人形
兵庫県神戸市 前田美由紀さん提供

神戸の地震のために家が倒壊してしまったため、家を建て替える事になりました。 傾きかけた家の中に入り、使えそうな物を探しました。家の中はかなり散らかっていて、 使える物より壊れている物の方が見つけやすいほどひどいありさまです。
しかし、どうにか着るものや貴金属などは、見つけ出す事ができました。 しかし、その中に両親が大切にしていた日本人形はありませんでした。母はかなり探したのですが、 どうしても日本人形を見つけ出す事は出来なかった様です。 どうしてそこまで人形にこだわるのか私には分かりません。父に聞いてみたのですが、 答えてはくれませんでした。
それから半年が経ち、新しい家が建ちました。私達家族は、 この半年仮設住宅で不自由な生活を余儀なくさせられていたので、 自分達の家に帰れるのがとても嬉しく心がウキウキしました。 やっと仮設住宅を出る事が出来るのです。
トラックに荷物を運び入れ、新しい家に迎いました。トラックが家の近くに近づくと、 新しい家の屋根が見えてきました。茶色の屋根で壁がクリーム色の、自分で言うのはなんですが、 とても綺麗な西洋風の家です。トラックが家の前に着くと、私は門を開け、 ドアを開けて玄関に入りました。玄関の真正面に階段があり、右と左に部屋がありました。 私は新しい家の中を見てまわる事にしました。左の部屋のドアを開けると応接間があり、 その奥に畳の新しい匂いがする和室が2部屋ありました。応接間を出、 右にあったドアを開けて中に入ってびっくりしました。そこは板張りのリビングになっており、 リビングの丁度真ん中辺りに、人形が置かれてあったのです。 それも両親が大切にしていた人形にそっくりなのです。
「あっそうかぁ!」私は母が人形を見つけ出し、ここに置いたのだと思いました。 人形をその場に置いて、トラックの荷物を家の中に運び入れました。 大きい荷物はほとんど無くダンボールも10個と少なかったので、早くかたずける事が出来ました。 いくら荷物が少なくっても新しい家に引越した事で興奮していたため、私はかなり疲れていました。 私達家族は、少し早いけれど床に就く事にしました。私は2階の一番奥の部屋に入って布団に潜り込み、 ウトウトといつのまにか眠ってしまいました。すると変な夢を見ました。 私とそっくりな女の子と手をつないで新しい家に入っていき、両親に 「ただいま」って言ったところで目が覚めました。
「私が二人になるなんて変な夢」と思いながらなんとなしに戸の前に目をやると、 そこには人形が立っていました。「なんでここにあるのよ。 もー私を驚かそうとパパかママが置いたんだわ。いじわるなんだからー」と思ったのですが、 人形の目から涙の様な物が流れ「ただいま。やっと帰ってきたんだね」 と人形の方から女の人の声が聞こえてきました。私は驚きと恐怖のあまり、人形を壁に投げつけ、 両親の寝ている部屋へ駆け込むと、二人とも布団から起き上がり座っていました。 私は両親に抱き着き、少しホットしました。
「人形が……人形がね」と言いかけた時、父は「お前も見たんか」と言われて、 何故父が知っているのだろうと不思議に思いました。「あの子が帰って来てくれた」 と母は嬉しそうに戸の方へ手を広げました。 そしてまた「おかえり、美咲」と母が戸に向かって言いました。
すると「ただいま」と、先ほど聞いた女の人の声がしました。 私はびっくりして戸の方へ振り向くと、そこにはあの日本人形がこちらを向いて立っていました。 人形はゆっくりと滑るように母の側へ近づき「おかぁさん帰ってきたよ」とまた声がしました。 私は恐怖のあまり近くにあった枕を力いっぱい投げつけ「来ないで、出てって」と叫びました。 父も「お前は死んだんだ、ここへは帰ってきてはいけない。 帰るべき所へ帰りなさい」と人形に言いました。
すると母が「何言ってるのよ、やっと私達の所へ帰ってきてくれたのに」 と人形へ歩みよろうとしましたが、 父に手を捕まれ、抱き締められて動く事が出来ずに父の腕の中でもがいていました。 人形は私の投げた枕に当たり倒れていましたが、むくっく立ち上がり「せっかく帰って来たのに、 私はここへ帰って来てはいけなかったの?」と、とても悲しそうに言い残して、 スーッと霧の様に消えてしまいました。母は、美咲が逝ってしまったと声を上げて泣き崩れました。 美咲って誰なんだろうと思いましたが、今の母を見て、聞けばもっと母を苦しめる様な気がしたので、 聞きそびれてしまいました。
後日、父から私には姉がいた事を聞きました。母は難産で赤ちゃんの頭が見えてるのですが、 そこからなかなか赤ちゃんが出てこず、暫く引っ張ったりしていたそうですが、 赤ちゃんがま動く様子がなかったために、急遽帝王切開で赤ちゃんを取り出しました。 一人は元気な声を上げて産まれたのですが、 引っかかってなかなか産まれなかった赤ちゃんはすでに息をせず、仮死状態で産まれ、 亡くなってしまったそうです。 産まれてすぐに死んでしまった子に名前も無いなんて可哀相だといってその子に美咲と命名したそう です。しかし母はその子の死を認めようとはせず、 親戚から貰った日本人形に美咲と名前をつけて可愛がっていたそうです。
母は、地震で人形が無くなってしまった時も随分落ち込んでいましたが、 今回の騒動で精神的におかしくなってしまい、いつも空中を見て「美咲」と呟き微笑んでいます。
私達の前に現れた人形は本当に母が大切にしていた人形なのでしょうか、 そしてあの人形は何処にいってしまったのでしょうか。

貴方のお姉さんが亡くなったことをお母様が認めず、 悲しんでいたために、美咲さんは成仏できずに人形の中に魂を宿していた様ですね。 死んだ人を思いやる事も大事ですが、魂を迷わし留めているのは良くありません。 今回の出来事で貴方とあなたのお父様の言葉によって美咲さんは成仏出来たのは良かったと思います。 お母様には大変気の毒な事をしましたが、 これから貴方と貴方のお父様でお母様を支えてあげてくださいね。