「狭心症治療」、と 「結婚40周年記念旅行」    (写真に触れると、簡単な「説明文」がでます。)    2005/10/24.〜 25. 


『 私の脳梗塞は、主幹動脈にコレステロールが付着して、「狭窄」していたことが原因であるらしい。
その処置をするには、主幹動脈にステントと呼ばれる形状記憶合金製のものを挿入し、動脈を広げる手術をするである。  
この手術は、合計 3回受けた。
脳に行っている主幹動脈は4本あるらしいが、私の主幹動脈は その内一本が正常、 後の3本は酷く狭窄していた様だ。 
だから 計3回の手術を受けた。
その結果 現在の私の主幹動脈は、今は正常に流れている。
この処置をした事で、「脳梗塞」の「再発」は、大幅に改善されたと思っている。』


「狭心症の治療」

実は、 私には もう一つ 狭心症の治療が残っていた。
これは 最近まで 投薬で落ち着かせていたが、担当医からは 血管内へカテーテルでバルンを挿入、
血管を広げる処置をした方が良い、と薦められていた。
この処置は、単に広げる処置だけであれば 一泊二日の入院で出来る心配ない手術で、と 担当医は、言っていた。
今回 担当医の言う事に従い、思い切って 処置して貰う事にした。


「狭心症」の治療の日は決まっていて 毎週 水曜日に行われる。

( 「狭心症」の治療は →  処置する前に事前に心臓へカテーテルを挿入、心臓の血管が詰まっていたり、狭くなっていないかを調べ、
狭くなっている箇所にバルーン(風船の様な物)を入れ、 血管を広げて血流を、良くするのである。

「狭心症」の多くは(手首)から動脈に入れ、そこから直径2〜3cm前後のカテーテルを心臓まで入れ、
造影剤を注入、 狭くなっている箇所、 その程度を見て 医師が判断し処置方法を決めるのである。)

処が 事前の検査の結果、 私の心臓(冠動脈)は、動脈硬化が進んでおり、 
即ち コレステロールが血管の中に付着、血流を阻害していた。  これが「狭心症」の原因である。
詳細のところは分からないが、 それも一部コレステロールが石灰化しているらしい・・・・・。


1回目の治療は10月20日(水)に行われた。
最初 カテーテルを手首から入れたが予想以上に石灰が進んでおり、思うようにカテーテルが入らず断念。 
日を改める事になった。
今度は、足の付け根から入れる事になった。

10月26日(水)   2回目の治療が行われた。
足の付け根からカテーテルを入れた。  今度は上手く行った。
石灰化したステロールもベテラン医師のお陰で「削り取る」事が出来た。
後日 医師に聞いた所によると、「削り取る」のに大変苦労したらしい・・・。

2個のバルーンが入れられた。  2時間程度要した。
私は終始意識があり、「カテーテル」等 を見ていた。
 「狭心症の治療」は、成功した。


「結婚40周年記念日」を迎え、「「志摩半島」へ行ってきました。

入院の途中で、私達は「結婚40周年記念日」を迎えた。
私達が結婚したのは、丁度40年前の10月21日である。

検査も終った「土、日曜日」、 担当医に了解を得て外泊する事にした。
 但し 2泊はダメであった。

何ヶ月も前にホテルは予約してあった。
娘達が妻と相談して計画を立ててくれた。
又 娘達夫婦が祝ってくれた。  本当に嬉しかった。

10月23日(土) 〜 24日(日)ある。

ホテルから英虞湾を見る  行き先は、リアス式海岸で有名な「志摩半島」である。
予約したホテルは「メルパ−ル伊勢志摩」(郵便貯金総合保養施設)である。
名古屋からは、「東名阪自動車道」、亀山から「伊勢自動車道」を通り、「伊勢西IC」で降り、
260号線を「大王崎(燈台)」の方へ行った所の先端に、その「ホテル」はあった。  
距離は、片道=約380kmであった。  過去に行った、「スペイン村(パルケエスパーニャ)」の近くである。

メルパール伊勢志摩の全貌その「ホテル」には、車椅子も常備されていた。 
「メルパ−ル伊勢志摩」は、郵便貯金総合保養施設にも拘らず 設備の優れた「ホテル」であるとの印象を持った。
部屋も広く、ゆったりとしていて 景色の良い部屋であった。

今回行ったメンバーは、何時もの孫が計3人、長女夫婦、次女夫婦、それに妻、私である。
2台の車で行った。 今度は入院中でもあり、私の運転する出番は無かった。
病院の朝食後 AM 8:00に長女の車で病院まで迎えに来てもらい、出発した。

婦長に挨拶して出掛けた。
前日担当医からは、「決して 無理はしないように・・・・。」と注意されている。

次女夫婦とは、携帯電話で連絡を取り合い、現地で落ち合う事にした。

「ホテル」へチェクインした後 皆は「ホテル」内のプールで泳いだ。
私は写真を撮りながら散歩した。
メルパール伊勢志摩の展示品
又 夕食の前 私を除く家族は「ホテルの風呂」へ行った。
 私は部屋の風呂で我慢した。
夕食はバイキングである。
海辺の「ホテル」だけに 「的矢牡蠣」、「魚」が美味しかった。

明くる日の朝食も、「バイキング」であった。
朝食後 皆で「ホテル周辺」を散歩した。
娘がホテルの車椅子を借りてきてくれ、 孫を含め、皆が交代で車椅子を引いてくれた。
私も危なっかしい歩行で砂浜を少し歩いてみた。

12時前に、ホテルをチェックアウトした。
「昼食を食べる所」をフロントで聞いたところによると、「田中家」と言う 「魚」の美味い店があると言う。
パール道路そこで昼食を食べた。
「田中家」は「魚」も美味く、サ−ビスも良いので、皆が満足をした。

「鳥羽」までパールロードを走った。  天気も良く絶好のドライブが出来た。
遠くに「伊良湖岬」が望めた。

「伊勢名物・赤福餅」本舗(内)
「鳥羽」では、「伊勢の名物=赤福餅」を食べ、又 娘達には「みやげ」に持たせた。

帰りは、往の道を戻った。
 途中 「亀山SA」で軽い食事をした。  私は「ラーメン」にした。
ここで 次女夫婦達と分かれた。
 病院へは長女の車が送ってくれた。
PM 8:30分であった。

国立病院のベット 10月26日(水)   2回目の治療が行われた。
「狭心症の治療」は、成功した。

手術後は、目立った苦痛の無く、「歩行訓練」 「TV」に明け暮れた。


この処置をすることにより、一連の「脳梗塞」絡む心配は取り除いた事になる。