午睡
土の曜日、昼下がり。カナタの部屋で少し遅めの昼ご飯を食べて、少しした頃のこと。
「珍しい」
ほんの微かな呟きが、ゼノの口から零れていた。少し心の中があったかくなるような光景が、声の色を明るく彩る。
そぉっと。細心の注意を払って手を伸ばし、無防備に凭れてきた頭を撫でてみた。
ソファで隣に座り、午前中の大陸視察に同行した報告書を認めていたカナタが、今は目を閉じ健やかな寝息をたてている。ゼノの肩に、その頭を預けて。ゼノがカナタの執務室に迎えに行って待つ間に居眠りをしてしまうことは多々ある。でもその逆は滅多にない。気が付けば夜明け間近になっているほどものづくりに熱中してしまうゼノと違い、カナタは節度を持った夜更かししかしないから。
珍しいの次に、可愛いと思った。それから、疲れたんだろうなと。思えば迎えてくれた時から、少し眠そうに目を緩ませていたなとも。
普段のカナタは、視線に力が籠もっている。と、ゼノは感じていた。目力が強いという形容は、カナタにも適用されると。出会った当初こそ迷い込んだ子供のように不安げだったけれど、ある時を境に強く意思を秘めた視線に変わっていった。
その目が、ゼノを見る時には少し柔らかくなるのが好きだ。更に遊んでいる時には感じない愛しさを添えられると、カナタに触れたくてたまらなくなる。優しすぎて心配性なカナタには渋られるから、せめてとキスをしてしまうくらいに。
耐えられなくなるからと真っ赤になって拒むカナタが愛しすぎて、離してあげたくなくなる。耐えて欲しくないと告げた時にゼノを気遣ってくれる優しいところも大好きだけど、物足りないとも思ってしまう。カナタと過ごす時間はどの関係としても大切だけど、もうちょっと恋人としての時間が欲しい。週に一度はやっぱり少なすぎる。親友の時間は毎日存在してるのに、と。
今日はその、週に一度の恋人時間の待つ土の曜日。ちゃんとお互い、明日の日の曜日に約束をしていない。心配だとカナタに拒まれる可能性のない、ゼノからすれば待ち望んでいた日だ。
朝、ピンクの髪の候補から同行の申し出があったと連絡を受け、時間があるからと気合を入れて昼ごはんを作った。カナタが好きだと言ってくれた料理をたくさん。ちょっと作りすぎた気もするけど、二人で残さず平らげた。『ゼノの美味しい料理で満腹って、めちゃくちゃ幸せ』だとカナタが笑ってくれたから、ゼノもたくさん幸せな気持ちをもらったのが、ほんの三十分ほど前のこと。
大陸では、ファンタジーパークに行ってきたらしい。数種類ある絶叫マシーンのはしごループに付き合わされたと苦笑していたから、疲れたんだろう。起こさないように撫でる手を止めないまま、寝顔を覗き込む。
先ほども感じたように、無防備に晒された寝顔。起きている時より少しだけ幼く見える表情が故郷の弟たちを連想させて、懐かしさとほんの少しの切なさと痛みを覚えた。だけど、それ以上に。
「愛しいって、無尽蔵なんだね」
声にならないくらいの囁きを紡いだ唇が、自然と綻ぶ。手のひらに伝わる髪の感触が、耳に届く微かな寝息が、肩にかかる重みが、そのすべてが愛おしい。緩く結ばれた唇は、見ているだけで食べてしまいたいほど。
カナタに恋情からの愛しさを覚えるのと同じだけ、親友としての友愛も存在する。どちらにしても大好きなことに違いはなく、一番大事な存在であることも間違いない。だから親友だけだった頃と同じように遊んでいる最中に、恋人として気持ちいいことがしたくなることもあるし、その逆もある。境目がどこにあるのかと考えてみても、自分でもよくわからない。毎回結論は「誰よりもカナタが大好き」で終わってしまう。
ただ、ゼノを気遣ってくれるカナタよりも、自分の方が欲張っている自覚はあった。心配だからと拒まれてしまうことも多いが、受け入れてくれる時は欲しいだけ与えてくれる。思ってもみなかった唯一無二の愛情が心地よすぎて、自制を忘れてしまうというか。
今のところ、恋人としてはカナタからもらうものが多すぎる。せめて親友としては多く返したくて、喜んでくれるのが嬉しくていろいろ作ってみているけれど、まだまだ全然足りてないと思う。なのにカナタはもらってばっかりだと頭を抱えるので、逆なのになと可笑しくなることもある。
「カナタ、大好きだよ」
撫でていた手を外し、そっと頭を寄せる。ぴったりとくっついた体から伝わる熱は、心地いいのに心の奥底を掻き乱す様な焦燥を感じさせた。ぎゅっと抱きしめて口付けたくなる衝動を、今は駄目だとそっと抑え込む。
無防備に居眠りする姿は、心を許してくれていると何より雄弁に告げてくれているように思えたから。起こしてしまいたくないと、強く望ませるほど。
一緒に眠りについた朝はすぐに耐えられなくて触れてしまうけれど、今はもう少し寝かせてあげたいなと我慢をして。
穏やかな静寂の中、寝息に誘われるようにゼノの意識も眠りに囚われてしまったことだけが、心残りだ。カナタの愛らしい寝顔を堪能するのは、明日の朝に持越しになってしまったから。
こめんと。
32作目。笑っちゃうくらい短くてすみません。
暖かい春の午後、お昼寝したいなーと思ったお話です。
思いついた時はいつもどおりカナタ視点で、
居眠りしちゃったよ!って内容でしたが……。
ゼノ視点の独白のようなお話にしてみました。
カナタ、ずっと寝てますね……。
(2022.5.2)