ふしぎなかいこう

ある朝、カナタが身支度を整えていると。
「おはよう、カナタ!」
「は!? ゼノ!?」
 いるはずの無いゼノの声がして、飛び上がりそうなほど驚かされた。慌てて周りを見渡すが、見慣れた姿はない。当たり前だ、ゼノは今日泊まっていないんだから。
 昨日は女王候補からの緊急要請を受けて、フェリクス、シュリと3人で大陸に出掛けていた。少し複雑な案件で、完了まで見届けた結果夜遅くの帰宅となり、ゼノには会っていない。執務室に行く前に、ゼノのところに顔を出そうと思っていたところだ。
 すでに遅刻している時間なら様子を見るため入ってくることはありえるだろうが、いつもどおりに目覚めたのでその心配はない。無断で私室に入ってくるようなゼノではないから、姿が見えないのは当然だろう。
 なら、今の声は一体?
「カナタ、こっちこっち! 足元だよ」
「足元……って、え、えぇぇえ!?」
「あ、見えた? 見えてるね?」
 笑いを含んだ声が再び聞こえ、釣られて目線を下に向けた。足元と繰り返した呟きが、途中で驚愕の叫びに変わる。
 足元からカナタを見上げていた目と、視線があったから。
「なななな、なんで、え、ゼノ!?」
「うん、俺だよ。カナタ、朝から元気だね!」
「いや元気っていうか、は? いやいや、おかしくね!?」
 カナタに見つけてもらえたと気づいたらしく、にこっと笑いかけてくれる。声はもちろん、その笑顔もゼノそのものだ。着ているのも見慣れたゼノの執務服だし、トレードマークのようなゴーグルだって頭に乗っかっている。
 でも、すごく、小さい。
 思わずその場にしゃがみ込んでしまったが、それでも目線の高さが全く合わないほど、そこに居たゼノは小さかった。ひらひらと振ってくれる手も、カナタの爪先ほどしかないくらい。
「なん、え? ゼノ、だよね?」
「そうだよ! ちょっと小さいけどね」
「いやちょっとじゃないでしょめちゃくちゃ小さいじゃん!」
「あはは、確かにすっごく小さいかも」
「いや笑い事じゃないでしょ!?」
 目の前の現実が受け入れられずに混乱する頭で再度確認すると、ちっちゃいゼノはこくりと頷いて暢気に告げる。思わずツッコミを入れると笑ってみせるから、ちょっと頭が痛くなってきた。
 朝起きたら? なんか、ものすごく小さくなったゼノが? 部屋に居て?
 え? これ、どこのラノベ?
「心配してくれてるのかな。ありがとう。でも、これでも大きい方なんだよ」
「どの辺が!?」
「んっとね、俺が知ってるのは、これくらい」
「ちっちゃ! よりちっちゃ!」
「でしょ? それよりは大きいよ!」
 ちっちゃいゼノは、自分の腰の辺りを示して得意げに告げてくる。もっとも、カナタからしたらどんぐりの背比べに他ならない。
 どっちもすごく小さい。
「ここまで大きくなれるの、すっごいことなんだよ」
「いや大きくないでしょちっちゃいじゃん」
 ゼノにしては珍しくと言うべきか、自信満々、誇らしげに告げてくることにも驚きを禁じ得ない。が、それ以上に見た目の小ささの方が気に掛かる。見たままを告げたら、ちょっとしゅんとしてしまったので、慌てて確かにさっきのよりは大きいかもと宥める羽目になってしまった。
 いや、遊んでる場合ではない。
「ゼノ、一体何が……なんでそんな小さくなっちゃったんだよ」
「俺、ゼノだけど本体じゃないよ」
「……は?」
 目の前のゼノが他と比べたら大きいとか、そういう問題ではない。何故そんなに小さくなってしまったのか、ここまでどうやって来たのか、どうしたら元に戻るのか。尋ねて解決しなければならない問題が山積みだ。そのままでは執務もゼノが好きなモノ作りもできやしないだろう。
 驚きから徐々に脱却しつつあるカナタの問いかけに、だがちっちゃいゼノはけろりと答えて見せた。
 ゼノだけど本体じゃない?
「んっとね、分身みたいなものって言ったらいいかな。ゼノの気持ちがぎゅって固まって、実体化したんだよ」
「分身? 気持ち? 実体化? ……ごめん、よくわかんない」
「あはは、謝らなくてもいいよ。すごく不思議だもんね」
「……うん、すげー不思議」
 簡潔に説明してくれたようだが、ちっちゃいゼノの説明は脳まで届いても理解には至れなかった。眉尻を下げて苦笑する様はまさにゼノで、それだけは疑う余地がなさそうだ。
「痛い」
「えっ!? カナタ、何してるの!?」
「いや、夢かどうか確かめた」
「力業すぎるよ! あぁほら、赤くなってる。痛いよね? 大丈夫?」
 カナタの故郷では夢か現実かを確かめるポピュラーな方法である頬をつねるは、他の星では通用しないらしい。ちっちゃいゼノが本気で心配してくれていて、やっぱりゼノだなとしか思えなかった。
 しゃがんだままちっちゃいゼノを見てるのも、ちっちゃいゼノが見上げてるのも。お互いに首が疲れそうだったので、ひとまずちっちゃいゼノを手のひらに載せて、テーブルに移動する。安定感のある入れ物の上に移動してもらうと、さっきまでよりは目線が近づいて話しやすくなった。
「んっとね、昨日カナタと会えなかったから、夜にね。カナタと遊ぼうと思って、新作ゲームを作ってたんだ」
「なにそれ楽しみ」
「うん! 俺も一緒に遊ぶのすごく楽しみなんだ! ……じゃなくて、作りながらね、カナタ困ってないかなとか、ごはんはちゃんと食べられたかなとか、たくさんカナタのことを考えてたんだ」
 入れ物の淵に腰掛けたゼノが、詳しく説明してくれる。新作ゲームは口にしたとおり楽しみだが、続く部分がちょっと照れくさい。昨日は大人2人に挟まれて大分余裕なく動いていたので、カナタの方はゼノを思い出すことがあまりなかったから、余計に。
「新作ゲームも喜んでくれるかなとか、早く帰ってこないかな、会いたいな……とか。たくさんたくさん、カナタのことだけ考えてた」
「……ごめん、オレ、昨日忙しくて」
「謝ることないよ! 緊急要請、大変だったでしょ? 俺はいつもどおりだけどカナタがいない日を過ごしただけだから」
 言葉の端々に『淋しかった』という色を見つけて、ちょっと悶えそうになりながらも謝るが、ちっちゃいゼノはぶんぶんと首を振ってくれる。諭すような反論は、普段のゼノなら言わないような気もするけれど。
「いつもよりもずっとたくさんカナタのことを想って、ぎゅーって固まって実体化したのが、俺なんだよ」
「……えーと、つまり、目の前のゼノは」
「うん、生き物とは違うかな。可視化したカナタへの想いっていったら、もうちょっとわかりやすい?」
「見えるようになったオレへの想い?」
「そう! カナタ大好き!って気持ちがいっぱいになって、本体の俺から溢れちゃったのが俺だよ」
 照れも躊躇いもなく言われ、肯定された説明に、思わずカナタの方が赤面してしまった。
 何の冗談だと思わなくもない。つねった頬が痛くても、夢を見てるんじゃないかとまだ疑ってる。それくらい、信じられない現象が起きているのだから。
 でも、目の前のゼノが嘘を言っているようには見えなかった。だからこそ、言われていることが照れくさくて、気恥ずかしい。
「毎日のように会ってるのに、昨日は一日会えなかったから。それに、俺には時間もあったからね。いつもよりずっとたくさんカナタのことを考えられたんだ」
「いや、うん、わかった。わかったから、その」
「あはは、カナタ、照れちゃった? 可愛いなぁ」
「いやそのサイズで言われてもゼノのが可愛いに決まってるよね!?」
 そのまま続きそうな告白を、堪えられずに遮ってしまう。カナタの赤面を嬉しそうに愛しそうに見つめる視線は、確実にゼノだった。
「だから、カナタからしたらすっごく小さいだろうけど、可視化した想いとしては、すっごく大きいんだよ」
「うん、わかった。ゼノがオレをたくさん想ってくれたのはわかったから」
「可愛いなぁ、カナタ。キスしたいなぁ」
「いや流石に無理だよね!?」
「無理じゃないよ。でも、物足りないかな~」
「……うん、ゼノだね……」
 照れるカナタを可愛いと、頬を上気させて言う様は、ゼノだとしか言いようがなかった。疑う余地はもはやなさそうだ。
 認めて受け入れてしまえば、どうってこと……は、あるか。何せ小さすぎる。
「カナタなら、朝顔を見せに来てくれるだろうなってわかってたんだけど、それより早く会いたくなっちゃったんだよね」
「だから、オレの部屋に?」
「うん。実体化する場所をカナタの部屋にしたんだ。運が良ければ寝顔が見れるかな~って寝室にしたんだけど、もう起きちゃってたんだね。小さいから、探すのに時間かかっちゃった」
「まぁ、その大きさだもんね」
「踏まれちゃう前に気づいてもらえて良かったよ」
「うわっ、怖いこと言わないでよ!」
 笑顔で説明してくれるゼノに頷くと、あははと笑って怖いことを言った。想像もしたくないほどぞっとする言葉に、だけどゼノは気にした風もない。
 曰く、実体化したけれど、元は想いのかたまりだから怪我をするようなことはないんだと。
「もちろん、本体に痛みがいくってこともないから、安心していいよ」
「いやその前に踏まないようにするから!」
 少し論点がズレている。ともかく、痛みがあるない怪我をするしないに関わらず、ゼノを踏みつけるなんてトラウマになりかねないレベルの事故を起こさなくてよかった。
 深く息を吐き出して安堵したら、ゼノが嬉しそうに笑う。
「カナタは優しいね」
「いや優しいっていうか、逆の立場だったら絶対ゼノも同じこと言うでしょ」
「うん、そうだね。ちっちゃいカナタも可愛いだろうなぁ……」
「……いやそこじゃないし……って、ははっ」
 ゆるく反論したら、想定外の反応が返ってきた。呆れるよりも、微笑ましい気持ちの方が大きい。逆の立場を提示して、一番に気にするのがそこなのかと。
 故郷にいた頃のカナタだったら、目の前のゼノをこんなにすんなり受け入れられなかっただろう。絶対に夢だと認めなかったはずだ。でも、今は少しだけ視野が広がった。んだと、思う。
 なにせ、宇宙を支える守護聖なんて存在になってしまったから。想いが実体を持つなんて不思議なことがおきても、まぁ、ありえるのかもしれないよなと思える程度には。
「あ、そろそろゼノが心配してるかも」
「確かに」
 一頻り笑ったら、ちっちゃいゼノからそんな進言が。確かに、いつも自室を出る時間を過ぎている。遅刻するほどではないけれど、ゼノの執務室に顔を出すなら、そろそろ行かないと。むしろ、ゼノがカナタの執務室を訪れている可能性も高い。
 椅子から立ち上がり、一瞬だけ考えてから、右手をちっちゃいゼノに差し出した。
「一緒に行く?」
 ちっちゃいゼノとゼノを会わせていいのかわからなかったけれど、放置していくのは忍びなくて。ぱぁっと顔を輝かせたゼノが、小さい手でカナタの指先を掴んだ。
「うん、連れていって!」
「じゃあ、えっと」
 ゼノを掬い上げて、フードの中に移動してもらった。ここなら廊下で他の守護聖や職員に出会っても、見つからずに済むだろう。
 ……このゼノが、他の人にも見えるのかどうかはわからないが。
「居心地悪くない?」
「うん、平気だよ。カナタこそ、重くない?」
「はは、全然」
「なら良かった」
 肩側に首を捻ると、フードの端から身を乗り出したちっちゃいゼノと目があった。不思議な感覚だなと思いながら尋ねると、実にゼノらしい問いかけが返ってきて、笑ってしまう。ゼノも笑っているから、気を悪くした様子はない。
「落ちたり見つかったりしないように気を付けてね」
「うん。ありがとう、カナタ。よろしくね」
 笑いを収めて、もう一度見合って。
 不思議なゼノと一緒に、ゼノに会いに行くため、カナタは自室を後にした。




+モドル+    +HOME+



こめんと。
ちっちゃいゼノシリーズ第1弾、邂逅編。
ついったーで回ってきた、ステラワース様10周年に寄せられた
さよいち先生の色紙を見て、滾った妄想がこちら。
 ちっちゃい存在≠本人
な構図が性癖ど真ん中で、いてもたってもいられず。
趣味丸出しですが、ほんわかとお付き合い頂けたら嬉しいです。
(初出2021.9.23 支部にて)