心を込めた贈り物:後半
一年後、聖地。
「頼む! 頼むから、ほんとマジでそれ捨てて!」
「駄目だよ。カナタから初めてもらった贈り物なんだから。俺の宝物なのに、捨てられるはずないだろ?」
「でもそれ明らかに黒歴史だから!」
「? クロレキシ?」
「思い出したくない過去ってこと!」
誕生日を一番に祝う為、前夜からゼノの私邸に泊まりに来ていたカナタは、目を覚ますなり驚愕して悲鳴のような叫びを発した。
隣で先に起きていたゼノが嬉しそうに微笑みながら手にしていた紙束が、昨年自分が贈ったプレイ感想文だと気が付いたからだ。思わず手を伸ばすが、胸に抱きしめることでガードされてしまう。
もし過去に戻れるなら、一年と一日前の自分を全力で止めに行きたい。ゼノを祝う気持ちがあるなら、返したい恩があるなら、通販で買える物にメッセージを添えるだけでも充分喜んでもらえると。何もわざわざ黒歴史を創造する必要はないと。
じゃないと一年後にめちゃくちゃ恥ずかしい思いをする羽目になるんだと、ぶん殴ってでも回避させたい。
もっとも、いかな守護聖といえども過去に戻ることなどできないので、ただの現実逃避にしかならないが。わかっているからこそ、余計に強く願うのはどんな矛盾だろう。
「頼むよゼノ。代わりになんでもするし」
「カナタのお願いなら叶えてあげたいけど、これだけは俺も譲れない」
「……なんで、そこまで?」
ゼノにしては珍しく頑なな態度に、疑問が湧いた。普段口頭で伝えていたものを、改めて手書きしただけの感想文。認めたカナタが黒歴史だと騒ぐのは当然としても、ゼノにそこまで執着してもらえる物だとは到底思えない。
取り戻そうと伸ばしていた手をひっこめて尋ねると、少し逡巡してから、ゼノは小さく頷いた。
「今更隠す必要もないか。純粋に嬉しかったんだよ」
「それだけで?」
「カナタからって限らずにね、スピネルを出てからは、ほんとに初めてだったんだ。俺のことを想って用意された贈り物って」
さらりと口にのせられた、今は亡きゼノの故郷。告げられた内容を理解するよりも、その名につきんと心が痛む。顔に出たんだろう、当事者のゼノに大丈夫だよと言わせてしまった。
「バースはまだあるけど、カナタだって同じでしょ」
「……うん」
女王試験が終わり数か月が経過している。カナタが居た頃のバースは、新しい感染症が流行って世界中が混乱していたが、もうそれも克服した遠い過去の話になっただろう。例え残された家族や友達の記憶が消されていなかったとしても、もうカナタの帰る場所はバースのどこにもない。
それでも、受け継がれていく血脈は残されている。同じと言っていいのだろうか。
「召されてからは、守護聖として見られるのが当然だったから。もちろん、守護聖の皆さんは親切にしてくださったけど……俺の為にって行動してくれたのは、一年前のカナタが初めてだったんだ」
「だって、ゼノの方が先にたくさんくれてたから」
話が脱線したと戻される。確かに今更な話なので、カナタも蒸し返すのはそこまでにした。
自分の体験になぞらえて考えてみる。飛空都市に拉致するように連れてこられた時、守護聖の反応はてんでばらばらだった。だけど、ゼノは例外として、他の守護聖たちがカナタを守護聖というか同僚以外の視線で見ることはなかったと思う。特別に配慮してくれることもなかった。
恐らく、カナタの前に守護聖となったゼノに対しても、同じような反応だったのではないだろうか。守護聖として召されたのだから、それが当然なのだと。今のカナタなら、なんとなくわかる。
ただ、カナタには最初から親身に心を配ってくれるゼノがいた。ゼノには、代わる存在がいなかった。
……一年前の贈り物は、時を止めていたゼノの心に届いたんだろうか。
「……ずるい。それ、もう捨ててって言えなくなるじゃん」
「だから、最初から駄目って言ってるんだよ」
納得せざるを得なくなったカナタのぼやきに、ゼノが笑う。思い返してみれば、最初に返してと言った時からすでに駄目だと言われたような気がしてきた。
でも、返して欲しくなるから、せめて目の前で読むのはやめてほしいと訴えてみる。
「もうちょっと寝ててくれれば、見なくて済んだんだよ?」
「それ詭弁って言わない?」
「かもね」
笑って言うゼノに抗議するも、あっさり認めて流されてしまった。感想文に関しては、何を言っても無駄骨に終わりそうで、明らかにカナタの分が悪い。
それでも何も言わずに引っ込むのも面白くないので、代わりを要求してみることにした。
「じゃあさ。代わりにゼノからキスして。それで諦めるし、もう言わないから」
めちゃくちゃ自分勝手だなと、自覚はしている。でも、それを飲んでくれたらケリはつけられると思って。
なのに、やっぱりゼノは笑う。
「いいけど……キスだけでいいの?」
「ッ! あ、あさ! いま! あさ!!」
「夜でもいいのに」
「今日ゼノの誕生日だろッ!?」
こういう場面でなんで際限なく甘やかそうとするんだろう。いや、こんな場面でもがより的確か。
「俺の宝物を守ってくれるんだよね? なら、主役は誕生日の俺よりカナタがいい」
「なんなの? ゼノはオレを殺したいの?」
「まさか。愛したいだけだよ」
先程まで寝ていたベッドに再び沈む羽目になったカナタは、悔し紛れにゼノを睨んでみせる。でも、当のゼノは笑顔のまま、更なる殺し文句を口にした。
一年前のゼノを思い出す。自信がなくてちょっと自虐的で、人をからかうような言動はほとんどなかったはず。何かしら人の為にできることをしていなくちゃと忙しく動き回っていたくらいだ。
つまり、カナタと愛し愛されの関係に落ち着いたからこその言動だとも言えるわけで……。
「……やっぱり、オレ、ゼノに殺されそう」
なんだろう、嬉しいしくすぐったくもあるけど、若干納得がいかないような気がする。ベッドに倒れ込んだ体から力を抜いて、ぼやく。
少し考える間を置いてから、ゼノが真剣な声で呟いた。
「その場合、キスで生き返ってもらうのが定石かな。……俺のせいでカナタがいなくなるなんて、嫌だから」
おちおち死んでもいられないらしい。思わず頬がにやけてしまいそうになって、そっとベッドに顔を伏せた。考えに耽るゼノにはだらしない顔をみられないように気を付けて、そっと見上げる。
「誕生日おめでと、ゼノ。大好きだよ」
表情を戻せたところで、告げる。日付が変わってから何度も伝えた祝いの言葉と、素直な気持ちを並べて。
とろけるような笑顔を向けてくれたゼノに、もう一度大好きと呟きながら半身を起こし、キスをする。
「ありがとう。でも、俺からじゃなくて良かったの?」
「それは夜にまたお願いします」
「了解」
くすくすと笑うゼノがやっぱり愛おしいので、全面的に降伏しても、全般的に幸福な日々を送れそうだなと思った。
こめんと。
9作目後半。
カナタの黒歴史がゼノの宝物。
という流れを思いついた次第です。
流石にカナタがぎゃふんする流れが多すぎて
いやでも力関係がそうなってるから仕方ない……。
同衾しててもコトに及んでるとは限らない。
……それこそ詭弁ですかね?(笑)。
ゼノ、誕生日おめでとう!
たくさんの人にお祝いされてね!
(2021.7.9)