目的達成の後のこと

 候補との視察のない、土の曜日。ゼノと共にバーチャルなモンスター狩りに出かけていたカナタは、今日の目的だった素材をゲットしたところで、ようやく空腹に気が付いた。
「うっわ、もうこんな時間。そりゃ腹減るよ」
「あはは。熱中してると、時間が経つのは早いよね」
 目的達成にハイタッチをした流れで時間を確認し、思わず口から漏れた言葉に反応が返ってくる。ゲームをして夜更かしする時などまさにそのとおりだと、強く頷いてしまった。一時間だけのつもりで始めたのに気づけば日付が変わっていたとか、ありきたりな話だ。
 現在時刻は午後2時半を過ぎたところ。朝、候補二人で視察に行くとピンクの髪の候補が教えに来てくれたのは、10時前だった。
 土の曜日は昼まで視察の呼び出しを待ってから遊ぶと、以前伝えていたからだろう。お節介にも似た気遣いを嬉しく受け取り、去る背中を見送ったその足で、ゼノの私室を尋ねた。そのまま最近二人でやりこんでいるバースのモンスター狩りゲームを始めて、今に至る。
 目的の素材は、強力なモンスターからレアドロップするもの。生息地に辿り着いてからは、ドロップするまで連戦に継ぐ連戦をしていた。休憩らしい休憩もないまま続けていたし、そういえばいつもはプレイしながら食べるおやつも、食べた記憶がない。
「……あの、ゼノ?」
「うん? お昼、何作ろっか」
 夢中になりすぎていたことに今更気が付き、そぉっとゼノを窺う。呼びかけに応じてくれたゼノからは、いつもの穏やかな表情で尋ね返された。コントローラーを置いて立ち上がり、両手をあげて軽く伸びをしながら。
 焦ったり急いだり、増して怒っていたりなんて感情は見受けられない。
「えっと、ごめん」
「えぇ? どうしたの、カナタ。謝ってもらうことなんか、あった?」
 なんと言ったら良いかわからず、とりあえず謝ってみた。理由がわからないと、ゼノは困惑した様子で首を傾げている。
「その、昼ごはん、遅くなったし。おやつも食べる暇なかったし」
「流石にレアドロップ品だから、時間掛かっちゃったもんね」
「いや、そうだけど、そうじゃなくて。付き合わせて、ごめん」
 カナタがこれだけの空腹を覚えているのだから、燃費が悪いゼノはもっとお腹が空いているだろう。
 いつもの土の曜日はお昼から集合するので、まず昼ごはんを食べてから遊び始める。ゲームをする時は夕飯までにおやつも食べるし、外で遊ぶ時もちょっとしたおやつをゼノが用意してくれていた。
 なのに、今日はおやつも食べていない。昼を過ぎたことだって、カナタがゲームに夢中になりすぎていたから言い出せなかったんじゃないだろうか。だって、ゼノは優しいから。
 カナタの言い分に、ゼノがくすりと笑う。
「気にかけてくれてありがとう。でも、俺も同じだよ?」
「同じって?」
「ゲームに夢中で空腹気にしてなかったのがだよ」
「そうなの?」
「そうだよ! だから、カナタだけが謝る必要なんてないよ」
 聞き返したカナタに、ゼノはとびきりの笑顔で頷いてくれた。それでもカナタの為に誤魔化しているんじゃないかと、じっと見つめてしまう。ゼノの言い分を信じていない行為にも等しいが、自分のことを二の次に置いてしまいがちなところがあるから。
 なにせゼノなら、耐えられる限りは空腹を言い出さないとか、充分にあり得てしまう。緊急要請みたいな時はある程度当然の我慢だと思うが、遊んでる時にまで気遣ってくれそうで。
「それは買いかぶりすぎだよ。カナタと共闘するのが楽しくて夢中になってただけ」
「うん、オレも。ゼノとやるの楽しい」
「だよね!」
 疑ったわけじゃないと説明する代わりに、カナタの危惧を伝える。それを笑ったゼノが改めて断言してくれたので、ようやく杞憂だったと確信が持てた。夢中になっていた理由に強く同意すると、ゼノが笑顔を向けてくれる。
 バースの親友たちとやるのも楽しかったが、ゼノと二人で共闘するのはまた違った楽しさがあった。作戦らしい作戦を立てていなくても、欲しいタイミングでサポートがあったり、攻撃のタイミングも難なく併せられたり。気遣いができる上に器用なゼノとだからこそのプレイ体験だろう。
 カナタが真似ようとしても、ゼノのように上手くはできず。むしろサポートしてもらう方がゼノの邪魔をしないと気づいてからは、積極的に頼ることにした。結果、強敵との連戦でもさほどアイテム類を消耗せずに済み、長時間休憩をしない状況が生まれてしまったわけだけれども。
「作業してる時も、結構夢中になって食べるの忘れちゃうこともあるから」
「食べるだけじゃなくて、寝るのもだよね?」
「あ、あはは……」
 特別なことじゃないと教えてくれたんだろう一言は、だけど自爆発言でもあった。苦笑交じりに徹夜を指摘すると、言い訳はなく乾いた笑いだけが返ってくる。
 心配だから折々で寝るように訴えてはいるけれど、強要というか従わせたいわけじゃない。それは親友でも恋人でも行き過ぎた行為だろう。ただ、流石に頻繁な徹夜は心配だから、どうしても言いたくなるだけ。
 もちろんゼノが嫌がるなら、控えようとは思っている。でも以前心配されるのは嫌じゃないと言ってくれたので、思った時には口に出していた。カナタが招致された頃に比べたら少なくなったと申告されてもいるので、余計なお節介には至らずに済んでいるようだ。
 それよりも。
「なんか、嬉しいかも」
「え? 今日、徹夜しなかったこと?」
「そうなの?」
「うん。今日が土の曜日だから、徹夜したらカナタが心配するなって、早めに寝たよ」
 浮かんだ感情を零すと、ゼノから妙なパスが飛んできた。尋ね返すと、頬を桜色に染めて教えてくれる。
 明日の日の曜日は二人とも予定が入っていないから、今夜は週に一度の恋人時間。どうしても眠るのが遅くなるからと気を付けてくれたのだろう。まぁ、平日に泊まるときも遊ぶのが楽しくて、つい夜更かししてしまうけれど。
「それは確かに嬉しいけど、今言ったのは違くてさ」
「あ、そうなんだ? 早とちりしちゃって恥ずかしいな」
「だってそれ聞いたの、今初めてだし」
「そっか。言ってなかったっけ」
 二重に照れくさそうにするゼノに、悪いなと思いつつ笑ってしまった。カナタが心配するからと気にかけてくれた結果だから、やっぱり嬉しいとも思う。
「気をつけてくれてんの、マジ嬉しい」
「俺の方こそ、心配してもらえるの、嬉しいよ」
「普通でしょ。で、さっきの嬉しいは、オレと遊ぶのも、作業すんのと同じくらい夢中になってくれるのがって意味」
 ゼノにとっての作業というかモノづくりは、趣味でもあるし、ゼノを構成する上で必要不可欠な要素だとも思う。カナタと遊ぶことを同等のように言われ、まるでカナタとの時間も不可欠だと示唆されたように感じた。だから、嬉しい。
 伝えると、ゼノはふっと真面目な顔になって。
「そんな風に考えてくれたんだ。……俺の方こそ、なんだか嬉しいな」
 小さな呟きの後にカナタへ向けた発言は、言葉と同じく笑顔で告げられた。これはあれだ、どっちが嬉しいの泥仕合になるやつだ。直感したカナタの頬を、ちょんとゼノの指先がつつく。
「可愛い」
「自分の方が先に赤くなってるくせに」
「カナタだから、俺には可愛く見えるんだよ」
 赤くなってると指摘する代わりの言動に拗ねて返すと、とろけそうな声で反論された。納得できてしまったので、何も返さずにモニターの電源を切る。
 こうしている間もずっと、体は空腹を訴えてきていたから。
「お昼、何食べたい?」
「今から作るのも大変でしょ。カフェ行こうよ」
 分かりやすすぎるはぐらかしに、ゼノも乗ってくれるようだ。カナタと同じように、空腹が耐えかねるのかもしれない。そんなゼノに作ってもらうのも忍びなくて、提案する。土の曜日の昼時はいつも混んでいるが、すでにピークは過ぎているはず。さほど待たずに料理を提供してもらえるだろう。
 ゼノの手料理を食べられないのはちょっと残念だけど、それは夕飯にお願いすればいい。
「ありがとう。その分、夕飯はカナタの好きなものたっくさん作るね!」
「やった!」
 お願いするまでもなかった宣言に、思わずガッツポーズをしてしまった。顔を見合って、同じタイミングで吹き出す。
「あはは、期待に添えられるようにがんばるね」
「うん。でも、オレも手伝わせて」
「ありがとう。頼りにさせてもらうね!」
「え、いや、できること変わってないからね?」
 自分から言い出したにも関わらず、笑顔のゼノに思わずしり込みする。楽しそうに声をあげて笑うから、カナタもつられて笑ってしまった。
 ゼノと一緒に私室を出て、メニューを思い出しながら食べたいものを話しながらカフェに向かう。聖殿から公園のカフェまではそれなりに距離があるため、歩いているうちに空腹がちょっと辛くなって、結局すぐ提供できるものを頼んでしまったのだけれど。
 それも含めて楽しい時間だったから、問題はなにもなかった。




+モドル+



こめんと。
ちょっと間が空いてしまいましたが、
カナゼノ39作目でございます。
短いですが、何気ない休日の一コマ。
気が付いたら約4ヶ月ぶりのできあがってるカナゼノでした。
この日の夜はまだ書いてないので、
機会があればそのうちに……。
(2023.2.27)