積み木のパズル
カナタの誕生日から二日後の土の曜日、午後。森の奥、どこまでも続くと錯覚するほど広い花畑をゼノと二人で訪れていた。目的は、洒落にならないほどたくさんもらったプレゼントのうち、やっぱり数えきれないくらいの玩具で遊ぶこと。
いつもより少し早い昼前、お弁当を持って私室まで迎えに来てくれたゼノとともにやってきてから、多分4時間くらいは経ったと思う。てっぺんにあった太陽が、大分西に傾いていた。途中まではいくつめの玩具かカウントできていたが、もう定かではない。ただ、両手で数えきれないことだけは確かだ。
どれもこれもを全力で遊んだので、今は二人して花畑に寝転んでいるところ。多彩な遊びは、どれも体を動かすのに最適だった。つまり、遊び疲れて倒れこんでいる。遊びのはずなのに運動した後のような心地よい疲労感と、楽しかった満足感を覚えているが、きっとゼノも同様だろう。
「なんかすげー充実した休日って感じ」
「あはは。楽しかったもんね!」
「ん。すっごく。こんなにはしゃいだの、久しぶりかも」
「俺も、かな。たくさん遊んだから、お腹も空いちゃったね」
日が傾いたとはいえ、寝転んで見上げる空は綺麗な青。少しだけ眩しさを覚えながら感想を口にすると、ゼノも同調してくれる。付け加えられた一言にゼノらしいと思うが、カナタも小腹が減っていたので頷いておいた。自然と、視線が台車に向かう。その中に、ゼノが用意してくれたおやつも入っているから。
ゼノからもらった、部屋を埋め尽くすほどのプレゼント。昨日の執務が終わった後改めて受取に行ったのだが、その中にあったのが、視線の先にある台車だった。といっても、カナタがバースで度々目にしていたものとは見た目が少し異なる。ハンドルがT字型で、持ち手にはいくつかの操作ボタンがつけられていた。ただの台車ではなく、様々な便利機能が搭載されているという。
特に有益な機能の一つが落下防止で、重力制御装置を応用して載せた荷物を落とさない。更に装置本来の恩恵で運搬時の重みもほとんど感じないようになっている。そう説明を受けながら試しに周りの物を無造作に載せていった際、途中から呆れが顔に出ていたらしい。誤解させてしまったようで、『もっと便利な機能もつけてあげられれば良かったんだけど……』なんてゼノに言われてしまった。違うと説明する気力がなかったので、充分だよとだけ返しておいたけれど。
カナタが呆れたのは、全く逆の理由だ。こんな便利なものを作っておきながら、なんであんなにも思いつめていたのかと。更にゼノがいう便利ってどんだけだよとも思ったから。何せ部屋を埋め尽くすほどのプレゼントのほとんどを載せても、荷物が落ちなかった。かなり台からはみ出していても、一部が台の上にありかつ他の積載物と接着していると落下防止の対象になるらしい。理屈はわからなくもないが、なにこのチートアイテムと思ったのは仕方ないと思う。
とはいえ無造作に載せただけでは、ゼノの私室のドアを潜ることができず。工夫して積み直した結果、台車に載せた分とゲームや日用品の一部を入れた箱ひとつだけで、あの大量のプレゼントを自室に運び入れ終わってしまった。「便利じゃない」とは絶対に言えない。少なくともカナタにとっては、めちゃくちゃ便利だ。活用するほど荷物を運ぶ場面はあまりないだろうけど。
今日はここに来るために、改めて玩具だけ扉を潜れる程度で無造作に積み重ねてきた。その上に、ゼノが昼ご飯とおやつの入った籠を更に無造作に載せたにも関わらず、全く崩れることなく到着。しかも、真ん中らへんにあった玩具をゼノが適当に抜いても、やっぱり崩れてこない。バースで何度かやったことがある、積み上げた棒を抜き取り上に重ねていくパズルみたいだなといくつか適当に抜いてみたが、崩れる気配どころか揺れさえしないので、ゼノに意図を問われる前に戻しておいた。
持ってきた玩具はどれも、ものすごく楽しく遊んだ。単体でも充分に楽しかったが、空中スケボーに乗ったまま虹のボールでキャッチボールなど、玩具を組み合わせて遊ぶともっと面白くなった。まだ遊んでいない玩具や組み合わせがたくさんあるので、無限の可能性が詰まった玩具と言っても過言ではないかもしれない。
昨夜は、誕生日の朝もやったゲームを1時間だけと決めて始めたのに、やっぱり日付を跨いでしまっていた。慌てて寝る羽目になったのも、すぐに熱中してしまうほどカナタ好みだからだ。
もらったプレゼントの半分も試せていないけれど、やっぱり改めて、思う。
「ゼノ、すごすぎ」
「え? そんなことないよ」
「いや、そんなことあるから」
思ったままを声に出したら、ゼノからは苦笑交じりの謙遜が返ってきた。反論にいつもの困ったようにも見える微笑みを浮かべたのが、横顔だけでもわかる。称賛を受け取ってくれないのはいつものことだけど、それでカナタがもらったプレゼントを喜んでることまで流されてしまうのは阻止しなくては。
カナタがゼノにあげたプレゼントは、本人からしたら黒歴史でしかない感想文。たったそれだけ。なのにゼノはものすごく喜んでくれた。そのお返しを兼ねて用意するプレゼントに、何を贈ればいいかわらかないと思いつめてしまうほどに。
あの感想文にそんなにも価値があったのか、未だカナタにはわからない。ただ、ゼノは喜んでくれたし、何よりあの後から自他ともに認める親友関係にもなれたから、物自体は後悔していても、贈ったこと自体はあげてよかったと考えている。
だけど、ゼノはきっと同じようには考えてくれないんだろうな、と思う。せめてカナタが喜んでいることだけは、しっかり伝えたいとも。
「あの台車もすっげー機能だし。荷物落ちないとか、マジどうなってんの? 玩具もゼノと遊べてすっげー楽しかったし、ゲームには睡眠時間奪われるし。たくさんのプレゼントすっげー嬉しい。ほんとにありがと」
「ありがとう、カナタ。俺も、カナタと遊べてすっごく楽しかったよ!」
気持ちを込めて伝えてみたら、ゼノが笑顔でカナタを見てお礼とともに同意を返してくれた。
でも、すぐにその笑顔は翳ってしまう。
「だけど、まだまだ足りないことだらけだよ。もっと便利な機能があるのを知ってるのに、俺は作れなかった。もっと手際よく、カナタに心配かけずに済むように作業することだって、できる人がいる。俺なんて全然」
少しだけ低い声で、ゼノが口にした。いつもよりも少しだけ具体的に語られた『俺なんて』に、半身を起こす。気づいたゼノが言葉を止めた。
ゼノはいつもそうだ。まるでゼノがすごかったらいけないとでもいうように、カナタの「すごい」をやんわりと否定する。反論すると諦めたかのように「ありがとう」と応じてはくれるけれど、全然受け入れてくれていないのは明白だった。今の言葉からも窺えるように、誰かと比べているから「俺なんて」と否定するんだろう。
だけど。
「オレはさ、ゼノしか知らない」
「うん?」
「ゼノがいう、他のすごい人のこと、オレは知らないよ、ゼノ」
片膝を曲げ、抱える。カナタの言葉に、ゼノが小さな声を零した。言葉にならなかったその声は、何を思って零れたものなんだろう。
「オレが知ってる中では、ゼノがすごいと思うから、すごいって言ってる」
「……うん、ありがとう」
「なのに、どうしてゼノはいつも否定するの」
少しだけ震えてしまった声に、気づかれただろうか。身を起こしたゼノが息をのむ音が、耳に届く。
今までに作ってもらった数えきれないモノに対して、ゼノを称賛してきた。それらはカナタでは作れないモノばかりだったから。そして、カナタが知っている他の誰もが作れないだろうモノばかりだったから。もちろんモノづくりだけではないけれど、頻度が高いのはやっぱりそこだ。
だけどその度、ゼノは否定する。自分はまだまだだから、もっとすごい人がいるからと。でも具体的に誰とは言わない。飛空都市にいる、カナタが会える人ではないんだろうと気づいていた。
きっと、モノづくりが盛んだったというゼノの故郷に、そう思わせる人たちがいたのだろう。だからこそゼノの基準はもっとずっと高いところにあって、カナタがすごいと思うことでも、言葉通りゼノ自身はまだまだだと感じているのだろうとも。
だから、カナタは伝えることしかできなかった。ゼノの基準ではなく、カナタから見たゼノはすごいんだと。伝わらないとわかっていても、何度も何度も訴え続けたら、いつか伝わる時がくるんじゃないかと期待して。好きだってそうだ。いつか伝わって欲しいから、何度も繰り返し告げ続けている。
自信を持ってほしいと想い願いながらも、言葉で伝える以外にできることはなかったから。
でも、これは違う。
「オレのために、こんなにたくさんのプレゼントを作ってくれるの、ゼノしかいないよ。ゼノがいつも比べてる人たちは、オレを知らないんだから」
「……それは」
「だから、オレのためのプレゼントを作ってくれたゼノをすごいって言うのだけは、否定しないで。受け取ってよ」
抱えた膝に顔をうずめるように伏せながら、伝える。本当は、言っちゃいけないのかもしれない。ゼノにはゼノの事情があって、過去があって、そういう風に考えて、感じているとわかるのに。
だけど、普段は流せても、これだけは無理だ。ゼノがあんなにも思いつめるほど、カナタのことを思って作ってくれたプレゼント。それは、カナタを知らない人には作れないものばかりだ。それをカナタがすごいと言うのだけは、受け止めてほしい。ものすごく自分勝手で我儘な要求だとわかっていても。
だって、カナタのためにこんなにもたくさんのプレゼントを作ってくれたのに。カナタにとっては便利で楽しくて嬉しいプレゼントばかりだったのに。それをすごいと称賛することさえ否定されてしまうのは。
「……淋しいし、哀しいよ」
ぽつりと零した本音に、ゼノが小さく名前を口にした。顔をあげると、ゼノはなんだか泣き出す前みたいに顔を歪ませている。そんな顔をさせてたかったわけじゃないので、苦笑交じりかもしれないが、ゼノに向かって微笑んでみせた。
「だからさ、今日くらいは、受け取って。オレから見たゼノは、めちゃくちゃすごいんだって」
求めたことは、ゼノには難しいことなのかもしれない。ありがとうと微笑んでくれるだけでいいのに、その裏側に飲み込ませる思いや言葉がたくさんあるんだろう。でも、このプレゼントに対してだけはと、望んでしまう。
カナタに喜んでもらいたいと作ってくれた、たくさんのプレゼント。もらったカナタが嬉しくてすごいと言うことまで否定されたら、喜んでいることさえ否定されているように思えてしまう。
それではまるで、ゼノにはカナタが喜ぶモノが作れるはずがないと、ゼノ自身から拒絶されているようにさえ感じてしまうから。
「だってさ、何喜んでくれるかわからないって、あんなに思いつめて徹夜までしまくってさ。抱えきれないどころじゃないたくさんのプレゼントもらったオレが、喜ばないわけないじゃん。便利だし、すっごく楽しかったし。何よりも、ゼノの気持ちが嬉しい」
「……うん」
「オレから見たゼノは、ほんとマジすっごいから。他に比べる人がいたって、オレにはゼノが一番だよ」
先ほどとは異なり、明るい口調で告げる。表情を歪ませたまま頷いてくれたゼノに、今度は笑顔で。だって、ゼノにそんな顔をしていてほしくない。それに、ほんとにプレゼントが嬉しかったから。
そんなカナタを見つめたまま、ゼノは黙り込んでしまった。変わらない表情に、やっぱ無理難題吹っ掛けたかなと、少し反省する。でも、伝えたかったことは言ったから、後悔はしない。ようにしたい。
「……うん、ありがとう、カナタ」
求めたことを撤回した方がいいかなと思うだけの時間の後に、ゼノが掠れた声で応じてくれた。直前までの歪みがまだ僅かに覗く微笑みで。
表情の変わるさまを目撃して、応えてくれたことも嬉しくて、カナタは再び仰向けに倒れる羽目になった。
「か、カナタ?」
「あーやばい。どうしよう。ゼノ大好き」
両手を投げ出して大の字に寝そべったカナタは、心からの言葉を隠さず口にした。言わないなんて無理だ。そんなことしたら、膨れ上がりすぎた想いで体が弾けてしまいそうだから。想像するとかなりエグい。
睡眠時間を削りまくってでも、カナタに喜んでもらいたい一心で膨大なプレゼントを作り続けてくれたゼノ。それだけでも嬉しくて飛び跳ねたくなるほどなのに、ゼノの意思に反しているはずのことまで、お願いを聞いてくれた。ものすごく無理をさせたわけではないと思いたいが、カナタが考えるほど簡単ではなかったと思う。
にもかかわらず、カナタが望むからと応えてくれたんだろう。嬉しい。好きが溢れて止まらなくなりそうだ。あ、元から大好きすぎて困ってるんだった。
少しの心配と共に不思議そうな表情でカナタを見るゼノに、直前までの歪みは欠片も見当たらない。
「えぇっと、俺も、カナタが大好きだよ?」
「いや、もう無理……マジ大好きすぎる……なんかいろいろこらえらんなくなりそ……」
どころか、カナタの突然の行動と言葉に困惑しつつも更に応じてくれた。あぁもうと身動きせずに悶絶しながら、思わず心の声が口から漏れてしまう。抱きしめたくなった自分を物理的に阻止するために倒れたのに、すぐに起きて実行したくなるじゃないかと。
白状した日から何度も口にした「大好き」に、親友として返してくれるゼノの『大好き』。意味が少し異なるとわかっていても、やっぱり嬉しい。
「困らせてごめん、でもありがとう。めちゃくちゃ嬉しい」
「え、そんな、俺のほうこそ」
「てことで、腹ごしらえして、まだまだ遊ぼ!」
言葉通り嬉しさを滲ませた声で告げると、ゼノが少し戸惑った様子を見せた。人一倍気遣いするゼノだから、いろいろと思うところがあるのかもしれない。でも、今はただ楽しいことだけしてもらいたいと、跳ね起き宣言する。切欠が自分だからこそ、気にしないでもらいたいという代わりに。
立ち上がって見下ろしたゼノは目を丸くして、でもすぐに笑ってくれた。
「いいよ! おやつ、気に入ってくれるといいな」
「何作ってきて……って、これ、中華まん?」
「うん! たくさん遊んだらお腹すくから、どっしりしたおやつがいいかなって思って」
「うわ、時間経ってるのにほっかほか! すっご!」
無造作に積み上げた玩具の上に載せても落ちなかった籠なのに、取り上げるときに余計な力は必要なかった。マジでどんな仕組みだよと思いながら覗くと、保温シートにくるまれた蒸籠を取り出しているところ。フタを取ると、暖かい湯気がぽわっと浮かんで消える。
中に入っていたのは、カナタが口にしたとおりの中華まんだった。ひとつひとつは小振りで、三口ほどで食べきれそうなサイズだ。それが、大きな蒸籠の中にぎっしりと詰まっていた。
同じ籠の中に入っていた手拭きをもらって清めてから、ひとつ手に取る。出来立てのようにほかほかだ。齧り付くと、まず皮の切れ目からじゅわっと肉汁が溢れてくる。ついで、肉やタケノコや椎茸の触感が伝わってきた。少し強めに香辛料が効いていて、すごく美味しい。
「うっま!」
「良かった。遊んだ後でちょっと暑いかなって思ったけど」
「や、あんま気になんない。むしろうまい」
「あはは。たくさん食べてね!」
ばくばくと食べ進めるカナタに、ゼノが嬉しそうに笑う。さっき変な空気にしてしまったから、笑ってくれて良かったと安心した。でもきっと、あとで気にするんだろうなと、やっぱりちょっと反省した。後悔はしてない。まだ。
ゼノも手を拭いてから、中華まんを手に取り口に運ぶ。その間にも一つ目を食べ終わってしまったので、遠慮なく2つ目を取った。
「あれこれ、中身違う」
「全部で3種類作ったよ。てっぺんに印がついてるのと無いのと、形が違うの」
「え、さっき食べたのどれだろ。気にしなかった。ピザまんもうまいね」
とろりと中に入ったチーズを伸ばしながら感想を告げると、ゼノがあははと笑う。とても伸びのよいチーズは、なかなか切れない。仕方ないので残りも一口に頬張ることにした。それを見たゼノが、更に笑う。
残るひとつはカナタ好みにスパイシーなカレー味で、これも美味しかった。食べ終えてから少し悩んだがカナタの一押しは普通の中華まんだったので伝えると、また作るねと請け負ってくれる。
その笑顔を見ながら、いつかと願ってしまう。
先ほど今日だけとねだってしまったことを、ゼノが今の笑顔で「ありがとう」と言えるようになってほしいなと。それが当たり前になる時がきたらいいなと。
もちろんそのためにカナタができることは何だってしたい。でも、今すぐは無理だと流石にわかっている。長期戦で行く覚悟は、好きを白状した時にちゃんとした。今のカナタにできるのは、大事な時にちゃんと手を差し伸べられるよう、支えられるように成長することだ。
ゼノが、ピンクの髪の候補が、後ろばかり見ていたカナタにしてくれたように。今度は、カナタができるように。
こめんと。
カナゼノ46作目兼カナタBDお祝い話。
お祝いしてる!?
カナタ誕の翌々日のお話です。
誕生日にリンクしてるので、今年はこのお話をば。
カナゼノくっつくまであと一歩!
なんかうまいことまとめられてない気がして、
精進したいです先生って感じです。すみませぬ。
(2023.11.28)