「鳴門の渦潮」を見てきました。   (写真に触れると、簡単な「説明文」がでます。                      2008年 9月13〜15日

私達の今回のメンバーも、何時ものメンバーである、(我々夫婦と、2組の「娘夫婦」、孫=計3人の 合計9人である。)
宿泊は、「会員制のホテル(XIV)」である。 約1年も前に、予約してあった。「会員制のホテル(XIV)」
 今回の車は、何時もの「トヨタ・レジアス」では無く・・・・、 9人が、悠に乗れる「レンタカー」(ハイエース)にした。 
 運転手は、「技術の優れた」 次女の主人である。   本当に頼りになる「ドライバー」である。   
 何時も、冷静な運転をしてくれる。 

 出発の朝、6時に迎えに来てくれた。  近くの長女の家へ迎えに行き、 6時半前に出掛けた。
 今回の行き先は、「鳴門海峡の渦潮」見学と、「淡路島観光」他である。
宿泊先は、「会員制のホテル(XIV)」である。   約1年も前に、予約してあった。

往きは、「名神高速道路」で、「神戸」まで行き、 → (神戸)から「明石海峡大橋」を通り、「淡路島」へ渡った。
「名神高速道路」の「神戸」は、(連休の初日の所為か)渋滞していた。  その為 一部 (一般道)を走った。
私が(現役の当時)、「神戸」には 何度も来ているが・・・・・。 当時の「面影」は、全く 無くなっていた。
これは 「神戸・淡路・大震災」の所為(せい)であると、思った。

神戸から→「神戸淡路鳴門自動車道」に入り、「明石海峡大橋」までは、「直ぐ」であった。  世界最大級の吊橋→「明石海峡大橋」  明石大橋を吊っている「ワイヤー」
 突然 目の前に「世界最大級の吊り橋」が、現れた。  慌てて (シャッター)を押した。        
 「淡路島」である。   先ずは、「明石焼き」で腹ごしらえをした。
 対岸は、神戸の町である。   展望台から中に「吊橋を入れて、写真を撮った。
「明石海峡大橋」を吊っている「巨大なワイヤー」が展示されていた。( ワイヤーの説明書 )
次に訪れたのは、「あわじ・花さじき」である。「あわじ・花さじき」
「あわじ・花さじき」は、花の島にふさわしい「花の名所として」 兵庫県が、平成10年に設置したものである。
一面に、「サルビヤ」が咲いていた。  「ラベンダー」も植えられていた。  
「コスモス」も植えられていたが、 未だ 少し 早かった。  
360度の展望が楽しめる「テラス・デッキ」へは、不自由な足で一人で登った。  
階段で苦労したが・・・、転倒は、なかった。                          


「北淡震災記念館」次に行ったのは、「北淡震災記念館」。    震度体験 ・ (震度7)を体験)
平成7年1月17日、午前5時46分に発生した、(兵庫県南部地震)「阪神・淡路大震災」は、
(マグニチュード→7.3、 最大震度→7)を記録し、 死者=6、424人)。  
戦後最大の被害をもたらした。   
淡路市でも、長さ約10Kmの地震断層が出現。 (中でも「野島断層」は、道路、生垣、田畑の畦(あぜ)など、破壊状況がみられ、今 尚(地震エネルギー)の巨大さと、断層運動による複雑な地表面の変形に見られる「自然」の脅威を如実に、語りかけてくる。
「野島断層」の道路、生垣、田畑の畦など・・・・・を、見学した。  また 皆は、震度→7の揺れを体験したが、 私は、遠慮した。
そこで、昼食を食べた。


(徳島県・渦の道)2日目 → 今日は、 愈々 「鳴門海峡の渦潮を見る日」だ。 渦を巻く海流  
話には聞いてはいるが、見るのは初めてだから(わくわく)した。
連休のためか?  車が渋滞しており、駐車場へ車を止めるのに、約1時間程掛かった。

「大鳴門橋」の橋桁(はしげた)の空間を利用して作られた、「海上遊歩道」は → 「エントランス」から(先端の展望台まで)長さは、450m。
途中 100m毎に、休憩所が設けられており (ガラスの床から)、45m下の海面を見ることが出来る。 「船」 と 「渦巻き」

これを見る私のために 車椅子を借りて、 代わる代わる 皆で牽(ひ)いてくれた。 孫達 → ( 雄太君、 と 大輝君 ) 
渦を巻く海流を、「ガラスの床から覗く」と 足が(一瞬 竦む(すくむ)思いがする。
「渦潮観測船(咸臨丸)その後 「観光船」に乗り、渦潮を近くから見た。  その「観光船」は、混み合っていた。  

本当に、来て良かった・・・・・・・。 と 思った。    皆に感謝したい。 

ホテルへ帰るとき、 (夕日が・・・)海面を照らして綺麗だった。



3日目 → 今日は、帰る日。   朝の内 少し 雨が降っていた。  

午前中、「イルカとふれあえる」公園(香川県)で、孫達を遊ばせた。
この公園は、「イルカと友達になれれる」を(キャッチフレーズ)に、(見る・感じる・体感する)云った、所である。
孫達は、「イルカとふれ合えた」事を喜んで、 触(さわれた、こと)を大いに自慢していた。

お昼は、(合併をして → 「さぬき市」)で、「讃岐うどん」を食べた。  私は、「釜揚げ・うどんの大盛り」にした。


高松市の「栗林公園」の近くを通り、帰ることにした。  「栗林公園」には、寄らなかった。 
途中で、〔「きらら」と言う(温泉?)〕で、汗を流した。  私も孫達の助けを借りて、風呂に入った。


帰りは、 丸亀市(香川県)から、「瀬戸中央自動車道」を経て、「岡山」から → 帰路に付いた。  (「ドライバー」に、全てを任せて・・・・・・。
私の「マンション」へは、 午前 2時過ぎに着いた。    
振り返ってみると、 この3日間は、充実した「3日間」であった。     


走行距離 = 合計 950Km。    皆さん お疲れ様でした。