1. 酒の勢いで申し込み。
昨年の8月,酒の勢いもあって,第35回青梅マラソンの30kmの部に申し込んでしまった。出るからには規定時間(3時間30分)以内の完走を目指したい。まずその為にやろうと決めた事は二つ。一つは体重を落とす事。当時の体重は70kgだったが,1割減の63kgが目標。もう一つは事前に1回は本コースの試走を行う事。9月に入ってから,青梅マラソンの10kmコースをトレーニングコースとして,トレーニング開始。週に一回10kmを約1時間かけて走り込む。禁酒日を週二日設けるとともに,脂っこい食事を避けダイエットに取り組む。9月から10月にかけて順調に行っていたのだが,10月末に引いた風邪が全てを狂わせてしまった。
家族揃っての福島県への旅行。朝家を出る時から熱っぽかったのだが,だんだん酷くなって,宿泊地の奥岳温泉では完全にグロッキー。普通だったら1週間程度で直るんだが,全然直らない。トレーニングは中断し,そのままズルズルと年末から正月へ。それでも気を取り直して1月7日の横田基地マラソンを前にトレーニング再開。コース試走は諦めて,10km走を繰り返す。体重は68kg,10kmのタイムも58分程度と,最初の思惑とはかけ離れてしまったが,何とか気力で頑張るしか無い。結局イッツモこうなんだよなあ。考えて見れば,万全の状態でマラソン大会に臨んだ事何て無いもんなあ。シドニー.オリンピックの金メダリスト,高橋尚子選手の出場も決まり,気分は盛り上がってくる。
2. レース前日。
明日に備えて,マネージャー役の妻Mと最後の作戦会議を開く。男子の優勝者が1時間30分,高橋尚子選手が1時間50分,そして私が3時間10分と言うゴールタイムを想定し,途中のサポート.ポイントを御嶽駅手前に設定。妻Mは12時丁度のスタートを見届け,それまで私の着ていた服を持って12時18分の電車で御嶽駅へ。高橋選手の復路を見て,僕の往路と復路を見る。そして14時32分の電車に乗って,私のゴールシーンを見ると言うシナリオ。栄養補給の為の飲み物と食べ物,そして万が一の為の私の服を持って行ってもらう。だけど妻Mの方は私のサポートと言うより,単に高橋選手を見たいと言う雰囲気がアリアリ。まあしょうがないか。
午後3時の受け付けに出掛ける。場所はいつもの通り総合体育館で,相変わらずの人ごみだ。ゼッケンやら参加賞のTシャツの入った袋を貰って,気分は嫌が上にも盛り上がる。主催者ブースでは,靴擦れ防止のスプレーを売っていたので,買ってくる。いつも右足の親指と人差し指の間あたりに,マメができるので,効果の程は確かでないが,こうなったら縋れるものにはとにかく縋りたい。Tシャツは薄いグレーの大人し目のデザイン。明日はせっかくだからこれを着て走ろう。明日のプレッシャーを吹き飛ばす為に酒を飲みたかったが,少しでも体力を温存する為にガマンする。夕飯はいつもの通り,パスタを食べまくる。一夜漬けのカーボ.ローディングだ。
3. そしてついに当日。
第30回大会の様に当日起きたら大雪で,大会が中止になると言う淡い期待はあっさり裏切られ,快晴だ。スタートは12時なので朝食は9時にウドンを食べる。テレビを観ていても落ち着かない,新聞読んでも落ち着かない,部屋の中で膝の屈伸等の運動をしていても落ち着かない。ベランダからは河辺駅のホームが見えるのだが,物凄い混みようで,下りの電車はほぼ満員状態だ。参加選手は1万5千人なのだが,高橋選手が出るんで観客も多いんだろうなあ。刻々とスタートの12時が迫ってくる。とにかく自信が無い。本当に3時間半以内に30kmを走り終えるんだろうか。途中5ヵ所程設定されている関門通過に間に合わないと,バスに強制収容させられるのだが,この事態だけは避けたいのだが...とにかく自信が無い。
11時半に家を出る。子供を誘ったのだが,「イ.カ.ナ.イ。」と言う連れない返事。親不幸モノメッ。服装は昨日貰ったTシャツの上にゼッケンをつけた袖なしTシャツを重ね着して,下は短パン。その上にウインド.ブレーカーを着る。スタート地点は河辺駅から500mほど青梅寄りの,日本タバコ青梅営業所前なのだが,そこから約1kmに渡ってゼッケンによってスタート場所が指定されている。私のゼッケンは58××なのだが,スタート地点よりかなり後方だ。刻一刻と迫る運命の12時を待つ間,気分は躁と鬱を繰り返す。自信が無い,自信が無い,自信が無い。完走できなかった時の言い訳を考えたりして,スタート時刻を待つ。ウインド.ブレーカーを脱いで妻Mに渡す。そしてついに12時。
4. レース前半。
スタートと言ってもあまりにランナーが多いので,スタート.ラインに辿り着くまでに4分10秒を要する。この大会はRCチップを使っていないので,この時間は全くのロス。ここから先もほとんど歩き状態。スタート地点はさすがにカメラの列が並んでいる。皆高橋選手狙いなんだろう。市役所の駐車場の上ではブラスバンドの演奏あり。ちょっと走り出したかなと思ったら,東青梅駅先のクランクで渋滞。予定では最初のタイム.ロスを10分として,その後1kmを6分のペースで走って,10km地点を1時間10分,20km地点を2時間10分。そして最後の10kmは何とか気力で頑張ろうと言う,大変こころもと無い物だ。前を走る遅いランナーを抜きたいのだが,ここで無理をすると後に響くので我慢。
農林高校前の太鼓の応援,マイナー堂と言うレコード屋の「帰ってこいよ」を聞きながら,青梅駅,中央図書館,熊野神社を順調に通過。ここら辺はいつも走っているコースなので,気が楽だ。ただいつもと違うのは道のど真ん中を走る事。4km地点の給水所でアメをもらって舐めたら,いきなり呼吸が乱れる。宮ノ平駅前の緩やかな登りを終えて急な下り坂に入る。この途中が10kmの部の折り返し地点なのだが,そっちに出ていたら気が楽なのになあ,と恨めしい思いしか浮かんでこない。日向和田駅を通過して5kmなのだが,ほとんど想定通りのタイムだ。心配していた足首の痛みも無く,一応ここまでは順調だ。へそまんの和太鼓の応援がなかなか迫力あります。しかし期待していたセントフローリア教会前の,花嫁姿の応援は何故か無し。何でナンダー。
石神前駅手前の防護トンネル前で,妻Mが乗っているであろう電車が通過していく。やや登りになって二俣尾駅を通過して,軍畑駅への急な下りに入る。折り返してここの登りは22km地点になるのだが,帰りはこの登りで苦労するだろうなあ。このあたりから右側車線が折り返し用に空けられるので,坂の途中で再度渋滞。沢井図書館の前で先導車の白バイが通過していく。トップランナーがもうすぐ通過するのだろうか。沢井駅前あたりで男子のトップ集団が通過。さて高橋選手はどうかと,彼女を見る為にセンターライン寄りを走る。「来た!」と思ったら,アッと言う間に走り去って行く。単独トップだ。激太りだとか,二重アゴだとか中傷されていたが大したもんだ。頑張れ,高橋。ついでに頑張れ,ワ.タ.シ。
予定では御嶽駅手前の車線の左側で妻Mが待っているはずなのだが,ランナーが多くて道路を渡れていないだろうと思い右側を走っていたのだが,思った通り右側にいました。向こうは気が付かなかったみたいなので,声を掛けたらこちらを振り向いたので,判ったのだろうか。この先は杉林の中の単調な道で緩やかな登りになっている。車では何度も通って知っている道なのだが,ちょっとした登り下りは実際に走ってみないと判らないものだ。右足の裏にマメが出来たようで痛い。おまけにちょっと体力が切れてきたのだろうか,足がだんだん重くなってくる。左側に奥多摩大橋が見えてきて,登りも徐々にきつくなってきたところで,折り返しの大きなコーンが見えてくる。
5. レース後半。
折り返してちょっと行った所が半分の15km地点。タイムは丁度1時間半と理想的なペース。最初の10分近いロスを取り返した格好だ。右足のマメが痛いので,ちょっとコースを外れて靴下を履きなおすが全く効果無し。折り返した後は緩やかな下りが続くので,結構楽だ。私のレベルからすると,ちょっとした登り下りでペースが左右されてしまう。左側に奥茶屋方面への道が分かれるが,2台の西東京バスが停められていた。あれが強制収容バスか。あれにだけは乗りたくないな。すれ違う折り返し前のランナーもかなりの数だし,このペースなら何とかなりそうだ。足がつったのだろうか,コースアウトして屈伸運動しているランナーも結構出てくる。
御嶽駅手前の18km地点でのタイムは1時間48分。これなら3時間以内も夢ではないが,急な登りが待っているのと,かなり体力を消耗してきているのを考えると,無理するのはやめよう。妻Mが待っている場所に到着して,リゲイン1本飲んで,この前長女Mから貰ったバレンタイン.チョコを食べて休憩。息はほとんど乱れていないのだが,足が痛い。マメが出来た右足をかばって走っていたせいか,右のヒザと右足の付け根がかなり酷い。2分ほど休んで再度スタート。なだらかな下り道を軍畑へと向かう。問題の上り坂はこの先だ。ちょっと登ったところで,たまらなくなって歩いてしまう。周りのランナーも半分以上は歩いているし,走っている人だって歩いている人とほとんどペースは変らない。
坂を登り終え二俣尾の駅から再度走り始めるのだが,さっきの坂で気が抜けてしまったのだろうか,それとも体力の限界に達してしまったのだろうか,急に走るのが辛くなる。もう残りは7kmほどなのだが,全くペースが上がらない。コースの左側には地元ボランティアの方が,飲み物や,ミカン,アメ,梅干(?),バナナ,氷砂糖等の食べ物を配っている。途中何度か歩いてしまう。25km地点の宮ノ平駅手前は14時55分の関門が設けられているのだが,ここの坂も苦しい。消防署に設けられた救護所でサロメチールを塗ってもらう。5人程の女性が手当を担当していたのだが,一番若くて綺麗なオネエサンを選ぶところに,まだちょっとの余裕が感じられる。
20km通過時点での余裕など何処かに吹っ飛んでしまい,これで後5kmが走れるんだろうかと言う不安がよぎる。後は時間との闘いだ。残り半分歩いてしまったとしても,まだ最終関門を通過するには充分な時間だ。こう考えると変に余裕が出てくる。「明白院のしだれ梅はまだ,つぼみもついていないナア。」等と散歩気分で歩く。だけど歩いた後の走り始めの辛い事。何で好き好んでこんな辛い思いをしなくてはいけないんだ。家でテレビでも見ていればいいものを。練習で何度も走っているこのコース。「本番でここまで戻ってきた時の気分は最高だろうなあ。」と練習中に幾度も思ったのだけど,とてもじゃないけどそんな気分では無い。ひたすら後2km,1.5km,1kmと考えるだけだ。
ゴール前200mぐらいのところに妻Mがいる。ゴール地点まで迎えにきてくれと頼んで,最後の一頑張り。河辺駅前の交差点を右折したところがゴールだ。地元のケーブルテレビ会社がゴール左側からゴールシーンを映している事を思い出したので,一番左側のレーンを走ってゴールイン。手元の時計では3時間15分30秒だった。30km走るのはこんなに苦しいものなのだろうか。42.195kmのマラソンの折り返し地点は35kmだと言うが,今回25kmまでとその後の5kmを考えると,充分に納得が行く。まあとにかく制限時間内には完走できたんだ。それにチラッとだけど高橋選手も見る事ができたし,満足のいく青梅マラソン30kmの部でした。
6. レースを終えて。
体育館から家までの道のりの長い事。ほとんど足を引きずる様にして帰宅。冷静に考えると,普段10kmの練習しかしていないから,30kmはやっぱり無理があるか。だけど20kmまでは余裕を持って走れたから,15kmの練習をしていれば良かったか。それとも練習は20kmか30kmか。でも今回10km過ぎで足にマメができたから,練習でマメ作っていたら本番は走れないだろうし...。ってこんな事を考えていると言う事は,来年も30kmに出る気になっているんだろうか。こんな馬鹿な事は今回限りにしよう。足は痛いし,第一明日果たして会社に行けるんだろうか。だけど走り終えた時の気持ち何て,普通の生活してたら絶対に味わえるものでは無い。まあ来年の申し込みは今年の8月だ。ゆっくり考えよう。でもやっぱり申し込んじゃうんだろうなあ。