最初の1本
一昨日、カナタが大切にしているケースが限界を迎えた。といってもケース自体が大切だったり特別な想い入れがあるとかではなくて、大切なのは中に収めている小さな記録媒体のほうだ。そのすべてに、ゼノが作ってくれたゲームが記録されている。
ひとつひとつは小さいが、なにせ数が多い。バースでは新作の開発が発表されてから実際に発売されるまで、何年もかかることもあるとカナタは知っている。幾人ものスタッフが取り掛かってさえ時間のかかるものなはずなのに、ゼノは月に何本もの新作を作ってくれるから。企画から製造まで全部ひとりでやってるなんて、考えられないほどのスピード提供だ。
さらに守護聖としての執務もしっかりやっていて、飛空都市の住人たちの困ったを解決するアイテムを作ったり、手料理も振舞ってくれる中でどうやって作っているんだろう。ちょっと徹夜したくらいでは説明できない活躍ぶりは、ゼノの謎のひとつだと思ってる。
最初は元々私室に設置されていた小物入れに収めていたが、5本目をもらった時に、専用のケースを用意しようと思い立った。作るのが楽しいと言っていたから、もう少し増えるのかもと思って。特別なケースを作ってもらったのではなくて、単にいい感じに収まりそうなサイズのスリムケースを、タブレットでポチッとしたものだ。
予感通り、ケースの空きはどんどん減っていったが、その分増えたものもある。大切なゲームはもちろん、ゼノやノア、ミランたちと一緒に遊んだ記憶だ。ノアやミランは流石に畏れ多くて友達とは括れないが、それでも交流できるようになったのは、嬉しい。
そして遂に、ケースの容量がなくなる日がやってきた。カナタの誕生日だ。あの時もらったのは片手では到底足りない数で、なんとか工夫してケースに入れてみたが、蓋がしまらなくなってしまった。でもまぁ、しばらく増やさなくていいと言ったからと、ちょっとだけ不精をして早2ヶ月。
カナタの要望どおり、誕生日から今までに増えたのは2本だけ。1本は誕生日に言ってた時間を掛けて作ったすっごいゲームで、それをもらった時にも攻略に時間がかかりそうだからと、次を敬遠しておいた。先週末、ようやくクリアしてゼノからお祝いのアップデートをもらって、2周目をスタートしたところだ。
なのに一昨日、「今週末に遊ぼうね!」とゼノから新作をもらってしまった。蓋が閉まらなくなっていたケースにはもう、それを収める容量がない。流石にこの状況で放置するのは問題だ。蓋が閉まらないのはまだ誤魔化せただろうが、ケースの外に置いておくのはちょっと見栄えも悪いし、大切に扱っているようにはどうしたって見えない。最初に使っていた小物入れに空きがあれば緊急避難場所にできたが、すでに別な小物を入れて使ってしまっている。
ということで、一昨日のカナタはゼノと別れた後、迅速に支給されているタブレットを操作した。手配した新しいケースを昨晩無事に受け取り、サイズの大きくなったケースを置く場所を整えたところで日付が変わる時間になってしまい。人の徹夜を心配しまくっている身で夜更かしも良くないと、溢れたゲームを新しいケースに収納するのは諦めて就寝。
そして今日、土の曜日の朝から、ゲームの移動を行っている。
「これ、フェリクスさんにめちゃくちゃ怒られた時のだ」
その手が遅々として進まないのは、片付けあるあるな思い出回想が止められないせいだった。とはいえ、実際にプレイするに至らないだけ、作業は進んでいると考えていいだろう。視察同行の要請もなかったようで、ゼノが来る昼までのいい時間つぶしにもなっている。
今手にしているのは、第一回定期審査を終えた後にもらったゲームだ。ゼノが「すっごく意地悪な設定にしてみたよ!」と自信を持ってくれたもので、実際ものすごく苦労した。夜の遅い時間にクリアできて二人で盛り上がってしまった声が、隣のフェリクスの私室にまで届いてしまったそうで、翌朝怒られたのも今となってはいい思い出だ。
私室の壁の薄さ疑惑は未だ解消していない。が、特段薄いというのではなく、あの夜の二人のテンションが突き抜けすぎていたというのが原因だろうと今では考えている。しかも夜遅かったから余計に、というか。
その一件があったから、今とても重宝している防音装置をゼノが作ってくれたのだし、結果オーライというやつだろう。ゼノとどれだけ騒いだって、周りに聞かれる心配がないのは、やはり重要だと思う。
「この頃ってまだ、ゼノと親友になれてなかったんだよな」
騒動を懐かしく思い返して、ぽつりと口から零れる。こんな風に独り言が増えたのも、飛空都市に来てからだ。バースに居た時よりも、一人でいる時間が長いせいだろう。誰かに聞かれる心配もないので、気が緩んでいるというか。
当時まだ親友とは言えなかったが、この飛空都市では誰より仲の良い友達だったことに変わりはない。ピンクの髪の候補とも仲は良いが、友達という感覚ではなかったから。
あの頃のゼノからは、壁……とは違うが、なにか近づききれないラインのようなものを感じていた。ゼノがカナタに対して遠慮をしているような、ちょっともどかしさも一緒に覚えていた記憶がある。それがなくなったのは、ゼノの誕生日を越えた頃だ。
「そういえば、あれからゲームの方向、変わったよな」
今手にしているフェリクスお叱り事件の元になったゲームもそうだが、最初の頃にもらったゲームはシングルプレイのものばかりだった。でも、躊躇いなくゼノは親友だと言えるようになってからは、二人で遊べるものも作ってくれるようになったなと。
カナタの為だけに作ってくれていたのが、ゼノも含めて遊べるように作ってくれるようになった。当時は気づかなかったけど、ものすごく大きな一歩だったように思う。
ゼノが時折言う「カナタのおかげ」には、その辺りも含まれてるんだろうか。全然自覚がなく、何言ってんのと返していたが……もしかしたら、実際にカナタもゼノの役に立てていたのかもしれない。ちょっと、嬉しい。
「ゼノには、もらってばっかだから……これみたいに」
誰も居ないのに僅かに頬を染めて呟き、ケースの一番奥に鎮座していたゲームを手に取る。それは、ゼノが初めて作ってくれたゲームだ。
招致されたばかりのカナタを、突然連れてこられた野良猫だと評したのは誰だったか。なんの説明もなく連れてこられた知らない場所で、知らない人たちに囲まれて、精いっぱいに虚勢を張って威嚇した様子を表したらしい。
混乱から逃亡し、追いかけてきてくれたゼノがゆっくり丁寧に説明してくれたから、なんとか状況はわかった。逃げられないと断言されたことに絶望を覚え、逃避する以外にできなかった日々。それでも帰りたいと言い続けるカナタに、無情にも突きつけられた、事実。
「……記憶消すなんて、あり得ないと思ったけどさ……」
家族を含め、バースの人々からカナタの記憶をすべて消去したと告げられた。だから、バースに帰っても、カナタの還る場所はもうないのだと。
カナタの常識からすれば不可能なことだが、王立研究院の技術力があれば容易ではないが実現可能だと説明された。実際ここ飛空都市には、カナタには全くわからない技術や機械が多い。ゼノが作ってくれた空中浮遊スケボーの重力制御装置だって、一度説明してもらったけれどよくわからなかったっけ。
「それ以外の方法が怖かったよな……」
なんでそんなことをしたのかと非難したカナタに、タイラーではなくサイラスが教えてくれた。カナタを招致するための選択肢にあげられていた、その他の方法を。
平穏に生きてきたカナタからしたら、それらの方法はマンガやゲームの中でなら見たことがあるものだった。何かの事故に巻き込まれたと偽装して連れてくるとか、家族ごと消してしまうだとか、かなり物騒な方法ばかり。非常時故に実行可能な選択肢の幅が極端に狭く、その中でも禍根の芽が最も少ない方法を採択したのだと結ばれ、確かに一番マシだったかもしれないと思わず納得してしまう程度には。
もちろん、採られた方法に納得ができても、守護聖としての人生を受け入れることとはイコールにはならない。
帰りたい欲求と、採られなかった選択肢とが綯い交ぜになって、それからしばらくの間、悪夢という形でカナタを苛んだ。現実に起こりえる可能性は限りなく低いが、実際にないわけではなかったから。バースのニュースで見かけた、行方不明の子供や、事故や事件で失われた家族の話。記憶に残っていたそれらと合わさって、毎夜魘されては夜中に何度も目を覚ます羽目に。
更にマンガやゲームの記憶まで合わさり、よりリアルに想像できてしまったようで……選択肢の中の最悪なやつに絡んだちょっとグロテスクな悪夢を見た日から、食べ物を受け付けられなくなってしまった。食欲がないというレベルではなく、なんとか食べてもすぐに嘔吐してしまい、食べられなかったのだ。食べなければ吐かずに済むので、徐々に食べること自体を拒むようになった。
悪夢が怖くてなかなか寝付けない、しかも何度も目を覚ます。食事も満足にできない。少し記憶はあやふやだけど、数日間そんな時間を過ごした。このまま死ぬのかなと考えたような記憶が、うっすらと残っている。
「でも、ゼノが助けてくれた」
何をする気力もなく、ただ与えられた部屋に引きこもっていたカナタを連れ出してくれたのは、毎日声を掛けにきてくれていたゼノだった。
ゼノに手を引かれるまま森の湖まで行き、用意してくれていたお弁当でピクニック。しばらく物をまともに食べていないカナタの為のお弁当は、よく煮込まれたスープだったっけ。野菜はとろとろに溶けていて、肉も噛まずに解けるくらいに柔らかかった。流動食みたいだと思ったのを覚えてる。すごく美味しかったことも。
その時、一緒にもらったのが、今カナタが手にしているゲームだ。ものすごくシンプルなFPSモノで、クリアまでの時間も短い。「初めて作ったから、つまらないかもしれないけど」と自信なさそうに言うゼノに、礼を言う前になんでここまでしてくれるのかと尋ねた。
少しだけ考えてからゼノは、「一緒に遊べたら嬉しいからかな」と。
環境を替えた食事か、人との会話か。いずれかあるいはいずれもが気分転換になったのか、ゼノが作ってくれたスープは嘔吐せずに済んだ。私室に戻ってもらったゲームを少しだけやってみたら、微かにではあるけれど、楽しいと思えた。そしたら、知らず涙が出ていた。
帰れない。家族も友人もカナタのことを忘れてしまった。持っていたカバンもスマホも学生服さえもすべて取り上げられ、カナタにも記憶以外のものは与えられず。何をもなくした両の手に、だけどゼノが与えてくれた。
スープもゲームも嬉しかったけれど、でも一番は、「一緒に」という言葉。独りにされたけど、独りじゃないよと言ってもらえた気がしたから。
あの時の涙が、哀しみや怒りからだったのか、それとも嬉しかったからなのかは、今でもわからない。でも、それが切欠になってカナタはちゃんと食事ができるようになったし、ゼノとも仲良くなれた。帰りたいと願い望むのは止められず、また悪夢も見なくなったわけではないが、少なくとも絶望しかない状態からは抜け出すことができたと思う。
「まだ一年経ってないとか、信じらんないよな」
ゲームを灯りに翳して、呟く。いろいろなことがあったのに、まだカナタが招致されて一年も経っていない。なんて濃い日々を送っているんだろうと、ちょっと笑えてしまう。バースでの学生生活だって、楽しかったり大変だったりしたけれど、ここまで波乱万丈じゃなかった。
でも、思い出した学生生活を懐かしくは感じるけれど、今は帰りたいとは思わなくなった。守護聖としての自分の運命を受け入れた――と言えればかっこいいかもしれないが、それしかないからという部分もまだ大きい。
だけど、守護聖としての覚悟はまだ頼りなくとも本物だし、この令梟の宇宙を守る為にがんばろうと決めた。それが、バースの家族や友人たちのためにもなるのだからと。
ピンクの髪の候補も、ゼノも、応援してくれる。独りだと思ったカナタは、独りじゃなかった。二人がいたからこそ、カナタはこうして前を向けたんだと、感謝している。きっと、どちらが欠けていても、今のカナタはいなかっただろう。守護聖の任にも後ろ向きなまま、なんの楽しみもなく惰性のようにただ日々を過ごしていたかもしれない。
得難い二人のためにも、もっと成長したい。頼ってもらえるようにとはならなくても、背中を預けてもらえる存在にはなりたいと思う。
そのためにもまずは――
「片付け、終わらせないとな」
ケースから入れ替えるだけなのに、つい手が止まってしまっていたのを苦笑交じりに呟く。持っていた最初のゲームをケースの奥に収めて、蓋を閉めた。今まで使っていたケースの倍くらい容量のあるものを用意してもらったので、半分近く空いている。ゼノが作ってくれるゲームがこれからもここに収まって、一年後くらいにはまたケースを替えたり、足したりする必要が出てくるんだろう。
すんなり思ったことに、なんだかくすぐったい気分にもなる。
照れ笑いしながら置き場に収めたところで、来訪者を報せる音が鳴った。
「え、もうそんな時間?」
時刻を確認すると、すでにお昼になっていた。寝坊した候補の視察要請と考えるより、ゼノが遊びに来た可能性の方が高い。慌てて向かったカナタがドアを開けると、笑顔のゼノが立っていた。
「おはよう、カナタ!」
「おはよ、ゼノ。いらっしゃい」
迎え入れたゼノは、手に大きなバスケットを持っていた。しかも二つも。ひとつはカフェで買ってきたお土産で、もうひとつより大きいものは、ゼノが作ってくれたお昼が入っているらしい。
要冷蔵だというお土産は冷蔵庫に。お昼は外でも食べやすいものにしたと言うので、誘われるまま森の湖までピクニックに行くことにした。奇しくも先ほど思い出したのと、同じように。
もちろん、あれ以来初めてではない。飛空都市は晴天のことが多いから、何度もピクニックをしている。ノアやミラン、候補が一緒の時もあるし、二人の時も。今更特別なことでもないのだけれど、なんだか今日はちょっと特別なことに感じてしまうのは、思い出した記憶のせいだろう。
あの時のスープも美味しかった。だけど、笑顔で食べるゼノのお弁当は、もっと美味しい。
「じゃあ、帰ってあそぼっか!」
お日様の下で健康的にたくさん食べた後は、ゼノの宣言に頷いて、のんびりはせずにカナタの私室に戻る。一緒に遊ぶのを心待ちにしていたから、一昨日もらったけれどまだ一度もプレイしてない。告げると、ゼノが少し目を丸くした。
「カナタにハンデがついちゃうよ?」
「え、マジで? そんなに難易度高い?」
「んんっと……そうだね。ちょっと初見だと厳しいかも……」
新作はFPSの対戦モノだ。ただの銃撃戦ではなく、ステージギミックにめちゃくちゃ凝ってくれたらしい。むしろそれらを使った戦略がメインだとゼノ。これはちょっとしくじったかもしれない。
でも、ゼノが作ってくれたゲームだから、最初はカナタが不利でもいいかと思う。負け続けるのは面白くはないが、ゼノと遊べること自体は楽しいし、嬉しいから。
説明しておけば良かったねと少し申し訳なさそうなゼノに笑って大丈夫と返して、私室への道を急ぐ。
「打倒ゼノを目標にするから」
「そっか。じゃあ、俺は負けないようにがんばらないとね」
「いや、そんな気合入れてくれなくていいけど」
「あはは」
このやりとりだけでも、楽しい。だから、ハンデがついたって問題ないんだと伝えておく。そしたらゼノも笑って同意してくれたから、嬉しくもなる。
ゼノと過ごす日々は楽しくて、だからこそ決意と覚悟がより強く確かなものになっていく。
バースの家族や友人たち、それに、ゼノやピンクの髪の候補たちをも守るために。カナタはもっと守護聖として成長していこうと改めて思うのだった。
こめんと。
カナゼノ41作目。
カナタを招致するための手段については、
こういう選択肢の中から最善を選んだのかなぁと、
割と初期から考えていたものです。
で、前にちょこっと書いたハンガーストライキもこれ。
当時を描くよりも、「思い出せるくらいにカナタは強くなれたよ」
ってお話が書きたかった次第です。
ところで、記録媒体なんなんですかね?
サイズ的にはmicroSDとかかな……なんかそんくらいで。
ケース自体がそんなに大きくなかった設定。
あとこれ執筆中に仮タイトルが「回想」だったんですけど。
思い出関連ワードはバースを匂わせる気がして避けました。
(2023.4.20)