海外の鉄道もの

丹東~大連 K644列車


 

北朝鮮を旅し、その後列車で中国の国境の街丹東に無事出国。1日丹東市内を歩き回った後、夜行列車で大連に向かった。

丹東から日本への直行便はなく、帰国するための移動であったが、理由はどうにせよ中国の列車(それも夜行)に乗るのは初めてなので、どんなものだか楽しみであった。



丹東駅。駅前にあるのは毛沢東の銅像。
 

その列車は19:35発で、19:10頃駅の待合室に向かう。待合室、というか駅の入口は軟座車と硬座車、簡単に言えば1等車用と2等車用に分かれていて、今回は安い方の硬座車。硬座車は望むところである。

この列車、時刻表とサボは「快速」となっていて、切符は「特快」となっていた。
ちなみに中国で一番早い種別が
「特別快速(特快)」、その次が「快速」となっていて、それぞれ列車番号の頭に「T」、「K」がついている。ということはこの「644列車」は「快速」だと思うんだけど・・・。

X線装置に荷物を通してから待合室に入る。列車に乗る前に手荷物検査があったのは初めてである。
待合室は大勢の人たちでにぎわっていた。待つほどもなく改札が始まる。



硬座車用改札口
 

列車はディーゼル機関車の後ろに客車12両+荷物車という編成で、私が乗る車両は一番後ろの12号車。



私が乗った車両の車両番号
 

丹東と大連は同じ遼寧省の中にあって、バスで7時間ぐらいの距離である。列車だとすごく大回りで10時間くらいかかるので、多くの人はバスで行くらしいのだが、それでもこの列車は満席のようである。
人口と、移動をする人数のわりに列車の本数が慢性的に少ない中国ならではで、日本ならこういう列車は成り立たないであろう。

車内は日本の3段式B寝台と似た構造で、3段ベッドが20列並んでいる。車内はいちおう禁煙のようで、車両両端にあるデッキが喫煙スペースのようになっている。デッキ近くにはトイレ1つと、洗面台が3つある。

定刻通り、19:35に出発。出発した時点ではもちろん全員起きており、通路にも人がうじゃうじゃいて居場所に困る。



発車直後の車内の様子。
 

この列車では、車掌の車内アナウンスがある。考えてみれば、海外で乗った長距離列車で車内アナウンスがあったのは、アメリカのアムトラック以来2度目である。

しばらくして車掌(おばちゃん)がやって来る。切符が回収され、代わりに寝台の番号が書かれた金属製の板状のものが渡される。そして降りる前になると、これと引き替えに切符が返ってくる仕組みになっている。



これがその切符。
「硬座特快臥」の「臥」とは「寝台車」のこと
 

車掌と入れ替わるように車内販売のワゴンがやってきた。何の気なしにミネラルウォーターを買ったら、大連の「旅服食品加工庁」製造のもので、鉄道のロゴが入っていた。



持って帰ってきたラベルの一部
 

発車して30分もすると、だんだんみんな自分の寝台に引きこもるようになった。といっても各寝台にはカーテンはない。見たところ、通路側に足を向ける人と頭を向ける人が両方いる。そのうち通路にあるイスが空いたので、そこに座って外を眺めるようになった。

それにしても窓が猛烈に汚れている。ウエットティッシュを4枚も真っ黒にして、ようやくきれいになる。土埃というより機関車の煙のような、油性の汚れである。
窓際には、誰かのお茶入りポットが置いてあった。基本的に列車内ではお湯は使い放題で、それを使ってお茶を飲んだりする道具は持参するのが通常のようである。

21時頃、車掌がやってきてカーテンを閉めてまわる。その際、窓際に置いてあるものはカーテンの内側に隠される。いちおう盗難防止なのだろう。
その直後、消灯。日本のように枕元灯などないので、本当にやることがなく、しょうがないので寝てしまう。

デッキのところだけは普通に照明がついているので、そこで持参の本を立ち読みしている人もいた。

 

翌朝4:50、車内の照明がつき、同時に車内に音楽が流れ、ほとんど強制的に起こされる。まあ大連着が定刻で朝の5時半過ぎなので、ある意味しょうがない。もちろん外は真っ暗である。

気がつくと列車は昨夜とは逆方向に走っていた。どこかでスイッチバックしたらしい。

5:42、定刻より約10分遅れで、車内に大連のテーマソングが流れる中、大連駅に到着。本当に暗いホームに降り、改札口へ向かう。
改札で「切符をくれ」というジェスチャーをしたら、「どうぞ」という感じで返してくれ、切符が手元に残った。なんだかんだと難クセをつけて絶対返してくれない日本の特にJRとは大違いである。



改札口から出たところ。
客引きがうじゃうじゃ。

 

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