだよね?」
小さな声で告げるゼノに、今度は反対側に首を傾げた。それくらい、ゼノの言う理屈がわからない。
カナタのためのプレゼントが、どうしてゼノのためになるのだろう。
「ていうか、ゼノは普段からオレにいろんなもの作ってくれるんだから、わからなくてもしかたなくない?」
「しかた、ない……?」
「うん、そう。オレがゼノにあげられるものなんて滅多にないから、元々ハードル低いんだよ。でも、ゼノはいつもオレにいろんなもの作ってくれてるから、ハードルがどんどん跳ねあがってるわけ」
そもそもスタート地点が違うと告げてみたら、ゼノが少し顔を上げてくれた。
実績ゼロ点のカナタが贈る物と、実績百点満点のゼノが贈る物とでは、贈る側からの選択肢の幅も比較対象の質も全く違う。贈られる側のことをどれだけ考えたかは、加点に含まない。
でも、もらう側から考えれば、視点はがらりと変わる。はずだ。
なにせカナタにとっては黒歴史でしかないゲーム感想文を、ゼノはことさら喜んでくれた。ほんとに今でも通販で取り寄せたマトモなプレゼントにすればよかったと後悔しているのに、絶対に捨てないと言い張るほどゼノには気に入ってもらえているのだから。
贈る側の意識と、もらう側の認識は異なって当然だ。という事例にこれほど最適な案件もない。ちょっと情けないけれど。
「でも、俺はあんなにも嬉しい贈り物を」
「あーのさ、ゼノ。それ言うなら、ゼノが最初に作ってくれたゲームに、オレめちゃくちゃ救われたんだけど」
伝わらないのか納得できないだけなのかはわからないが、反論を返そうとしたゼノを遮った。きっぱり告げると、ゆっくりゼノが顔をあげてくれる。揺らぐ視線を向けられて、強く頷いた。
拉致まがいに連れてこられてそれまでの日常を根こそぎ奪われ、理解することさえ拒絶していたカナタのために、ゼノが最初に作ってくれたゲーム。すごくシンプルなものだったけれど、誰もが受け入れる事が当然だと突き放す中で、カナタ自身を案じてくれたことが伝わってきた。もちろん、毎日かけてくれる声も、食事や散歩に誘ってくれるのも全部、救いに繋がったけれど。
カナタを案じて、ゼノがゼロから作り上げて最初に贈ってくれたものは、あのゲームだったから。
「だからさ。煮詰まってるゼノに、オレが今もらって一番嬉しいもの、教えてあげる」
「カナ」
「ゼノが笑っておめでとうって言ってくれたら、それが一番嬉しい」
ほら、さっきの、哀しそうな顔だったし。
呼びかけは遮り覗き込むように顔を近づけて告げると、ゼノの目がゆっくりと丸くなっていく。流石にこれはいろんな意味でアウトだったかなとちょっと反省はしたが、後悔はない。ほんとの一番はもちろん告白への色よい返事だけれど、それを抜かせば告げたものが一番で間違っていないから。
ね、と促せば、ゼノが視線を揺らがせる。左右に振れてから、カナタに戻って、ひとつ瞬きを。
「……うん。誕生日おめでとう、カナタ」
「ありがと、ゼノ」
まだ少し翳りを感じさせるが、ゼノが笑顔を作って告げてくれた。それに微笑んで返して――ハタと気が付く。めちゃくちゃ顔が近い。
「て、てか、すごいいろいろあるみたいだけど、なに作ってくれてたの?」
しかも、左手はまだゼノの肩を掴んだままだった。近さと触れていることを唐突に意識してしまい、反射的に離れたくなる。が、実行したらゼノを傷つけかねないと、誤魔化しに思いついた疑問を口にしつつゆっくり距離を作った。
常と違うゼノを前に、冷静でいられなかったらしい。適切な距離感を意識から抜け落とすなんて間抜けすぎる。服越しではあっても左手に伝わってきていたゼノの体温に、目前まで迫ったことで感じてしまったゼノの匂い。あぁそうだ、さっき、右手は頬にも触れた。ほんの一瞬だけど、伝わった感触は柔らかくて。
――これは今夜も人に言えない夢を見るに違いない。
「んっとね……机の上のはほとんどゲーム。ソファのは日用品で、床のはガジェットとか玩具とか」
「いくつ作ったの?」
「え……? ……いくつ……?」
「あ、うん、わかった。数えきれないくらいね」
自分の迂闊さに内心溜息をつきながらも、ゼノの自信なさげな説明に目を見張る。最終的には実際に息を吐きだしてしまった。ゲームや日用品は納得できるが、床に散らばってるもの特に玩具の説明をもう少し聞いたところで、更に溜息。
聞こえたんだろう、ゼノが少し項垂れてしまった。
「あのさ、ゼノ。オレがこれもらって一緒に遊ぶの、ゼノなんだけど」
「え? う、うん、俺もカナタと遊べるものって思いながら、作ってたよ……?」
「ならなんで、ちゃんと寝てくんないのかな~っ」
「わっ、ちょ、カナタっ」
確認を肯定してくれたゼノの髪を、ぐしゃぐしゃとかき回してやった。いつも頭の上に乗っかってるゴーグルもずれてしまったが、ちょっとすっきりする。
目を丸くしてカナタを見るゼノに、改めて溜息。
「こういうのってさ、あげることだけじゃなくて、その後のことも考えてよ」
「え……っと……?」
「一緒に遊ぶゼノの体調も考えてって言ってんの」
告げて、半ば呆れながら笑いかける。
ゼノが作ってくれた玩具は、大半が二人以上で遊ぶことを想定されたものだった。例えば衝撃を逃がす素材が織り込まれた布のグローブと軌跡が虹を描くボールのセット。どこぞのライトセーバーを連想させる光の網と、捕獲する光の玉をランダムに打ち上げる装置のセットなど。
それら全て、カナタが一緒に遊ぶのは告げたとおりにゼノだ。せっかくもらっても、相手が寝不足で動けませんじゃ、意味をなさない。飛空都市に住まう子供たちと遊ぶこともできなくはないが、彼等とはやはり友達という区分にはならないから。
……というのはまぁ、ゼノに納得してもらうための方便でもあるけれど。こういう言い方なら、少しは気にかけてもらえるかなと。ゼノの体調だけを理由にしても、伝わりにくいようだから。
多少は功を奏したようで、ぱちぱちと瞬きしたゼノが真顔になって頷いた。
「そっか……そう、だね……。うん、ごめん」
「いいよ、もう謝らなくて。っていうか、謝る必要ないし」
「えっと……じゃあ、ありがとう」
眉尻は下げたままだが、はにかんだゼノが眩しい。で、また不用意に触れてしまった自分に気が付いて、内心悶える羽目になる。
ゼノの体温に、匂い、頬の感触に、髪の質感を追加。今夜見る夢に悶絶する可能性は、限りなく高い。
「いや、その、オレのがありがとうでしょ。こんなにたくさん、ほんと寝る間も惜しんでさ」
「それは、俺が勝手にしたことだから。でも……ほんとに、ごめんね」
「いやだから」
「手。カナタの方が、痛かったよね……?」
「ッ」
なんとか取り繕って礼を返す。小さく首を振ったゼノが改めて謝るから遮ろうとするも、それより早くゼノが動いた。
心配する声で言いながら、そっとカナタの右手をとって撫でるという謎コンボでもって。
予備動作のなかった接触に、思わず息を詰める。いやあのその接触はちょっと、めちゃくちゃ体に悪いのでやめてほしいんですけど! と、叫びたいが、我慢する。それはもう千切れそうな理性でもって、我慢せざるを得ない。
やっぱり、ゼノには伝わってないんだろうか。ちゃんと響いていないんだろうか。
カナタが、もう何カ月も前に、好きだと告白したこと。
親友としてだけではなく、ゼノを独占したい恋愛感情の好きでもあること。
返事を待つ間、何度も何度もしつこいくらいに繰り返し好意を伝えてきたことも。
そんな風に優しく撫でられたら、その、好きが暴走しそうなんですが。
「だ、いじょうぶ、だし。むしろ、ゼノのほうが、いたかったとか」
「俺は全然、痛くなかったよ」
「なら、よかった、けど」
「うん。でも、ごめんね。嫌なこと、させちゃったね」
それは全然大丈夫なので手を離してもらえませんか、とは、言えなかった。ゼノからしたら、自分が至らないせいで手をあげさせてしまったと反省してるのだろうから。気の済むようにさせてあげたい。
心を無にしてなんとか乗り切ったことを、誰か褒めてくれないだろうか。告白した当初は全然大丈夫だったのに、一ヶ月を過ぎた頃にはもうなんか、駄目だった。触れてしまったら、いろいろ妄想してしまって。夢にも見てしまって。特に夢は願望の顕れとも言うくらいなので、なんというかほんとにごめんなさいと平謝りするよりほかない。
「遊びに行くって言ったのに、全然遊べなかったね」
「あぁ、うん、そう、だね……」
「代わりに……てわけじゃないけど、夜、みんなで集まった後、遊びに行ってもいい?」
「うん、楽しみしてる」
満足したらしいゼノが手を離し、今度こそ笑顔で尋ねてくれる。若干引きつった笑顔で頷き返したが、言葉に嘘はない。ただ、手を撫でられるなんて事態は想定外すぎて、諸々耐えるために引きつってしまっただけだ。
折角ゼノが作ってくれたからと、全てをカナタが貰い受けることにした。ゼノのガジェットを使えば二往復くらいで運べるだろうが、深夜にすべきではない。今のところはゲームを数本と、日用品の中から小型のスピーカーを持ち帰るだけに留めた。
「カナタは、不思議だね」
「なんで?」
「俺が嬉しいことばかり言ってくれるから」
自室に戻るカナタを見送りにきてくれたゼノが、ぽつりと零す。防音装置の範囲外なので、尋ねるカナタも小声だ。はにかんで応じるゼノに疑問を覚えるが、長くやりとりする状況ではないと諦めた。
代わりに、一言添えるだけにしておく。
「ゼノだって、オレを喜ばせるものばっか作ってくれてるよ。おやすみ」
僅かに目を見張ったゼノに微笑んで、カナタは来たとき同様ゆっくり靴音を立てないように静かな廊下を歩き出した。
その夜見る夢は予想を外れることなく。
今までで一番深い自己嫌悪に陥る誕生日の朝になることを、この時のカナタはまだ、知らない。
こめんと。
24作目。
カナタお誕生日おめでとう!
なのに実はまだくっついてません!!
告白した・返事保留だけはしつこく出してますが、
どのように告白に至ったかと、保留された状況だとか、
その辺はおいおい書いていこうと……
はい、思ってます。ちゃんと。
(2021.11.29)