ゼノのこと4

 ゼノの朝は休日であっても、早い。
「おはよう、カナタ」
 いつものようにしかけられたイタズラで飛び起きたカナタへと微笑みかけ、朝の日差しに相応しい穏やかな声で挨拶を告げるゼノ。どれだけ凝視してみても、イタズラをしかけたことに対するなにがしかの感情は窺えず、ただただ愛しげな眼差しを向けられるだけ。
 ちらりと時刻を確認すれば、まだ日が昇ったばかりの頃だ。昨夜は満足するだけ気持ちいいことをして、おやつを食べてから眠りについた。確実に日付は変わっていたはずで、つまり、まだ数時間しか睡眠が取れていない。
 常より短い睡眠時間にカナタはまだ眠気が引かず、少し頭がぼんやりしている。でも、いつものように濃厚すぎるキスというイタズラをしかけてきたゼノは、意識も体もすっかり覚醒しているようだった。
「……なんで、ゼノそんな元気なの……」
 飛び起きた体から力を抜き、二度寝したいと思いながらベッドに倒れ込んだ。ついでに少し掠れた声で疑問を口にする。囁きほどではなくとも小さな声だったが、他に音のない寝室なのでゼノの耳まで届いたらしい。枕に片頬を押しつけたまま見上げた先で、ほんのり頬が色づくのを目撃した。
「いっぱい気持ちよかったからかな」
「いやそれオレの方だし……体だるいとかないの?」
「う~ん……とくに感じないよ」
「マジでゼノってどうなってんの」
 昨晩の行為を思い出したが故の朱色に愛しさを覚えながら、改めて尋ねる。即答するではなくちゃんと体の隅々まで意識を廻らせ確認してからの回答に、何度目かわからない疑問というか嘆きというか、感想を息にのせておいた。
 行為の後、ゼノから体のだるさや不調を訴えられたことはない。初めて体を繋いだ時だって少し違和感があるかもくらいで済まされてしまった。カナタの助けなど必要とせずにシャワーを浴びに行くし、行かなくても平然とおやつを食べているくらいだ。気持ちいいと称するだけあって、本人が負担と感じていないのかもしれない。
 更に、カナタからすればいつもより遅いと感じる就寝時間も、気付けば徹夜をしているゼノからすれば早いほうなのだろう。むしろ普段より長く眠れている可能性もありそうだ。寝不足を感じさせない寝起きなのも、まぁ頷ける。
 ただ、なんでいつもこんなに早く起きるんだろう。普段はどうかわからないけれど、一緒に寝る時はほぼ早起きをしている気がする。
「オレ、もうちょっと寝たい」
「もちろんいいよ。朝ご飯出来たら、起こしに来るね」
 率直に要望を伝えてみたら、にっこり笑って頷いてくれた。ならなんで一度起こすのと疑問が浮かぶも、口にはしないでおく。前に、「可愛いからつい」と少しだけ申し訳なさそうに言われたのを覚えているからだ。
「ゼノも」
「俺?」
「もう少し、寝てよ」
 二度寝の許可をもらったからだろうか。それとも、枕の吸引力だろうか。再び靄がかかるように意識がぼんやりしてくる中、そろりと右手を伸ばす。ベッドについていたゼノの手に触れ訴えると、少し狭まったように感じる視界の中で眉尻の下がる様が見えた。
「う~ん、でも目、覚めちゃったから」
 カナタの手が触れたのとは逆の手が伸ばされ、頭をそっと撫でながら困った声が返ってくる。睡魔を助長するような心地よい感触に、瞼が重みを増した。
「それに、勿体ないし」
「……なに、が……?」
 直前とは真逆の楽しそうな声が、返す自身の声が、少し遠く聞こえる。半ば以上が閉ざされた視界の中、ゼノがとびきりの笑顔を向けたことだけはわかった。でも、覚えているのはそこまで。
 なにかをゼノが告げたけれど、カナタの意識は睡魔に囚われてしまい、言葉はひとつも届かなかった。


「いやだから、起こし方おかしいでしょ!」
 二度寝を堪能した後、宣言通り起こしに来てくれたゼノのイタズラで再び飛び起きる羽目になった。もっとこう、普通に起こしてもらえないだろうかと訴えるも、やっぱりいつもと同じ言い訳を全く悪びれなく返される。しかも、眼差しが愛しくて仕方ないと告げているので、それ以上怒るに怒れなくなるのもいつものとおり。
 諦めの溜息を吐き出しながら時刻を確認すると、先程から2時間ほどが経過していた。起きるには少し遅い時間だが、休日なら許される範疇だろう。先程ご飯が出来たらと言っていたが、一体何を作ってくれたのだろうか。微かに香ばしい匂いが漂っている。
「おはよう、カナタ」
「あーもー、おはよう、ゼノ。ほんとマジ起こし方どうにかなんないの」
「起こそうと思ってしてるわけじゃないよ?」
「……ほんとマジでさ」
 改めて告げられた挨拶にも、やはり悪びれた様子は欠片もなかった。頭を掻きながらの訴えに、ことりと小首を傾げられる。朝から不景気なほど特大の溜息が出ていった。
 ゼノの言い分としては、起こすためにキスをしかけてくるのではないらしい。あくまでも眠る愛しい存在にちょっと触れたい程度なのだそうだ。それ自体はなんとなくわからないでもないのだが、何故それで触れるだけのキスではなく、しっかり舌が差し入れられるのか。寝ぼけて応えてしまう自分を棚にあげるのではないが、寝ている相手にしかけるレベルではないと思う。
 というか、きっちり朝ご飯を作ってくれたらしいゼノは、結局あのまま起きていたのだろう。せめて一緒に寝る時くらいは、普段の少ない睡眠時間を補ってもらいたいのに。確か二度寝の前に訴えはしたと思うが……聞き入れてはもらえなかったらしい。
「だって、勿体ないから」
「何が?」
「折角、可愛い寝顔が見られるのに、起こしちゃうなんて勿体ないでしょ?」
「えーと」
 ゼノの言い分に、言葉が出てこなかった。ほんのり桜色に染まった頬は嬉しそうに綻んでいて、指先がカナタの頬をちょんと突く。多分、赤くなってることを指摘したいんだろう。咄嗟にいつものように「ゼノの方が」と反論できなかったのは、ちゃんと寝顔を見たことがないからだ。
 なにせ日の曜日も平日も、一緒に寝ると大抵ゼノの方が先に起きている。たまにカナタが先に起きても、寝顔を覗こうと身じろぎしただけでゼノも目を覚ましてしまうので、未だ拝めていない。ゼノが「いつもとは違った可愛さがある」と力説するほどの寝顔、いつか見てみたいものだけれど。
 チャンスはこの先いくらでもあるけれど、できれば早めに機会を得たい。小さく息を吐き出したら、何故かゼノが笑う声が耳に届いた。
「あとはね、カナタが起きてるのに寝てるのも勿体ないなぁって思ってるかな」
「それ、オレに寝顔見られたくないって言ってる?」
「うぅん。それは気にしてない。じゃなくて、カナタが起きてるなら、俺も一緒にいたいなってことだよ」
 笑顔のまま告げられ、怪訝に思うのを隠さず尋ねるもあっさり否定された。だけど、カナタより遅くまで眠るつもりがないのはつまり、そういうことではなかろうか。
 向けた視線の先で、ゼノがなにかに納得するようにひとつ、頷いてみせた。
「そっか。起こそうとしてたわけじゃないけど、起きては欲しかったんだ、俺」
「イタズラ?」
「うん。寝顔はとっても可愛いけど、やっぱりカナタと話したり、触れあったり、遊んだりして、一緒に過ごしたいから」
 難しい問題を証明できたかのように顔を輝かせるゼノの言い分に、口端がむずりとする。なんだかとてつもなく熱烈な愛を告げられたような気もするし、寝顔を見せたくないと遠回しに断られたような気もした。
「だから、ごめんね」
 ちょっとだけ眉尻を下げたゼノが、全身に走ったこそばゆい感覚を堪えるカナタに対して謝る。
「イタズラ、止められそうにないや」
「まさかの改善放棄」
「一緒に寝た朝は、俺につきあってね、カナタ」
「……危なくならない程度でオネガイシマス……」
 とびきりの笑顔で無体を告げるゼノに、カナタは項垂れてせめてと要望を告げる以外になにもできなかった。

 ちなみにこの朝、ゼノが時間を掛けて用意してくれた朝ご飯はカツサンドだった。揚げたてのカツを冷ます時間も必要だったので、2時間ほど経過していたらしい。朝からカツサンドに思うことがなくもなかったが、案外あっさり仕上げられていて、ぺろりと平らげてしまえた。
「カナタと食べる朝ご飯を作るの、楽しいし嬉しいんだよね」
 そう笑顔で告げられたので、ゼノの朝が早い理由の一因はそこにもありそうな気がした。





+モドル+



こめんと。
31作目。まだカウントしてる。
久しぶりの『ゼノのこと』シリーズです。
ゼノの朝は早い気がするんですよね……。
でもショートスリーパーでもないような気がする。
ただ、朝が早いイメージ。朝に強いというか。
カナタは、弱くもなく強くもなく、ふつー。

ちょっとした宣伝ですが、
これの前夜の話が『おやつの前に』です。
BOOTHで絶賛頒布中でございます!
宣伝のために書いたんじゃなくて、
カナゼノカレンダー見てたらこの日がちょうどいいなって。
全部のお話、日付決まってるんですよ。はい。
(2022.4.8)