BEATLES : The Long and Winding Load

屋久島(6月):夜の海岸にて:

 「駐車場では海の方に向かってバックで停めてください。」と昼間の監視員の言いつけ通りに、車のライトを消しエンジンを切った。波の音だけが聞こえる。厚い雲が立ちこめた風のない夜空では、月明かりを期待することも出来ず、泥棒にはもってこいの情景であった。マグライトだけを持ち、波打ち際へ向かってゆっくりと歩いた。「現場」は探すまでもなく、すぐそこにあった。

 「フーッツ、フーッツ、ゼイゼイ」と言う音が聞こえる。夜の町中の喧噪で、とことん殴られた男が出すような声の持ち主の周りに野次馬達は群がっていた。「縦75cm、横70cm、フジツボ30個付着、卵142個、89年の管理札あり。」と巻き尺を持った「監視員」と呼ばれる野次馬は叫んだ。彼女の水掻きによって闇夜へ巻き上げられる白砂は、デモ隊のシュプレヒコールにも似ていた。ペンライトの薄明かりが照らすだけの舞台には、産卵のために陸に上がってきたアカウミガメの妊婦と、その周りに群がる監視員と私の姿があった。Night Watcher と言ったら殴られるであろう。テレビの映像でも見たことがあるのと同じようにウミガメは泣いていた。真っ暗な闇の中で、1本のペンライトの明かりだけの映像であるが、私の目には今でもくっきり見える。「フーッツ、フーッツ、ゼイゼイ」と言う音だけが聞こえる。

 彼女たちはいったい何を目指して陸に上がってくるのだろうか?今にも卵がこぼれ落ちそうに腫れ上がった子宮を引きずりながら必死にあがってくる。翌日の昼間に砂浜を見るときに、左右の足跡の真ん中に、転々と続くアリジゴクを見るとき、私の気持ちは泥棒であり、犯罪者であった。彼女たちにとっては、自分を取り巻く環境媒体が、塩水であろうが冷たい空気であろうが関係ない。出来ることはただ一つ、ひれ足で進むだけ。ようやくたどり着いた松林の元、目の前にいるのが岩であろうが人間であろうが、出来ることはただ一つ、ひれ足で穴を掘る。流す涙は何を物語るのであろうか?最後のひと粒の命を産み落とした後、産んだ卵に砂をかけながらなにを祈るのであろうか。私は見てはいけないものを見たのでは。