初めての衝動(後期)

 触れたら、どんな感じがするんだろう。
 ほんの少し手を伸ばせば届く距離にある唇に、視線だけでなく思考までもが奪われている。見ていると気付かれないように注意できたのは僅かな間だけで、思考にまで及んだ時点で霧散してしまった。止めなきゃとどこか遠く感じるが、視線を動かすには至らない。
 自分で触ってみても何の感慨も抱かせない、顔の一部。周辺の皮膚よりも少し膨らんでいるから、多少柔らかく感じるかな程度にしか思わなかった。指の感覚が優先されているのかもと、食事の時に箸で触れてみても結果は似たようなもの。指で触れるのと唇で触れるのと、なにか代わりがあるだろうか。全くわからなかった。
 取り立てて触れたいと思うような場所ではない。少なくともカナタは、今まで生きてきた中で考えたことも思ったこともなかった。
 なのにどうして、こんなにも気になってしまうんだろう。
 何度も気のせいだと記憶からの抹消を試みているのに、気付けばまた触れたいと衝動が湧いてくる。ダメだと決めつけるから、余計に気になってしまう的な悪循環だろうか。
 いっそ試してみたら、すっきりするのかもしれないとは思う。でも、どうやって実行しろというのか。
 親友相手に、「気になるから唇触らせて」とか言えるか? 言えるはずがない。
 しかも、恐らく。指先で触れただけじゃ、気は済まない。だってあの時に覚えた衝動は。
「――ナタ」
 突然、視線が遮られた。見つめているのがバレたんだろうか。目の前に迫ったのは、誰かの手のひらだ。ひらりひらりと左右に振られ、誘導された視線が追いかけてしまう。
 いつもどおりに指だけ剥き出しの手袋を着けた、ゼノの手。細かい傷の多い指先だけど、きちんと手入れがされているのを知っている。様々な材料に触れるから気を配っているんだと、以前風呂上がりに言っていた。だから触れたらきっと滑らかで、だけど傷の分硬い感触も覚えるのだろう。
 自分の手に傷を作ったときの、妙に気になってつい触ってしまうのを思い出す。今目の前で揺れる手を捉えたいのは、それと同じ衝動だろうか。
「カナタ!」
「ッ!? え、あ……えっと、なに?」
「どうしたの? ぼーっとしてたみたいだけど」
 揺れていた手がさっと動き、パンッと乾いた音と共に強く名前を呼ばれた。手を叩いてカナタの意識を戻させたゼノは、心配だと告げる顔で覗き込んでくる。
 問いかけを紡ぐ唇を見て、触れたいと思ってました――などと、正直なとことを告げるわけにはいかず。
「あーえっと、ゼノ、どこまで進んでんのかな~と思って」
「俺? ここまで埋まったけど……あれ、カナタ、全然埋まってないね」
「……ちょっと、難しくない?」
 咄嗟に視界に入った、二人で息抜き代わりに挑んでいたパズルを言い訳に使った。すんなりと出てきたわけでもないが、ゼノは疑問に思わないでくれたようだ。画面を見やすいようにと少し傾斜して設置していたタブレットを持ち上げて見せてくれたパズルは、半分ほどが埋まっている。
 火の曜日、午後。おやつを食べようと誘いに来てくれたゼノとの休憩中。話している内に、バースでのちょっとした空き時間の潰し方に話題が移っていった。アプリに溢れていた短時間でプレイできるパズルゲームは、カナタも何度かやったことがある。
 告げたらゼノはタブレットでさっと検索して、数字を用いたペンシルパズルを見つけてきた。ルールに従って縦横9マスずつの表の空欄に数字を入れていく、シンプルだけど難易度の高いパズルだ。
 数分で解けるほどの親しみはないパズルに、いやこれ無理でしょとさっさと匙を投げた先にあったのは、真剣な顔で挑んでいるゼノ。思考中のクセなのか、手が顎に触れ、指先が唇をなぞるのを目撃してしまい、視線と思考が奪われ今に至る。
 ゼノが気付いたとおり、空欄が埋まるはずがない。
「え、これ難しいやつなのかな? ……あ、ほんとだ。初級って、3マスのやつがあったよ。息抜き用にはこっちだったね」
 カナタの苦し紛れに絞り出した言い訳を真に受けて、ゼノがタブレットを少し操作した。すぐに別なものを見つけたようで、苦笑して画面を見せてくれる。
 眉尻の下がった、ゼノの笑い顔。少し困っているようにも見える表情に、思わず手を伸ばしたくなる。遊んでいる中で、もっと楽しそうに嬉しそうに笑う顔を何度も見ているから。困ったようにじゃない笑顔になってもらいたいなと思って。
 もちろん、実際には動かない。伸ばしてどうするというのか。例えば下がった眉尻を強制的にあげるとか、そういうことがしたいんじゃないから。
「今からこっちやる?」
「や、もういいでしょ。クッキー無くなるし」
「あ、ほんとだ。俺、しっかり夢中になってたね」
 笑い顔がいつもの穏やかな表情に戻って、問いかけてくる。そもそもなんで実際にパズルを解きだしたんだっけと思う程度には興味がなかったので、おやつの減り具合を理由に断っておいた。パズルを解きながらも摘んでいた自覚はあるのだろう。ゼノが少し照れくさそうな顔を見せた。
 直前にも覚えたのと同じ衝動を、だけど全く別の感情と共に感じて、ゼノには気付かれないようにそっと息を吐く。
「ゼノ、こういうのも好きなんだ?」
「んっと……、そうだね。考えるのも嫌いじゃないし、ちょっと楽しいかも」
「まさか今度作ってみようとか」
「え? あはは、それは流石にないかな。パズルって、作るの難しいんだよね」
 自分のタブレットからパズルを削除しながら尋ねると、少し考えてからゼノが返事をくれる。なんでも作ってしまうゼノだけど、パズルは積極的に作る対象ではないらしい。新たな興味を惹いてしまったかと少し危惧したが、大丈夫そうだ。……ただ、その言い分は制作にチャレンジしたことがあると示唆しているような。
 過去は変わらないから気に掛けても仕方ない。これからのゼノの睡眠不足の原因を増やさずに済んで良かったと考えるべきだろう。そう無理矢理納得して、この話題は終わりにしておく。
 代わりにゼノが作ってきてくれた甘さ控えめのクッキーに手を伸ばすが、皿の上に残っているのは最後の一枚だった。不自然に止めた手に気付いたゼノがそちらに視線を向けた後、カナタに笑顔を見せてくれる。
「食べちゃってくれる?」
 促してくるゼノをしばし見つめて、浮かんだ感情を無視して両手を伸ばした。最後のクッキーを二つに割って、片方をゼノに差し出す。
「カナタ?」
「折角だし。半分で」
「食べてくれて良いのに。ありがとう」
 くすぐったそうに笑ったゼノが、カナタの手から半分になったクッキーを受け取る。頑張れば一口で頬張れなくもない程度に大きいクッキーだが、半分にしたら当然小さい。触れないようにする必要がないゼノの指は、カナタの手も掠めていった。一瞬にも満たない接触では、その指先の感触まではわからない。
 残されたクッキーの片割れを、口に放り込む。一緒に、覚えた衝動も感情も全部飲み込んで、「ゼノのクッキー、美味しいよね」なんて今更な感想を告げた。
「ほんと? 嬉しいな。また作ってくるね!」
「ありがと。楽しみにしてる」
 言葉と同じ表情を見せて請け負ってくれるゼノに微笑んで、礼と共に返した。カナタでも食べやすいようにと甘さ控えめにしてくれるクッキーよりも、またゼノと一緒におやつを食べる時間をこそ楽しみだと感じながら。
 休憩は終わりだねと片づけるゼノを手伝い、夕飯は何にしようかなと気の早い話題になった。おやつを食べたばかりなのにと思うが、娯楽らしい娯楽のない飛空都市では美味しい食事は楽しみのひとつだ。すぐにお腹が空いちゃうんだよねと笑うゼノにとっては、カナタが感じる以上なのだろう。
 カナタにとっての娯楽は食事よりも、ゼノが提供してくれるゲームや遊びだ。ほんとにありがたいと、何十回目かわからない再認識をしてしまう。そして、一緒に楽しめる親友という得難い存在でさえいてくれる。
 失いたくないと、頭の片隅で、でも切実に願う。だから。
「カナタは? 何食べたい?」
「え、オレ? そうだな……和食な気分かも」
「和食……あ、天ぷらセットがあるんだね。え~、それも美味しそうだな~」
 上着のポケットに仕舞おうとしていたタブレットで食堂からのお知らせをチェックし始めたゼノに、尋ねられた。苦笑しつつ覗き込んで、目についたものを挙げる。天ぷらよりも煮物とか焼き魚とか、もっと家庭的なものを想定していたとは言えず、曖昧に頷いて返した。
 それは帰りたいという願いからではなく、単に食べ慣れたものを連想しただけ。でも、言ったらゼノは気にするだろうなと思ったから。
「今決めても、後で気が変わるかもしんないし。着いてから決めてもいいんじゃない?」
「あ、それもそうだね。休憩終わりって、自分で言ったのに」
 代わりに提案してみたら、照れくさそうにゼノが頷いた。夕飯に気を取られすぎたと思っているのかもしれない。今度こそタブレットを仕舞って、扉に向かう姿を見送る。
「終わったら迎えにくるね」
「や、今日はオレのが早く終わるかもだし」
「じゃあ、待ってようかな?」
「……廊下で会うくらいにしといてよ」
「あはは」
 振り返って笑顔をくれたゼノに、嘯く。執務の量は明かにゼノの方が多いのに、まだ器用に捌ききれないカナタより先に終えてしまう。必然的に夕飯の誘いにくるのは、いつもゼノだった。悔し紛れの一言を真に受けてくれたのはいいけれど、待たせすぎるのも申し訳ない。
 ぼそりと返した妥協に笑って、ゼノは執務室を出ていった。からかうとかではなく、純粋にできると思ってくれているような気がする。「カナタなら出来るよ」と言われたような。
 過信でも甘やかすのでもなく。カナタがなんとか守護聖としてやっていこうと努力しているのを、認めてくれているのが伝わってくる。くすぐったさを覚えるのと一緒に、じわりと湧いてくる感情があった。
 今初めてじゃない。そもそも、親友なんだから当たり前の感情でもある。バースの親友だって、もう会えないとしても、同じように想っている。敢えて言葉にするなら、友愛だろうか。
 飛空都市で友人と呼べるのは、ゼノしかいない。だから、この感情がゼノにだけ向くのは、全然不思議じゃないし、当然なことだとも思う。
 だけど。
「……ありえないでしょ」
 ぽつり、小さく微かに吐き出した息に載せる。
 ありえないと思う。でも、どれだけ否定しても見なかったふりをしても、一度湧いてしまった衝動を完全に葬り去るのは、できないらしい。
 『キスがしたい』、『手に触れたい』、その次は、『抱きしめたい』。
 困ったように笑うゼノを抱きしめてあげたいと思った。遊んでいるときのような楽しんでいる笑顔になって欲しくて。
 照れくさそうに笑うゼノを、抱きしめたいと思った。その笑顔が眩しいほどに愛おしくて。
「マジ、ありえないって」
 いつ誰が入ってくるかわからない執務室だというのに、扉に背を預けてずるずるとしゃがみ込んだ。頭まで抱え込んで、口から零れていく。
 ゼノは親友で。親友として大好きで。ずっとこのまま一緒に笑っていられる関係でいたいと思っていて。
 だけど、突然湧いたこの衝動は、明らかに親友に向けるものではなくて。
 じゃあゼノがそういう意味で好きなのかと自問しても、よくわからない。『ゼノだから』湧く衝動なのか、『そういうことに対する興味』からなのかさえも。
 でも、一般的にこういう衝動は、興味があるからといって親友に向くものだろうか。なんか、違う気がする。そもそも、同性に向かう興味じゃないだろうと、後からツッコミが追いかけてきた。遅い。
 異性に向かえばおかしくないのかと考えてみる。確かにおかしくはないだろうが、少し前まで勘違いをしていた相手・ピンクの髪の候補にも、そういえばこんな衝動は一度も湧かなかった。触れたいなんて思わなかったし、体調をしつこく心配することもそういえばなく。体調が優れないように見えた時は心配したが、ゼノにするように徹夜ダメゼッタイなんて言った覚えはない。
 むしろ、カナタが心配されることこそを無自覚に求めていたような気がする。
「うわ……オレ、マジ最低……」
 改めて思い出して、どれほど自分が依存しかけていたかに気付き、ぼやいてしまった。引き返せるところで気付かせてもらえたことに感謝を覚えると同時に、自分が恥ずかしくもなる。頭の上がらない相手というのは、こういうことだろうと実感した。
 でも、と思考を元に戻す。
 本来向かうはずの異性である候補には覚えなかった衝動を、向かうはずがない同性のゼノに覚えるのは、どうしてだろう。
 カナタの経験上にはない衝動なので、ドラマやマンガ、あとは周りの話などからの知識でしかないが、この手の衝動は所謂恋愛感情がなくても覚えるものらしい。特に思春期男子なら珍しいことでもない、はず。性欲というほど輪郭をもった衝動ではないが、類するもので間違いもなさそうだ。
 ただ、異性に対しての衝動であるはずで、いや同性に向く人が中にはいるのは知識として知っているが、カナタの周りには今までいなかったし、友人たちの会話はやっぱり異性にしか向かっていなかったからその発想はなかったというか、そもそもカナタは今まで異性に対してだってこんな衝動を覚えたことは。
「痛ッ」
 などと頭を抱えたまま悶々としていたら、不意にドアが開けられた。背を預けていたカナタはバランスを崩してしまい、床に膝を強打する羽目になる。突然の痛みに呻いたら、背後から驚きながらもごめんとよく知る声が掛けられた。
 膝をさすりながら振り返ると、なんでこんなところに?と表情に浮かべたピンクの髪の候補の姿。その瞬間をやっぱり、うっかりとか痛みと混乱の中見えた姿に気が緩んだとか……魔が差したとか、言うんだろう。
「……助けて、お姉さん……」
 強打した膝が痛かったのであって、悩みごとに対して涙目になっていたわけではない。だけど、後から振り返ってもカナタは思う。
 いくら悩んでも答えのでないことに脳内がぐちゃぐちゃだったとしても、混乱極まっていたとしても。流石にあれはないと思うほど、自分史上、最も情けないSOSだったと。
 もちろん、請われた側の候補も同様に思ったらしい。めちゃくちゃ笑われた。穴があったら入りたいと思うが、カナタの執務室に隠れられそうなところはない。そもそも泥沼に囚われたような悩みを解決して欲しいのは本当だから、隠れては意味がないとも考え直す。でも恥ずかしい。
 一頻り笑った後、候補はカナタに手を差し伸べてくれた。比喩表現ではなく、実際にカナタよりも細く白い手が目の前に。うずくまったままのカナタを立たせるためだけの手を少し見つめてから、そっと左手を預けてみた。思ったより強い力で引き上げられ、立ち上がると離れていく。
 考えがあったわけではないが、触れた自分の左手を持ち上げ、見つめる。……何も。本当に何も思わなかった。
 ゼノの指が微かに触れただけで覚えた衝動の、欠片さえも。
 じっと自分の手を見つめ考えるカナタに、何か勘づいたのだろうか。候補は相談があるならと、寮の自室にと誘ってくれた。執務室には誰が来るかわからないので、ありがたく提案を受け入れる。連れ立って聖殿を出て歩きながら、候補の自室に入るのは試験が始まったばかりの頃に押しかけた以来だなと思った。逃げたいとしか思えなかった頃だ。
 あれからまだ、三期ほどしか経過していない。なのに、カナタはもう守護聖としての道で前を向くことが出来ている。目の前の候補と、ゼノのおかげだ。
「あのさ、今からすげー変なこと訊くけど……」
 辛口のジンジャエールを供してくれた候補に礼を告げてから、そう切り出す。候補は聞くよと告げる代わりか、安心させるためか、ひとつ頷いてくれた。
「ゼノは親友なのに、なんでだと思う?」
 最初は少しぼかそうとした。以前ヴァージル相手にうっかり口走った時のように。だが聞き上手というのか、気付いたら洗いざらい白状させられていた。なので意味のない誤魔化しはせずに、結論を求める。聞いてくれた候補はぽつりと「ぬるい」と零したが、意味がわからないし独り言のようなので流すことにした。
 候補も反応を求めていたわけではなく、まっすぐカナタを見据え改めて口を開き。親友から恋人になることだってあるよねと。友愛と恋愛が両立しないなんて定義はないよねと、微笑んだ。
 その言葉はすとんとカナタの胸に落ちて、収まりの良い場所に居座った。あれ?と思う。
 多分、カナタは否定して欲しかった。ピンクの髪の候補なら、勘違いだよと笑い飛ばしてくれるんじゃないかと期待したのだろう。ゼノに対して覚えている衝動のあれこれも、一過性のものだって。飛空都市に来て以来ずっと荒れていた精神がようやく落ち着いたことで、今までなかった興味を覚えただけだよとかなんとかと。
 ゼノは親友で間違いなくて、それ以外ではなくて、ちょっと混乱してるだけだよとか、言って欲しかったんだろう。多分。
 だから、すんなりと居場所を得た候補の言葉に、首を傾げてしまった。でも、違和感がない。むしろ、納得してしまう程だ。
 一連の衝動の発生源が、友愛とは別の好きだとしても、おかしくないんだって。
「え? あれ? オレ、ゼノがそういう意味でも好きってこと?」
 至った場所に驚き、結論が口を飛び出ていった。目の前の候補は頷きもせずただただ暖かい目で見守っている。いや待てこれはミスリードというやつでは。
 だってゼノは親友で、でもおよそ親友に覚えるはずがない衝動はあって、だけど親友から恋人になることだってあったりするそうで、え?
「余計わかんなくなった……」
 再び頭を抱えたカナタを見守る候補は、青春だねと呟いた。言葉にも声にも楽しむ様が滲んでいる。ちらりと視線だけで伺えば、だけど笑うでもない暖かい眼差しに、愉快犯としてかき回そうとしているのではないことだけは、理解できた。
 答えを他人に求めたこと自体が間違っていたのだと、今更気付く。それはカナタの中にだけあって、候補がわかるはずがないもの。もらったアドバイスを元に、カナタが見つけるべきものだ。
「……ありがと、お姉さん」
 ようやくそこに気付き、遅ればせながら礼を告げる。聞いてもらえただけでもちょっとすっきりしたし、何より変だと言われなかったのが、ありがたかった。カナタの故郷の常識では、おかしいとか気持ち悪いとか言われても不思議ではない話だったから。
 候補の自室を辞して、聖殿に向かいながらふと思いつく。今はもう会えない、もう一人の親友。バースにいる彼に対して、ゼノに覚える衝動を覚えることはあるだろうか。
「うわ、無理無理」
 衝動の向く対象を変えて考えてみた途端、ぶるりと勝手に震えた。思わず自分を抱きしめながら口に出してしまってから、外だと思い出した。夕闇迫る公園の道、見える範囲に人はいなさそうだ。見られなくて良かったと安堵して、聖殿への歩みを再開する。
 確認の仕方として正しいのかはわからないが、ひとまずこの衝動が親友だから湧くのではなく、ゼノだから向くのだということだけははっきりした。と、思う。ただ、だからゼノがそういう意味でも好きだと結論づけてしまうのは、早い気もした。
 もっと、自分の中の答えがわかりやすくなればいいのにと思う。そしたらこんなに悩まなくて済んだだろうに。
 歩きながら溜息を吐く。目線を正面に向ければ、聖殿の煌びやかな明かりが見える。あの中にゼノもいるんだと不意に思い、少し鼓動が早まったような気がした。




+モドル+



こめんと。
カナゼノ37作目。
にして、ようやくの後期です。
最初に書いた分がどうしてもしっくりこなくて放置。
発酵してようやくいい塩梅になりました。
候補は台詞も表情も出さないようにしているので、
彼女が出てくるとずいぶんとあっさりしてしまいますね。
ところで後期ですが、答えがまだ出ていません。
そうです、あと一話、続き、ます!
(2022.11.7)