真剣勝負
カナタの私室、ダイニングルーム。テーブルを挟んで向かいあう、カナタとゼノ。いつになく真剣な面持ちの2人は、互いに握った拳を前に突き出した。
こつんと小さく響いた音とともに、手に微かな衝撃が走る。痛みを伴うものではない。
「覚悟はいい、ゼノ」
「もちろん。カナタこそ、恨みっこなしだよ」
「望むところ」
お互いに意志の確認をして、合わせた拳を引いた。見合って、ひとつ頷く。
しんとした空気に支配された中、構えの姿勢を取る為の動きがおこした衣擦れの音がやけに大きく響いて消える。
カナタが握った拳に更に力を込めて胸の前に引き寄せると、ゼノは顔の前に掲げ、祈るように一度目を閉じた。その目が開き、視線が絡む。
互いに息を吸い込む音が、相手に届く。
それを合図にして、口を開いた。
「最初はグー! ジャンケンポン!」
重なった声、突き出す拳。すぐに引き、拳を解いて形を変えて、再度突き出した。
「よっしゃ!」
「あぁ!」
お互いの手を確認するだけの間の後、カナタは歓喜の声を、ゼノは悲壮な声を張り上げた。そのままテーブルに両手をついて、ゼノが項垂れてしまう。
「あぁぁ……絶対勝ちたかったのに……」
「残念。今日はオレの勝ち。もちろん、文句ないよね?」
「文句はないけど、はぁ……俺、ジャンケン弱いよね……?」
先程までの真剣さは消え、カナタは笑顔を、ゼノは落胆した表情を、お互いに見せている。
カナタが出した手の形はチョキ、ゼノが出したのはパー。勝者はカナタで決まった。
「そう? 確かにオレ2連勝だけど、そのまえはゼノが勝ったじゃん」
「ジャンケンてどうやって鍛えるのかな」
「つか、別に鍛える必要なくね? はい、ゼノの分」
「うぅ……カナタがいただいたものなのに……」
文句を言うでも勝敗にケチをつけるでもなく、ただただ反省するゼノ。いやつかそんな大げさなことしてるわけじゃないじゃんと思いながら、負けたゼノの皿に余りのひとつを取り分けた。
2人の間にあるテーブルの上には、色とりどりのマカロンが5個。昨日シュリが執務室にやってきて置いていったものだ。ゼノと2人で食べるといいと言って、彼はよくお菓子を差し入れてくれる。2人でというわりに数に頓着はしていないようで、結構奇数入りのことが多い。
その為、問題が発生した。
分けて余るひとつを、どうするか。
カナタは、ゼノの方が甘い物好きだからと渡そうとして。
ゼノは、カナタがもらったものだからと渡そうとして。
話し合っても平行線。
そこで、ジャンケンの出番だ。カナタの故郷では定番中の定番。なにかあればとりあえずジャンケンしておけばまぁなんとかなる。
もちろんゼノは知らなかったので、カナタがルールを教えた。普通なら勝者が余りを獲得するところだが、お互いに相手に譲りたがったので、勝者が余りの行方を決めることにした。負けた方が多く食べるのが常だけれど。
「でもほら、これ、甘いからさ。ゼノのが美味しく食べれるでしょ」
「う~……今度、俺からシュリ様にお礼を渡した方がいいよね」
「ゼノ、律儀すぎ。あの人、直接世話できる子供がオレたちしかいないから構ってるだけだよ」
「それでも、頂いてることに違いはないから」
「無理矢理押しつけられてるっていうんだよ、これ」
覚悟はいいかときいたのに、ゼノの逡巡は消えないらしい。素っ気なく言ってしまったのは、ちょっと面白くないから。
一緒にいるのに、他の人のことばっか考えてるなんて。
「ゼノ」
「え、ん?」
ぐるぐるしてるゼノを呼んで、意識をカナタに引き戻す。まっすぐに見てくれたゼノににっこり微笑んで、カナタの皿からとったマカロンを口に押し込んだ。
「……カナタ、今のって」
「なんのこと? ほら、早く食べて遊びにいこーよ」
正直言うと、マカロンはあまり好きじゃない。食べられなくはないけど、2つでも多いと思っていた。ので、ゼノの気を引くために使ってみた。口の中に広まる甘さにだろう、ゼノの口元が少し綻んでいる。眉尻は困惑を表して下がっているけれど。
「ジャンケンした意味なくない?」
「そう? でもほら、ジャンケン楽しくない?」
悪びれずに言って、マカロンを自分の口に放る。うん、甘い。やっぱりひとつで充分すぎるほどだ。
少しカナタの顔を見つめたゼノが、小さく息を吐き出した。顔に大きく仕方ないなって書いてある。
「勿体ないから、ゆっくり食べたいな」
「いいよ。待ってる」
「……だから、カナタにひとつ戻したいんだけどって」
「なんのこと?」
ゼノの言い分に、先程と同じ言葉で答える。ちょっと呆れられてるけど、受け入れてくれるらしい。
「やっぱりシュリ様にお礼」
「じゃあ今度オレと一緒にね」
ため息混じりに零すから、にっこり笑って喰い気味に伝えた。ようやく意味に気づいてくれたらしい。やっぱりちょっと呆れてから、笑ってくれる。
「うん。カナタと一緒にだね」
「ん」
笑みの種類をかえて、カナタは満足して頷いた。
こめんと。
拍手お礼小話2本目。
真剣にジャンケンしてる2人が書きたかっただけの小話。
あとは特に意味がなく……。
嫉妬とかおいしいテーマだったなと反省。
拍手、ありがとうございました!!
(2021.8.13)