kyouto_ryokou
「京都」へ行きました。 (写真に触れると、簡単な「説明文」がでます。) (2007年11月23〜24日 )
今回の「京都」への旅行も、何時ものメンバーである。 (我々夫婦と、2組の「娘夫婦」、孫=計3人の 合計9人である。)
車は、何時も乗せてもらっている、「トヨタ・レジアス」。 運転手は、「レジアス」の持ち主である、次女の主人である。
何時も冷静なドライバーである。 今回も頼りになる「ドライバー」で振りあった。
今回の旅行は(1泊旅行)である事から、朝6時過ぎに出発した。
往きは、一宮ICから「名神高速道路」を走り、「京都東IC」で降りた。
3連休の初日でもあり、(名神高速道路)も交通量が多かった。
途中 関が原で「伊吹山」が、綺麗に観えた。
「多賀サービ・スエリア」で簡単な食事を取った。 次女が、美味しい「サンドイッチ」を作って来てくれた。
「京都」に入り、真っ先に 「金閣寺」へ行った。 「紅葉」が、目に入った。 素晴らしい「紅葉」である。
「金閣寺」は、(1397年)、足利義満の別荘として造営された「北山殿」が始りで、義満の死後 臨済宗の
寺院となった。
正式名称は「北山鹿苑寺」言うが、極楽浄土をこの世に表現したいといわれる金閣があまりにも有名に、
成ったため、「金閣寺」と呼ばれている。
私が「金閣寺」を訪ねたのは、3〜4回である。 「金閣寺」は、何時 観ても豪華絢爛な建物である。
夢中で写真を撮った。 「金閣寺」の拝観料は、身障者、同伴者(1名)は無料であった。
元気な時は、「金閣寺」は もっと 美しかったと思う。 今では、写真を撮るのが やっとである。
広い「金閣寺の境内」を歩くだけで、骨が折れた。 石段があり、以外と起伏がきつかった。
(「龍門滝)→(高さ) 2・3mの滝で、「鯉が滝を登って「龍」になる」と言う(中国の故事「登竜門」)に因んだ「滝」があった。
「金閣寺」に、来て良かったと思った。

今日の宿泊は、(渡月橋の2〜3Kmの所にある、在る)「メンバーズ HOTEL(SUN・メンバーズ)である。
まだ 時間も有るので、「渡月橋」まで、行く事にした。 Hotelで車椅子を借りて、みんなで引いてくれた。
(「渡月橋」は、嵯峨天皇が「法輪寺を」参拝するために造った、全長155mの橋である。
建設当時は、100mほど上流にあったが、慶長11年(1606年) 今の場所に・・・・・。
春は桜、秋は紅葉の名所になっている。)
「渡月橋」の道路は、連休の初日でもあり、非常に混み合っていた。 それでも 何とか車椅子は通ることができた。
(Hotel)へ行く前に、京都市内にある(健康ランド=風呂)へ立ち寄った。 何故なら、その「Hotel」には大浴場が無かった・・、からである。
私は足が悪いから 「Hotelの風呂」で良かったのだが、皆が「健康ランド」を希望したので「健康ランド」へ行くことになった。
(孫の「雄太君」、大輝君」)が、背中を流してくれた。
Hotelへは、事前に 夕食(和食)が頼んであった。 「京都料理」は、美味しく戴けた。
二日は、 「朝 9時に出発」、 「嵐山」、「竹林」へ行くことにした。
「嵐山」は、既に 混み合っていた。 駐車するのが困難と思われた。
しかし ドライバーの「大ちゃん」は、駐車場を探して来てくれた。
前日の「京都料理」が美味しかったので・・・・、Hotelの朝食は、適当な所で取る事に決めた。
「渡月橋」を曲がったところに、1軒の「うどん屋」あった。 その「うどん屋」へ入った。
そこの「うどん屋」は、 安く、 美味しい「うどん」を食べさせた。
(腹ごしらえ)が出来たので・・・・。 今日は「竹林の道」を散策することにした。
散策に出掛ける前に、娘達が(観光協会)で車椅子を借りてきてくれた。 全員が代わる代わる押してくれた。
「天龍寺・北門」、「野宮神社」、「竹林」、など・・・・を 散策した。 混み合っていたが、「人力車」が走っていた。 紅葉が綺麗だった。
昼近くに、「竹林」をでた。
今回の予定の所は、全部 行った。 もう 帰るだけだ。
「大ちゃん」の案で、帰りに 「比叡山延暦寺」へ連れて行ってくれると言う。 みんな喜んだ。
「比叡山延暦寺」は、伝教大師(最澄)により開かれた、「天台宗の総本山」である。
広大な寺域は、京都と「琵琶湖」にまたがっている。 国宝や重要文化財を多数有している。
又 紅葉と桜が美しいことでも、有名である。
「比叡山ドライブ・ウエイ」を終点まで上った。 「琵琶湖」側の夜景が素晴らしかった。
その夜は、満月の様な月が出ていた。
「京都旅行」は、天気も良く暖かな日で良かった。
家族の皆に、感謝したい。
3人の孫達も、大いに盛り上げてくれた。 本当に、楽しい、素晴らしい旅行でした。