ゼノのこと
ゼノは人が良すぎる。
元々弟を筆頭に家族や親族を喜ばせるのが好きで、自分ができることならなんでもやってみるという精神が培われていったらしい。ゼノ本人の談ではないけれど、故郷での話を聞くにそう思えた。
恐らく聖地に来てからはちょっと自虐が入って、自分でもできることで喜んでもらえるならと、若干方向がズレていたようだけれど。トラウマというか、胸のつかえがとれたというか、最近は軌道が修正されたらしく、やっぱり人が喜んでくれるのは嬉しいね!と全開の笑顔で言ってる。それをゼノらしいと思えるから、やっぱり生来のものなんだろう。
頼られたら応えたいというのはわかる。流石にできないことを引き受けるほど無謀ではないが、ゼノはとにかくできることの範囲が広すぎて、努力を通り越して無理をしていないかすごく心配だ。大半が何かを作り出すことで解決されているのを見ると、余計に。ただでさえ守護聖の執務の傍らカナタの為に新作ゲーム開発にも余念がないのに、一体どうやって時間を作り出しているのだろう。
というか、なんでゲームがそんなに短期間でできるのかが、カナタには不思議でならない。バースにいた頃は、新作の情報が出てから発売まで一年近く待つこともあった。しかも、ある程度形になってからでないと発表さえされないくらい、開発には時間がかかるもの。というのがカナタの常識だったのに。
その上さらに今はカナタとの時間も作ってくれている。以前よりももっと長く濃く。一緒に過ごす時間に作業をしていることももちろんなくはないけれど、それはカナタがゲームプレイ中に隣でする程度。ほんとにどんな時間の使い方をしたら、驚くほどたくさんの機械や道具を作成できるのだろう。作業が早いとか、無駄がないとかは当然としても、実はゼノの周りだけ時間の流れが違ったりして、なんて益体のないことまで考えたことがある。いやもしかしたらゼノならそんな機械を作ることも可能なのかもしれない?
疑問を投げても、無理はしてないよと笑って返してくる。続けて、心配してくれてありがとうとも。それ以上言えなくなるのをわかってるいるなら、ずるいと思う。
本人が無理をしてないと言い張るし、実際に楽しそうだし、例えば寝不足などでふらつくような場面は見たことがない。十代の体力は半端ないとピンクの髪の女王候補が遠い目で零したように、カナタ自身も多少の寝不足くらいどうってことないけれど。
それでもゼノを見ていると、幼い頃に読んでもらった絵本を思い出す。人の為に尽くして倒れてしまう王子とツバメの物語。あらすじ程度にも覚えていないが、誰かの為にと行動するところがどことなくゼノと重なり、行く末を案じてしまう。……というか、身体的なこと以上に、ゼノはそのうちオレオレ詐欺にひっかかるんじゃないかと、本気で心配になってきている。相談されると親身になってしまうというか……やっぱり人が良すぎるというか。
流石に守護聖を特殊詐欺のカモにする強者はいないだろうが、騙されてゼノが辛い思いをしないかどうかは気にしている。もっとも、つい最近までただの高校生だったカナタではあまり役にたたないかもしれないが、人を疑うことはできるはず。そう考えた時に、ゼノは人を疑わないということにも気が付いた。
やっぱりゼノを一言で表すなら、人が良すぎる、に尽きると思う。
「何か、悩み事?」
「ゼノを心配してる」
「え? 突然どうしたの?」
昼下がり、一息つきたいとゼノの執務室に遊びにきた。快く迎えいれて飲み物まで用意してくれているゼノを見ながらいつもの心配をしていたら、溜息を吐いていたらしい。グラスを持って戻ってきたゼノに、心配そうな声を掛けられた。
改めて溜息混じりに答えると、目を丸くして驚いている。突然じゃないし、いつもだしと訴えても無駄だろう。結局いつもどおり心配を封じられてしまうだけだ。
「ゼノってさ、ほんとに人の為に何かするの好きだよね」
「俺ができることで喜んでもらえるなら、やっぱり嬉しいしね。カナタだってこの間、ノア様の手伝いしたって訊いたよ?」
「いやオレのはただの手伝いだし」
「でもノア様、すごく喜んでたよ。そういうの、カナタだって嬉しいと思うでしょ?」
「……思うけど」
またこのパターンかと、思わないでもない。心配なんだと告げると、無理してない・心配ありがとうに続く、でもカナタだって同じでしょ、である。確かに嬉しいけれど、対象が違いすぎる。カナタは女王候補や守護聖、あとは王立研究院の人たちくらい。対するゼノは飛空都市に住む人全員……いや、恐らく機会があればほんとに誰でもと言いかねない。
こういうのも節操がないと言うんだろうか。もうちょっと範囲を狭めて欲しいと伝えるのは、でもゼノを否定することにもなりそうで。本当に心配なんだけど、どうしたら伝わるんだろうか。
何度目かわからない自問に、いつもどおり答えはない。結局伝わらないんだよなぁと三度目の溜息を吐くだけに終わる。
向かいに座ったゼノにも聞こえるくらい盛大だったんだろう。小さく笑う声が耳に届いて、ちょっと恨めしく思いながら顔を向ける。何故かどこか嬉しそうに見える笑顔が、そこにあった。
「心配してくれてありがとう。でも、ほんとに無理はしてないから。俺がしてあげられることがあるのが嬉しいだけじゃなくて、初めて思いつく構想とかもあって、楽しんでもいるんだよ」
「……それは、見てたらわかるけどさ。でも、時間とかどうしてんのかなって、やっぱ心配になるじゃん」
「急を要するものは滅多にないし、主に執務中手が空いた時や息抜きにしてるよ? ほら、作りかけがその辺に」
いつもと違う答えに少し戸惑いながらも言い募る。嬉しいってだけじゃないのは気付いていて、だからこそ余計に止められなかった。単純に物を作ることが好きなのも、考えている時間も楽しんでいるのも、ちゃんとわかっている。
カナタの応答さえも嬉しそうに笑って示したのは、ゼノの執務机。大半が機械の部品や工具で埋まっていた。データや書類でやってくる仕事をこなす為のスペースがあるのか、首を傾げたくなる程度にしか空きがない。
ゼノに視線を戻すと、だから安心していいよと笑う。無理をしているようには確かに見えないので、これ以上とやかく言うのはゼノを信じないのと同義だろうと頷くしかなかった。
「ならせめて、ゲーム作るのもう少しペース落とすとかして」
「あ、駄目ダメ! それは絶対無理だから」
「はぁ?」
心配するのが無理ならせめて負担を軽くしたいと言いかけたら、予想外に強く拒否された。そんなに全力で否定することだろうか。そもそも絶対無理ってなんだ。
「カナタの為に作る時間が最優先。その時間を削るくらいなら、他の人からの頼まれごとをセーブするよ」
「え……あ、えと……そうなの」
「そうだよ。……もちろん、カナタがもういらないって言わなければ、だけど……」
「絶対言わないって! ゼノが作ってくれるの面白いし、俺の為なのもすげー嬉しいし!」
「だよね。良かった」
思わぬ一言で、しどろもどろにしか応じられなくなったカナタに、ゼノが追撃をかけてくる。本人にその意思はないのかもしれないが、少ししゅんとした様子は絶対ずるい。考えもしなかったことを言われ全力で否定した後の笑顔も、ずるい。
そんな様子を見せられたら、カナタから言えることは何もなくなってしまう。
「人に喜んでもらえるのは嬉しいけどね。カナタが喜んでくれるのは、それだけじゃないから」
笑顔のまま続けるが、意味深なところで言葉を切られた。勿体ぶるような間の後で告げられた一言に悶絶させられる羽目になるとは思わず、続きを視線で促してしまう。
「俺がしたことでカナタが喜んでくれると嬉しいだけじゃなくて、愛しいな……ってすごく感じるんだ」
あぁもうオレの恋人可愛すぎるし頬染めても照れずにそんなこと言っちゃうゼノがオレはめちゃくちゃ愛しいですけど!と、ここが執務室でなければ、全身で悶絶を表現していたと思う。よく耐えたと自分を褒めてやりたい。
たまにゼノはこうやって無自覚なんだか意図的なんだかわからないけれど、爆弾発言を照れも無くさらっと落としてくる。そのたび悔しい思いをさせられるが、愛しさが募るのも事実。
好きって際限がないんだなぁ……なんて、ちょっぴり大人になったような気がしたカナタは、認識を少しだけ変えた。
ゼノは人が良すぎるし、可愛すぎる。
あと、恋人限定で心臓に悪いも付け加えておく。
こめんと。
6作目。
カナタによるゼノ観。一部抜粋。
どこが書きたかったって、最後のゼノの台詞ですよね。
愛されてるなー、カナタってにやにやしてました。
(2021.6.25)