取り返しのつくこと

 徹夜から寝落ちの鉄板コンボを決めてしまったが、定期審査にはなんとか余裕を持って間に合った。カナタ自身はもとより、一緒に行く約束をしただけのゼノを巻き込んで遅刻にならずに済んだことに感謝しかない。
 前回、初めての定期審査は育成の進み具合を評価するものだった。カナタ自身に発言などは求められず、場に緊張はしたがそれだけで済んだ。二回目の今回は、守護聖の支持を問われるものだった。
 どちらが女王に相応しいかと問われても、未だ守護聖としての覚悟さえ決めかねているカナタには答えが出せるものではなく。どうすればいいのかと静かにパニックを起こしかけていたら、同様に答える守護聖が数名いた。助かったと前例に倣って答えられたが、自分が試験を受けるよりも緊張したと思う。というか、精神的にめちゃくちゃ疲れた。
「お疲れ様、カナタ」
「あぁ、うん。ゼノも、お疲れ」
「あはは、すごく疲れてる。寝不足だけじゃなさそうだね」
 間にミランを挟み、同じ列に並んでいたゼノが声をかけてくれる。実感のこもった声で応じたら、笑われてしまった。でも、眼差しは労わるように優しい。
「審査の内容って、守護聖にも抜き打ちなんだ」
「みたいだね。俺もちょっと焦っちゃった」
「え、わかんなかった」
「カナタ、すっごく緊張してたからかな?」
 事前に知らされていれば、こんなに緊張することもなかっただろうと愚痴を零すと、ゼノが苦笑混じりに同意してくれる。ゼノの様子からはそんな印象は受けなかった……と口にした後で、気付く。めちゃくちゃ緊張していたので、周りなんかほとんど把握できていなかったことに。
 ゼノからも同様の指摘をされ、小さく頷いた。情けないのでできれば否定したいが、嘘はよくない。でも、ちょっと微笑ましそうに見てくるのはやめてほしい。いやあの、ほんとに。いたたまれない。
「じゃあ、次は美味しい物を食べに行こうか」
「美味しい物?」
「カナタは何を用意したの?」
「……あ」
 カナタの思いが届いたのか、ゼノが扉を指さして告げた。話している間に、他の守護聖たちは退出していたらしい。残っているのはカナタとゼノ、それからタイラーだけだった。恐らく、謁見の間を閉めるために待っているのだろう。
 頭を下げてから少し慌てて扉に向かいつつ、ゼノの言葉に首を傾げる。時間的にランチにはまだ早いが、一体何のことだろうと。
 カナタの疑問に気付かなかったのか、ゼノから問いかけられる。少し考えてから、ようやく思い出した。
「やべ。完全に忘れてた」
 思わず真顔になっていまう。ちょうど廊下に出たところだったので、まだ中にいるタイラーの耳には届いていないだろう。だが、すぐ前を歩いていたゼノには当然伝わってしまった。
「ごめん。俺のせいだね」
「は? え、なんで?」
 足を止めて振り返ったゼノは、言葉同様表情まで申し訳ないと雄弁に物語っていた。だが、何故カナタがポットラックパーティを忘れてしまったことが、ゼノのせいになるのだろう。真顔から一転、間の抜けた表情を晒してしまった。
「だって、俺のためにプレゼントを作ってくれていたから」
「いや、それでなんでゼノのせいになんの?」
「今日が誕生日じゃなければ、カナタが忘れちゃうことはなかったでしょ?」
 カナタの疑問に答えてくれるが、ゼノの言い分がちっとも理解できない。
 ゼノに誕生日プレゼントを渡したいと徹夜したのは、カナタがそうしたかったからだ。日頃の感謝をなんとか伝えたいと思っただけなので、ゼノのせいではない。前もってゼノの誕生日を訊いておかなかったのもカナタの失敗だし、「なんで教えてくれなかったの」なんて責任転嫁も甚だしく。
 どこを切り取ってみても、『ゼノのせい』な部分は見受けられないのだが。
「……ありがとう。やっぱり、カナタは優しいね」
 よくわからないままカナタの考えを伝えてみたが、ゼノは納得してくれなかったらしい。時たま見せる自嘲気味な微笑みで、そう返されてしまった。
 その様に思うことがないわけではなかったが、今言うべきではないと飲み込んだ。代わりに、ゼノの手をがしっと掴んでみせる。
「え、カナ、タ?」
「悪い、ゼノ。助けて」
 突然の接触に惑うゼノに、畳みかける。普段のゼノの様子からして、カナタが『ゼノのせいじゃない』とどれだけ訴えても、納得はしてもらえないだろう。なら、話題を逸らしてしまう方がきっといい。
 今日はゼノの誕生日だから、いつまでもそんな顔をしてほしくないから。
 それに口実というだけでなく、実際に助けて欲しい。
 用意するのを忘れてしまった、ポットラックパーティに持っていく手土産の準備を。
 真剣に告げたカナタに、ゼノがゆっくりと表情を変えていった。最終的には小さく笑ってくれたので、良かったことにする。捨身の作戦が功を制したということにしておけば、カナタ的にも問題はない。……たぶん。
「うん。俺でできることならなんでもさせて」
「サンキュ、ゼノ」
「俺の方こそ、ありがとう」
 快諾してくれたことに心から感謝を伝えたら、ゼノからも礼が告げられた。ひっかかりはしたが、気にしていない素振りで笑顔を見せるだけに留める。
 たぶん、カナタの失敗が『ゼノのせい』だと思い込んでるから、挽回の手助けをさせてくれる……とかなんとか考えたのではないだろうか。そもそもの思い込みが間違ってると言いたいが、徹夜を心配していたのが響いてないのと同じで伝わらないだろうから。
「……っても、今から取り寄せるのも無理だし、どうしたらいいと思う?」
「大丈夫。実は今回、複数取り寄せちゃったんだよね」
「え、何それ。そんなんアリなの!?」
「う~ん、どうだろう。試してみたらできちゃったけど、駄目だったかな?」
 ゼノの助けを得ることはできたが、今から手土産を用意する時間はない。ぼやくように尋ねたら、思わぬ回答が返ってきた。
 一人ひとつしか選択できないのかと思っていたので驚いたが、ゼノも少し首を傾げている。確かに、一人ひとつしか選択できないなら、ゼノの手元に複数届いているのはおかしい。なら、システム上問題はないということだろうか。
 二人して首を捻っていたら、謁見の間からタイラーが出てきた。立ち話をしていた二人に疑問を浮かべはしたが、何も言わずに扉を施錠して去っていく。
「……聞かれちゃったかな?」
「だとしても、何も言われなかったらセーフでしょ」
「そっか」
 思わずゼノと顔を合わせてしまった。明らかに遅いが小声で訊かれたので、カナタも同様に返す。ゼノが神妙な顔で頷いてから、同時に吹き出してしまった。
 ポットラックパーティ自体に研究員は携わっていないので、気にしなかったのが正解に近そうだ。なんて話をしながら、手土産を分けてもらいにゼノの私室へと向かう。
 歩きながら何を取り寄せたのか教えてくれるゼノは楽しそうで、カナタはそっと良かったと安堵した。
 守護聖にとっては特別な日ではないのかもしれないけれど。今日はゼノの誕生日なんだから、たくさん笑っていてほしいなと思って。

 ちなみに、ゼノが取り寄せた手土産の中には、至宝のキングオブショートがあった。
「食事会のあとで、カナタと食べたかったんだよね」
 冷蔵庫を見て驚いたカナタに、ゼノが少し照れくさそうに言い訳を告げた。どうやらバースデーケーキの代わりらしい。一緒に食べる相手として考えてくれていたのが嬉しくて、楽しみにしてると返したら。
「うん! 俺も、カナタと一緒に食べるの、楽しみなんだ」
 とびきりの笑顔で応じてくれた。





+モドル+



こめんと。
ゼノお誕生日おめでとう! な35作目!
かつ、phf1周年ありがとうおめでとう!
一年前に書いたゼノBDを改訂したら派生したお話。
候補はひとつしか取り寄せできないけど、
ゼノならなんかできちゃうんじゃないかとか。
ケーキにロウソクは立てません。
(2022.7.8)