スタートライン
さながら、冷水を浴びせられたかのようだった。
女王候補の口添えで許可された、ただ一度きりの家族との面会。勝手に連れてきて勝手に記憶を奪っておきながら、どれだけ傲慢なんだと憤る思いも、確かに存在する。だが、守護聖がこの宇宙にとって必要な存在であることを理解してしまった今は、多少の諦めも覚えていた。運命だなんて一言に集約できるほど達観できてはいないが、バースにいる家族や友人たち、カナタにとって大切な人たちをも守るためだからと納得して、割りきろうと努力している最中と言うべきか。
だからこそ、家族との再会で区切りがつけられると思った。つけるべきなんだとも、そのために与えられた機会であることも、理解していた。
実際に、それはほぼ達成できたと思う。何一つ伝えたかった言葉は口にできなかったが、それでも、彼らの住む世界を、未来をも守るのだからと、ようやく覚悟をもてたように感じた。まだ、ささやかな覚悟ではあるけれど。
拉致するようにつれてこられてから、間もなく三ヶ月。全てを奪われたカナタが前を向けたのは、その覚悟を持てたのは、何よりもそばで支えてくれた人の存在が大きい。
最初からずっと心配してくれて今では親友と呼べるほどの存在である、ゼノ。
自身も身一つで女王試験という大事に巻き込まれながらもカナタのために心を砕いてくれた、ピンクの髪の候補。
非日常に放り込まれ翻弄される中で親身になってくれた二人に、特に異性である候補に心を寄せていったのは、意識では止められない流れだったと思う。まだ名前をつけられるほどはっきりとはしないこの感情を、育ててみたいと感じていたことも。
バースへの未練に一区切りつけられた今だからこそ、聞いてもらいたい。先程の家族・親友との会話についても、手にした覚悟も、まだ上手く言葉に纏めきれないけれど。今この瞬間の想いを、決意を、聞いてもらいたかった。
だから、公園に誘ったのだが。
気づかれていたのだろうか。候補はカナタが口を開くより先に、告げてきた。
躊躇いなく突き放す一言を。
頭を殴られたような冷たい衝撃を覚えた後、勘違いをしていたことに気付かされた。候補は、心配そうにカナタを窺っている。それは、顔を合わせた当初から一貫して消えぬ色。
芽生えかけていたのは恋情などではなかった。
恐らくは同郷だから。まだ学生だったカナタを、不憫に思ったくれたから。同情や社会人としての責任感などから、気にかけ親身になって支えてくれた。一人で立てないほど憔悴していたカナタを、一時と寄りかからせてくれていただけだ。カナタが自分一人で立てるようにと尽力してくれただけ――。
自覚していた以上に支えられていたこと。寄りかかっていると気付かなかったこと。自分にこの人が必要だと感じたのを、恋情の芽生えだと錯覚していたこと。
最悪な勘違いだ。支えに寄りかかったまま自分の足で立っていると思い込むなんて。いくら自分にとって未知の感情だからといって、恋情だなどと思い込むなんて。
言葉にするなら恐らく、依存あるいは寄生、その類に違いなかった。
その後候補に自分がなんと返したか、カナタはすでに覚えていない。ほんの数分前のことなのに、候補の前からどのように辞したのかも。頭の中が真っ白になって、それから、どう対応し歩いてきたのだろう。
気がついたときには聖殿の廊下を歩いていて、一人だった。日中の煌びやかさは落ち着き、だが仄暗いとも言えない明るさの中、しっかりと踏み込めないまま、足を運ぶ。
影が映るならふらりふらりと進むように見えただろう。無人の廊下は相変わらず浮世離れしていて現実味がなく、さながら夢の中で歩いているかのようだとどこか遠く感じた。なんで歩いていて、どこに向かっているのだろうと疑問が薄く湧き、現在地が自らに与えられた私室の傍だと気付く。ほぼ同時に、扉の横で壁に背を預けている人影を認識した。
「カナタ」
廊下を擦るような足音に気づいたのか、タブレットを弄っていたゼノが顔をあげ、呼びかけてくる。普段と変わらない穏やかな微笑みに、靄がかったような思考はそのまま、体が勝手に動いていた。
呼びかけに何も返さないまま扉を開け、ゼノの手を掴み部屋の中へ滑り込む。
「カナタ……? どうしたの?」
惑いながらも抗わずついてきてくれたゼノから、声が掛けられる。幾度も聞いてきた、カナタを心配してくれる声を。
それは、混乱したままのカナタの思考を少しだけ落ち着かせてくれた。
「……んで……いるの……」
「ご、ごめん。気になっちゃって、でも、遅い時間にめい」
「なんで」
零れた疑問が届いたのだろう。ゼノが慌てたように謝る。一歩後ろに下がろうとした体を引き寄せ、その肩に縋りついた。
「カナタ……?」
「……っ、ゼノ、……んで……」
嗚咽のような言葉は、先を続けることができなかった。
なんで、いてくれたの? そう、尋ねたかったはずなのに。
突き放す言葉で、勘違いに気づかされた。何故それを恋情などと思い込んだのだろう。『この人がいてくれれば大丈夫だ、なんとかしてくれる』なんて他人任せな考えは、到底恋しい相手に向けるものではないはずだ。
勘違いしていたことも、気付かず浮かれていたことにも、恐らく見透かされていた一言も。あの場の全てがどうしようもなく恥ずかしく惨めで、再会が許された家族や故郷への想いも巻き込んで心も頭もぐちゃぐちゃになった。
こんな自分を知られたくも見られたくもない。誰も近づけたくない。
だけど、誰かに傍にいて欲しくもあった。でもそれは、新たな依存先を見つけたいだけではないか――と思い至り、ぎくりとする。
バースに赴くことを案じて、遅くまで待っていてくれたゼノ。混乱のままに縋りついてしまったが、今度は彼にと定めたのではないか?
言葉も紡げず身を固くしたカナタに何を思っているのか。ゼノは、優しくあやすような手付きで背中を叩いてくれる。穏やかなリズムが、少しだけカナタの心を落ち着かせてくれた。
今は、混乱していただけ。足元が覚束ないから、少し支えてもらっただけだ。
候補に寄りかかりきってしまう前に、気付かせてもらえた。だから、次は、間違えない。ゼノは親友で、たくさん支えてくれる得難い親友で、だからこそ、ゼノの支えに頼りすぎてはいけない。一方的に支えてもらうのを甘受するだけではなく、ゼノの支えに……はなれなくても、協力し合えるような関係でいたい。守護聖としての覚悟をようやく持てたばかりのカナタでは、まだまだ力及ばぬ部分の方が多いけれど。
だから、改めて、自戒の意味も込めて、待っていてくれたことに対して礼を言おうと、それから突然の行動を詫びようと息を吸い込んだ。
「おかえり、カナタ」
カナタが声をあげるより先に、耳のそばで、そっと囁かれる。はっと顔をあげると、ゼノはいつものように優しく穏やかに微笑んでくれていた。突然の行動に対する疑問は一切挟まず、ただ、戻ったことを迎えいれてくれる挨拶だけで。
でも、その一言が今はとてもありがたかった。故郷での居場所は奪われたが、新しいカナタの居場所はここにあるよと示されたように思えて。同じ守護聖として、なにより、親友としての居場所が。
ゼノには、そこまでの意図はなかっただろうけれど。
「……ただいま、ゼノ」
またゼノに救われたなと思いつつ返した挨拶に、ゼノはひとつ満足そうに頷いた。背中を叩いてくれた手が離れたことに気付き、カナタも縋りついていた腕を外す。直前まで大荒れだった頭も心も、不思議と凪いだように静かだった。ただ、先程までとは違う恥ずかしさは覚えるけれど。
勘違いに気付かされて混乱したが、候補のおかげで取り返しのつかないことになる前に引き返すチャンスを与えられた。
覚悟のないままに突然奪われたから、一人では立てなかった。与えられた支えを替わりだと思いこみ、立とうする意志すら希薄だっただろう。
でも、今はもう違う。その覚悟は、この胸に確かに芽生えている。まだ小さく足りない脆弱な覚悟かもしれないが、嘆き続けるのではなく少しでも前を向いて、一歩を踏み出す力に。
「……ゼノ、今までありがとう」
「え? なに、どうしたの、カナタ」
「うん、なんか。伝えておかなきゃって思って」
気付いたら口から零れていた礼に、ゼノが首を傾げる。故郷への未練に、候補への勘違いに、機会をもらって区切りをつけてきた。なら、次は、ゼノにも伝えなければと、強い意思が湧いてくる。
「ずっと、ゼノに支えられてきた。だから、ここまでこれた。でも、もう、大丈夫。……だと、思う」
「……そっか。バースに行って、カナタは強くなれたんだね」
「そう、かな?」
「うん。俺には、そう見えるよ」
きっぱりと断言できるほどの自信は持てなかったが、ゼノはじっとカナタを見つめてからそう評してくれた。ずっと近くで支えてくれたゼノが言うのだから、僅かだとしてもちゃんと前進できているのだろう。
おかげで大丈夫だと、新たな寄りかかる先を探す必要はないんだと、自分を信じられそうだ。
「ありがと。ゼノに言ってもらえると、心強い」
「俺なんかの言葉で良ければ、いくらでも言ってあげられるよ」
「……いや、今ので充分。え~と、だからさ。これからは、親友として、よろしく」
太鼓判を押すような言葉への礼を告げるも、ゼノからは気に掛かる一言が返ってくる。でも、そこに注目しては伝えたいことが脱線してしまう気がしたので、飲み込んでおいた。今すぐどうにかなることでもないはずだから。
伝えたかった言葉は、改めて言うことではないのかもしれない。でも、どうしても今までの自分は、ゼノと対等だったとはもう思えなくて。一方的に支えてもらうばかりだった。前を向くでもなく後ろを気にして足踏みばかりしていたから。それに、気がついたから。
でも、これからは。一緒に前を向いて、親友として守護聖として、進んでいけると思う。それを、支えてくれていたゼノにだからこそ、伝えたかった。詳細は流石に恥ずかしすぎて話せないが、決意だけでも。
「カナタ……。うん、俺の方こそ、頼りないと思うけど、よろしくね!」
「いや、今までめちゃくちゃ支えてくれてたくせに何言ってんの」
「そうかなぁ?」
笑顔で頷き、応じてくれたゼノ。だけど、やっぱり謙虚過ぎる一言が添えられた。どうしてゼノがそう思い込んでいるのかわからないが……いつか、カナタが力になれたらと思う。
守護聖としての人生を受け入れられるまで支えてくれたゼノのために、今度はカナタが。支えるなどとは流石に言えなくても、せめて助力できるようになりたい。
それから、候補にも礼と詫びを伝えに行かなければ。今まで尽力してくれたことに、引き返すチャンスをくれたことに。まだ恥ずかしさは残るが、それ以上に感謝の気持ちが溢れている。勘違いはしていただ、それを取り払ってもやっぱり、カナタにとって候補はゼノと並んで大切な存在に変わりないのだから。
覚悟と、気付きと、たくさんの変化をもたらしたこの夜を、改めて守護聖としてのカナタのスタートラインにしよう。
ゼノにバース行きの簡単な報告を聞いてもらいながら、強くそう、思った。
こめんと。
33作目。
アンミナ1周年おめでとうございますの日に、
何掲載してるんですかって感じですが、偶然です。
他の話書いたらこれがないと意味が通じないにも程があるな?
と思って、書いたというタイミングです。
まぁ……一年経ったし、少しゲーム内容に触れてもいいかなぁとか。
最初にあの選択肢見た時(1周目ですよ)、これだ!と思いまして。
あの選択肢で、うちのカナゼノとお姉さんの関係が決まりました。
ただ、本編内容浚うにしてもやりすぎはアウトだし、
そもそもここがカナタの一番しんどいところだから、
書くのもしんどいいし……って、めっっっっっちゃくちゃさらっと。
「流しすぎだよね!?」と、カナタにツッコミ入れられるくらいに。
(2022.5.20)