極秘任務遂行中!
日々試験に全力で挑んでいる女王候補たちのため。
そう題打って秘密裏に守護聖に下された任務がある。
「いつから守護聖ってスパイとかエージェントとかになったわけ?」
「秘密裏にってところが少し特殊だけど、内容自体は普段通りだよ」
二人一組となり、安定に綻びが確認された惑星の視察と有事の際の対処に当たる。というところまでは、カナタにも理解できる。実際、一度だけカナタもついていったことがあるから。新米かつ初めてのことに勝手がわからず、とにかく足手まといにならないよう必死だった記憶が強い。
だが、今回は前回の任務とは明らかに異なると思う。
「ハロウィンに使えそうな各地の仮装衣装を調達してくるってのも?」
「そこは、特殊な方、かな」
「しかもついでにって言ってたけど、どう考えてもこっちが本題でしょ」
「あはは……」
カナタのツッコミに、ゼノが苦笑だけを返してくる。つまり、ゼノも同意見なのだろう。
候補を労うための夏祭りに続き、今度は秋の祭りをすることにしたらしい。実りのシーズンなのでいろいろな祭りがある中、選ばれたのはハロウィンだった。といってもカナタの記憶にある、子供たちが仮装して町会内の家々を回ってお菓子をもらうイベントではなく、仮装パーティを行うそうだ。
仮装と言われると、ワイドショーなどで見た都心の繁華街の映像が真っ先に浮かんでくる。王立研究院主催なので流石に無法地帯にはならないだろうが……あまりいい印象は抱けない。
というか。
「もうこれで仮装みたいなもんじゃない?」
「んっと……あはは……」
今回の任務用にと渡された服を軽く持ち上げて指摘する。何とか弁護しようとしたらしいゼノが、結局力なく笑うだけに終わらせてしまった。黒で構成された衣装は、かつて映画でみた特殊工作員をイメージさせる。もっとも、今着ている執務服も、カナタからすれば十分に仮装衣装だと思うが。
着ろと命じられれば従うよりほかにないが、惑星視察なら執務服が最適なのではなかろうか。渡された服には軽度の認識阻害が組み込まれていると言われたが、そもそもその機能が必要な任務かと疑問が残る。
「でも、カナタと一緒で嬉しいな」
「あ、それはオレも! 足手まといにならないようにがんばるから、よろしく」
「俺のほうこそ!」
ツッコミどころ満載な任務はさておき、ゼノの言葉には全力で同意した。視察がついでで、仮装衣装の調達が本題なら、担当惑星で少し遊ぶこともできるかもしれない。美味しそうなものを食べたり、アクティビティに興じたりする余裕も少しくらいならあるのではないだろうか。
与えられた時間は現地での二日間。ちょっとした観光気分になっても文句は言われまい。守護聖だって日頃尽力しているのだから、少しくらい羽を伸ばしたって。ちゃんと現地の仮装衣装さえ調達すれば、問題はないはずだ。
と、考えたのは、カナタだけではなかったらしい。
カナタとゼノの組が割り当てられた日程で決められた惑星に向かい、実際の視察は数時間ほどで恙なく終わった。が、本題の仮装衣装の調達は難航した。ハロウィンに類似するイベントがなく、仮装できそうなモンスターなどの衣装が売っていなかったからだ。
事前に調べた時にも引っかからなかったので危惧してはいたが……現地での聞き込みも空振りばかり。祭事で使えそうなものがあっても、衣装は流通していなかった。一日目の成果としては、一般的に販売されていそうな伝承類にいくつか当たりをつけられただけ。すでに夜になってしまったのでお店もクローズしてしまっている。実際に販売しているかの調査と調達は二日目に持ち越しだ。
現地調査中“ついでに”見当をつけていたレストランで夕食を摂り、これからどうするかを相談することに。
時間は限られているので、いつもの徹夜NGを訴えるつもりはなく、カナタ自身一晩なら徹夜しても問題ない。なので夜中の内に移動するなり、実行できるかは疑問だが服のイメージどおりに工作員の真似事をするなり、この後の時間の過ごし方にはいくつかの選択肢があった。
だけど、折角の機会なのだから。
「ゼノ、この後さ」
「うん?」
呼びかけながらポケットに忍ばせてたいたものを取り出し、目の高さで翳す。さほど身長に差がないので、ゼノからも目線の高さになるだろうと思って。まっすぐに向けられた視線を感じて片目を瞑ってみせるくらいには、気分が高揚しているらしい。
だが、ゼノから返ってきたのはきょとんとした表情。肩の高さにあがった右手小指に、何かをひっかけている。キーリングのようで、ポケットに入っていた物を掬い、見やすい高さに上げたところ、だろうか。
右手にだけ用意されていた手袋と同系で鮮やかな色のプレートの裏側、銀色に輝く鍵が覗いていた。
「まさか」
この場面で出された鍵。容易に推測できてしまったのは、自分が用意していた物と同種だからだろう。
「え、もしかして、カナタも?」
「うわ~、マジか」
高揚していた気分が一瞬で困惑に変わった。カナタの表情から、ゼノも察したらしい。見開き丸くなった目が、言葉より雄弁に語っていた。
調査に与えられたのは現地時間での二日間。眠らずに活動するにしても、夜間は調査がしにくくなる。それならいっそ休憩時間にあててしまえば。現地の宿泊施設を堪能するのも、ゼノとなら楽しいはず。
そう思って検索し、予約をしていた高ランクのホテル。もちろんカナタ自身の出費ではなく与えられた調査費用からの捻出なので、価格帯は良心的なところだ。
バースにいた頃は学生かつ未成年と収入がなく、宿泊と言えば友人宅か親戚の家、あとは家族旅行で行った先くらい。広告などで見かける度に一度くらいは泊まってみたいと思っていたのを検索しながら思い出した結果が、今翳しているカードキーだ。
守護聖として調査任務で他の惑星に赴くことはあっても、宿泊することはほとんどないと聞いた。守護聖が出向く事態であれば、悠長に寝泊まりしている状況ではないことが多いと。したとしても仮眠や、単純に体力回復のための休息程度だとも。
でも今回は調査任務自体は口実のようなもので、さっくりと終わった。本題の調達も含めた時間の使い方がそれぞれに任せられている好機は、今後廻ってくるかわからない。
ということで、ゼノと泊まって楽しみたい!と、気合いを入れてみたのだけれど。
「あはは、同じこと考えちゃったんだね、俺たち」
チャリ、と、金属の擦れる音を小さく響かせながら、ゼノが苦笑する。下がった眉尻は困惑を、目視できるほどに染まった頬は嬉しさを、それぞれ表しているのだろう。カナタも同じような気持ちを抱いているから、わかる。
「サプライズにしないで、ちゃんと擦りあわせておけばよかった」
「でも、同じこと考えてたんだね」
カナタが困惑を言葉にすれば、ゼノが嬉しさを口にした。やはり同じ心境だったのだと目を見合わせて、笑う。現地時間で一晩自由行動が出来るなら、普段は経験できないことがしたい。共に過ごす相手がゼノだからこそ、尚更。
だが、喜ぶのは後だ。
「どうする? どっちかキャンセルしても、キャンセル料かかるでしょ」
「かかっちゃうね」
二人一緒に泊まりたいのに、予約が二か所。これから一方をキャンセルしたところで、全額負担になるのは明白だ。調査予算から出すからこそ、無駄にはできない。シンプルに考えれば、予約した施設で別々に宿泊というのが最適解だろう。
でも、一緒にいたいからこそ、予約したのに。
「ちなみに、カナタはどんなホテルにしたの?」
「夜中でも使えるプールがあるとこ。ちょっとしたスライダーもあるっていうから」
「楽しそうだね!」
少し考えてから、ふとゼノが小さく首を傾げて問いかけてくる。カナタがチョイスしたのは、口にした通りプールのあるホテルだ。飛空都市にはプールや海に相当するものがない。森の湖は一応遊泳禁止。カナタが飛空都市に連れて来られたのはバースでは四月の末。つまり、今年、カナタは一度も泳いでいない。
ホテルのプールで泳ぐのは難しいかもしれないが、雰囲気くらいは味わいたいと思って。ゼノとなら、水掛け合戦でも充分楽しいだろう。
場所は今いるところから、公共交通機関を使って二十分程だろうか。
ゼノがチョイスしたのはどこかと尋ね返すと、温泉地だという。ホテルや旅館ではなく、独立したコテージ型施設で、各棟に小さいが露天風呂が備わっているらしい。場所は、カナタが予約したホテルとは真逆の方向に車で三十分ほど。
「スピネルには温泉がなかったから、一度行ってみたかったんだ」
「そっか、水が人工なんだっけ」
「ちょっと地味かもしれないけど、カナタとゆっくり温泉に入るのもいいかなって」
「うん、捨てがたい」
お互いに自分がしたい、相手と一緒に楽しめそうなことを選択している。だからこそ、選べない。この機会を逃したら恐らく次はないだろうから。あるとしても、二人でとはいかないはずだ。
だけど、調査に与えられた時間は現地時間で二日間のみ。二泊する余裕はない。どちからしか選べないのなら……。
「カナタ、眠い?」
「え? いや、全然眠くないけど……?」
唸りそうになりながらも、より優先したいのはどちらかと結論を出そうとしたら、何故かゼノから質問が飛んでくる。意図がわからないなりに答えると、満足そうにひとつ頷いてみせた。
それから、にこっと笑う。
「じゃあ、先にカナタのホテルに行こ!」
「いや、オレはゼノの……え、先に?」
ゼノの温泉に入ってみたいという願いをこそ優先したいと思っていたカナタは、告げられた宣言に反論しそうになった。だが、ひっかる単語に後から気が付く。
今、ゼノは、確かに「先に」と言った。
ゼノを見ると、俺も眠くないよと笑顔で返してくれる。
「だから、どっちも楽しんじゃえばいいと思うんだ!」
「え、それってありなの?」
「カナタも、チェックインは済ませてるんだよね? それなら入るのも出るのも、時間内ならいつでも大丈夫でしょ?」
まさかの選択肢を提示され呆気にとられているカナタの前で、ゼノが楽しそうにプランを披露してくれた。
最初にカナタの予約したホテルでプールを楽しみ、満足したらゼノのとったコテージで露天風呂を堪能する。徹夜で楽しむということかと、直前の質問に納得した。
もちろん、異論も他の選択肢もあるはずがない。
「いいね! じゃあすぐ行こ!」
「うん! 実は俺、プールも初めてなんだ!」
「マジで?」
「マジで! だから、すっごく楽しみ!」
回答してゼノの手を取り、駅に向かって早足で歩きだす。横に並んだゼノからの申告は声も弾んでいて、自分のチョイスを褒めたくなった。守護聖でいる間には、きっとプールも海も経験できる可能性は低い。ゼノが守護聖として招致されてからも機会がなかったのだから。
ゼノにその機会をあげられたことが、ものすごく嬉しい。カナタの手柄というほどではないが、いつももらっている嬉しいや楽しいをゼノにもあげられたのなら。
「そういえば、プールは水着が必要なんだよね?」
「受付で売ってるって書いてあった」
「そっか! カナタは持ってきたの?」
「や、持ってないから」
「じゃあ、水着選ぶのも一緒にできるんだね」
歩きながらのやりとりが、楽しい。ゼノがどんな水着を選ぶのかも楽しみだなと考えたら、あっという間に駅に着いてしまった。休憩と称して遊べるのは一晩、およそ十時間ほどだろうか。楽しい時間は早く過ぎるものだけれど、できるだけたくさん楽しめたらいいなと思う。
守護聖でいる間に二度とあるかわからない、ゼノとの小旅行だから。
こめんと。
フロステ2のメインイラストと、
カナゼノコンビグッズに滾りまくった結果です。
ゼノが可愛すぎてしんどい。
本来候補に対してなんでしょうけど、
カナゼノ妄想させてけろー!!!
もちろん後半の露天温泉を書く気があります!
(2022.9.17)
以前、ふせったーに載せていたものを再びサルベージ。
番外編なので、ひとまずはこちらに。
書くって宣言してる続きが書けたら、
番外編項目に置こうかなとは思ってます。いつだろ。
フロステ3までには……?
(23.7.10)