テイクアウト
朝から赴いていた王立研究院での用事が終わったのは、昼を少し過ぎた頃だった。タイミング良く自己主張した胃袋に苦笑しつつ、公園に繋がる道を歩き出す。今日は何を食べようかなと考えながら。
この時間だとまだカフェは混雑してるだろうから、いっそテイクアウトでもいいかもしれない。本日の天気も良好、公園のベンチで食べても気持ちいいだろう。
「あ~……牛丼食いたい」
テイクアウトするならと考えて思い浮かんだものを、ぽそりと呟く。残念なことにカフェに牛丼はないからだ。バースで学校帰り、友人たちと寄り道したチェーン店の味が懐かしく思い出される。付随して友人たちのことも思い出すが、以前ほど胸は痛まなくなった。彼等自身も、彼等の住む故郷も。守護聖として守ることを前向きに捉えられるようになったからだったらいいなと、思う。
でも、それはそれとして、今はやっぱり、牛丼が食べたい。感傷に浸るよりも空腹を満たすことを優先してしまうのは、ちゃんと生きている証拠ということで。
普通の牛丼もいいけれど、期間限定メニューに挑戦してもいいかもしれない。たまにぶっ飛んだメニューがあって、誰が頼むかでジャンケンしたっけと思い出した。今はどんな限定が出てるんだろう。
「って、考えるだけ食いたくなるじゃん……」
気がつき、思考を断ちきるために敢えて声に出した。だが、完全に牛丼を食べる準備が出来てしまっている。なんでカフェに牛丼がないんだろう。ちょっとバースに牛丼を食べに行かせてもらえないだろうか。誰かがテイクアウトしてくれるのでもいい。多少冷めても文句は言わないから。
星の小径はそんなことのためにあるんじゃないと怒られそうだが、どうしても牛丼食べたくなってしまったので、考えてしまう。ぐぅと鳴った胃袋も、完全に牛丼を所望している。
考えれば考えるだけ食べたくなるが、食べられるはずがない。だからこそ余計に食べたくなる、完全な悪循環にはまってしまった。
「カフェで牛丼出してくんないかな……」
不毛すぎると溜息を吐く。でも食べたい。候補たちが使ってる通販に、レトルトの牛丼とかあったりしないだろうか。今すぐではなくても、今度食べられると思えば乗り切れる気がする。
「カーナタっ」
「え? あ、ゼノ」
「溜息吐いて、どうしたの? 悩み事?」
背中を軽く叩かれ、掛けられた声に振り返る。心配そうに顔を覗き込んできたのは、ゼノだった。その後ろには、聖殿に繋がる道が続いている。なるほど、向こうから見えていたから、距離があっても溜息を吐いているとバレたらしい。
心配してもらうほどの悩みじゃないと苦笑してから、故郷の料理が食べたくなったと白状した。目的地はカナタと同じカフェだったゼノと並んで向かいながら、簡単にどんなものかを説明する。
「美味しそうだね」
「うん、美味いよ。紅ショウガ載せたり七味掛けたりってちょっとした味変もできたし、アレンジメニューもたくさんあった」
「シンプルな料理だからこそだね。う~ん、食べてみたくなってきちゃった……!」
カナタの説明に、ゼノが目を輝かせた。食べたいが故に、ちょっとばかり熱が入ってしまったからかもしれない。美味しそうに語られたら、興味だって湧くに決まってる。
でも、今は食べられない。どうしたって無理だ。しまった。食べたいのに食べられない被害者を増やしてしまったかもしれない。
「ごめん、ゼノ」
「え? なんでカナタが謝るの?」
「いや、食べたくても食べられないのに興味持たせちゃって」
ちょっと罪悪感を覚えて謝ると、足を止めたゼノが小首を傾げる。倣ってカナタも止まり告げると、ゼノはあははと笑ってみせた。
「全然大丈夫だよ! カナタの好きな料理を教えてもらえて嬉しいし。むしろ、食べたくて仕方ないのはカナタでしょ?」
「うん。めちゃくちゃ牛丼食いたい」
「あはは、すごい伝わるよ」
ゼノの問い返しに、強く頷いてしまった。声にも滲んだようで、ゼノが声をあげて笑う。牛丼以外は食べたくないと思うなんて、完全に無い物ねだりだと自分でもわかっている。だから、笑ってくれるならこの妄執にも行き場があったかなと思えた。
ただ、解消には至らないので、改めて溜息を吐くしかない。
「今すぐは無理だけど、今日の夕飯にチャレンジしてみようかな」
「牛丼に?」
「牛丼に!」
慰めるようにぽんぽんと軽く背中を叩いてくれたゼノが、意欲的に告げる。思わず食いついてしまったカナタに、にっこりと笑って返してくれた。
牛肉とタマネギの他に何が必要かなと、早速タブレットを取り出すゼノ。チェックしているのは牛丼のレシピだろう。
思い至った瞬間、いてもたっても居られなくなって、ゼノに抱き付いてしまった。
「ゼノっ」
「わっ、カナタ?」
「めちゃくちゃ嬉しい! サンキュ!」
「どういたしまして! でも、初めて作るから、美味しくできるかはわかんないよ?」
「いやゼノなら大丈夫でしょ!」
タブレットを使っている相手に突然抱き付くのは良くない。でも、それ以外に喜びを表現する方法が見つからなくて。言葉も合わせてしっかり伝わったようで、ゼノもにこにこと返してくれるから更に嬉しくなる。
喜びすぎているからこそ予防線を張ってくれたんだろう。少し落ち着けとばかりに謙遜してくれたゼノに、わかっていても浮き足だって自信満々に返してしまった。だって、ゼノが作ってくれるものはなんでも美味しい。ちょっとカナタの描く牛丼と外れたとしても、味だけは保証されている。
口にしてから、作ってもらう側の反応ではなかったと気がつく。でも、ゼノは嬉しそうに笑っていた。
「カナタがそう言ってくれるなら、大丈夫かな」
「うん、絶対大丈夫だって! つか、すげー楽しみ!」
「ありがと! 俺も楽しみだな」
「ゼノが作るなら絶対美味いし、気に入ってくれると思う」
抱き付いていた腕を離して力説すると、笑顔で返してくれた。まだ見ぬ牛丼に対する興味からだろうと応じたら、一瞬きょとんとしてから声をあげて笑われてしまう。
何か変なことを言っただろうか。
「もちろん、牛丼も楽しみだけど、俺が言ったのは違くて」
「違うって?」
「んっとね……?」
笑いながら、ゼノが辺りに視線を廻らせる。耳に顔を寄せてくるので、周りに聞かれたくないようだ。
「カナタが喜んでくれるのが、だよ」
「ッ!?」
耳をくすぐったささやきに飛び退き、内容に驚く。離れたゼノは少し頬を染めて、あははとまだ笑っている。カナタの反応が思い通りだったのか、とても嬉しそうに。多分、カナタの顔も赤くなってるに違いない。
堪らなくなるようなこと言わないでくれないかなぁと口の中でだけ呟いて、頭を掻いた。いたずらが成功したような顔してるゼノに、でもカナタも笑い出してしまう。
「なんか、まだ慣れないかも」
「そう? でも、実は、俺もちょっとどきどきしてる」
「や、オレはどきどきどころじゃないからね!?」
改めてカフェに向かって歩き出しながら伝える。はにかみながらの言葉には、小声で反論。仕掛ける方はどきどきなんて可愛いものかもしれないが、仕掛けられた側の心臓はばっくんばっくんと強く脈打っている。
ゼノとの関係が親友だけじゃなくなって、もうすぐ一ヶ月。ふとした時に溢れる恋人の要素に、口にしたとおりまだ慣れない。いや、今のが恋人らしいのかと言われるとよくわからなくなるけれど、親友の距離じゃなかったのだけは確かだ。
たくさん待たせちゃったからと言って、ゼノは割とぐいぐいくる。それはもう、カナタがたじろぐくらいに。同時に心境の変化があったのか、今までよりはと但し書きが必要なほど僅かながら、自信を持った発言も増えてきたように思う。
ずっと「もっと自信を持って」と感じていたから、いい傾向だし、カナタも嬉しい。でもゼノがこんなに積極的だと思っていなかったから、カナタは若干振り回されているような。
「牛丼が食べたい欲には少し待ってもらうとして。カナタはお昼、何にする?」
「え~? すぐには切り替えらんないよ。ゼノは?」
「俺はハンバーガー! テイクアウトして、公園で食べようと思って」
「え?」
「ん?」
気を取り直すように尋ねられて、カナタも意識を切り替える。が、すっかり牛丼を食べる気になっていた部分はうまくいかなかった。参考にするべく尋ね返したら、思わぬ一言に目を丸くしてしまう。
カナタの驚きに、ゼノが首を傾げた。何か変なこと言った?と視線で訊いてくる。
「オレも」
「ハンバーガーにするの?」
「そうしようかな。じゃなくて、公園でって」
「一緒に食べる?」
「もちろん! ――でもなくて。オレも、テイクアウトして公園で食べようと思ってたんだ」
なかなか本題に辿り着けなかったが牛丼が食べたくなった原因だと告げると、ゼノがぱっと笑顔になった。
「一緒だね! これも以心伝心って言うのかな?」
「かもね」
嬉しそうなゼノにカナタも笑顔を返した。飛空都市は本日の天気も良好。昨日も明日も変わらず良好だ。なのに今日、同じタイミングで思い立ったのだから、ゼノが言うように以心伝心かもしれない。
誘いに行ったんじゃないからこそ、余計に嬉しくなるんだろうか。陽光よりも、ゼノの笑顔で胸が暖かくなる。
「じゃあ、早く行こ!」
「え、待ってゼノ、オレまだ何にするか決めてないし!」
笑顔で促してくるゼノに待ったを掛ける。でも、ゼノはもう早足でカフェを目指している。慌てて追いかけながら、まぁいっかと呟く。メニューを見て改めて決めればいい。
牛丼は夜ゼノが作ってくれると言うし、今はゼノと一緒に食べられるならなんでも美味しく食べられるかと思い直したから。
こめんと。
25作目。2021年最後の更新です。
カナゼノ書き始めてちょうど半年くらいですね。
2022年もまだまだ書きまくるつもりですので、
ご愛顧のほどよろしくお願いいたします!
チェーン店の牛丼、たまに謎メニューありません?
(2021.12.28)