夢見の終わり
今週もよくがんばりましたな土の曜日、午前。執務はないがいつもどおりの時間に起き、身支度を整え、朝ご飯を食べに行く。
休日としてはまだ早い時間だからか、他には誰もいない。なんとなく居心地の悪さを覚えていたのは、ずいぶん前のことのように思える。今はそんなに気にならなくなったから。
のんびりと食べ終えてから、私室に戻る。お昼まではこのまま待機だからゲームでもしようと用意するのも、すっかり習慣づいてしまった。
気づけば、招致されてから8ヶ月が経とうとしている。
以前のカナタには想像もつかなかった、まるでラノベのような経験ばかりをしてきたからだろうか。ものすごく長かった気もするし、あっという間だった気もする。ひとつだけ確実なのは、学校生活よりもっとずっと濃くて波乱万丈な日々だったということ。
最初は戸惑いしかなかったが、ピンクの髪の女王候補やゼノ、他の人たちのおかげで、守護聖としての生活にもずいぶんと慣れた……と、思う。それまでのすべてを奪われたけれど、新しい関係も築けたし、拙いかもしれないが自分なりの覚悟もできた。家族の代わりに親身になってくれるお姉さんがいて、誰よりも大好きで信頼する親友もいる。
一方で、忘れられてしまったとしても、故郷の家族や親友、友人たちのことも大切だし、幸せでいて欲しいと強く願う。それこそが、カナタの守護聖としての覚悟の根底にあるものだから。
あのままバースで暮らしていた未来と、今の守護聖になった未来と。どちらが幸せなのか、カナタにはわからない。でも、今のカナタなりの幸せはちゃんと掴めていると思う。執務は難しいが助言をくれる人もたくさんいるし、手に余るほどではないがやることのたくさんある日々は充実している。
更に、ゼノと過ごす時間はとても楽しい。一緒にはいなくても、作ってくれたゲームをしてる時間も。しかも先週は嬉しいこともあった。
もう半月ほど前になるカナタの誕生日にもらったゲームの一つを起動しながら、その時のことを思い出してつい頬が緩んでしまう。
週末恒例のゼノとの時間、先週の土の曜日も花畑でもらった玩具を手あたり次第に遊んでいた。数時間が経過した頃、ゼノが閃き遊びが更に進化して面白くなったことに対して、カナタがすごいといつものように言ったところ。
『そうかな? ありがとう』
はにかんでそう応じてくれた、ゼノ。いつもなら真っ先にくる「そんなことないよ」ではなかったことも、諦めたような中身の伴わない「ありがとう」でもなかったことも、どちらもがカナタには嬉しかった。はにかむ様子が抱きしめたくなるくらい可愛く思えてしまって、悶絶しそうだったのはちょっとおいておく。
その前の週に遊んだ時は、カナタが強く訴えたからもらえた反応。それを、ゼノから自発的にしてくれたことが、すごく嬉しかった。カナタの言葉がほんの少しでも、ゼノに響いたように思えたから。
だから『オレこそ嬉しい、ありがとう』と伝えた。何故かゼノからも再びのありがとうが返ってきて、礼と感謝の言い合いみたいになって笑ったのも楽しい記憶になっている。
ゼノの中の基準を変えるのは難しいだろう。でも、そんな風に一歩ずつ、ゼノが故郷の誰かと自分を比べることが、減っていけばいいなと願っている。
「……?」
先週のゼノの様子を思い出しながらゲームをプレイしていたら、不意に誰かに呼ばれたような気がした。ゲームを止めて辺りを見渡すが、もちろん誰もいない。今日はゼノの私室に遊びに行く予定だから、訪問者がいるとすれば、視察同行を依頼しにくる候補たちだけだけだろう。
ゲームというか思い出しに夢中になりすぎていて、呼び出し音に気づかなかったとかだろうか。気になって覗きに行ったが、廊下には誰もいなかった。
気のせいかと戻り、ゲームを再開する。でも、やっぱり呼ばれている気がしてならない。
「……なんだろ……」
どこかに意識が引っ張られるような、妙な感覚がある。最初に覚えた時より、徐々に強くなっていくような気もした。だけど、嫌な感じはない。なんとなく、行かなきゃいけない気にはさせられるが。
これではゲームに集中できないので、中断したところでスリープモードにした。待機中ではあるけれど、必ずとは言われていない。それに、この感覚がどうにも落ち着かなくさせるので、視察に同行してもまともな対応はできないだろう。
恐らくだが、呼んでいるかもしれない誰かの元に行けば消えるはず。私室を出て、感覚を頼りに歩き出した。
聖殿をも出て足の向かう先は、森の湖だ。土の曜日は閉鎖されていると説明されたが、守護聖はその限りにないとも言われた。飛空都市内で守護聖の行動を制限することはない、と。もちろん、他人のプライバシーを尊重するのは大前提として。
普段は仕事の合間に休憩する恋人たちを散見する湖の畔だが、もちろん今日は見受けられない。代わりに、湖面の上に、大きな球体が浮いていた。
「あれ、カナタ?」
その向こうから、聞き慣れたゼノの声がする。姿を探して視線を廻らせると、滝の傍にいるゼノが見えた。少し目を丸くして、驚いた表情をしている。
「おはよ、ゼノ。何してるの?」
「うん、おはよう。俺は……」
そちらに向かいながら尋ねると、答えかけたゼノが2回瞬きをした。更に小首を傾げてみせる。
「先に、カナタはどうしてここに来たか、訊いてもいい?」
「いいけど。なんか、呼ばれたような気がして」
「呼ばれた?」
答えを後回しにされたが、教えてくれる気はあるようなので、先に答えを示した。カナタ自身よくわからないので、もしかしたらゼノが何か知っているかもしれないと考えたのもある。隠すようなことでもないし、とも。
カナタの説明を聞いたゼノは、一度滝を振り返った。それから、そっかと小さく零す。少し、口元が綻んだようにも見えた。
「ありがとう。俺はね、これを見てたんだ」
「これって……星の映像?」
礼と共に、先伸ばされた回答をくれる。手で示された球体に改めて視線を向けた。球体が浮いていると思ったが、どうやらホログラフィーの類のようだ。じっくりと見れば、微かに向こう岸が透けて見える。
少し眺めたら、球体がゆっくり回転していることにも気が付いた。連想したことを尋ねると、ゼノがひとつ頷いてくれる。
「うん。ようやく完成したから……」
「え、これゼノが作ったの?」
「作ったっていうか……そう、なるのかな?」
完成したの一言に口を挟んでしまうが、ゼノからの回答は曖昧だった。今度は遮らずに説明を聞くと、映像を映し出す機械はゼノが作ったものだが、映像自体は様々なデータに残されていたものを繋ぎ合わせたものらしい。
「カナタさえ良ければ、一緒に見ていかない?」
「うん、いいよ」
「……ありがとう」
ゼノからの誘いに、深く考えず返す。何かに呼ばれたような気がして辿り着いた先にゼノがいて、カナタもと誘ってくれた。断る理由は特にない。
改めてゼノの隣に立って、映像の星を見る。残っていたデータと説明されたから、過去の映像なのは間違いない。このまま星が自転しているのを眺めるのだろうか、とカナタが疑問に思った瞬間。
「え……ッ!?」
星が、強い光を放った。驚き目を見張るうちに光は星を飲み込み、小さくなっていく。そうして光の消えた後、あったはずの星は映像の中から無くなっていた。他の星々だろう光は残っているので、機械の故障ではないはずだ。
カナタの驚きには反応せず、ゼノが、微かに「うん」と頷く。どこか満足した様子で。
「ゼノ、今のって……」
「あぁ、ごめん。説明してなかったから、驚いたよね。今のは、スピネルの最後の映像だよ」
「スピネル……って、ゼノの……、は!?」
衝撃を受けて半ば混乱しているカナタに対し、表面上いつもどおりにゼノが教えてくれた。スピネルとは、ゼノの故郷の星の名前で、ゼノが招致された後に、無くなったと聞いている。その、最後の映像?
「ちょ、ゼノ、正気!?」
「あはは。正気だよ」
慌てて心配するカナタの様を、ゼノが嬉しそうに笑う。いや笑うところじゃないしと更に混乱するが、ゼノは至って冷静なようだ。それに少し落ち着いて、思い出す。この映像自体、ゼノが用意したものだということを。
ぴたりと止まったカナタに、何を察してくれたのか。ゼノが微笑んで頷いてくれた。
「俺に、必要だと思ったから」
「ゼノに」
「おかげで、ちゃんと見つめることができる」
強い意思を纏わせた言葉に、疑問を向ける。少し、照れくさそうにゼノはそれとだけ告げ、しばらく何も無くなった空間を眺めていた。
カナタにできることは何もなく、ただ呆然と隣に立つゼノを見つめるだけの時間が過ぎる。
「このあいだ、カナタが言ってくれたことをね、置き換えてみたんだ」
「オレが言った……どれのことだろ」
「淋しいし、哀しいって」
ゼノの中で整理がついたのか、不意に足元に手を伸ばした。そこに映写機があったようで、湖面の映像が消える。それからカナタに向き直って、確かめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
他人の口から指摘されると、めちゃくちゃ恥ずかしいことを言った気がしてくる。少し顔に熱が灯った気さえした。
「もし、俺がカナタをすごいって言って、否定されたら……って。ほんとに、ようやく」
「……ゼノは? どう感じたの?」
どうやら恥ずかしい話ではなく、真面目な話のようだ。照れくささを横において、神妙に尋ねる。こくりと喉が鳴った。
カナタの気負いに気づいたのか、ゼノが小さく苦笑を零す。
「淋しいし、哀しいね」
「……!」
同じ結論に至ったことを告げた、ゼノ。驚いて目を見開くだけで何も言えなかったカナタに、小さく笑いかけてくれる。
「俺が変わらないと、ずっとカナタにこんな思いをさせるんだって、ようやく気が付いたんだ。それに、フェリクス様から言われていたことにも、ようやく納得がいった」
「フェリクスさんに……何を?」
「ん~、要約すると、認めてもらいたいことを隠すなってことかな」
「うわ……キッツ」
「あはは。でも……うん」
そこで言葉を区切って、ゼノが頷く。その様は、つい先日までの自信のなさそうな頼りないゼノとは異なり、しっかりと前を見据えているように、カナタには感じられた。
そしてその印象は、恐らく間違っていない。
「俺はずっと、自分でも気づかないうちに思い込んでいて……それを、カナタが教えてくれたんだ」
「……うん」
「変わりたいって、強く思って……だからこそ、この時をやり直さないといけないって」
この時、というのは、今しがた見た映像のことだろう。故郷の最後を、見つめ直すこと。
招致された頃のカナタと異なり、ゼノは故郷のことを普段気にかけている様子はなかった。消失したことを聞いた時も、その後に数度話題に上がった時も、どこか遠いことのように告げていたのを覚えている。だから、ゼノにとってはすでに過去のことと整理されたことなんだと感じていた。
でも、違ったんだろう。ゼノが受けた衝撃は、本人の意識にない領域でずっと影響を与えていた。ゼノが言うには、理解は出来ていても、感情を置き去りにしていたらしい。
「だから、それを取り返すためにも、必要なことだと思ったんだ」
「……そっか」
ゼノが感じて、実行したことなら、カナタが口を挟むことではない。ただ、改めて最後を見守るゼノの心境を思うとなんと言っていいかわからず、当たり障りのない相槌しか打てなかった。
「じゃないと、カナタに向き合えないから」
「え?」
柔らかく告げ、ゼノは目を閉じる。深く呼吸して再び開いた目は、いつになく強い意思を秘めているように思えた。
「待たせてごめんね、カナタ。俺も、カナタが大好きだよ」
真摯に謝ってから、ふわりと笑う。大輪の花が咲いたよう、なんて表現を思い出した。
「親友としても、えっちなこともしてみたい相手としても」
続けられたゼノの言葉に、息が止まる。まさか、こんなタイミングで告白の回答を与えられるなんて思ってもみなかった。全く心の準備もできていないところに、爆弾を投下されたような衝撃がある。
あわやカナタの心が焼野原……なんてことになりかねないほどの衝撃が去ってから、すとんとゼノの言葉が心に着地した。
「……え、ゼノ、今……」
「んっと、俺で良かったら付き合ってください。で、いいかな?」
呼吸の仕方を忘れたように喘ぎながら、切れ切れに疑問を示す。くるりと視線を回して考えたゼノが、告白の回答ってと、照れくさそうに言葉を足した。
完全に混乱している。いや、よくわからない。正気だろうか。それとも夢を見ているのかもしれない。白昼夢とかそういう。そもそも起きているんだろうか。寝てる間の夢かもしれない。何かに呼ばれた気がして来たらゼノがいて、色好い返事をくれるとか、そうだ夢に違いない。
よし、起きよう。
「えぇっ? カナタ? どうしたの?」
「……覚めない」
「……もしかして、夢だと思ってる?」
混乱の末にバシンッと両頬を叩いたカナタに、ゼノが驚いて尋ねてくる。何度繰り返しても痛いだけで目が覚める気配がないと零すと、首を傾げてゼノが更に尋ねてきた。
いやだってと意味のない言葉を口にしながら、今度は頬を抓ってみる。やっぱり痛いだけだ。いやそんな古典的な表現はいらないので、早いところ現実に戻してもらいたいのですが。
「えっと、とりあえず、湖の水で顔でも洗ってみたらどうかな?」
「なるほど」
戸惑いながらも提案してくれたゼノに頷いて、即座にしゃがみ、両手で水を掬う。顔にばしゃりと掛けると、ひんやりした水の感触が心地いい。叩き抓った頬が熱を持っていたのだろう。数度繰り返したところで、湖面に映るゼノに気づく。
不安そうな表情をしている。カナタの挙動に対してだろうと思った直後、そうじゃないと気が付いた。
告白の返事をくれたのに、夢だと思い込んで奇行に走るカナタに対しての不安に違いない。そうしてようやく、ゼノの回答が現実ではあり得ないと体言していることにも。
「ちっ、ちがっ! いや、違くないけど、夢っにまで、見た、し!」
「夢に?」
「そ、ゼノ、に、言わせ、たっ、て」
「今のは、俺のほんとの答えだから、言わされたんじゃないよ?」
飛び上がり、慌てて否定する。夢にまで見たことだから、にわかに信じられないだけで、ゼノを疑ったのではないことを、しどろもどろに弁明する。言葉を重ねれば重ねるほど、ゼノからもたらされた回答が、現実だと染みわたっていく。
「……マジで……?」
心どころか全身に伝わって、ぴたりとすべての動きが一度止まる。それからそっと尋ねると、ゼノは少しだけ頬を染めた笑顔で頷いてくれた。
「ほんとに、ゼノ、だって、オレ、無理だって、ずっと」
「無理じゃなかったよ。カナタが根気よく俺に付き合ってくれたから、気づけたんだ」
「付き合……」
先ほどのゼノの回答を連想させる単語に、さっと顔に熱が集う。少し意外そうな顔をしたゼノが、ふふっと笑った。
「親友としてだけじゃなくて、恋人としても、俺と付き合ってくれる?」
面白がるように繰り返された言葉に、顔が更に熱くなる。でも、ゼノの顔も赤く染まっていた。それを見たら、すとんと混乱が落ち着いて、夢だなんだと慌てたのが嘘のように喜びが湧いてくる。
告白の返事に、ゼノから告白してもらえるなんて思ってもみなかった。いや、そもそも、ゼノから回答がもらえるのはもっとずっと後のことだと気楽に構えていたし、内容だって、親友としては大好きだけどって、結局そう断られるんだと心づもりをしていたのに。
「そんなの……」
「カナタ?」
「よろしく、以外に言えることないじゃん……!」
駄目だ、大好きが過ぎるし、喜びが過ぎるし、嬉しいも過ぎる。今なら一瞬でバースまで飛んで行って、一瞬で帰ってくるくらいのことができそうだ。心に羽が生えたようにって、きっとこんな状況をいうんだろう。
ぎゅっと、ゼノの手を握る。いつか、腕相撲をしてもらった時のように手袋越しの手を、でも、両手でぎゅっと。
「あはは。それは、俺も一緒だよ」
「ゼノ、好き。大好き。どうしようもないくらい、大好きだ」
「うん、俺も。カナタが大好きで大好きで仕方ないくらい、大好きだよ」
「ッ!? ななななな、ぜぜぜゼノ!?」
心の底から絞りだしたような好きを告げる言葉に、嬉しそうに笑って応じてくれたゼノが、顔を近づけてきた。それから、口にやわらかい感触が押し付けられる。ほんの数秒の接触に、真っ白になった後、大いに慌てるカナタを、ゼノが真っ赤な顔で声をあげて笑う。
それでも、握ったゼノの手は離せなかった。
「知らなかったな」
「な、なにが」
「カナタって、こんなに可愛かったんだね!」
発作のような笑いが少し落ち着いたところで、ゼノが言う。動揺したままのカナタにもう一度顔を近づけて、ちゅっとまた触れてから、嬉しそうに。
「ぜ、ゼノ、順応早すぎじゃない……!?」
「そうかな? キスくらいでこんなに反応してくれるカナタが、えっちする時どうなるんだろうって、興味は強いけど」
頬は染めていても、さほど照れた様子もないゼノの攻撃に、カナタは確実にクリティカルダメージを受けている。言い様に言えない夢を思い出して、更に挙動不審になりそうだ。
「え、えっちって」
「え? しない? だって、俺もしたいって思うまでしないってことは、したいって思ったらするってことでしょ?」
「え、や、そう、だけど」
「そうだ。今日、ちょうど土の曜日だし、試してみるのにもちょうどいいね!」
カナタが瀕死に面しているというのに、ゼノは攻撃の手を止めない。どころか、トドメを刺そうとしているんじゃないかと疑いたいくなるような勢いで先に進んでいってしまう。
今まで夢見ていたことが急に現実になりそうで、全く心の準備が整っていなかったカナタは、もはや虫の息だ。まともな返答もできず喘ぐだけなことに、ゼノもようやく気づいてくれたらしい。ぱちぱちと瞬きをして、小首を傾げる。
「カナタ、大丈夫?」
「……ゼノって……」
そうだ、思い出した。ゼノは興味があることには結構な行動力でもって突撃していく探究者だった。以前、恋情を白状した時にも、興味があると言っていたのだから、この展開は予想しておくべきだったのかもしれない。いやでも、まさかこんなに早く告白の返事がもらえるなんて思ってなかったわけで。
青天の霹靂第二弾。でも、白状した時に覚えたものよりずっと激しくて、もっと嬉しい。
だからこそ、ゼノの勢いにうっかり苦笑を零してしまった。
「……俺、もしかして、浮かれすぎかな……?」
それを見たゼノも、はっと気が付いたらしい。眉尻を下げて確認されてしまった。頷こうとしたけれど、問いかけられた内容に気づき、言葉に詰まる。
浮かれすぎかなと訊かれたということは、ゼノにその意識があるということ。ゼノから告白を返されたけど、元々カナタの方が先に告白をしている。つまり、カナタの答えはわかりきっていた。にもかかわらず、ゼノは『浮かれすぎ』るくらい、カナタの『よろしく』を喜んでくれたということで……。
もちろん、白状した時に言っていたとおり、純粋に男同士のえっちに興味があるというのも事実だろう。それも加わったことで過剰に浮かれてしまった、あたりが正解な気がする。
だけど今嬉しさを全面に出しているのは、やっぱりカナタの返答があったから、だと思いたい。
「や、オレが現実についていけてないだけかも。嬉しすぎて」
「あはは。俺も、すっごく嬉しいよ!」
緩く首を振って返すと、ゼノが笑う。その笑顔に抱きしめたいなといつものように思って、我慢するために手に少し力が籠る。そうしてゼノの手を握ったままだったことを思い出して、慌てて力を抜いた。
でも、待てよ? 親友としても恋人としてもとゼノはさっき言ってくれた。つまり、抱きしめたいと思ったら、ゼノの意向次第では我慢しなくてもよくなるということだろうか。というか、ゼノからはさっきキスをされてしまったわけで、抱きしめるくらいは衝動に任せても問題はないのでは……ん?
「ん!?」
「え? どうかした?」
今更なことに思い当たり、硬直してしまった。そうだ、さきほどゼノにキスをされた。2回も。
当然嫌だったわけじゃない。ただ、突然すぎたから実感が今頃じわじわと湧いてきただけで。触れたという事実は覚えていても、やわらかい感触だったくらいしか、唇に記憶がない。
「……ゼノって、キス、初めてじゃない?」
「えぇ? 初めてだよ? 俺のこと好きだなんて言ってくれたの、カナタが初めてだし」
「え、そうなの? それは嬉し……じゃなくて、さっきの、覚えてる?」
思わず口走った質問に、ゼノが目を丸くしながら答えてくれる。思わず本音を零しかけながらも意を決して尋ねると、ほんの少しだけゼノの表情が翳った。なんというか、バツが悪そうな顔に見える。
「えっと……ごめん。カナタが可愛いんだって気づきの方が、鮮明で……」
「うっ。いや、それ言ったらゼノの方が可愛いんだけど、オレも、突然すぎてあんま覚えてなくて……」
さきほどの瀕死状態な自分を思い出して、新たなダメージを受けた。いや違う、本題はそこではないとなんとか気を取り直して、カナタの方も似たようなものだと白状する。
そのうえで。
「……仕切り直しって、駄目かな?」
「全然、いいと思う! うん、そうしよう!」
そっと提案してみると、ぱっとゼノが顔を輝かせた。こくこくと頷いてから、何かに気づいたように視線を左右に走らせる。
「ゼノ?」
「んっと……さっきは勢いでしちゃったけど、仕切り直すなら、俺の部屋に行かない?」
「……賛成」
確かに、土の曜日で誰かに目撃される可能性はほぼないとはいえ、外ではちょっと落ち着かない。カナタも同様に周りを見渡してから頷いた。いやでもそれってもしかして、そのまま雪崩込んじゃったりもするんだろうか。さきほどのゼノの勢いが復活したら、ありえなくもないような。
それなら、場所はゼノの部屋よりカナタの部屋を提案するべきだろうかと思ったが、尋ねる前にゼノが微かに身動ぎしたのに気づく。握ったままだったカナタの手からやんわりと抜けようとするので、こちらからも手を離そうとする。だけど、それは半分阻止された。
「ぜ、ゼノ……」
「森の出口までなら、誰にも見つからないし、ね?」
ゼノの右手と、カナタの左手。指を絡めるように繋がれた手に、上擦った声が出た。首を傾げて言うゼノが狡い。嫌なわけがあるはずのないカナタは、こくこくと頷く以外にできなかった。
嬉しそうに口角をあげたゼノが、足元の映写機を拾い上げてから声を掛けて歩き出す。応じて歩きながら、突然の接触提供過多に、目が回りそうだと感じた。今までずっと我慢をしていただけに、些細な接触でさえ刺激が強すぎてしまう。
手を繋いでいるだけなのにひどく緊張したが、数歩進んだだけで解けていった。
「私室に戻ったら、すぐにえっちの仕方、調べようね!」
と、隣でえっちなことに興味津々な親友から親友兼恋人にクラスチェンジしたゼノが、探究者モードフルスロットルだったから。
結論を述べるなら、その日は結局ゼノの興味を満たすことはできなかった。ゼノがその手腕で持って調べたところ、男同士の性交にはいろいろと準備が必要だと判明し、必要な材料が揃っていなかったから。
少し不満げなゼノをなんとか宥めつつ、準備が出来たらと約束をしたカナタだけれど。
それがきっちり一週間後の土の曜日になるとは、この時全然予想もしていなかった。
こめんと。
カナゼノ47作目。
にして、ようやくのゼノの回答編です。
ようやくすぎる。
ここまでお付き合いくださったみなさま、
ありがとうございます!!
内容的には、
やっぱりあのイベントには触れないと、
ゼノがゼノたる回答は出せないよなーと。
最初からそれは考えていた次第なんですが。
カナタが参加する自然さがどうにもなくて。
場所が森の湖なら、いい理由があるじゃない!
と、気が付いたのは、割と最近のことでした。とさ。
(2024.4.5)