自殺者
東京都在住のスペックさん提供

鉄道は自殺、事故を問わず人身事故が必ず起きます。運転手にしてみると、 本人の意志による自殺の場合でも、自分の運転する列車が人をはねてしまうということは、 気持ちのいいものではありません。
しかしどんなに運転手が注意していても、また気付いて緊急に停車させようとしたとしても、 ほとんどの場合間に合いません。
そして一番、鉄道関係者が嫌がるのは、人身事故にあった人の遺体の損傷が酷い事です。 ほとんどの場合、原形を留めている事はなく、あちらこちらに飛び散っている遺体を、全て駅員が 拾い集めていかなければならない事です。まだ生暖かい肉片をビニール袋に納めていくこの作業。 なんとも言えない気持ちになり、暫くのあいだその肉片を触った手はなんとなくその感覚を憶えてしまい、 なんの肉でも食べるのが嫌になる程嫌で酷いものです。
拾いあげるとき「ニュルッ」とした感覚、夥しい生臭い血の匂い。自殺する奴は後の事を全く考えない で人に迷惑をかけてくれる。まっ、実際自殺する奴なんて・・・・・。
私は子供の頃からあこがれていた運転手になり、毎日が楽しくて仕方がありませんでした。 毎日多くの人が私の運転する電車に乗り降りしてくれる。この人達の命や電車に乗っている時間、私に とてつもない重荷がある。こんなやりがいのある仕事なんて滅多に無いなんて、緊張と変な興奮で楽しかったのです。
事故があるまでは・・・・・。

いつもと変わらず電車を走らせ、駅を通過しようとした時、白線を「フラフラ〜」と超えてきた人の姿が見えました。
「危ないな!!」私は警笛を鳴らし、その人に注意を促しました。 その時、その音に気付いたのか、一度は白線まで下がってくれた様に見えたのですが次の瞬間・・・・・。 目の前にジャンプして線路に入ったのか、電車の行方を遮る様に、体が空中に浮いてナナメになって飛び込んできました。 私は慌ててブレーキを掛け、緊急停車させましたが間に合いません。 車輪とレールが激しく軋みあう音と別になんとも言えない鈍い音が運転席に響き、それと同時にすごい 夥しい血雨みたいに血が飛び散り、乗客らしい人達の悲鳴が私の後ろから聞こえてきました。
私は目の前の光景に硬直し、後ろに乗車している同僚からの無線にしばらく応答する事が出来ませんでした。
「ドンドンドン!!」誰かが運転席の窓を叩く音に漸くわれに帰り、後ろにいる同僚に人をはねてしまった 事を報告し、目の前に広がる光景を恐怖のあまり震えながら見ていました。 すると外からすごい音がしてして、運転席の窓を水で洗い流していました。 「もしかしてこのままこの電車で運転するの?」いゃな気分のまま、その光景を見ていると、駅にいた駅長が少し 電車をさげる様にと指示してきたので、震える手で少し電車を後ずさりさせました。 外にいる駅員がもっと下げろと指示してくるので「もうやだ」と思いつつ少しずつ少しずつ後ずさりさせ、 停車させました。
しばらくすると隣のホームに空の電車が着き、乗客を下ろしてそちらの電車に乗ってもらう様に アナウンスを流し、乗客を別の電車に乗り移らせ、24分遅れでその電車は駅から離れていきました。 私は人身事故を起こした恐怖から、全くなにもする事が出来ず、ただ言われるまま、ボーっとした意識のなか なにかをやっていました。
暫くしてやっと電車についていた血が洗い流せたのか、水飛沫の音がやんでいました。 駅長は私に駅に降りる様に指示し、後ろに乗っていた常務員に電車を車庫に戻す様に指示しました。 私は駅に降り立ち、まだボーっとした意識で電車と電車の間をじっと見据えていると、電車がゆっくり動いたかと思うと 駅から遠ざかって行き来ました。
電車がい無くなってから気付いた事なんですが、数名の駅員が遺体をビニール袋にビニールで手を覆い、 拾いあげているのが見えました。 風がフッと横切るとなんとも言えない生臭い匂いが鼻に付き、早くこの場から立ち去りたかったのですが、 どうしても怖くて体が言う事を聞いてくれず、駅員が死体を拾っているのをボーっと見ているだけでした。
駅長が私に「こちらへ来るように」と背中から手を取ってくれて、私はボーっと連れていかれるままに 駅長室に行き、人身事故の事をあれこれ聞かれ、警察にもあれこれ事情徴収されたのですが、 その事について私が何を言ったのか、あまり憶えていません。

それからです。私があれだけあこがれていた運転手だったのに、運転席に座れなくなったのは・・・・・。 事故を起こしてから、暫く休暇をもらって休んで、少しは気持ちが落ち着き、出勤して運転席に座った瞬間、 あの事故の光景が目の前に現れる様な気がして、電車から降りて全く勤務する事が出来なくなりました。 しかし、生活しなければなりません。私は電車を乗る事を止め、駅員になる事を決め、配属移転を出して ちょっと田舎でしたが、そこの駅員になる事になりました。
のどかでここが都市部から1時間ほどしか離れていないとは思えないほど、穏やかで静かな駅でした。 山に囲まれ、ちょっと古い建物の駅。私の傷ついた心がなんとなく洗い流されていく気分にさえなり、 私は少しづつですが、元気を取り戻しつつありました。 それなのにどうしてまた私の前で自殺なんか・・・・・。

夏なので6時と言ってもまだ晴れている日は明るいはずなのに、今日は少し雲が濃く、薄暗い天気でした。 私のいる駅は山に囲まれているせいか、かなり暗く感じ、駅の構内にある電灯がやたらとむなしく 光っている様に見えました。
6時13分、急行電車が通過する時刻が近づいていました。 私と私と同じ駅に勤務しているAさんと構内に出て、白線内に入っている人はいないかチェックしていると、 自動アナウンスが「電車が通過いたします。白線内の内側に下がってお待ち下さい」となりました。
「ああ、電車もうすぐ来るんだな」
私は誰もいない構内をもう一度確認して電車の通り過ぎるのを待っていると、 鈍い音がし、電車が急停車しました。
「えっ!!」急いで音のした電車の千頭部分に走って行くと、そこにはAさんがいて顔が引き攣っていました。
自殺者です。 誰もいないと思っていたのに、自殺者・・・・・。きっと駅員に見られない様に、柱にでも隠れていたのでしょうか。 偶然にしても、また私の目の前にはあの運転席で体験した嫌な思い出が目の前にありました。

私は跡づ去りし、電車についている夥しい血や肉片をボーっ見ていると、自分の意志に反して駅員室に入って、 事故があった事をセンターに報告しました。暫くするとのどかな駅は一変して、けたたましいパトカーのサイレンが鳴り響き、 たくさんの警察官が小さな駅いっぱいに来ました。
私は何を思ったのか、いきなりビニール袋を数枚もって構内に戻り、Aさんに袋を渡して遺体を拾い集め始めました。
大方拾い集めれると、ホースを出してきて、水で電車を洗い流し、またセンターに報告してその電車 は乗客を乗せたまま走り去って行きました。
自分の意志に反して行動していたせいか、この事故処理の間の記憶が定かではありません。 警察官になにか聞かれたのさえ憶えていないのです。 ただ「ビクビク」とまだ動いている生温かい遺体の感触は、右手がしっかり憶えているようでした。

定年退職まで無事故で過ごす人もいれば、何度も事故に出くわす人もいます。私も何度も事故に出くわす 人の一人なのでしょうか?
霊とか全く関係ない話なのですが、偶然によって何度も人身事故を目撃する事も、一つの不思議な 話ではと思い、投書しました。