想いの籠った贈り物
令梟の宇宙初めての女王試験、その二度目の定期審査の朝。ゼノは私室で首を傾げていた。
謁見の間まで一緒に行こうと誘ってくれたカナタが、昨日言っていた時間を過ぎても訪ねてこないから。
ただ、必ずこの時間に迎えに行くと明確に言われたわけでもなく。もしかしたら寝坊し慌てて身支度を整えているのかもしれない。まだ寝ている可能性もあれば、真逆に朝の散歩やカフェでの朝食のために出かけている可能性も同じだけ。まだ余裕がある時間なのに迎えに行くべきか、行ってもいいものか。
少々手持無沙汰なので、迷い待ちながらも先日飛空都市の職員に頼まれた機械を作っていたら、いつの間にか守護聖の集合時間まであと一時間ほどになっていた。謁見の間も同じく聖殿の中にあるので、移動に必要な時間は数分で済む。とはいえ、寝過ごしているのならそろそろ起きてもらわないと、ゆっくり身支度を整える余裕がなくなる頃だ。
流石にもう行こうかなと、作業を中断。カナタの私室に向かうべく廊下に出た。
私室間の移動なら、何か用事があって遠回りするのでもない限り行き違いになることはないが、聖殿の外に出ている可能性もある。念のため、カナタの私室に向かう旨を載せた電子メモをドアに貼っておく。もし行き違いになっていたらここで待っていてくれるようにと添えて。
タブレットにメールで連絡してもいいが、支度の最中だと気づかないか見ない可能性が高く、休日なので外出時に携行していない可能性もある。先ほどから何度か連絡してみようかと迷って止めたのも、同じ理由からだ。
気を遣って迷った結果のようで、その実まだ急を要するほどの時間ではなかったので最善を模索してみただけ。目的も最善を見極めることではなくて、時間つぶしの側面が強い。まだ寝ていたとしても、今向かえば充分に間に合うから。
特に急がなくても、カナタの私室前にはすぐに到着した。早速呼び出してみるが、反応はない。ゼノが作った防音装置を稼働させていても、呼び出しシステムのスピーカーは範囲内にある。なので範囲の外側にいるゼノには聞こえないが、カナタがいるはずの内部には音が響いているはず。
少し首を傾げてから、再度鳴らしてみる。間を置いての三度目にも無反応だ。となると、外出していて中にいない可能性が高い。
何せ、カナタの私室の呼び出し音は最大レベルにしてある。ゲームをしていて気づかないと困るからと、カナタ自身の希望で数日前にゼノが設定したばかりだから間違いない。その前に渡したばかりの防音装置があるから、近所迷惑にならないでしょとも言っていた。だから、例え眠っていても3回も鳴らせば流石に目を覚ますだろう。最大レベルはそれくらいにうるさいから。
外出しているなら、探しに行くべきか自室で待つべきか。どこに行ったかわからないので、待っている方が無難だろうか。時間を忘れていなければいいけれど。だけど、一緒にと言ってくれたカナタが、口にした時間を大幅に過ぎても悠長に外で散歩や食事をしているだろうか?
出会いからまだ2ヶ月と少ししか経っていないが、カナタらしくないと思う。少なくともゼノは、カナタが約束に遅刻してくるところを見たことがない。毎日の執務開始にも遅刻しないよう気を付けているのも、知っている。
だから、自発的に外出して時間を忘れているという部分が、どうしても腑に落ちない。いっそ呼び出し音に気づいても反応できないほど具合が悪いと言われる方が納得できる。それとも、すぐに戻るつもりで外へ出たのに、できなくなってしまったとか? だとしたらどういう状況に陥っているかと思考しかけて、留まった。
先ほどカナタの私室を訪ねるべきか迷った時とは状況が違う。考えていても時間の無駄だ。呼び出し音でも起きないのなら、別の手段も試してから不在を判断するべきだろう。
意識を切り替えて、ゼノは扉の横に設置されている呼び出しシステムを操作した。緊急時のために、外から中に声を届ける機能が備わっているので、呼びかけてみようと思って。万一具合が悪くて機械音に反応を返していないのだとしても、人の声になら何らかの反応をしてくれないかなと期待して。
「カナタ? いる?」
早朝でもないが、廊下は音が響きやすい。意図したわけではないが、マイク部分に寄せた口から出たのは少し潜めた声になってしまった。最大レベルの呼び出し音の響いた直後では、流石に聞こえないのでは。もう一度呼びかけてみようか……と考えたところで、室内からガタンと大きな音がした。呼び出し音は漏れてこないのにも関わらず。
つまり、防音装置の範囲外で、何かが起きたということ。
「カナタ、カナタっ!?」
驚きと焦りから、防音装置の範囲内には届かないことも忘れてドアを叩いてしまう。何か質量のあるものが倒れたような音だった。ゼノの呼びかけで驚かせてしまった結果、予測できない何かが室内で起きていたらどうしよう。
「ご、ごめん、いる!」
さっと青くなったゼノの耳に、ドア越しの少しくぐもった声が届く。カナタの声だ。焦った様子ではあるが、しっかりと応じてくれている。少なくとも何かが倒れて下敷きになったとか、そういうことはなさそうだ。
声から理解した直後、目の前のドアが少し乱暴に開く。その奥に姿を見せたのは、執務服姿のカナタだった。応じてくれた声と同様焦りの浮かぶ表情だが、パッと見たところ普段と変わりはなさそうだ。着替えているのなら、寝坊したわけでもないのだろう。
「良かった、いた……」
「ごめん、心配かけて」
何事もなかったことと、推測通り外出していなかったこととの安堵から思わず声が零れ、カナタが申し訳なさそうに謝ってくれる。ドアを大きく開いて中に誘われたので、従った。声の響きやすい廊下では、潜めた声でも周りに届いてしまうから。
中に入ると、廊下の先で椅子が倒れているのが見えた。先ほどの大きな音の原因だろう。ゼノの耳に届いた理由も、椅子の半ばほどが防音装置の範囲外に出ていたことで明かだ。
恐らくあの時、カナタはこの椅子に座っていたんだろう。呼び出し音はシステムの故障か何かで鳴動せず、突然ゼノの声が聞こえて驚かせてしまったのではないだろうか。慌てて立ち上がった結果、椅子が倒れてしまったのでは。
思考に従い、倒れる前に椅子があっただろう場所に目が行く。そこにはテーブルがあり、上には幾枚もの紙が広げられていた。白紙もあれば何かを書きつけたものもあり、直前まで作業をしていた様子が窺える。なるほど、時間を忘れるほど作業に集中していて、音に気づかなかったあるいは意識していなかった可能性もありそうだ。
カナタが呼びかけ機能を知らなかったなら、突然のゼノの声に驚いて当然だ。いない人の声がしたら、誰だって驚く。座っていたと推定できる場所から離れて倒れた椅子は、驚愕の大きさを物語っているのだろう。
邪魔をしてしまったと申し訳ない気持ちでカナタに視線を戻すと、頬に幾筋かの跡がうっすらと残っているのに気がついた。
あれ、もしかして。
「ちょっと、徹夜したら寝落ちたみたいで」
気づくのと同時に、カナタの説明が耳に届く。徹夜して寝落ち。すぐに理解ができず、何度か目を瞬かせてしまった。カナタは夜更かしをしても、日付が変わる頃には寝るようにしていると聞いていたから。その後から、驚きがやってくる。ゼノの健康にも気を配ってくれるカナタが、寝落ちしてしまうなんてと。
一方で、カナタの邪魔をしたわけではなさそうだと安堵もする。ゼノの行動が切欠で起きたのなら、迷惑だけではなかっただろう。
念のため具合が悪かったのではないことも確認すると、項垂れるように頭を下げられてしまった。謝る必要なんかないと、慌てて頭をあげてもらう。
ちょっとタイミングが悪かっただけで、徹夜自体はゼノもするし、執務開始時間に遅刻したこともある。たまたま今日は定期審査の日だったとか約束があったとか、心配しやすい要素が重なってしまっただけ。他の日ならこんなことにはならなかったはずだ。
気にしすぎる必要はないし、させたくもないからと自身の経験を告げたら、何故かカナタに頷かれてしまった。
「ゼノは徹夜しまくりだもんね……」
「えっ? そ、そんなに頻繁にじゃないよ?」
続く感想に、思わず反論してしまう。そもそも徹夜しようとしているのではなくて、作業に夢中になっている間に夜が明けてしまうだけだ。それだって、毎日じゃない。週に2……いや3……たまに4回ほど……。
改めて考えたら、「そんなに頻繁じゃない」とは言い難いことになりそうだ。墓穴を掘る前に、ゼノの徹夜から話題を切り離さなくては。
「で、でも、珍しいね。カナタが徹夜なんて」
「あ~……えっと」
「もしかして、ポットラックパーティに持っていくもので悩んじゃった?」
「……あ」
カナタの徹夜に話を戻してみたが、返ってきたのは歯切れの悪い声。そういえば前回の定期審査も眠そうにしていたなと、教えてもらった原因を思い出して尋ねてみる。妙に凝ったテーマに何を用意すればいいのかわからず、夜遅くまで悩んでしまったそうだから。
だが、ゼノの問いかけにカナタの顔色が変わった。失念していたと言わんばかりの反応だ。
「違うの、かな?」
尋ねながら、手土産を悩むだけでこれだけ紙が散乱することもないかと気づく。テーブルの上を見た時には作業をしていたと感じたのに、咄嗟に悩みと考えてしまった。昨日は昼下がりに会ったのが最後だから、執務が無事に終わったかどうかをゼノは知らない。もしかしたら私室に持ち帰って対応していたのだろうか。それなら、ポットラックパーティのことを忘れていても不思議ではないし、むしろ浮ついた気分で尋ねて申し訳なく思う。
前回のパーティが楽しかったから、ゼノ自身が浮かれてしまっていたのだろう。申し訳なさに恥ずかしさが加わって、どう言い訳すればいいのやら。
「ゼノ、こっち」
だけど、カナタはそれについては何も言わずにテーブル脇に進み、紙を掬いあげながらゼノを呼んだ。一歩分の間を空けて近づいたゼノの前に、手にした紙を差し出してくれる。
「……ゼノ、誕生日おめでとう。これ、オレからの……プレゼント」
反射的に受け取ったゼノに向けられた言葉が、一瞬理解できなかった。カナタへの言い訳を考えていたのに、全く関連のない単語だけが耳に届いたから。
誕生日。確かに今日はゼノの誕生日で、夜には恒例の食事会が予定されている。前回、フェリクスの誕生日に次も迎えに行くと言ったが、流石に自分の番だとは切り出せないまま当日を迎えてしまい、申し訳ないが後でノアに声掛けを頼もうと思っていた。
おめでとう。祝いの言葉は、誕生日に掛かっている。
つまり、ゼノの誕生日を知って、祝ってくれるカナタからの……プレゼント?
「……え?」
手にした紙に視線を落とす。テーブルに散った紙と同じものに、黒のインクで書きつけられている。カナタが徹夜で認めてくれたのだろう手書きの文字は、だけどゼノには読み取ることができなかった。カナタが故郷で使っていた言葉だろうから。
タブレットに表示される文章は、その人が読み取れる言語に自動翻訳されている。会話も同様だが、こちらは女王のサクリアによるものだそうだ。招致された際に言語の心配はないとだけ説明されていて、カナタは知らないのかもしれない。手書き文字だけは、そのまま見えることを。
もちろん直接は読めなくても、タブレットなどでスキャンすれば翻訳され読めるので問題ない。何も対策が採られていなければ、様々な惑星出身の守護聖や研究員・職員たちの意思疎通がうまくとれなくなってしまうから。
でも、今ゼノの心を占めるのは、そんな機械的なことではなくて。
「……俺に?」
「うん。その、こんなんで悪いけど。なんとか、ゼノにプレゼントしたくて」
思わず零れた確認に、カナタが何故か必死な様子で説明してくれる。視線を向けると、ひどく焦った様子で更に説明をくれた。
「いつも、ゼノにはもらってばっかだから。その、少しでも返したかったっていうか、喜んでほしかったっていうか」
手の中の紙は、一枚ではなかった。指先に厚みが感じられる。テーブルの上の書きつけたものは、書き損じだろうか。端末で入力すれば手も痛まないのに、一文字一文字、カナタが手ずから書いてくれたプレゼント。
読み取れなくても、伝わってくる。説明のとおり、カナタがこの文章に込めてくれた想いが。
「って言っても、前から伝えてる感想、ただ書いただけなんだけど……感想文なんてうまくもないし」
カナタの説明が続く。どうやら書かれている内容は、ゼノが作ったものへの感想のようだ。ぱっと思いつくのはゲームか食事のどちらかだが、恐らくゲームについてのような気がした。
ゼノに喜んでほしいと書かれた宇宙にたったひとつのプレゼント。鋼の守護聖としてではなく、ただのゼノとして。カナタが親友と思ってくれている、ゼノのために。
「……徹夜してまで、書いてくれたんだ……?」
「う……その、知ったのが夜で、徹夜するつもりはなかったし、寝落ちも想定外なんだけど」
気づき、心であぁと呻く。今手の中にある紙の、尊さを知って。
守護聖として招致された時に、いろいろなものを切って諦めた。特別なことではなくて、守護聖になる人は皆同じことをしてきたはずだ。それまで暮らしていた世界から切り離されるのだから、程度の差はあれど、必ず。
自分でも全く気づかないまま、ゼノは個としてあることを諦めていたのかもしれない。守護聖になるのだから、以降のゼノは守護聖としてしか扱われないのだと。ただのゼノではなく、鋼の守護聖のゼノとだけ。自分でさえそう認識していたのではないだろうか。
だけど、今カナタがくれたプレゼントは、ただのゼノのために用意してくれたもの。しかも手ずから書き綴り、徹夜まで辞さずに想いを込めてくれたこんなにも尊い贈り物、故郷を出てから初めてもらった。
同時に、もう一つ気がつく。カナタのためにゼノが作った最初のゲームは、「新たな水の守護聖」の為に作ったものだった。純然な親切心だけで作ったものではなく、自覚も他の思惑もしっかりとゼノの中にある。もし招致されたのがカナタではない他の人物だったとしたら、その人の慰めになるようなものを作った。当然ながらゼノが作れる範囲内の話でだ。
だけど、今のゼノが作るゲームは、もうそれとは違う。仲良しなカナタのためのゲームだ。カナタに楽しみ喜んでもらいたくて作っている。水の守護聖だからじゃない。ゼノがもらったプレゼントと同じ、ただのカナタに贈っていたのだと、ようやく気が付いた。
ずっと、守護聖だから、個ではいられない。個としての存在ではなくなったと考えていた。でも、きっと違う。
守護聖ゼノであると同時に、ただのゼノでもあることを、本当にようやく飲み込めた。
だから、ゼノにとってのカナタも、仲の良い守護聖だけではなくて――
「カナタ、ありがとう。俺のために書いてくれて、嬉しい」
友人だと……うぅん、カナタが感じてくれているとおり、親友だって思っていいんだと。
頭と心とを覆っていた暗闇のカーテンが開いたような、そんな感覚と共に思う。
どちらかと言うと守護聖信仰の篤い故郷からきたので、守護聖は神にも等しい存在だから自分もそうあるべく振舞うべきだと、無意識に思い込んでいたのだろう。でも、守護聖を知らない世界からきたカナタが、教えてくれた。
守護聖が親友を得てもいいんだと。
「でも、もっと自分を大事にして」
ゼノの礼に安堵した様子のカナタが友達だと自然に思えたからこそ、続けて苦言を呈してしまう。徹夜をするだけならまだしも、テーブルで寝落ちてしまうなんて、体が休まっていないだろう。短時間でも、不自然な寝姿の影響でどこかが痛むこともある。休むならちゃんとベッドを使ってほしかった。
「……うん。ごめん」
「徹夜でカナタが体調崩したりしたら、俺は嬉しくないから」
「ごめ……ん、って、ちょっと待った。あのさ、ゼノ」
「うん。あれ、もしかして俺、間違ったこと言ったかな……?」
心配なんだと告げると、カナタは若干項垂れるように謝ってくれた。だけど直後に待ったと言われ、もしかして今気づき感じたことはゼノの勝手な勘違いで、まったくの幻想だったのだろうかと不安になる。
故郷で弟や友人にするように言ってしまったが、やはり良くなかっただろうかと。
その危惧は、カナタ自身が否定してくれた。でも、だからこそと言い募られる。
「……それ、オレが前に言ったことあるんだけど」
「え?」
「オレの為のゲーム作るのに徹夜すんの、嬉しいけど嬉しくないって」
指摘され、思い出す。そうだ、何度も言われている。自分のために徹夜しないでほしいと。ちゃんと寝てほしいとも。
言われ始めたのはいつだったか。試験が始まってからだったとは思う。でも、多少徹夜したくらいでどうにかなるほど守護聖は軟じゃないから問題ないと、そのたび反論してきた。
きっと、カナタも今のゼノと同じように思い、心配してくれたからこそ伝えてくれていたのだろう。なのにゼノはまともに取り合っていなかった。自分も大変なのにみんなに気を配れてカナタは優しいな、なんて。だけどゼノに向けられていたのは形ばかりの言葉ではなくて、心からの言葉だった。友達だからこそ、一度で伝わらなくても何度でも繰り返して。
それが今更わかって、少しの申し訳なさと、照れくささを覚える。他の誰よりもゼノ自身が、自分は守護聖だからと思考の道筋を閉ざしていたにも関わらず、カナタは諦めないで届けてくれたことに思い至って。
「そっか。カナタも、同じように思ってくれたから、注意してくれていたんだね」
「うん。オレの為にってしてくれるのは嬉しい。ゼノがよく徹夜するっていうのも前に聞いたけど、やっぱ心配にはなるよ」
「じゃあ、俺も。いつも心配かけて、ごめん」
声に出すと、カナタが頷いてくれた。同じような事態を経験するまで気づけなかったなんて、カナタに悪いことをしたなと思う。だけどそれ以上に、喜びが湧いてくる。届くまで辛抱強く伝えてくれたことと、何よりもカナタと仲良くなれたことが、本当に嬉しくて。
だから、気づくのが遅くなってしまった分も併せて頭を下げたのだけど、何故かカナタは慌ててしまった。
「え、あ、いや、謝ってもらわなくても! つか今日は俺が悪いし……だから、えっと……これからは気を付けるし、ゼノももうちょっと気を付けてほしいっていうか」
「うん。気を付けるようにはする」
改めて告げられた言葉に、心から同意して頷いた。ただ、その後にどうしてもと言い訳をしてしまったのは、ちょっと情けないかなと思う。でも、言葉にしたとおり、作業に夢中になっていたら夜が明けていたことが多いので、気を付けても絶対とはいかないだろう。
カナタはそれを、苦笑しながらも受け入れてくれた。それがゼノだからと、存在を肯定するように。理解されているようで、更に喜びが胸に湧く。今日はなんて嬉しい日なんだろう。
守護聖になったら、誕生日なんてただ通過していくだけの日で、祝われるための日ではなくなると思っていた。個ではないからそれが当然なのだと。
でも、違ったみたいだ。
「カナタ。俺のためのプレゼント、ありがとう。すごく嬉しいよ」
手書きの贈り物だけじゃない。カナタが気づかせてくれたことも含めて、すべてがプレゼントだ。
さっき、カナタは自分がもらったもののいくらかでも返したかったと言っていた。とんでもない。今もらったプレゼントは、ゼノが作ったゲームよりもっとずっと尊くて、お返しでもらうにはあまりにも大きすぎる。今度は、ゼノが見合うだけのお返しをしていきたいと思わせるくらいに。
もちろん、お返しがしたいだけではなくて、純粋にカナタともっと信頼しあえる関係を築いていきたいと強く願う。
ゼノ自身が意識さえしていなかったことに気づきを与えてくれた得難い仲間として、大切な親友として。
「本当に、嬉しい。あとでゆっくり読ませてもらうね」
だから改めて礼を伝えたのだけれど。渡したら途端に自信がなくなってきたのか、なんだか言い訳のようなことを並べだしたカナタ。喜んでることをもっとしっかり伝えたら、気にならなくなるかなと思って告げてみたが。
「あ、いや、それはさらっと流してもらえた方が嬉しい……っていうか、やっぱ渡すのやめたくなってきたんだけど」
「駄目だよ、俺がもらったんだから。もう返さない」
更に弱気になって取り返そうとまでしてくる。先ほどの気づきがなければ、そこまで言うならと返していただろう。それがカナタの望みならと。ゼノの意思は介入させず。
でも、もうゼノは気づいてしまった。ゼノの意思で行動してもいいんだってことに。
だから、胸に抱いたプレゼントを取られないようにしっかりと抱きしめなおして告げた。途端、カナタががっくりと項垂れるのを見て、思わず笑ってしまう。
それをカナタは最初、恨めしそうな目で見てきたけれど。少ししてから苦笑交じりとはいえ、一緒に笑ってくれた。暖かい空気に包まれた、優しい空間になる。
守護聖として招致されたのだから、解任されるまでは守護聖としてだけ生きるのが当たり前だ。ずっとそう考えてきたけれど、それだけじゃわからないことがきっとたくさんあるはず。誰からも個でもあることを、禁じられたことなどないのだから。
笑いあっていたけれど、はっと時間に気づき、カナタに謁見の間に行くべく声を掛ける。顔を洗ってくるというカナタに、一旦私室にプレゼントを置いてくる旨告げて、先に出た。
廊下を少しだけ早足に歩きながら、後でスキャンし翻訳した画像を手元に残して、原本は厳重に保管しようと計画を立てる。紙だから耐火だけでなく耐湿や耐水も必要だろうから、新しく保管システムを構築してもいいかもしれない。
思いがけずもらった尊い贈り物は、そのあとの楽しみまで備えていた。そうだ、この嬉しい気持ちを、カナタのためのゲームにも反映できないだろうか。
考えたいこと、やりたいことが泉のように湧いてくる。せめて今日は徹夜しないよう気を付けたいけれど……困った。まだ朝なのに、眠れる気がしない。土の曜日だから、今夜もきっとカナタが遊びに誘ってくれるはずなのに。
前回の審査の日以降、土の曜日は午後から遊んでどちらかの私室に泊まり、日の曜日の夜まで遊ぶことが多い。つまり、ゼノが眠らないとカナタを付き合わせてしまうことになりかねないわけで。
「困っちゃうな」
ぽつりと口から零れていった言葉は、だけどなんだか楽しそうな音としてゼノの耳に届いた。苦笑しながら、到着した私室の大事なものを仕舞う場所にプレゼントを一旦仕舞う。
カナタが綴ってくれた、想いの籠った感想文。きっとこれを見るたびにゼノは今日を思い出す。
大切な親友が、当たり前だけど大事なことに気づかせてくれた日のことを。
こめんと。
ゼノ誕生日おめでとう!
な、カナゼノ42作目でございます。
そしてphf2周年ありがとうございます!
開設時に書き、昨年改定したカナタ視点、
『心を込めた贈り物』のゼノ視点のお話です。
こういう理由もあって、ゼノは感想文を大事にしています。
拗らせてるわけじゃない、はずです。多分。
手書き文字に関してはもちろん捏造。
本や新聞など活字は、きっと特殊な眼鏡を装着して……!
設定捏造は二次のおいしいところだと思うです。
と、言い訳しておきます。
(2023.7.6)