シリーズ 超常読本へのいざない 第5回


『伝染するパラノイア 夜更けの円盤私小説』

馬場秀和


 超常本の堆積物に分け入って、肯定派、否定派、懐疑派、そのスタンスを問わず超常現象が好きな読者ならきっと誰もが気に入るに違いないお値打ちものを紹介する「シリーズ 超常読本へのいざない」。その第5回。

 今回のテーマは円盤私小説。UFOや宇宙人といった世界に関わったせいで身の回りに起きた超常的出来事を中心に書かれた私小説のことです。広い意味では、コンタクティやアブダクティの手記、UFOカルト団体潜入ルポ、そういったものもすべて円盤私小説に含まれることになるでしょうが、本稿においては「UFOや宇宙人について調べているうちに、怪電話が頻発したり黒服の男たちに脅されたりして、多大な迷惑を被った」という円盤パラノイア体験が主軸となっている作品に限定することとします。

 では、古今東西の円盤私小説のなかから、古典から怪談実話に至るまで、選りすぐりの四冊をご紹介しましょう。




【空飛ぶ円盤と三人の男】(アルバート・K・ベンダー)


 心臓が凍りついた。ドアを開けると、劇場で私の隣に座り、道路で私の跡をつけ、部屋に私を訪ねてきた同じ人物が、そこに立っていた。
 彼の目は以前と同じ光を放ち私の目に焦点を合わせながら、部屋に戻るようにと合図した。彼一人だと思ったが、彼の真後ろに他の二人がいるのを見て間違いだったと知った。
 三人とも部屋に入りドアを閉めた。
(中略)
 彼らをこんなに間近に見たのはこれが初めてだった。彼らの衣服は聖職者の着る服に使われる布のような黒い素材で作られ、よくアイロンがかかって、新品同様だった。
 ネクタイ、シャツ、ストッキング、靴などの装身具もみな黒かった。そしてこれも黒のホンベルグスタイルの帽子を被っていた。

徳間書店『宇宙人第0の遭遇 ベンダー・コンタクトの全貌』
(アルバート・K・ベンダー:著、コンノケンイチ:翻訳)p.171、172



「空飛ぶ円盤の謎はもはや謎ではない。その正体はすでに知られている。しかし、これについての情報発表はより高度な筋からの命令で禁じられている」(ベンダー)

 謎めいた宣言とともに自身が主催していたUFO研究団体を解散した男、アルバート・K・ベンダー。彼は驚くべき内容の告白手記を残して、そのまま消息を絶ってしまう。

 この一件はグレイ・バーカー著『彼らは空飛ぶ円盤について知りすぎた』で取り上げられたことで有名になり、後にバーカーはベンダーの残した手記を編集して出版することになる。それが本書『空飛ぶ円盤と三人の男』、いわゆるベンダー・ミステリーの原典だ。ちなみに原著の出版は1962年。日本では1995年に『宇宙人第0の遭遇』という題名で徳間書店[超知]ライブラリーの一冊として出版された。

 これこそ円盤私小説の古典というべき一冊で、UFO研究家や目撃者のもとに「黒服の男たち」(MIB)が訪れて研究から手を引くよう脅迫するという都市伝説を定着させた作品といっても過言ではない。本書の出版後、多くの人々から実際に黒服の男たちの訪問を受けたという証言が続出したことでも注目された。

 円盤私小説として読むと、後の作品に繰り返し登場する主要モチーフが既に出揃っており、さすが古典という風格が感じられる。例えば怪電話のくだりを引用してみよう。後に紹介するキールの体験との類似性は明らかだろう。


 私は書斎に一人でいたとき、奇妙な電話を受けた。受話器を取っても何の返事もなかったが、何者かが電話の向こうにいる気配は感じられた。と同時に、頭がグルグル回り出し頭痛が襲った。
 話しかけても相手の声はしないのに、まるでテレパシーのように、メッセージを受けとったような気がした。メッセージとは、「もうこれ以上、UFOの謎を調べないように」と命ずるものだったように思う。
 受話器を手にしている間、唸り声のようなぞっとする音を聞いた。突然、ナイフで切ったように音は消え、先方が受話器を置いた音もなしに通話可能の信号音が聞こえ出した。

徳間書店『宇宙人第0の遭遇 ベンダー・コンタクトの全貌』
(アルバート・K・ベンダー:著、コンノケンイチ:翻訳)p.53

 後半になると事態はエスカレートしてゆき、ついにベンダーは南極地下にある異星人の基地につれてゆかれる。そこで多数の円盤が待機している格納庫を見学したり、全裸にされて三人の美女からオイルマッサージを受けたりしているうちに、やがて自室に身の丈3メートルのフラットウッズモンスターが出現することに。


 ゆっくり頭と体を回し、背後に立っているものを見たとき、私がこれまでの人生で一度も体験したことのない最悪の恐怖を覚えた。その生き物は約三メートルの背丈で、光る赤い顔以外はすべて緑っぽい色をしていた。その目は、私が見た別世界の生き物のように光っていた。私は気絶した。
 正気に戻ってみると、屑籠の中味をぶちまけた中に倒れていた。あの生き物はすでに姿を消していたが、硫黄の臭いが残っていた。敷いてあった絨毯の、生き物が立っていた部分が熱いアイロンを当てられたように焼け焦げているのに気がつき、震え上がった。
(中略)
『フェイト』誌のファイルを調べて1953年1月号を取り出し、グレイ・バーカーのフラットウッズの怪物調査についての記事を再読した。
 バーカーの記述は、怪物を見たウェストバージニア州の小さな村の人々とのインタビューに基づいて書かれていたが、そこで表現されている怪物は、私の部屋に現れたあの生き物の外見と酷似していた。

徳間書店『宇宙人第0の遭遇 ベンダー・コンタクトの全貌』
(アルバート・K・ベンダー:著、コンノケンイチ:翻訳)p.219、220


 こうしてベンダーは頑なに沈黙を守ることとなり、最後は手記を残して行方不明になってしまったのだ。




【モスマンの黙示】(ジョン・A・キール)


 ほかのみんなと同じく、わたしも謎また謎が連続するゲームに捕まっていた。どこかで誰かが明らかにわたしの一挙手一投足を注目していた。あるいはそんな気がしてならなかった。わたしは非常に秘密主義になり、親友たちにさえ、これから行く場所や行ってきた場所を教えなくなった。それでもなお、何かにあとを尾けられているような気がした。(中略)電話が昼夜を問わず、四六時中ビーッビーッという不気味な電子音を立てた。しかも興味津々たることに、半狂乱の電話の主はとびきりの役者ぞろいで、UFO事件を説明したのだが、それにはわたしの調査中の事例にまつわる秘密の数々が含まれていた。ところが、いざ先方の身元を突き止めようとしてみると、教えてくれた住所は存在せず、知らせてくれた電話番号もインチキだった。
 どこかの誰かが、わたしの動静を逐一把握できるし、電話ももれなく傍受でき、郵便物までもチェックできることを実際にやってみせていたのだ! しかも着々と成功を収めていたのである。(中略)連中の骨折りは功を奏している、このぶんではおれもパラノイア患者になって、あらぬことを口走りそうだ。
 電話がふたたび鳴った。わたしはうんざりしながら受話器を取り上げた。
 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ。

ヴィレッジブックス『プロフェシー』(ジョン・A・キール:著、南山宏:翻訳)p.222、316、329



「UFO狂信は悪魔狂信と何ら変わるところはない。わたしたちは気が狂うよう運命づけられている。それは人間本来の立場の重要な一部を構成しているのだ」(キール)

 ウェストヴァージニア州ポイントプレザントに現れた奇怪な蛾人間(モスマン)。多発するUFO目撃、搭乗者とのコンタクト、予言やポルターガイストや心霊現象、うろつき回る怪しい人影、そして偽月。いったい何が起きているのだろうか。その秘密を追うキールは、次第に円盤パラノイアに陥ってゆく。頻発する怪電話。一挙一動を見張り、ときに先回りしてくる黒服の男たち。いやおうなくエスカレートしてゆく事態は、やがて恐るべき悲劇に至るのだった。

 2002年に映画化された(主演リチャード・ギア、監督マーク・ペリントン)円盤私小説の最高傑作。ちなみに原著の出版は1975年(1991年に改訂版、2002年に最新版が出版されている)。日本では1984年に『モスマンの黙示』という題名で国書刊行会〔超科学シリーズ〕の一冊として出版された。2002年、映画化を機に『プロフェシー』と改題の上、ソニー・マガジンズ〔ヴィレッジブックス〕の一冊として新訳版が出版された。

 最初から最後まで、とにかく何度読んでも面白い、熱烈推薦の一冊。ポイントプレザント周辺で様々な超常現象が同時多発的に起きてゆく様には、もう大興奮である。他にもキールが過去に調査した数多くの事例が惜しげもなく投入され、まずはオカルト本としてだけでもトップクラスの面白さ。

 しかし本書が円盤私小説としての真価を発揮するのは後半に入ってから。執拗な悪意ある超常現象に追い詰められてゆくキールの体験には、おそろしいほどの迫真性が感じられる。ちなみに映画版もこのあたりの演出には力を入れていて、見応えがあった。

 ところで、ここで指摘しておきたいことがある。本作における奇妙な二重性について、である。

 冒頭に置かれている「ある目撃者が体験した不気味な超常現象」(実はキール本人の仕業だった)というエピソードから、「国税局からの職員につきまとわれた」(税金を滞納してたから)といった挿話まで、あちこちに散見される「オカルト文脈から外れた記述の数々」をある種のヒントと見なして読み返してみる。

 すると、「キールに粘着する執拗で非常識なUFOマニアたち」「夜中にあたりをうろつき回っている怪しげなよそものを警戒し、監視し、何かと嫌がらせしてくる地元警察」「他人の電話線に細工して電話のただがけをしているハードウェアハッカー」「やる気のない電話局職員や郵便配達人」といった連中にいいように振り回されているのに気づかず、超常現象だ陰謀だと大騒ぎしているお人好しキール、というドタバタ喜劇としても読めることに気づく。

 キールが意図的にそういう二重性を仕込んだのは間違いないと思う。おそらくキールは、自身の正気を保つためにあえて主観体験から距離を置いたのだ。もしそうしなければ、彼はベンダーと同じ道をたどることになったのではないだろうか。




【黒衣伝説】(朝松健)


 “黒衣の男”(メン・イン・ブラック)があなたの寝室を訪れることなど絶対にあり得ないのである。
 すべては関係妄想と被害妄想そして誇大妄想に取り憑かれたオカルト研究家の、歪んだ想像力の産物にすぎない。――そう思いつつ、本書を(コリン・ウィルソン流にいうなら)他人の精神分析記録を読むような気楽さで、笑って読みながしていただきたい。

早川書房『〔完本〕黒衣伝説』(朝松健)p.36



「伝染することこそ、陰謀論の最も大きな特徴なのである」(朝松健)

 失踪したオカルトライターが残した奇妙な、オカルト体験と陰謀論に満ちた手記。その編集に取り組んだ朝松健は、まるで手記から伝染したようなパラノイア世界へとなすすべもなく陥ってゆく。1988年に大陸書房から〔大陸ノベルス〕の一冊として出版され、2001年に大幅な加筆の上で『〔完本〕黒衣伝説』として早川書房から出版された一冊。

 これを円盤私小説に分類することには、実のところためらいがある。というのも、本書にはUFOも宇宙人も登場しないからだ。しかし、タイトルが示す通り怪電話や黒衣の男たち(メン・イン・ブラック、MIB)などお馴染みのモチーフが頻出する上、作中で何度もベンダーやキールへの言及が出てくることからも察せられるように、本書は『空飛ぶ円盤と三人の男』や『モスマンの黙示』の後継、あるいはオマージュとなることを意図して書かれている。そこで、あえてここで紹介することとしたい。

 この作品は大きく三つの階層から構成されている。第一階層は、あるオカルトライターが失踪前に残した手記。そこに書かれていたのは、パラノイアに追い詰められてゆく体験だった。自分しか知らないはずの秘密を暴露し、批判し、脅迫してくる見知らぬ人々。頻発する怪電話、心霊あるいは魔術現象、そして(ベンダーが遭遇したフラットウッズモンスターに相当する)異形怪物の出現。これらベンダー流の体験談に、キール流のやり方でオカルト情報が大量かつ無造作にぶちまけられてゆく。

 第二階層は、大陸書房からの依頼でこの手記を編集して出版できる形にまとめるという仕事をしている若き日の朝松健の体験。膨大な註釈をつけてゆくうちに、まるで手記から伝染してきたように、朝松氏の周囲もパラノイアに感染してゆく。ここまでが大陸書房版の内容である。

 第三階層は、十数年前に出版された前述の大陸書房版『黒衣伝説』を早川書房から復刊することになったということで、再編集と加筆を依頼された今の朝松健の体験。第二階層から伝染してくる狂気。それは朝松健だけでなく、本書に実名で登場する多数の作家や出版関係者にも広まってゆく。特に印象的なのは作家の牧野修の件で、彼もパラノイアに陥って朝松健に抗議の電話をかけてくるのだ。自身の狂気に気づいた牧野修は、本書の「解説」を引き受ける。そこには、パラノイアの汚染源かも知れない自身の怪異体験が記されていた……。

 そしてもちろん第四階層、読者が存在する階層がある。下の階層から伝染してくるパラノイアというモチーフが繰り返されるため、しだいに虚構と現実の区別が曖昧になってゆく読者。もしも、この妄想世界が自分の現実まで侵犯してきたら……、いやいや想像するな、危険だから。

 そしてラストで、朝松氏は満を持して階層間の境界を破壊して見せる。そう、第四階層とそれ以外の階層との境界も、実際には存在しないのかも知れないのだ。




【侵蝕】(松村進吉)


「お前達は迂闊にも今日、UFOだの宇宙人だのという異常現象の実在を確信している人物に会い、その人の世界観に汚染されて帰って来た――大変な失態ですよこれは。(中略)つまり彼らの世界観に蝕まれると、自分の周りでも当然のように、そういったことが起きるようになるんだよ。これは真剣な話。向こう側の人間というのは、俺達にとってはもう、現実改変能力を持っているに等しい存在と云っていい。自分に近づく人の現実を、認識を、解釈を、自らの世界観で上書きしてしまう……。(中略)ならば俺は、それを文章化することで再改変し、その力に抵抗するしかないじゃないか。発表した作品は現実に跳ね返り、俺達を守ってくれる。〈実話〉にはその力がある、わかるだろう」
 私の熱弁に、家内はゆっくりと首を振った。
「……わからない。ごめん、正直さっきからあなたが何を云ってるのか、私には全然わからない」

角川ホラー文庫『怪談稼業 侵蝕』(松村進吉)p.149、152



「もしかすると私が書かなければならないのはそういった、私を変容させようと目論むこの世界、そのものなのかも知れない」(松村進吉)

 怪談実話ライターとして怪異体験談を十年以上も取材してきた松村進吉。だが怪異は話し手から伝染し、聞き手である松村の現実を侵蝕してゆく。2014年に角川書店から〔幽BOOKS〕の一冊として出版された『セメント怪談稼業』の続編として書かれ、〔角川ホラー文庫〕から2018年に出版された怪談実話私小説。

 『怪談稼業』シリーズは、怪談実話ライター松村進吉の仕事と生活を赤裸々に描き、怪談実話私小説という新ジャンルを作り上げた傑作。全く新しい怪談実話を創り出せと師匠(平山夢明)から厳命されて七転八倒する話、取材対象の怪異が身近に接近してきてパニックになる話、自身の青春時代の怖い思い出、猫を保護してはや十匹という猫好きの苦しみと喜びをストレートに描いた猫私小説など、怖さと笑いと感傷を巧みに混ぜてゆく筆致が素晴らしい。

 ここで取り上げるのは、第二作『侵蝕』に収録されている「ある抵抗の件」という一篇。素敵な円盤私小説、というかいわばメタ円盤私小説となっているので、簡単に紹介することとしたい。

 著者はベンダーやキールのことは百も承知で、そんな円盤パラノイア世界にハマるのは御免だとばかりに、UFOや宇宙人の話を徹底的に避けることで身を守っている。祟りや呪いや感染系怪異を扱った怪談実話の方がよっぽど危険ではないかと素人は思うのだが、そこはプロの矜恃というか、仕事だから仕方ないというか。でも円盤は勘弁して円盤は。

 そんなことを知らない妻は、あるときUFOや宇宙人に親しい人と知り合って、そのことを松村進吉に話す。聞いちゃった進吉おおさわぎ。円盤パラノイアは危険なんだよ伝染するんだよ現実改変されちゃうんだよ。やばいよやばい。ええいもう、こうなったら、……。

 たったひとつの対抗策。それは、詳しい話を聞く前に、原稿に書いて発表してしまうこと。ベンダーもキールも事後に書いたから間に合わなかったんだよ。その点、知らないまま取材なしに原稿を書いて「怪談実話」と称して発表してしまえば、それは無害化されるというわけさ。

 妻は(読者も)「全然わからない」と思うわけですが、進吉本気。この作品そのものが「UFOや宇宙人のことを怪談実話として紹介しつつあえて内容を書かないことによって円盤パラノイアを予防する」という霊的防御のために書かれたものなので、当然ながらUFOや宇宙人について書かれていないという、これほど自己言及的に筋の通った円盤私小説は他にないかも知れない。

 なお、その次に置かれた短篇「さまよえる電柱の件」が、あちこちに出没する電柱型未確認物体というキール風UFO報告になっているのも素敵。体験者も聞き手もUFOだ宇宙人だと解釈していないだけで、実はUFO報告と見なせる怪談実話はけっこう多いのではないだろうか。





超常同人誌『UFO手帖4.0』に掲載(2019年11月)
馬場秀和


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