夏至。
『飛空都市の気候は女王の力で一定に保たれている』
という説明を、そういえば連れて来られたばかりの頃に聞いた気がする。言い訳ではないが、あの頃は混乱も激しく、正直説明されても「知らないし聞きたくもないし家に帰して」と思っていた記憶しかない。
だから、今頃になってカナタがそういえば雨が降らないなとか、暑くならない・寒くならないなとか疑問に思い、「今更?」と言わないでくれるだろうゼノに尋ねたのは、当然の流れだと思っている。現に、話の前後に脈絡がなかったことに驚きはしていたけれど、内容についての反応は特になかった。
気心知れた仲だからというのはあるかもしれないが、ゼノの性格上、言わないでくれるだろうと信じられた部分が大きい。見事に応えてくれたゼノに対する信頼度が、より高まった気がする。
ゼノの説明によれば、雨が降らなくても植物に必要な水分は与えられていて、気候は快適に過ごせる穏やかさで設定されているとのこと。言葉だけ聞かされても嘘だろと思うところだが、実際に数か月過ごした後だから何とか飲み込める。違和感がないわけではないけれど。
カナタの生まれ育った場所には、四季と呼ぶ季節の循環があった。バースの中でも一際色濃く刻まれていた季節が当たり前だったので、一年中穏やかな気候と言われてもピンとこないのは仕方ない。と、カナタ自身は思う。
飛空都市に連れてこられて半年を超えたが、今までの生活と異なることが多すぎて、直接自分に関わらないことにまで気付ける余裕はほぼなかった。それでもなくとも、持て余し気味の感情やら衝動やらに振り回されているのだから。
平日の昼下がり、公園のカフェにゼノと二人。昼食にハンバーガーが食べたいと聖殿から向かう道すがら、王立研究院に続く道からやってきたゼノの目的地も同じだからと連れだってやってきた。食事をしながらの話題は、主に先日もらったゼノ作のゲームの話。
本職でもないのに、感想や要望を伝えると調整してくれたり、次回作に反映してくれたりと、プロ顔負けの仕事をしてくれる。守護聖としての執務の傍らで制作しているのに、どこから時間を作り出してくれているのだろうか。なんとなく聞いてはいけない舞台裏のように思えて、口に出したことはない。
ゲームだけに留まらず、時折の食事や日常の困りごとまで、ゼノには最初から世話になりっぱなしだなと思ったのが、気候について疑問を覚えた切欠だった。半年経つのにそういえば一向に暑くならないなと。
カナタがバースにいた最後の朝は、4月の終わりだった。ちょうど大型連休が始まる直前。夏日になることもあったが夜はまだ少し冷える、春の終わりに差し掛かった頃だ。もちろん、宇宙全体の季節が同一ではないことは、訊かずとも理解していた。バースだって、北半球と南半球で真逆の気候というのが常識だ。
それでも同じ星の上なので、気候の巡り自体には変わりがない。穏やかな春の次は、じめじめとした梅雨を挟んで灼熱に感じられる夏がくるというのが、カナタの感覚だった。連れて来られた時はバースとあまり大差なく違和感を覚えない気候だったのも思い出し、夏はどこにいったのかと今更ながら不思議に感じて目の前のゼノに尋ねてみたというのが、顛末。
疑問と共にバースの四季について口にしたら、ゼノが興味をもったらしい。食後のオレンジスカッシュを楽しみながらいくつかの質問が投げられ、まだちりちりと痛みを覚えるが少し懐かしくも思いながら答えていく。
合間についつい、ストローを咥える口元に視線がいきがちなのは、気付かれているだろうが見逃してほしい。
連れてこられていなければ迎えていただろう夏の話から、秋、冬と廻る。暑い夏のプールは最高だけど、終わった後はだるくて直後の授業は眠くてしかたなかった話に笑い、秋は紅葉の見応えよりも、旬の食材が豊富な話の方に目を輝かせ、冬は寒いからこそ、帰りに寄り道して食べるラーメンが最高に美味かった話を羨ましがる。自分の話でいろいろな表情を見せてくれるのは、素直に可愛いなと思う。
今の二人の関係がちょっと微妙なことを忘れてしまえるくらい自然なやりとりが、とても嬉しい。
周りから見ても、仲のいい友達にしかみえないだろう。実は告白の返事を保留されている状態だなんて、誰にも気付かれないはずだ。増して、ストローを咥える口元にキスしたい欲求を抑えているだなんてことも、絶対に。
当初はぎこちなくなったら嫌だなと思っていたが、ゼノの態度が全く変わらなかった為、カナタも構えるのはやめた。多分恐らく、ゼノの心の深くにまでは響いていないのだろうとも気付いたから。即答されなかった分、望みはまだあると前向きに考えられたのだってゼノのおかげなのにと、溜息が零れはしたけれど。
春はなんといっても満開の桜。儚げな薄桃色の花びらが視界を埋め尽くすように咲き誇る姿は圧巻で、花見という文化があったことを告げると、見たことがあるとゼノ。他の星にもあるのだろうかと思ったら、バースのことを調べた時に出てきたんだと返ってきた。
曰く、カナタが来る前に、少しでも知っておきたかったから、と。
カフェのテーブルに突っ伏さなかったことを、誰でもいいから褒めてほしい。王立研究院が次代水の守護聖最有力候補としてカナタをチェックしはじめた頃から、ゼノはカナタのことを気にかけていたと複数の証言を得ている。今まで直接言及されたことはなかったのに、突然何の前触れもなく目の前で言われて撃沈しない術があるなら、先に伝授しておいてほしかった。
もちろん好意からではなく、持ち前の優しさや気遣いなどからだとわかっている。だけど、知り合うより前から気にかけてもらえていたと知って、嬉しく思わないはずがない。
どうにか態度に出さずに堪えたカナタに気付いていないのか、ゼノは屈託なく画像で見た桜は本当に綺麗だったと顔を綻ばせて話を続けている。その様に、バースに居た頃の自分もこんなだったのかもしれないと気付く。
カナタの日常は学校やゲーム、家族や友人という要素で彩られていて、恋愛という要素が入るスペースはどこにもなかった。友人たちと所謂コイバナになっても専ら聞き役。自分にはまだ縁遠く興味も持てない話だったから、好意を伝えられてもどこか他人事のように感じた可能性が高い。ただ、恐らくカナタは好意を伝えてきた相手とそれまでどおりに接するのは、できなかったと思う。わからないことを申し訳なく感じて、多少なりとぎこちなくなっていただろうと。
口にした好意が正しく伝わっていないのは少し淋しいが、ぎこちなくなるよりはマシだと改めて前を向く。伝わるように努力をするだけだと自分を奮い立たせながら。
春の終わりは梅雨という雨期が訪れ、明けるとまた夏がくると四季の話を一巡させた。そういえば、梅雨の最中に夏至があるんだっけと口にすると、聞き慣れない言葉のようでゼノが首を傾げる。
一年の中で一番夜が短い日だと説明すると、名称は違えど同様の現象は他の星でもあったらしい。知識としては知っているとゼノが頷いた。
休みの日なら日の出から日の入りまでずっと、一秒でも長く外で遊ぶのも楽しそうだねと言うので、日の入り前に家に帰れと地域放送が流れたことを教える。少しがっかりした様子を見せたけれど、確かに暗くなってから帰るんじゃ危ないかな、なんて納得して呟いていた。
だから、直後に特大の爆弾を投下されるとは予想できず。防御する間も与えられずに被弾したカナタは、辛うじて楽しそうだねと返すしかできなかった。特に深い意味はないただの友人としての発言だからと、頭と心のどちらでも繰り返し言い聞かせながら。
「もし飛空都市に夏至があったら、日の出から日の入りまでの時間を全部、カナタと遊んですごしたいな。一番長く遊べる日に、何種類の遊びを攻略できるか!?なんて検証っぽくさ」
こめんと。
5作目。
今日夏至だな、と思って書いてみたカプ未満小話。
いつも以上に中身はありません。
カナタから告白したけど返事は保留って期間がちょっと長くて、
その間のお話、という設定なのです。
(2021.6.21)