1975.10 谷川岳

10月 4日(土),5日(日) 雨  上野(22:13〜02:49)土合(05:35〜06:50)マチガ沢出合(07:05〜11:10)西黒尾根(11:40〜13:20)肩ノ小屋(14:40〜14:50)トマノ耳(14:50〜16:20)一ノ倉岳(17:15〜17:40)

 1年生の女性二人を連れての山行。何か1年生男子から恨まれそうだなあ。土合の駅は相変わらず登山者でごった返している。駅に程近い遭難慰霊碑に立ち寄る。ここには谷川岳で亡くなった500人以上の人の名が刻み込まれており,その横の広い余白が話題になる事がある。その前の道をザイルやヘルメットをザックにつけた登山者が,慰霊碑などには目もくれずに急いで歩いて行く。何か変な気持ちだ。ここに名前が記されてしまった人だって,わき目も振らずにここを通り過ぎて行ったのだろうか。

 西黒尾根の登り口を見送りマチガ沢の出合に着く。すると例によって雨が降り始める。何か今年の個人山行は雨ばっかりだ。マチガ沢の奥はガスっているが,時折右側にシンセンの岩峰群,左に西黒尾根,そしてその奥には紅葉で黄色くなった谷川岳が姿をのぞかせる。今日は谷川岳の閉山式がある為だろうか,ところどころに花束が置かれ線香が焚かれている。そんな中を登るのはやはり異様な感じだ。雨がだんだん強くなってくる。西黒尾根に出る部分で,岩が濡れていて滑りやすくなっている所が何箇所かあった。尾根に出ると風が強い。

 一人で登った時の倍の時間を掛けて肩ノ小屋にやっと到着する。小屋の中で暖かいスープを飲んだりして,さらに強くなった雨の中を茂倉岳へと向かう。谷川岳の頂上などいつ通過したのかすら判らない。ここからの道は緩斜面になっている越後側につけられているので,ほとんど危険は無いのだが,雨で転びやすい。ハイマツやシャクナゲの緑に混じって,赤や黄色に紅葉した木々が見えるが,そんなもん見ている暇は無い。なかなか最低鞍部に辿り着かない。

 やっとの事で一ノ倉岳の頂上に出る。これがあの一ノ倉沢の上にある山かとは思えない様な,広くなだらかな頂だ。ここにある避難小屋はほとんど緊急時にしか使用する気が起こらない様な小屋なのだが,とりあえず中に避難する。ここより立派な茂倉の小屋まで行きたいのだが,混んでいたらやだなあと思う。女性陣かなりバテているようなので,取り敢えず僕が様子を見に行ってくる。混んでいると思っていたのだが,何と誰も居なかった。

 一ノ倉まで戻って暖かいコーヒーを飲んで出発。途中右足がつってしまう。茂倉の小屋で着替えを済ませて一息つく(女性が着替え中,私と高山は水汲みに出ていた)。寒かったので小屋の中にテントを張る。さて夕食の準備なのだが,女性二人に任せていたらなかなか出来あがらない。酢豚を作っているらしいのだが,出来あがったものは,「これが酢豚?」。いつもふて腐っている様な,エキセントリックな小野君がやたらとはしゃいでいた。本当は明るい娘なんだろうか,謎だ。

10月 6日(月) 曇り後晴れ  茂倉岳避難小屋(13:40〜14:10)川棚ノ頭(14:55〜15:20)矢場ノ頭(17:00〜19:15)土樽〜上野

朝起きたのは何と9時。外は雨も風も止んでいる。小屋はかなり広いのだが,我々4人の荷物が一面に散乱している。昨夜の残りのご飯でチャーハンを作っているうちに天気が急激に回復してくる。まわりの山々が見え始め,青空が広がって行く。実に気持ちがいい。あたり一面のササの原。そしてその所々には赤や黄の紅葉。上越特有のきれいな山肌が姿を見せる。景色を眺めたり,ゆっくりと荷物を片付けたりしていたので出発が遅れる。今までも寝坊などで遅れた事はあったが,いくらなんでも午後になった事は記憶に無い。

 本来予定していた蓬峠へ向かう気持ちはサラサラ無く,茂倉新道を下る。左に見える谷川岳から平標へと続く稜線が印象的だ。下りものんびりで,矢場ノ頭では大休止を取る。だんだん日が暮れ始めてきて,夕日を受けた山々がきれいだ。星がきれいだなあ,などとのんびりした事を言いながら,駅に着いたのは何と7時過ぎだった。

同行者(高山,金屋,小野)