覚悟といえない隠し事
「おやすみ、カナタ」
「ん。おやすみ」
ライトを消し暗くなった部屋の中、輪郭も覚束ないゼノから就寝の挨拶が投げられた。応じながら、そっと声のした方に背を向ける。見えなくても意識してしまうから物理的に視界から除こうという、無駄な努力だ。
土の曜日、いやもう日付が変わったので日の曜日か。週末恒例のお泊り、今週はゼノの部屋を訪れている。
今カナタが身を横たえている大きなベッドはつまり、ゼノのベッド。とはいえ広すぎるので「ゼノの匂いがする」みたいなことはほとんどない。ゼノ自身が使っている枕だったり掛布だったりならあり得るだろうが、カナタが使っているのは客用のもの。いくつか用意されていた中で気に入った色のものを隔週ペースで使っているので、ほぼカナタ専用と言えるだろう。
なので、嗅覚からゼノを連想することはない。視覚からも遠ざけたので、ゼノを意識する要素など何もない。はず、なんだけれども。
しばらくの間、心を無にすることを強く念じて身動きもせずじっとしていた。眠れればそれが一番なのだが、どうしたって眠れないともうわかっているので期待はしていない。
余計なことを考えてしまう前に、寝る支度をする前までゼノと遊んでいたゲームのことを考えてみる。それから、今日提供してもらった夕食のこととか。明日の昼食のリクエストを受付中だと言ってくれていたのを思い出したり。起きたら今度はどのゲームで遊ぼうかとかも考えてみる。
それでも眠りは一向に訪れる気配がなくて、でもカナタはこれにちょっとだけ慣れてしまっていた。
すぐそこでゼノが寝ている。背中側、1メートルも離れていない場所にだ。暗闇の中、しかも背を向けて見えないようにしているのに、意識しないよう務めても気になって仕方ない。気にしないようにと焦るほど意識してしまって、必死の攻防の末に夜が明けていたのは、四週前の週末だった。
何事もなかったようにゼノの覚醒に合わせて起きたフリを初めてしたのも、同じ日のこと。流石に四度目ともなれば、若干の諦念も覚える。
なにせ、すぐ傍で寝ているのは、親友であり、想い人でもあるゼノ。言い換えれば、性的な衝動を覚える相手がこれほど近くで無防備に寝ているということ。
この状況で安眠できるだろうか、なんて愚問すぎる。結果はご覧の通りというものだ。
起きている間はたぶん、大丈夫だと思う。感情を自覚したばかりの頃は構えてしまうことも多かったが、流石に一ヶ月近くも経てば多少慣れる。ふとした瞬間に意識してぎこちなくなることはあるが、ほとんどは今までどおり親友としての範疇を超えない振舞いができていた。
どんな好きが追加されても、ゼノは親友なことに変わりがない。変に意識しなければ問題ないのも、道理だろう。
ただ、どうしてもこの時間だけは、無理だった。場所がゼノの私室でも、カナタの私室でも、強く意識してしまう。遊んでいる時は、食事中は、執務の話をしている時は意識せずにいられても、就寝中だけは。日中の反動もあるのかもしれない。でもそれ以上に、カナタが見る夢に原因がありそうな気もしている。
人に言えない夢の舞台は、ベッドの上ばかりだから。
ベッドを見るだけで意識するなというのがもう無理で、その上にゼノが寝てるとか意識すること前提としか思えない。
これでゼノの寝息が絶えず聞こえる状況だというなら、意識してしまうのもまぁ頷ける。でも特にゼノの私室だと、起きている時には気づきもしない端末類のごく僅かな稼働音が満たしていて、寝息なんて更に細い音は届かない。にも関わらず、カナタの意識はもうガチガチに背中の向こうにいるゼノを意識してしまう。
そしてほとんど眠れないまま、朝を迎えること三度。おはようと微笑んで挨拶をくれるゼノは眩しいが、その後は朝食をとりながら遊びの予定を立てるので親友モードが発動。寝不足は感じつつも普段通りの対応に戻っていた。
徹夜に気を付けてと何度も口にしてるカナタが、泊まりの時だけほとんど眠れていないなんて笑い話だ。でも、どうしても落ち着かない。
良かったことといえば、確かに守護聖は丈夫だとわかったことくらいか。一晩徹夜したところで、問題なく動ける。ゼノの言い分が正しいと身をもって証明されてしまった。でもやっぱり徹夜ばかりしていては体に悪いと思うので、今後も気を付けて欲しいと言い続けるつもりだ。大丈夫なことと、心配しないことはイコールではないから。
ただ、週に一度自分だって徹夜してるくせにと、言いにくさは覚える。いやでも、ゼノは自らの意思で徹夜していて、カナタは眠れない不可抗力だ。眠れるものならしっかり寝たい。棚上げしているとまでは言われずに済むはず。
むしろ今まで注意を促してきたのに、突然言わなくなるのも不自然だろう。そこから疑念を持たれる可能性もある。今のところは不審に思われていなくても、この先ふとした時に、親友には向けない感情がゼノに見えてしまったら。一度きりであれば気のせいと流してもらえるかもしれない。でも二度目、三度目と続けば?
もしゼノから疑問を投げられたら、どう答えるべきだろう。ふと思い至って、愕然とした。なんで今まで気づかなかったのかと自分に呆れる。一人だったら頭を抱えていただろう。自分の感情さえ誤魔化しながらなんとかやっていくしかないなんて、覚悟にさえなっていない。
ゼノは優しいから、正直に伝えたところで変わらないでいてくれるかもしれない。でも、応じられない相手から向けられても、嬉しいと思える感情ではないはず。ましてそれがごく身近で、同性だったら? プレッシャーだとかストレスだとか、精神的な負担を強いてしまう可能性も考慮すべきだった。
なんとかやっていこうでは済まない。疑問を投げられるより前、気づかせてしまった時点でゲームオーバーだ。
ゼノに迷惑を掛けないためにも、もっと気を引き締めなくてはならないと改めて誓う。同じベッドの上で意識しすぎて眠れませんなんて言っている場合ではない。どんな状況でもゼノの親友としてだけ動けるようにしなくては。
自分のためにではなく、なによりもゼノのために。
状況の把握も杜撰、覚悟も浅すぎると不甲斐ないでは済まない自分に呆れ、思わず深く息を吐いていた。もちろん、すぐ傍でゼノが寝ていることを考慮して、音を抑える努力は忘れずに。
今からでは遅いかもしれないが、だからと言って何もしないわけにはいかない。眠れないなどとぼやく暇があったら、羊を数えるなり膨大な情報の中から寝付ける方法を探すなりして、まずはこの状況でも眠れるようにならなくては。
とはいえ、今から検索ができるはずもなく。今夜は大人しく羊の数を数えておくことにした。
百を数えても、二百を超えても、三百まできても、眠気は訪れず。どれだけ広い牧場でも羊で溢れかえってるだろと、何度目かわからない溜息を零してしまう。
「……眠れない?」
直後、控えめな声を掛けられ飛び上がりそうなほど驚いた。端末の稼働音だけが満ちる室内で、起きているのは自分だけだと思っていたから。体感だけれど、おやすみの挨拶から二時間以上は経過しているはずだ。眠れない夜連続四度目ともなれば、それくらいはわかる。
飛び起きるように振り返ると、暗闇の中でもゼノが上半身を起こしているのがうっすら判別できた。微かな視線を感じるので、カナタを見ているのだろうと推測できる。
ゼノは寝ているものだと思い込んでいたから、声を掛けられただけなのに混乱していた。酸欠になったように口を幾度か開閉させるが、何を言うべきかもわからず声は出ない。
問いかけたゼノは、二の句もなくカナタの回答を待っている。焦るほどに思考がまとまらず、何を訊かれたのかさえあやふやになりそうだ。
落ち着けと一度深く息を吸う。それだけの音がやけに耳に響いて、幾度もの溜息がうるさくて起こしてしまったのかもしれないと気が付いた。付随してゼノからの問いかけも思い出す。
「えっと、うん、ちょっと。起こしてごめん」
眠れないのかと問われたことに肯定を、起こしてしまったかもしれないことに謝罪を返す。
「起こされてないよ。俺も、起きてたから」
少し硬い声で返され、驚きに息を飲む。寝てると思い込んでいたゼノが、起きていた?
さぁっと血の気が引く感覚を覚えたのはなぜだろう。就寝の挨拶の後、カナタが発した音は幾度かの溜息だけだ。思考の欠片を声にした記憶はない。だから、カナタが考えていたことはゼノに伝わっていないはずなのに。
どうして、ゼノから思いつめたような空気を感じるのだろう。
「……今日だけじゃないよね? カナタが眠れないの。先週も、その前も……」
「あー……えっと」
「……俺、何かしちゃった?」
「え?」
意を決したように、硬く密やかな声が確認してくる。認めるべきか迷う間に、ゼノが更に小さな声で尋ねた。予想外の発言に、目が丸くなる。思わず見つめてしまうが、暗闇の中では表情が窺えない。
ただ、ゼノの顔は伏せられているように感じられた。
「なんで……や、全然っ! ゼノはなんも悪くなくて!」
「でも、最近、カナタ……少し、俺と距離置いてるよね……?」
なんでそう感じたのかと疑問を投げるより前に、否定しなければと慌てて首を振る。単に自分の覚悟が不足していただけで、つまり迷惑を掛けているとすればカナタがゼノに対してであって、眠れないのも自業自得以外のなにものでもない。
だから強く否定したのに、ゼノは言葉を選びながら確認してくる。衝撃に、頭を抱えざるを得なかった。比喩ではなく、リアルに両手で頭を抱えている。
まだ不審に思われていない、じゃなかった。完全に手遅れだ。寄りによって、ゼノにそんな勘違いをさせてしまうなんて。
いや、勘違いでもないのかもしれない。普段通りにできていると思っていたが、実際には言葉通り距離を感じさせてしまっていたのだろう。常に周りに気を配ってくれるゼノだからこそ、僅かな差にも気づかれていた。
普段通りに過ごしていたが、ひとつだけ、決定的に避けていたことがある。ゼノとの接触だ。
自覚する前は、ゲームで難所を攻略した際にハイタッチをすることもあったし、執務室に食事の誘いに行った時は、移動を促すために肩を叩いたりもした。それを意図的にやめていたのを、どうして見抜かれないと思ったのか。
でもこればかりは仕方なかった。なにせゼノとの接触は、人に言えない夢のアップデートに直結している。不審に思わせるかもと危惧することさえできずに、避けざるを得なかった。
ハイタッチする合図に合わせていた目線さえもなくなったから、ゼノに気づきを与えてしまったのだろう。自己評価の極端に低いゼノだから、原因がカナタではなく自分にあると誤解させてしまった。こんな風に傷つけたくもなくて、隠さなければと覚悟したのに。
浅い覚悟しかできなかった自分のせいで、結局ゼノに迷惑を掛けている。ついさっき何も対策を考えいないことに気づいたばかりのことが、すでに現実になってしまった。
ゼノの誤解を消すためにどうするべきかと考えても、正直に答える以外が思いつかない。でもそれは、ゼノに更なる精神的負担を掛けることにも繋がる。
……いや、そうじゃない。告げて、ゼノに嫌われてしまうのが嫌で、怖い。ゼノのためにではなく、自分が拒絶されたくないだけだと土壇場で気が付いてしまった。
だからといって、このまま誤魔化す術もない。距離をおこうとしたわけじゃないとだけ告げても、ゼノは納得しないだろう。むしろ拗れていく可能性が高く、つまり正直に告げることが最適解ではあって、だけど。
親友としてのゼノまでもを失う覚悟はまだできていない。
あーとかうーとか、頭を抱えたまま唸りだしたカナタを、どう解釈したんだろう。
「誤魔化さないで、正直に言って欲しい。カナタに嫌な思いさせないように、努力するから」
「いやっ! それ違う! 逆!!」
「逆……?」
そっと優しく、でも哀しそうな声を掛けてくれたゼノに、勢いよく頭をあげて否定する。表情は見えないが、驚いてる様子のゼノに一度ごめんと謝った。
無理だ。優しいゼノに哀しい誤解をさせてしまうのなら、正直に告げる以外にカナタが採るべき道はない。だけど、何も足掻かずにいるほどの覚悟を、すぐに持つこともできなくて。
「ごめん。言う。正直に言うから。でも、頼むから、親友でいさせて」
「カナタ……? なんで、そんなこと」
「言ったら、ゼノはオレを嫌いになるかもしれない。でも、親友でいたい。すげー勝手でわがままなこと言ってるけど」
「大丈夫だよ。俺がカナタを嫌いになるなんて、ないから」
ベッドに両手をつき、頭を垂れる。我ながら縋りつくようでみっともない頼みを、ゼノは諭すように優しい声で請け負ってくれた。こんなの、ゼノの優しさに付け込んでるだけじゃないかと自己嫌悪が走る。でも、それでも、どれだけみっともなく無様で迷惑をかけまくるとしても、ゼノとの親友の縁まで失いたくなかった。
だから、今の自分がどれだけ狡いことをしているか自覚していても無視して、ゼノの応えに縋ってしまう。
「約束……」
「うん、約束する。絶対。大丈夫」
強く頷いてくれたゼノに、泣きそうになる。ゼノがどれだけカナタを信頼してくれているのかが伝わってきたから。
めちゃくちゃかっこ悪い。でもゼノにここまで言ってもらったんだから、せめて正直に。
「……好きなんだ」
「うん」
「ゼノが、好きだ」
情けないことに、口に出した瞬間、目をぎゅっと瞑っていた。それでもゼノが頷いてくれたから、勇気をふり絞って目を開ける。暗闇に慣れて輪郭だけよりは見えるようになったゼノを、まっすぐに見つめて、もう一度はっきりと口にした。
ゼノの表情が見えないからこそ、言えたのだと思う。突然親友から告白なんかされて、どう思っているのか。考えるだけでも怖い。
縋って約束させてしまったけれど、反故にしたいと思っていないだろうか。無理を強いたいわけではないから、そう言われてしまっても恨まないし、できる限りの努力はしたいけれど。
「えっと、ありがとう。俺も、カナタが大好きだよ?」
不安しかない中、ゼノからはそう、返ってきた。告白に返すにはずいぶんと軽い声で。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「や、違くて。親友としてじゃなくて、その、えーっと、恋っていうか、そういう好きなんだけど」
はっと気づいて、訂正する。どう伝えたらより正確か判別がつけられなかったので、しどろもどろになってしまった。そのせいか、ゼノが首を傾げるのが見える。告げる前も散々みっともなかったのに、告げた後も全然スマートにいかない。
仕方ない、何も覚悟ができていない、行き当たりばったりな場面なのだから。
「親友としてじゃなく?」
「そうっ。あの、恋愛っていうか」
「じゃあ、親友としては俺のこと、好きじゃない、のかな……?」
「いやっ、それも違くて! 親友としてもちろんすっげー大好きなんだけど! 世界一好きだけど!」
「良かった。俺も、カナタが大好きだから、嬉しい」
尋ねに否定すると、哀しそうな声が返ってきた。もっと強く否定して宣言すると、ゼノからも嬉しい同意が告げられる。めちゃくちゃ嬉しいが、違う、そうじゃない。
「だから、その、親友として大好きだけど、それだけじゃなくて、恋愛って意味でも好きなんだって」
「親友としてだけじゃなく……?」
改めて告げてみたが、ゼノにはピンとこないみたいだ。それも仕方ないかもしれない。突然親友から告白されても、すぐには信じられないだろう。むしろ、違う好きの部分が正しく伝わっていないような。
できればオブラートに包んだままにしたかったけれど、伝わらないままというのも誤魔化したようで、落ち着かない。
「だから、その……えっちなことしたいって、そういうことも思う、好き」
言葉を選ぼうとしたが、無理だった。ちょっと小声にはなってしまったが、もう隠すことが何もない状態で告げる。やぶれかぶれとか当たって砕けたとか、そんな言葉が脳内を駆け巡ってく。
でも、ゼノからは反応がない。流石に引かれただろうか。好きと言われる程度ならまだしも、同性から性的な衝動も覚えるなんて言われる衝撃は計り知れない。やっぱり、約束は反故にするって言われるんだろうか。
親友として大好きって言ってもらえて、すごく嬉しかったけど。
「……それは……」
どれくらい待っただろう。数秒にも数分にも思える間の後、ゼノがそっと声をあげる。
「勘違い、じゃないかな……」
「いや、そんなことなくて」
「うん。カナタ、それは、勘違いだよ」
最初は微かな声が、次にははっきりとした声で、否定された。頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
気持ち悪いと思わせてしまうかもしれない、嫌われてしまうかもしれないとは、危惧した。でも、否定されるとは思ってもいなかった。
「なんで、ゼノ」
「俺なんかをそう思うなんて、あり得ないよ」
泣きそうに震えるなんでに応えながら、ゼノは緩く首を振ったようだ。でも、きっぱりと断言されてしまった。
言葉が詰まって、勘違いじゃないと否定したいのに、言えなくなる。親友としての好きは嬉しいと言ってくれたのに、恋というか性衝動を伴う好きはあり得ないだなんて。
同性から突然好きだと言われたら、そう思わせてしまうんだろうか。でも、あり得ないなんて、完全否定されるのは、辛い。
「俺を好きだなんて、あり得ないから」
だけど、ゼノが繰り返した言葉は、どこか引っかかる。なんというか、カナタの想いを否定しているのとは少し違うような……?
諭すように区切られた言葉を、反芻する。ゼノはことあるごとに「俺なんて」と卑下するけれど、今言うべき言葉だろうか。というかこれはもしかして、ゼノを好きなことに対してだけあり得ないと言われているのでは。
「ゼノ、あの……オレ、今、ゼノとえっちなことしたいって言ったも同然なんだけど」
「? うん、言ったね。でも、だから俺を好きっていうのは」
「は? ちょっと待って、そこスルーしちゃうの!?」
思わず繰り返して確認してしまったが、完全にスルーされている。同性同士での性交って、実はカナタの故郷以外では異質なことではないのだろうか? そういう目で見られても、ゼノは気にしないとか?
「スルーはしてないけど……性的な興味の対象は異性に限るものではないし、思春期には散見する衝動だよね?」
「……は……、いや、そう……え~?」
ゼノからの回答は、まさに青天の霹靂というべきものだった。カナタが一番悩んでいた部分を、思春期特有と解釈されていたなんて。
一気に脱力してしまった。いや、だって。
宇宙は広いから、いろいろな考えの人が暮らしてるんだろう。文化だって習慣だって違うんだから、同性同士でも気にしない地域もあるのかもしれない。そこまで考えが及んでいなかった時点でまだまだ視野が狭いと言われてしまいそうな気はするけれど。
めちゃくちゃ縋ってかっこ悪かったけど、でも、先ほどの約束は無理強いには値しないことだけは明白で、少し安堵してしまった。
ただ、次の疑問が浮かんでくる。そこに理解を示しながら、ゼノはなんで勘違いだなんて断言するんだろう。
確かにカナタ自身がこの衝動がどこから湧くものか判別できず、一ヶ月以上悩んでいた。だから、勘違いかもよと投げられるならわからなくもない。自分でさえわからなかったのに、ゼノは一体何を根拠に断言するのか。
「してみたいって言うなら、付き合うよ? 俺も興味はあるから」
「え、いや、そういうんじゃなくて」
「でも、だからカナタが俺を好きだって言うのは、飛躍しすぎだよ」
「あっ」
続くゼノの問いかけに、ぎょっとしながら否定しようとした。もちろん二択で問われればしてみたいが、興味があるだけで及んでいい行為か咄嗟に判断がつかない。でもいいよと言われたら飛びついてしまいそうではある。
が、繰り返されたゼノの言葉で、ようやく理解が及んだ。
ゼノはカナタの好きを否定しているんじゃないと。
例えば、他の守護聖や同性の研究員を好きになったと告げていたら、ゼノは勘違いだなんて言わなかった。否定しているのは、カナタの気持ちじゃない。
気持ちの向かう相手がゼノであることを否定している。
普段からゼノが言う「俺なんて」と同じ。ゼノが否定しているのは、ゼノ自身――ゼノが恋愛感情を向けられること自体があり得ないと言ってる。カナタに限らず、相手が異性だとしてもきっと、同じように否定するだろう。
何度ゼノはすごいと言っても、謙遜しかせず受け取ってくれない。それと、同じことだ。称賛されることも、恋情を向けられることも、ゼノ自身が否定、いやむしろ拒絶している。なんというか、自分にはその資格がないとでもいうように、突っぱねられているように感じた。
「ゼノ、そんな風に、言わないで」
胸が苦しい。カナタの気持ちを否定されたと感じた時よりもずっときつかった。どうして、ゼノはそんなにも自分を否定するんだろう。
ゼノはいつでも人を気遣える優しい人で、モノづくりもすごく上手くて便利な道具をたくさん作れるのに。カナタのために作ってくれるゲームも食事もびっくりするくらいクオリティが高くて、でも質に関係なく作ってくれる気持ち自体がすごく嬉しくていつも感謝しているのに。どうして、カナタの感動や気持ちは、ゼノに届かないんだろう。
ゼノは、とても素敵な人なのに。カナタが知ってる誰よりも素敵な人なのに。だって、こんなにもカナタはゼノに惹かれている。親友としてだけじゃ物足りなくて、恋情からの好きさえ覚えてしまうほどに。
「カナタ……ありがとう」
欠片でも伝わってほしくて拙いながらも重ねたカナタの言葉に、ゼノが礼を言う。でも、きっと何も響いていないに違いない。このありがとうはいつもと同じで、中身が伴わないままだ。
ゼノは、自分に向けられる感情を拒絶しているから。恐らく、ゼノに対して好意的なものばかりを。
悔しい。ただひたすらに、悔しさが胸を満たしていく。
「……ゼノ、好きだ」
「カナタ……。うん、わかった。ありがとう」
「全然わかってない。だから、わかるまで言うから!」
改めて告げても、少し淋しそうにありがとうだけ返される。きっとゼノすごいと言った後に時折声に出している「カナタは優しいね」とか、考えているに違いない。
ちょっと、頭にきた。同時に、胸を満たした悔しさが火をつけられたように爆ぜる。その勢いのままにゼノを指さし、宣言した。
「だから、返事は保留でいいよ。そのかわり、ちゃんと伝わったら返事して」
「え?」
「もっかい言うけど、オレ、ゼノが好きだから。親友としても大好きだけど、恋愛感情としての好きもあるから! えっちなこともしてみたいけど、でもゼノもオレのことそういう好きになってくんなきゃ、絶対しないししたくない」
ゼノを称賛する言葉が響かないのは、仕方ないのかなと思ってた。いつか届けばいいなくらいに。でも、カナタの想いを否定されるのは、嫌だ。それなら、否定できないくらいに伝え続けてみせる。
これは告白であって告白じゃない。根気比べの幕開け宣言だ。
「オレ、今、ゼノに告白してんだよ。だから、伝わったら、返事聞かせて」
「えっと、カナタ、だから……」
「勘違いとかじゃないから! オレの気持ち、ゼノが勝手に決めないで!」
勢いのままに告げると、ゼノが息をのむ音が聞こえてきた。普段と違う反応に、微かにでも伝わる何かがあっただろうかと願う。
正直、半ギレしてるような状態なのでかっこ悪さが増加していく一方だが、気にしない。いや気にはなるけれど、それ以上にゼノの頑なさをどうにかしたいから。ゼノのためだなんて一切思わない。完全に自分のためだ。
「……うん、ごめん、カナタ」
「謝んなくていいよ。すぐに伝わんないのもわかったから。長期戦で行くし。覚悟しててよ」
「……うん」
細い声で謝るゼノに首を振り、鼻息も荒く宣言する。小さく頷いたゼノが、少しの間の後、小さく笑う。
「カナタ、かっこいいね」
「は? いやめちゃくちゃかっこ悪いでしょ」
「うぅん、かっこいいよ。すごく……かっこいい」
何故か自分とは真逆の感想を言われ、首をひねる。どれだけ好意的に前向きな解釈をしたら、今のカナタをかっこいいと言ってもらえるんだろう。謎だ。
でも、笑ってくれたからいいかと思う。
というか、予期せず白状する羽目になったし、妙な宣言までしてしまったけれど、ゼノは嫌じゃないだろうか。不快に思ってないだろうか。笑ってくれてるから、深刻な事態ではないと思いたいけれど。
「あの、ゼノ」
「じゃあ、それでお願いしていいかな?」
「は?」
「告白の、返事。保留でいいんだよね?」
「あ、うん。それは、もちろん」
確認しておこうと思ったが、先に訊かれてしまったので応じる。響いてないのは相変わらずだと思うが、先ほどのカナタの言葉には何か思うところがあったんだろう。
拒絶を撤回する言葉だと気づき、思わず表情が緩んでしまった。
返事は保留で構わない。むしろ、告白しようなんて思ってもいなかったから。ついさっき覚悟が浅いと反省したばかりなのに、ジェットコースターみたいな展開だ。
招致されてから、約五ヶ月。何度ゼノにすごいと言っても一切響かなかった。今夜初めて伝えた好きがゼノの心に響くには、もっと長い時間が必要なんだと思う。それだけ、ゼノの認識は強固だろうから。
だから、返事を求めてはみたけれど、期待はしていない。親友でいてもらう約束を無理強いしたし、ゼノの認識的にもマイナス要素はなかったようだから、親友で居続けられる。今は、それでいいやと。
なんだか、妙にすっきりした気分だ。ゼノへのもうひとつの好きを、隠さなくてもよくなったからだろうか。
そう思ったら、大きな欠伸をしてしまう。さっきまで全然眠気がなかったのに、なんだか急に眠くなってきた。
「じゃあ、もう寝よ。おやすみゼノ、大好きだよ」
「うん、おやすみ、カナタ。……ありがとう」
ころんとベッドに寝転がり、ゼノの方に顔を向け有言実行とばかりに告げる。あんなにも躊躇っていた好きの一言は、挨拶と同じように構えることもなく声にできていた。込めた想いはもちろん、挨拶とは比べ物にならないけれど。
少し先で同じように体を横たえたゼノも、カナタの方を向いてくれている。挨拶の後に小さく続けられたありがとうは、称賛の後のものとは少し違って聞こえた気がした。
ゼノと向き合って就寝の挨拶をする。自覚をするより前は当たり前だった光景が、なんだかちょっとくすぐったい。でも、すぐに重たい瞼が落ちてきて、何も見えなくなってしまう。
今日は人に言えない夢じゃなくて、ゼノに話したくなる楽しい夢が見れそうな気がしていた。
こめんと。
カナゼノ45作目。
今までずっとぼかしてきた、カナタの白状話です。
ようやく書けました……!
初期の段階からこの告白のかたちがあって、
ただどうしてもゼノの反応がうまく捉えられずに
ここまできてしまいました。
ある程度思い描いた形になったんじゃないかと自負。
ちなみに掲載日の9月26日、
作中の日付とリンクしています。
2021年9月26日は、日の曜日でした。
残る難関はゼノの回答ですね。
引き続き邁進して参ります!
(2023.9.18)