エクストラ ミッション! サンプル

 茜色に染まった空の下、自然あふれる長閑な道をゼノと二人並んで歩く。目指す神殿は遠く見えているが、まだ大分距離がある。先刻お礼にと振る舞われた料理は量が多かったから、未だ満腹を通り越して腹が重いほど。目的地まで歩くだけでも、適度な運動になるだろう。
 厚意だとわかるが、「若いからたくさん食べて」にも限度はある。あれはどう見ても三人前を超えていた。よく食べきれたなと、まさに自分たちを褒めてやりたいレベルだ。
「ゼノ、さっきはありがと。助かった」
「どういたしまして」
 歩いてきた道を振り返っても、すでに街は遠い。辺りを見渡しても人影はなく、建物も遠く神殿が見えるだけ。ここでなら言えなかった礼を告げても、ゼノ以外の誰かに聞かれる心配はないだろう。
 足を止めて改まって告げると、なんでもないことのように応じてくれた。以前『誰だって苦手なものくらいあるよ』と言ってくれたときの微笑みを思い出す。
 街で供された料理の中に、カナタの苦手なカボチャの煮つけがあった。それが礼の理由。一口なら食べられるけどと唸っていたらゼノが気付き食べてくれたので、用意してくれた人たちの心遣いを無駄にせず済んだから。
 共に提供された側のカナタがゼノに礼を告げるのは不自然なので、こうしてゼノにだけ伝えられるタイミングを見計らっていた。ようやく伝えられたとほっとする。ゼノが気にしていなくても、カナタはずっと気になっていたから。
 ここは、女王候補が育成する大陸。カナタはゼノと共に昨夜緊急要請を受け、朝早く降り立った。今回の要請内容は『間もなく豊穣祭だが、今年は近年稀にみるほどの豊作で、収穫の手が足りない。助けになる道具が欲しい』というもの。要請を受けてから降り立つまでに少し時間が経っていたので、現地時間は豊穣祭が三日後に迫る朝だった。
 正直、ゼノがいれば片付くのではないかと思う要請内容だが、候補からはサポートにカナタを指名してもらえた。困っている大陸の民を助けに来ているのだとはわかっていても、ゼノと二人で来れて楽しかったと思ってしまう。サポートとしての役割をきちんと果たせたかと自問すると、疑問は残るが。
 住人たちが用意していた材料であっという間に様々な道具を作っていくゼノの手際は、魔法でも見ているのかと錯覚するくらい鮮やかだった。感心している住人たちの様子に、手伝いしかしていないカナタの方が誇らしく思ってしまったのも仕方ない。だって、大好きな人が褒められ感謝されている姿を見るのは、やっぱり嬉しいから。
「豊作過ぎて困るってすごいよね。不作よりは全然いいけど」
「そうだね」
「今年の豊穣祭はいつもより盛大に行えるって言ってから、晴れるといいね」
 再び神殿に向かい足を動かしながら住人のいるところでは言えなかった感想を口にすると、ゼノも頷いてくれた。できれば豊穣祭も見てみたかったが、こちらの時間で明後日だから叶うことはないだろう。カナタが次にこの大陸に降り立てるのは土の曜日の視察同行だが、残念ながら昨日が土の曜日だった。首尾良く次の土の曜日に同行できたとしても、すでに豊穣祭は終わっている。
 今年の収穫を感謝し、来年の豊作を願う豊穣祭。収穫した作物をたっぷり使う祭用の料理を振る舞ってもらえたのだから、少しは体験できたと思っておくべきだろう。まだしばらく女王試験は続くから、次の機会があるかもしれないと期待して。
 カナタの故郷にはないが、バースには収穫祭が年中行事として組み込まれている国もあったらしい。授業で聞きかじっただけなので、具体的にどんなことをするのかはわからないが。名称は違えど収穫を感謝し祝うのは同じだから、作物を使った料理の振る舞いがメインイベントかもしれない。
 そういえば、トマトを投げ合う祭がどこかで行われていて、確かそれも収穫祭だったはず。思い出したら余計に、街の豊穣祭で料理を振る舞う以外に何をするのか気になってしまった。
「ゼノは豊穣祭とか収穫祭って見たことある?」
「ないよ」
「そっか。オレもないんだよね。故郷にはなかったし」
 ゼノの故郷ではどうだったんだろうと尋ねてみたが、小さく首を振って答えてくれた。お互いに未経験なので、やっぱり今度は二人で見に行ってみたいなと思ってしまう。もちろん、機会が訪れる可能性はゼロに近いとわかっていても。
 流れで、話題を街で平らげてきた料理の感想に替えて歩く。東の空が色を変える始める頃に街を出てからは、ゼノが作った道具の感想や住人たちの反応について話していたから、そういえばカナタばかりが話している。ゼノは口を挟むでもなく、にこにことカナタの感想を聞いてくれていたから、気付かなかった。
「ゼノ」
 自分ばかり話してごめんと続けるつもりで呼び掛けたが、その先を告げることはできなかった。
「なんだろ、あれ」
 隣を歩くゼノに視線を向けたカナタの視界に入ったのは、その奥から向かってくる人影だった。しかも歩きではなく走っているように見える。疑問を口にするとゼノも後ろを振り向き、首を傾げてしまった。
 街があるのとは異なる方角からやってくる人影。視察や緊急要請で尋ねる街以外にも人が住んでいる場所はあると聞いていたが、別の場所からくる人影はなんだか不思議な感覚を覚えた。違和感とまではいかない、未知ゆえの不思議さ。
 しかもなんだかカナタとゼノを目指しているように思える。自然あふれる長閑な道に存在するのが、自分たちだけだから余計に。念のため辺りを見渡してみたが、やはり誰もいないし、何もない。
 ゼノと顔を見合わせて、言葉なく頷いた。他に用があるならそれでいい。成り行きを見守るだけの時間はあるからと足を止めて、近づく人影を待った。
 読みどおり、駆けてきた人影は二人の手前で足を止める。鋭くつり上がった目でカナタとゼノの顔を交互に見てから、口を開いた。……聞こえてきたのはぜはーぜはーという荒い呼吸音。深緑の外套を掛けた肩が忙しなく上下している。カナタが気付いたときは拳程度の大きさにしか見えなかったから、結構な距離を駆けてきたのだろう。息を切らすのも仕方ない。
 見たところ三十代くらいだろうか。呼吸を整え改めて顔を上げた男性は、間に合って良かったと第一声を発した。カナタとゼノに用があるのは間違いなさそうだ。
「街にいる者から報告を受けましてな。どうかお二方のお力を、我らにもお貸しいただけないでしょうか」
 背丈はゼノより気持ち低く見え、中肉中背という表現の合う男性が、やっぱりカナタとゼノを交互に見ながら用件を口にした。もう一度ゼノと顔を見合わせると、小さく頷いてくれる。それから、男性に向き直った。
「お話聞かせてもらえますか?」
「これはありがたい。実は……」
 尋ねたゼノを見据えて、男性は簡潔に用件を述べた。
 曰く、彼らの集落で行う豊穣祭の準備を助けてもらえないかとのこと。先に口にした『街にいる者から受けた報告』というのが、どうやらゼノが収穫の道具を作ったことらしい。ただ、彼の求めはそれと異なり、道具を作ることではないと言う。
 男性の集落での豊穣祭は、収穫作業を終えた夕暮れから始まり夜を徹して行うので、光源の用意が必須となる。祭に合わせて作物でランタンを作る風習もあるが、子供たちも参加する祭としては心許ない。そのため毎年ストリングライトで家々を繋ぎ、闇を照らすことにしているのだが。
「ネズミにコードを齧られたならわかるのですが、痕跡もなく点きませんで。買い換えるにも祭直前で在庫がないと言われてしまい、途方に暮れていたんですよ」
「それは大変ですね。伺います」
「来ていただけますか! いや、ありがたい!」
 ゼノの申し出で三角形に近い目を細めて、男性が声を弾ませた。ストリングライトという名称は知らないが、照明だというのは流石に理解できる。充分な灯りがなければ暗い足元が覚束なくなり、参加する子供たちが転んでしまう危険が高まることも。
 それを放っておけないゼノのことだって、よく知っているから。
「勝手に決めてごめんね」
「全然いいって。今の聞いて断るゼノじゃないってわかってるからさ」
 流石に駆け出しはしなかったが幾分早足で歩き出した男性に追従しながら、ゼノが小さく声を掛けてくる。首を振って同じく小声で返すと、ありがとうと言われてしまった。ゼノのことだから、相談せず即答してしまったと気にしてくれたのだろう。修理だと作る以上に役立たない可能性が高まるが、ついていかないという選択肢はカナタの中にない。




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(2021.10.9)