『微細構造定数の彼方に』


馬場秀和



In 1974, Frank Drake, Carl Sagan, and several other scientists sent the Arecibo Message into space. But it would take 22,800 years for the message to reach someone in M13, ...unless they come to us first.

1974年、フランク・ドレイク、カール・セーガンなど数名の科学者たちが宇宙に向けて「アレシボ・メッセージ」を送信した。目標としたM13星団にメッセージが届くのは2万2800年も先のことである。ただし「彼ら」の方からこちらにやって来ているのなら、話は別だが。





 それでは映画『UFO―オヘアの未確認飛行物体』(原題『UFO』)について理屈っぽく語ろう。(注:本稿は「UFO手帖5.0」の特集、映画『UFO―オヘアの未確認飛行物体』のために書かれたものです)

 この映画のストーリーの中心になっているのは、異星人から送られてきたメッセージの解読作業である。UFOやオカルトをテーマとした映画ではこういう過程は省略されることが多いのだが、この作品は違う。メッセージはきっちり論理的に設定されており、上映時間の大半はその解読作業の描写に費やされる。タイトルが何であれ、これはUFO映画であると同時に、本格的なSETI(地球外知的生命体探査)/コンタクトテーマSF映画でもあるのだ。

 本稿では、この映画におけるメッセージの解読作業に焦点を当て、できる限り詳しく解説する。ドラマ部分、全体的なストーリーについては極力言及を避けるつもりだが、何しろ解読作業そのものがメインプロットといっても過言ではない作品なので、どうしてもある程度までいわゆるネタバレが含まれてしまうことをご了解いただきたい。本稿を読んで内容が気になった方は、ぜひ映画を観てほしい。よろしく。



【はじめに ――何がデレクをそうさせたか】

 映画におけるオープニングシーケンスはとても大切である。最初の数分で観客の心をぐっとつかみ、状況を理解させつつ、これから起きる出来事への期待を高め、払ったチケット代だけの価値がある作品を観ようとしていると確信させなければならない。その点、この映画は完璧だ。数分間に渡って暗い画面にひたすら文字と数式だけが映し出され、微細構造定数とアレシボ・メッセージについて観客に教えてくれるのだ。

 ともあれ、この部分をスキップしてはいけない。ここには重要な伏線と前提知識が提示されているからだ。簡単にまとめておこう。

前提知識1

 微細構造定数とは、電磁相互作用の強さを表す無次元の物理定数であり、この宇宙のどこであっても同じ値になる。

前提知識2

 宇宙で最もありふれた物質である水素原子が放射する電磁波の周波数と波長は、微細構造定数によって決定されている。

前提知識3

 微細構造定数の値を現在の素粒子理論から導き出すことは出来ない。その正確な値は、今のところ測定によって知る他はない。



 さて、2017年10月17日の午後3時、オハイオ州シンシナティのノーザンケンタッキー国際空港でUFOが目撃された(補足1)。地元シンシナティ大学に通う学生であるデレク・エカヴァロー(以降、デレク君)は、その際に管制塔との間で交わされた交信記録を入手。その音声データに混ざっていたノイズに注目する。

 ノイズを解析してみると、「音あり」「音なし」の状態が0.1秒刻みで切り替わっていた。これはモールス信号のようなバイナリコードだと考えたデレク君は「音あり」を「O」、「音なし」を「-」で表記したチャート(以降、デレクチャート)を作成する。

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It's a sequence of tones. Each is one-tenth of a second represented here by these circles, and then the dashes are one-tenth of a second of silence, so in total, it's 2,623 symbols which comes out to four minutes and 23 seconds.

「音のシーケンスだ。"0"が示す1音は1秒の10分の1、ダッシュは1秒の10分の1の無音。合計すると2623個の記号で4分23秒に相当する」(日本語字幕より)
――――

 実はこのデレクチャートが大問題なのである。

 普通、音響シグナルをバイナリコード化するときには「音あり」を"1"(ワン)、「音なし」を"0"(ゼロ)で表す。デレク君もバイナリコードとして数値を語るときにはこの記法に従っている。ところがデレクチャートについて語るときには、彼は無造作に「O」(サークル)と「-」(ダッシュ)のデレクチャート記法を使うのだ。観客は、デレクチャート記法における「O」をバイナリコード"1"に、同様に「-」を"0"に置き換えて考えないと理解できなくなる。しかも、まずいことにOと0の形が似ているため、これがさらなる混乱を引き起こす。

 例えば、前述した日本語字幕を見てほしい。「these circles」という部分、デレク君は「サークル」と言っており、これはデレクチャートにおける「音あり」を示す「O」を指している。これはバイナリコードでは"1"に相当する。ところが日本語字幕ではこれを「"0"が示す1音」と訳しており、これは誤訳だ。形が似ているのでOと0を混同したのだろう。とはいえ翻訳者の責任というよりは、デレク君の責任が大きいと思う。他人と会話する前に、普通のバイナリコードに統一しておくべきだった。

――――
it's a 14-bit because you've got 14 circles here at the beginning and at the end. So, if it is 14, this chunk (O--O--OO-OO--O) comes out to 9,433 okay?

「これはたぶん14ビットだ。最初と最後に14個の"0"があるから。14ビットが正しければ、この塊は9433になる」(日本語字幕より)
――――

 正直にいうと、最初にこの映画を観たとき「O--O--OO-OO--O」がなぜ9433になるのか、さっぱり分からなかった。その前の「最初と最後に14個の"0"があるから」というのも意味不明。だって開始や終了を示すコードが連続"0"(音なし)のはずがない。それではいつ始まっていつ終わったのか、メッセージの境界が分からないではないか。

 落ち着いて考えてみよう。まず「最初と最後に14個の"0"がある」というのは、すでにお分かりの通り、誤訳である。デレク君が「O」(サークル)と言うときは、それはデレクチャート記法であり、通常のバイナリコードでは"1"に相当するのだった。つまり正しい訳は「最初と最後に14個の"1"がある」であり、これなら意味が通る。

 無音状態から14個の"1"(音あり)でメッセージが始まって、最後にまた14個の"1"(音あり)で終わって無音状態に戻る。これは明らかにメッセージの開始コードと終了コードだ。しかもこのメッセージを14ビット毎に区切って読めという指示にもなっている。「これはたぶん14ビットだ」とデレク君が言ったのは、そういうことだ。

 デレクチャートを14ビット毎に区切ってゆくと、前述の通り「O--O--OO-OO--O」という箇所が出てくる。これを通常のバイナリコードで表記すると"10010011011001"になる(くどいけど、デレクチャートにおける「O」はバイナリコードでは"1"に相当することに注意してほしい)。これを二進数と見なし、十進数に変換すると、おお、確かに9433になる。ふう、これでようやくデレク君のセリフの意味が分かった。デレクチャートにおけるO--O--OO-OO--Oは、二進数にすると10010011011001、十進数にすると9433だ。しかし、もう少し分かりやすく説明することは出来なかったのか。

補足1

 午後3時というのは、空港の壁にかけられた時計の映像で確認できる。
 ところで本作の元ネタである「オヘア空港事件」が起きたのは、これより10年以上も前の2006年11月7日、場所はシカゴのオヘア空港。場所も時間も全然違う。したがって日本語版サブタイトル「オヘアの未確認飛行物体」というのは真っ赤な嘘である。とはいえ、原題『UFO』のそっけなさはあんまりといえばあんまりなので、何でもいいからサブタイトルを付けたくなった映画配給会社の宣伝担当者の気持ちも理解できるというものだ。それで興行収入がどれだけ増えたかは疑わしいが。



【第一問 これがメッセージであることを示せ】

 今、デレク君の手元には、2623ビットのバイナリコードがある。いったいこれは何なのか。もちろんUFOからのメッセージという可能性はある。しかし確信は持てない。空港の通信設備のエラーかも知れないし、仮にUFOから放射された電波だとしても、エンジンか何かから漏れた周期的な雑音に過ぎないかも知れない。そこでデレク君が最初にやらなければならないのは、これが正真正銘のメッセージであり、解読すべき情報だということを明らかにすることだ。どうしたら、そんなことが示せるだろうか?

 デレク君は2623ビットのバイナリコードを前述した通り14ビット毎に区切って、それぞれを14桁の二進数と見なして、ひとつひとつ十進数に変換してゆく。開始コードと終了コードを含めて、187個の数値が得られる(補足2)。そのなかに7297という数字を見つけたデレク君は、それが微細構造定数を示していることに気づくのだった。

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And it's close to 0.007297. That's the Fine-Structure Constant, but it's in 14-digit chunks. I mean, anyone who knows basic math and physics, knows numbers like 3.14159 and 0.007297.

「数字は約0.007297、14ビットで表されたFSCだ。数学や物理の学習者には3.14159や0.007297は基本の数字だ」(日本語字幕より)
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 FSCとは微細構造定数のこと。前提知識1を思い出してほしい。

前提知識1

 微細構造定数とは、電磁相互作用の強さを表す無次元の物理定数であり、この宇宙のどこであっても同じ値になる。

 0.007297が(3.14159と同じく)誰でも知ってる常識的な数字かどうかはともかく(小賢しい理系の若者はこういうことを好んで口にする悪い癖がある)、たしかに200個もない数値(しかもその大半は区切りのためのゼロ)のなかにこの値が出てきたというのは、偶然とは考えにくい。

 というわけで宇宙のどこであっても同じ値になる無次元の物理定数がいわば「署名」として書かれているという仮説は説得力を持つ(補足3)。もしそうなら、これは雑音ではない。微細構造定数を理解し、数値を見れば相手もそれを理解するだろうと期待している、誰かからのメッセージなのである。

補足2

 興味深いことに、2623は14の倍数ではない。2623ビットのメッセージを14ビットで区切ってゆくと、187個の数値と5ビットの余剰が出る。なお実際には、数値として使われているのは183個(2562ビット)だけで、残り61ビットは余剰扱いとなっている。後述するように、グリッド構成で表示したとき最右列に並ぶ部分だ。これは美しくないが、メッセージ長を半素数(二つの素数の積)にする必然性があるため仕方ないのだ。詳しくは補足5を参照のこと。

補足3

 物理定数が無次元というのはつまり、単位がない、比率を表す数値だということ。同じ物理定数であっても例えば「真空中の光速」は299792458メートル/秒であり、メートルや秒といった地球特有の計測単位で表されている。もし私たちが異星人へのメッセージに299792458という数値を含めたとしても、メートル法を知らない異星人にこれが「真空中の光速」だと伝わるはずがない。その点、微細構造定数は比率を表す値であり、異星人がどんな計測単位を使っていようとも、値は(十進数で表記すると)0.007297になる。これが「署名」として有効な理由だ。



【第二問 メッセージ解読作業の制限を明らかにせよ】

 よろしい。微細構造定数による「署名」が示す通り、これが解読すべきメッセージだとしよう。次に問題になるのは、いつまでに解読すればよいのかという時間制限だ。制限がなければ、デレク君だって、レポートやテストが終わってからゆっくり解読に取りかかることだって出来たし、そうなれば映画のストーリー展開も大きく違ってきただろう。ガールフレンドであるナタリーにふられることもなかった。いやそれは時間の問題だったかも知れないが。

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Then there's 2,623 times 2,953. Okay so 2,623 is the total number of bits in the signal. Each one is one-tenth of a second long. That comes out to roughly 774,572 seconds. So that's almost exactly nine days, okay.

「2623x2953。2623は信号に含まれるビット数の合計でそれぞれ1秒の10分の1。計算すると約77万4572秒。ほぼ9日になる」(日本語字幕より)
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 またもや、よく分からない会話である。ゆっくり考えてみよう。

 デレク君は、十進数にして2623という数値がメッセージ中に明記されていることに注目する。なぜなら、これは明らかにメッセージ全体に含まれるビット総数だから。そして2953が続く。これが「(2623ビットから構成されている)このメッセージを2953回送るだけの時間」を表していると解釈したデレク君は、それを実時間に換算してみる(補足4)。

 前述の通りメッセージは1ビットあたり0.1秒で送られている。したがって2623ビットのメッセージを1回送るのに必要な時間は、0.1x2623=262.3秒。これを2953回送るのに必要な時間は、262.3x2953=774572秒。これは12910分に相当し、それは215時間、すなわち9日に相当する。「ほぼ9日になる」という言葉は正しい。

 では時間計測の原点はどこだろうか。もちろんこのメッセージが送信された時点だ。すなわち(米国ローカル時間にして)2017年10月17日午後3時。そこから9日後というと、2017年10月26日午後3時。それがメッセージ解読の期限である。この時点であと6日しかない!

 デレク君はすべてを投げ捨てて解読作業に没頭してゆく。ここから映画の画面には適宜残り時間が表記されることになる。

補足4

 なぜデレク君が2623x2953を「(2623ビットから構成されている)このメッセージを2953回送るだけの時間」と解釈したのかは謎だが、おそらくまず計算してみて、結果が地球の自転周期(86400秒)の整数倍になるよう慎重に選ばれていることに気づいて、後知恵で制限時間を表していると判断したといったところか。あるいはもう一つの可能性がある。メッセージは何回かくり返し送信されたらしいのだが、くり返しのたびに、他の部分はまったく同じなのに、ここの数値2953だけが2952、2951という具合にカウントダウンされていたのではないだろうか。これなら確かに、この数値がタイマだという推測は強い説得力を持つ。



【第三問 メッセージを解読せよ】

 ここでもう一度メッセージ長に注目してみよう。なぜ2623ビットなのだろうか。2618ビットか2632ビットなら、ぴったり14ビットで割り切れて美しいのに。あえてメッセージ長を2623ビットにした理由とは。

 もちろん、2623が半素数(二つの素数の積)だからだ。すなわち、2623=61x43。

 メッセージの作成者にとって、メッセージ長が半素数であることが14ビットで割り切れるよりもはるかに重要だったことが分かる。その目的は?

 ここでデレク君は「アレシボ・メッセージ」のことを思い出した(補足5)。アレシボ・メッセージと同じ手法が使われているのではないかと考えたデレク君は、メッセージを構成している2623ビットを縦61ビット、横43ビットのグリッド(格子状)に配置してみる。するとそこに現れたのは……。

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2623 doesn't have any other divisors other than 43 and 61, does it? Those are both prime. So, if I resize the window 61 by 43... it's a grid! All the dots line up! Why didn't I see this before? They wanted us to know that 2,623 meant something, like the Arecibo Signal. The signal that Frank Drake and Carl Sagan sent out in space in the '70s, right? That was a semi-prime number too.

「2623の素因数は43と61だけだよね。どちらも素数だ。ウインドウのサイズを61x43にしてみよう。グリッドだ。"0"が並ぶ。今、気づいたよ。2623に意味があると知らせてたんだ。同じだよ。1970年代に宇宙に送られたアレシボ・メッセージとね。あれも半素数だった」(日本語字幕より)
――――

 ビット列を縦61ビットx横43ビットのグリッドに配置してみたところ、二つの数式が縦横にあらわれ、それらがX軸とY軸、つまり平面上の直交座標系を構成していることがわかる。異星人からのメッセージ本文は、座標系の形で表されていたのである。

 展開された座標系を見ると、X軸は「9433x38」という数式であり、Y軸は「9433x22」という数式だ。

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The only things we don't know are these two lines. 9,433 times 38 and 9,433x22. Maybe they're landing patterns, or maybe they're coordinates.

「この2つの数式が謎です。9433x38と9433x22。着陸パターンか座標かもしれない」(日本語字幕より)
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 何だよ着陸パターンって。どう考えてもこれは座標だろ。ここへ来いと場所を指定しているのだ。では座標系の原点はどこか。もちろんメッセージが送信された場所、すなわちノーザンケンタッキー国際空港だ。9433は何らかの距離単位を表しており、このメッセージの本文は「ノーザンケンタッキー国際空港から、東に38距離単位、北に22距離単位の地点」を指しているというわけだ(補足6)。

 やるべきことが見えてきた。あと少しだ。がんばれデレク君。

補足5

 1974年11月16日、地球から宇宙に向けて送信された「アレシボ・メッセージ」のメッセージ長は1679ビット。この1679が半素数(1679=73x23)であることには重要な意味があった。この1679ビットを73x23のグリッド(格子状)に並べたとき、そこにイラストが表れるという仕掛けになっていたのだ。人類はグラフィックという手段を用いて異星人との意思疎通を試みたのである。もしも(映画のオープニングシーケンスで強く示唆されていたように)太陽系の近くを航行していた異星人がアレシボ・メッセージを受信して地球にやってきたのだとすると、彼らが送ってきたメッセージにも同じ仕掛けが採用されていることは容易に想像がつく。メッセージ長2623が半素数だと気づいたデレク君は、そう考えたに違いない。実際には、全体を縦61ビットx横43ビットのグリッドに配置した上で、最右列を余剰として切り捨てることでメッセージが読み取れるようになっている。

補足6

 映画のなかでヘンドリックス教授は、X軸が東、Y軸が北を指している、と決めつけたが、その推測に十分な根拠があるかどうかは疑わしい。地球の回転方向(東西)とその垂直方向(南北)が特別な方角となるのは異星人も理解しているだろうから、X軸の方向は東西南北のいずれかだろうとは推測できる。X軸が示している方角が東西南北のどれであるかによって、目標地点の候補は四つ存在することになる。どれであるかを論理的に特定するのは困難だ。
 ただ、目標地点は「このメッセージを解読した者だけが到達できる場所」でなければならない。つまりメッセージと無関係にまったくの偶然でぴったりの時刻にたまたま現地を誰かが通りかかるというハプニングは、異星人だってなるべく避けたいと思うだろう。ならば、地図上で四つの候補地点を確認して、最も人里離れた人口密度の低い場所を選べば、それがたぶん正解だ。車をスタートさせる前に、デレク君はちゃんと確認したと思う。



【第四問 メッセージを解読したことを証明せよ】

 残された問題はあと一つだけ。9433という距離単位はいったい何なのか。本稿の冒頭に書かれた、「O--O--OO-OO--O」がなぜ9433になるのか、という説明を覚えているだろうか。解読作業は、9433から始まって9433で終わることになる。

 デレク君の予想はこうだ。地球人と異星人との間で共有できるサイズがあるとしよう。自分たちが使う距離単位はその9433倍だと異星人はいっているのだ。では、その共通サイズの値は。

 ここで前提知識2を思い出してほしい。

前提知識2

宇宙で最もありふれた物質である水素原子が放射する電磁波の周波数と波長は、微細構造定数によって決定されている

 ヘンドリックス教授が気づいたのは、このことだった。すなわち微細構造定数はただ単に「署名」として使われているだけではない。それは共通サイズのヒントになっているのだ。すなわち水素原子が放射する電磁波の波長、12センチメートルである(補足7)。

 では計算してみよう。12センチメートルを9433倍する。異星人が使用している距離単位は、メートル法で1132メートルに相当することが分かる。これを使って「東に38距離単位、北に22距離単位の地点」という指示をメートル法に換算してみよう。38距離単位は43キロメートル、22距離単位は25キロメートルに相当する。

 ヘンドリックス教授の助けを得て、ついにデレク君はメッセージの解読に成功した(補足8)。指定された時刻に目標地点に行けば、メッセージを解読したことを証明できるのだ。急げ、デレク君。

 とりあえず解読結果をまとめておこう。

メッセージ開始
微細構造定数を理解している者から、これを解読できる任意の地球人に。
現地時間にして2017年10月26日午後3時に、ノーザンケンタッキー国際空港から東に43キロメートル、北に25キロメートルの地点に来てください。よろしく。
メッセージ終了



補足7

 このメッセージを作成した異星人は、アレシボ・メッセージで使われた手法を流用している。もちろん地球人に理解してほしいメッセージを作成する際に、もともと地球人側が使ったアイデアを採用するのは当然だろう。半素数のメッセージ長の意味については補足5に示した通りだが「特定の電磁波の波長を、長さや距離を表すための共通単位として使用する」というのもその一つである。正直、距離単位について悩んでいたデレク君が、ヘンドリックス教授に指摘されるまでアレシボ・メッセージで使われた手法に気づかなかったのはむしろ不思議である。
 ちなみに、はじめて「中性水素が放射する波長12センチメートル、周波数1420メガヘルツの電波が、宇宙共通の通信波として最適である」ということを示したのは、1959年9月に「ネイチャー」誌に発表された『恒星間通信の探索』という論文だそうだ。その後、複数のSETIプロジェクトが独立に同じ結論に達したことから、異星人も同じように考えるだろうと期待されている。目標地点に向けて車を走らせるデレク君が、カーラジオを周波数1420メガヘルツに合わせていたのも、このためである。

補足8

 真夜中に若い男が血相変えて自宅のドアを叩き、宇宙人からのメッセージが、と叫び出したら、普通は警察に通報するだろう。にも関わらず、ヘンドリックス教授は親切にもデレク君を招き入れて落ち着かせ、一緒に検討してくれるのだ。映画を観ているときにはいかにも不自然なプロットだなあと思ったのだが、実はこれには理由がある。
 というのも、ヘンドリックス教授を演じている女優ジリアン・アンダーソンは『Xファイル』のスカリー捜査官として有名なのだ。したがって「宇宙人からのメッセージが」とか「子どもの頃にもUFOを見た」とか興奮して叫んでいる男に「あなた疲れてるのよ」などと声をかけ、なだめるために付き合って話を聞いているうちに、だんだんと自分も信じるようになってきて、ついには事件の鍵を見つけ出す、という役に彼女を抜擢したのは、いわば映画制作者によるユーモアなのだと思う。分かりにくいユーモアだけど。



【おわりに ――微細構造定数の彼方に】

 デレク君は、これまで解読してきたメッセージはチュートリアル、練習問題に過ぎなかったという事実を知らされる。フランクリン・アルス氏(FBIでUFO情報の隠蔽工作を担当しているらしい、いかにもさびしそうなおっさん)から教えられた本試験の概要は次の通りだ。

――――
In the new signal we received today, there are 19 decimal places. We can only measure it to 12. And this one is much more complex than anything we've seen. The last one was 14-bit, but this one is 42-bit. And not only is it laid out on a grid, it's three-dimensional.

「新たな暗号には小数点以下が19桁ある。我々が知るのは12桁だ。これまでの暗号よりいっそう複雑だ。ビット数も14から42ビットになった。しかもグリッドが3Dになっている」(日本語字幕より)
――――

 これだけの情報から本試験の内容を推測するのは難しいが、やってみよう。

 チュートリアルの内容から考えてまず間違いないのは、この本試験は「指定された目標地点に来い」というものだということだ。もっと具体的にいうなら、探査機を打ち上げるなり何なりして、宇宙空間にある目標物とランデブーしろ、という指示である。

 ではどうやって宇宙空間にある目標物を探せばいいのだろうか。グリッドが3Dになっているということから、つい「地球を原点としてX軸、Y軸、Z軸で表される立体直交座標系」を連想してしまうが、それは違う。地球も、月も、人工衛星も、宇宙空間にあるものはすべて運動している。位置関係も常に変わる。そこで、ある時点(具体的にいうと探査機が目標物とランデブーする時点)における目標物の位置と速度を特定するためには、大きく分けて二つの情報が必要となる。軌道を決定するための軌道要素、そして過去のある特定時点において目標物が軌道上のどこに位置していたかという位置情報である。

 三次元グリッドで示されているという情報は、おそらく軌道要素を表している。チュートリアルほど簡単ではないだろうが、目標物が乗っている軌道を特定するのはそれほど困難ではないはずだ。

 難しいのは、位置情報の方である。軌道上のスタート地点をどうやって特定するか。私たちは近日点通過時刻などの手法により位置情報を示すが、異星人はもっと高度で汎用的な手法を発見しており、そのことを地球人に教えている、というより、ヒントを出して自力で発見するように仕向けているのだ。

 このことは本試験においてコード化されている微細構造定数の桁数、すなわち精度の異常なまでの高さで分かる。それは何と小数点以下19桁。人類がこれまでに計測した値よりも7桁も精密になっている。この数値を表すために区切りビット数を14ビットから42ビットと大幅に拡張していることを考えても、これには極めて重要な意味があると分かる。

 さて、なぜ微細構造定数の精度が必要なのか。これまでのチュートリアル解読において、微細構造定数は「署名」および「共通サイズを示すヒント」として使われてきた。どちらの目的にとっても、値の精度を高める必要はまったくない。微細構造定数の値を7桁も高い精度で示すことが必要だとすれば、それは、何か別のものを指定するために微細構造定数を変数として使用していることを意味する。

 変数として使用している? 微細構造定数は「定数」ではないのか。

 ここで前提知識3を思い出してほしい。

前提知識3

微細構造定数の値を現在の素粒子理論から導き出すことは出来ない。その正確な値は、今のところ測定によって知る他はない

 つまり微細構造定数が「定数」だということは、理論からは保証されない。あくまで「これまで測定した限りいつも同じ値だったから」「定数だと仮定してもあらゆる観測データや理論と矛盾しないから」という経験則に過ぎない。さすがに大きく変化することはないとしても、測定できる精度よりもずっと小さい範囲でわずかに変化しているが私たちには検出できないだけだ、と考えてもおかしくはない(補足9)。

 そしてこの映画では、微細構造定数が場所と時間によってわずかに変化することを示唆する伏線が仕掛けられている。アルス氏と科学者の会話を思い出してほしい。

――――
I just want to ask you a few questions about the Fine-Structure Constant. I'm told that you could shed some light on it, how it could be used as pinpointing a location in space.

「FSCについて聞きたい。FSCを用いて宇宙の特定の場所を正確に示すことは?」(日本語字幕より)

Using it to pinpoint a location in space is problematic. Say the FSC is different in different parts of space, which there's essentially no evidence of. The idea that it's different in different parts of space isn't really the focus of research now.

「FSCを用いて宇宙の特定の場所を示すのは困難です。全宇宙でFSCの値が異なるという根拠はないのです。宇宙空間の場所によって存在し得る個々のFSCの研究までは…」(日本語字幕より)
――――

 セリフの一部を抜粋したが、会話の主旨は変わっていない。アルス氏はFSC(微細構造定数)の値が場所によって微妙に変化することを前提に、それを利用すれば宇宙空間のある一点をピンポイントで指定することが出来るのではないか、と質問している。それに対して科学者は、微細構造定数が場所によって変化するという証拠はないし、研究対象でもない、と否定している。クラークの法則を持ち出すまでもなく、映画のなかで科学者が何かをわざわざ否定したら、彼または彼女は間違っているのだ。

 想像してみよう。地球近傍の宇宙空間における様々な場所について、時間によって微妙に変化してゆく微細構造定数を極めて高い精度で測定した(もしくは理論的に算出した)結果をまとめた図、いわばFSCマップを。

 本試験のメッセージが送信された時点におけるFSCマップを使えば、軌道上の各点における微細構造定数の値を調べることが出来る。19桁という高い精度で指定された数値に一致する微細構造定数を持つポイントが軌道上に一カ所だけ存在するはずだ。それがスタート地点、つまりメッセージ送信時点における目標物の位置だ。これで位置情報が確定した。その後の任意の時点における目標物の位置と速度は、得られた軌道要素と位置情報から完全に予想することが出来る。あとは探査機(どうしても映画的シナリオにこだわるのなら有人宇宙船)を打ち上げてランデブー軌道に乗せるだけ。

 要するに本試験における真のチャレンジは、今までより7桁も高い精度でFSCを測定(または理論的に算出)してFSCマップを作れ、という要求である。そのためには。

――――
Okay, so we have to work out a more accurate way of measuring the FSC. Which means developing new technologies, new theories.

「より正確なFSCの算出が必要ですね」
「それには新たな技術や理論が必要だ」(日本語字幕より)
――――

 もちろん7桁も精度を高めるためには、抜本的に新しい技術や理論が必要になる。もしかしたら、この課題を解くためには、いわゆる万物理論を完成させなければならないのかも知れない。本試験だけあってこれはさすがに難しい。でもチュートリアルを解いた地球人ならやれる、異星人はそう指導しているのだ。

――――
And that could take five years or 500. Or five months, with your help. And you do understand what this means?

「成功するまで5年かかるか、500年かかるか。君がいれば5か月かも。この暗号の意味が分かるね」(日本語字幕より)

We're not alone.

「地球外生命は存在する」(日本語字幕より)
――――

 はじめて映画を観たとき、これは最後の会話として非常に間が抜けていると感じた。ここまで来て、いまさら地球外生命は存在するとか、なにいってんだ?

 実はこの会話の日本語字幕は誤訳である。説明しよう。

 "what this means?"の"this"は「この暗号」を指しているのではなく、「私が(言外に)ほのめかしていること」すなわち「この研究に協力してくれないか」という誘いを指している。しばらく考えたデレク君はこれに対して「もう私たちは孤独ではありません」すなわち「一緒にやりましょう」と答えたのだ。適切な訳は次のようになる。

――――
「成功するまで5年かかるか、500年かかるか。でも君が協力してくれれば5か月で解決できるかも知れない。……私の言っている意味は分かるね?」
「分かります。一緒にやりましょう」
――――

 これは重い会話だ。何しろ極秘プロジェクトなので、デレク君は予定していた将来のキャリアをすべて諦めなければならないし、成果を発表することも出来ない。この最終シーンを観て、「デレク君の努力がついに報われた」と喜ぶか、「みんなから煙たがられる青年とさびしいおっさんの運命的な出会い」に興奮するか、それとも「UFOマニアの末路って結局こうなるしかないのか」と哀しむか、それは観客次第であろう(補足10)。

 デレク君は"We're not alone."という決めゼリフを、FBIのさびしいおっさんにではなく、夜空を見上げながらいい感じで肩に頭を乗せてきて"We're never as alone as we think we are."(私たちは自分で思うほど孤独じゃないのよ)とささやいたガールフレンドのナタリーに対して返した方が良かったのに、とも思う。でもデレク君はそうしない。彼の頭の中はUFOとメッセージのことで一杯だ。たぶん彼女のセリフを聞いてすらいない。観客も「そんなこたどうでもいいから早くメッセージの解読を進めろ」と思う。私も観ているときはそう思った。これは、そういう観客のための映画なのだ。

補足9

 微細構造定数が実は変数なのではないかというのは、この映画のオリジナル設定ではない。実際にそれを示唆する複数の論文が発表されているのだ。たとえばジーヤ・メラリの著作では次のように紹介されている。

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 気がかりなのは、天文学者たちはこれまで何度か、荷電粒子が行う電磁相互作用の強さを特徴づけ、光の明るさに影響を及ぼす「微細構造定数」の値が、少しずれていることをほのめかす結果を得ていることだ。1999年に遠くの銀河からやってくる光を分析したところ、現在よりも百億年前のほうが、微細構造定数は0.001パーセントほど大きかったという結論が得られた。とはいえ、その結果はまだ確認されたわけではない。別のグループの天文学者たちが測定を行ってその結果が裏づけられるまでは、微細構造定数の値が一定なのか、そうでないのかという問題は未解決のままだ。
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『ユニバース2.0 実験室で宇宙を創造する』(ジーヤ・メラリ、青木薫:翻訳)
p.353

補足10

 デレク君の最後のセリフ"We're not alone."は、まずは「これからは一緒に研究しましょう」という返答であるが、もちろん映画『未知との遭遇』のキャッチコピーでも使われたように「人類は孤独ではない=地球外知的生命は存在する」という意味もかけてある。しかし、映画としては、それ以外の意味も込められていると思う。

 ここで『UFO手帖』を読んでいるあなたは、おそらくUFOファンか、少なくともUFOに興味を持っている人だろう。そしてUFOについて真面目に話せる相手が周囲にいないことを少しさびしいと思っているのではないだろうか。もしそうなら、こう考えてみてほしい。このヒットしそうにない映画を企画制作した人々、映画のシナリオとしては不必要なほど丁寧に設定を考えたシナリオライター、この映画を観て次号の『UFO手帖』の特集はコレでいこうと決めた編集長、『UFO手帖』の原稿を書いた人々、この長くて理屈っぽい記事を最後まで(しかも補足まで)読んでいるあなた。みんなUFOが好きで、誰かとUFOの話をしたいと思っている、どこかさびしい人々だ。デレク君やアルス氏や異星人は、こういう人々の象徴なのだ。彼らはあちこちにいるが、その多くは孤立している。だからこそ、映画を作ったり、同人誌を作ったりすることで、会うことのない仲間にメッセージを送っているのだ。私たちは孤独ではない、というメッセージを。




『UFO手帖5.0』掲載(2020年11月)
馬場秀和


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