海外の鉄道もの

トンイル号1222列車



私が、おとなり韓国の時刻表を眺めたり、韓国の鉄道に関する書物を見たりしてぜひとも乗りたいなー、と思っていたものがいくつかあった。
そのうちのひとつがこの長距離鈍行のトンイル号1222列車である。

韓国では、「特急」「急行」「普通」という表記は使わないで、それらにほぼ相当する形で「セマウル」「ムグンファ」「トンイル」という愛称を使っている。
日本のように愛称がたくさんあるわけではなく、とにかくこの3つの愛称だけ(以前は4つあったらしい)で、「トンイル号」といえばすなわち鈍行列車のことなのである。

で、この1222列車は釜山市内にある釜田(プジョン)駅から、ソウル市内にある清涼里(チョンニャンニ)駅まで行く鈍行列車。この2大都市の間には大幹線の京釜(キョンプ)線が通じており、速い列車がガシガシ走っているが、それに対してこの列車は、ほぼ全線単線の東海南部線と中央線をひたすら走る。日本でいえば、大阪から下関まで山陽線ではなく山陰線経由で行くようなものである。日本でも昔はそういう列車もあったが、今では絶滅している。一方の韓国では風前の灯火ながらまだ存在している。これに乗らない手はない。

ちなみに、この列車と対をなす下り1221列車(1222列車は上り)がある。しかしこちらの方は途中の停車時間の関係で所要時間が30分ほど短い。つまり、この1222列車が韓国で一番所要時間の長い列車なのである。

 

釜山駅6時発の東海南部線の近郊列車に乗り、釜田駅に向かう。12分で釜田駅に着く。

釜田駅は、側線が多くて構内が広い駅であったが、ホームは1面しかない。私が着いたホームの向かい側にはすでに目的のトンイル号1222列車が停車していた。

切符を買い直すため、一度駅の外に出る。この駅自体まだ釜山の町の中にあるが、駅舎は小さい。



釜田(プジョン)駅
 

ここで、「釜田→清涼里」の切符を買う。釜山からソウルまで、特急のセマウル号で行けば4時間半以下で行くところをこの列車は12時間半かけて行くわけで、こんなマニアックなことをする人は少ないだろうから何か言われるかと思ったが、窓口の人はきわめて事務的な対応であった。しかもちゃんと硬券切符であった。
ちなみに乗車時間12時間半で10,000ウォン(約1,000円)。物価の違いはあるにせよ、これだけ乗ってこの運賃は安い。



釜田→清涼里の切符
 トンイル号の切符は、どのような区間であってもこのような硬券切符です。
 

編成はディーゼル機関車+貨車2両+客車5両+電源車という編成。京釜線を走るセマウル号と、近郊列車を除けば、韓国内の列車はこのような機関車牽引の客車列車である。

そして、始発からけっこう乗車率がよい。この先蔚山(ウルサン)や慶州(キョンジュ)など大きな町があるのに列車の本数が極端に少ないせいもあるのかも知れない。
客車はどれも転換クロスシートだが窓が開かず、暖房が効きすぎていて暑くてしょうがない。ちなみに車両両端にある出入口は手動で、走行中も開けっ放し。日本も昔はこんな車両だった。車内は禁煙でデッキが喫煙スペースとなっており、このあたりは海外の列車でよく見るパターンである。



釜田駅にて出発前

 

6:25、定刻通り出発。しばらくは釜山の町が続く。鈍行列車らしく、短距離列車用の小駅を除いて全駅に止まるが、駅に停まるたびにゾロゾロと客が乗ってきてどんどん混んでくる。ハイキングに行くような格好の人も多い。いずれにしても、想像していたのとはかなり様子が違う。出発してしばらくすると、かなり濃い霧が出てきた。

6:50、海雲台(ヘウンデ)を出るとようやく町から抜け、しばらく海沿いを走った。主に山間部を走るこの列車が唯一見る海沿いの区間である。
この後、いかにもハイキングコースがありそうな駅でハイキング客が少し降りたりする。

8:06、蔚山(ウルサン)着。駅が町はずれにあるのか、大きな町という感じのない駅であるが、乗り降りは多い。サッカーワールドカップの試合が行われる町らしく、ホームには出場チームの旗が並んでいた。

8時半ごろ、霧がとれて晴れてくる。外は涼しいという感じ(ドアが開きっぱなしのデッキにいるとわかる)だが、窓の開かない車内にいるとムシムシする。何とかならんもんかと思う。


 

8:59、慶州(キョンジュ)着。有名な観光地のある大きな町の駅で、ここも乗り降りが多い。それにしてもここまで来てもまだ車内の乗車率は多い。



慶州駅に入線するところ

 

列車は慶州から東海南部線と分岐し、中央線に入る。これから終点の清涼里までひたすらこの中央線を走るのである。
両線の分岐は駅の構内ではなくその先の三角線となっている。韓国ではこのように路線同士の分岐地点は三角線になっていることが多い。慶州駅を出発するとその先の信号場で2手に分かれ、しばらくすると反対方向からの線路と合流する。

9:51、永川(ヨンチョン)着。この先にも大邱線との分岐となる三角線がある。
外はすっかり天気がよくなって車内もかなりムシムシしてきた。しかし、車内の空調は送風になっているだけである。私のバックにつけている温度計はなんと32℃を指している。この時点で車内はまだかなりの乗車率なのだが、みんなよくじっとしているもんだと思う。私はドアが開けっ放しのデッキで涼むことが多かった。
時たま車掌が車内を見回りにやってくるのだが、ここでさすがに暑いと思ったのか、ようやく冷房が入った。車両ごとの空調制御になっているのである。

 

こういう日本の田舎と何ら変わらない景色の中を走っていきます
 

11:41、安東(アンドン)着。ここも乗り降りが多い。釜田から乗車してきた2人の車掌がここで交代する。となりのホームには、12:00発の清涼里行きのムグンファ号が停まっている。あれに乗ればこの列車よりも2時間15分も早く清涼里に着く。

それにしても、ここまで意外と長距離区間乗車している人が多い。始発駅の釜田から乗っている客はさすがに少なくなったが、途中の慶州あたりから乗ってきた客はまだけっこう残っている。ただでさえ列車本数の少ない中央線のリーズナブルな鈍行列車ということもあるのだろうが、こんなに多いとは思わなかった。

12:10、甕泉(オムチョン)着。ここまで幾度となく反対列車とすれ違ってきたが、ここでこの列車と対をなす下り1221列車とすれ違った。



甕泉にて下り1221列車とすれ違い
 

12:20、その次の駅の平雲(ピョンウン)着。ここで20分停車するらしい。その間にさっき安東で見たムグンファ号に抜かされ、下りのセマウル号とすれ違う。その間ずっとホームに降りていたが、駅自体が山間の静かなところにあるので、「鈍行列車の旅をしているんだなあ」という感覚を満喫する。



平雲駅にてムグンファ号に抜かされる
 

平雲を出発すると、朝釜山のコンビニで買ったおにぎりで昼食。鈍行列車であるが釜田から車内販売員が乗車していて、ジュースを買う。

12:53、栄州(ヨンジュ)着。ここから先は韓国国鉄では珍しい電化区間となる。機関車が電気機関車に交換される。車内販売員もここで交代となった。



栄州で連結された電気機関車
 

今まで、ひたすら盆地のような農村地帯を走ってきたような感じであったが、栄州からは低いながらも山間部を走るようになった。鉄道と川に絡み合うようにして走る高速道路が目障りである。

山から抜けて、14:28、堤川(ジェチョン)着。ここでは降りる客の方が多く、全区間の中で一番すく(それでも半分くらいは席が埋まっている)。朝、始発駅に近い海雲台から乗ってきて、私の前の方の席でひたすらビールを飲み続けていたおっさん4人組もここで降りた。

堤川からしばらくは大貨物ターミナルがあり、唯一の複線区間となる。途中にその名も堤川操車場という駅がある。その次の鳳陽(ポンヤン)からまた単線。
この先、3駅立て続けにムグンファ号とすれ違ったり、追い抜かれたりするため7分、9分、9分と停車する。どれも町から外れた静かな駅で、ホームを歩き回っていた(車掌もそうしていた)。



静かな小駅で発車を待つ
 

16:02、原州(ウォンジュ)着。ここからまた客が乗ってくる。原州からはまたやや山間部を走るようになる。

16:41、楊東(ヤントン)から通学の高校生が多く乗ってくる。この区間には鈍行トンイル号が1日3本しか走っていない(しかもこれが上りの最終である)ので、不便な通学だと思う。彼らは3駅ぐらいで全員降りた。

17:26、元徳(ウォントク)着。ここですれ違うはずの下りトンイル号が遅れていて、8分遅れで出発となる。

17:41、楊平(ヤンピョン)着。沿線にあるソウルまでの最後の大きな町である。またかなり混み合ってきた。
このあたりから、広い川(漢江の支流)に沿う景色のよいところを走ることが多くなる。



いい眺め
 

18:20、綾内(ヌンネ)信号場。この先にダムがあり、またしばらく谷間の景色のよいところを走る。ちょうど正面から夕日が差し逆光になって余計よい眺めになっていた。

18:37、徳沼(トクソ)。ぼちぼちソウル市内が近づいてくる。この先、新線工事をやっていた。



再びゴチャゴチャしたソウル近郊の町並み
 

18:44、陶農(トノン)。もう完全にソウルの市街地に入る。最近、ソウル近郊の鉄道線はことごとく沿線に防音壁が立ってしまって景色がよく見えないのだが、ローカル線の中央線においても例外ではない。

そして19:00、定刻より7分遅れで夕暮れの終点清涼里(チョンニャンニ)着。
早朝から12時間半以上も乗り続けてきたのだが、なんだか終わってみればあっけないような気もした。
列車から最後に降りると、行先標が早くも「清涼里→釜田」に変わっていた。この車両は毎日この区間を往復しているらしい。

 

清涼里駅

 

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