シリーズ 超常読本へのいざない 第8回


『オカルトな子どもたち』


馬場秀和




 超常本の堆積物に分け入って、肯定派、否定派、懐疑派、そのスタンスを問わず超常現象が好きな読者ならきっと誰もが気に入るに違いないお値打ちものを紹介する「シリーズ 超常読本へのいざない」その第8回。今回は、いわゆる70年代オカルトブーム真っ只中で幼少期を過ごした子供たちの精神世界をかいま見る一冊です。




 それでは『オカルトな子どもたち 悪魔・心霊・四次元・超予言』(松本利昭)をご紹介しましょう。1974年(昭和49年)10月20日付けで久保書店から発行されています。

 タイトルだけ見ると、夜中に目が光るとか、眼球が真っ黒とか、UFOと交信するとか、そういう子供たちが登場する本かと思うかも知れませんが、そうではありません。これは当時の小学生たちが作った詩を集めた児童詩集なのです。著者は日本児童詩教育研究所の所長。子供の詩については専門家といってよいでしょう。

 発行年を見れば明らかな通り、当時はいわゆる70年代オカルトブームの真っ最中。子供たちの精神世界もオカルト漬けなわけで、その詩作品も当然のようにオカルト感性ほとばしり、当時の大人たちの良識を軽々と超えてゆきます。小学生の書いた詩なんて幼稚というか微笑ましい類だろう、と思っている方のために、まずはいくつかサンプルをお見せします。



『人間のすばこ』


人間が うじゃうじゃ
すばこの中にいる
ぎゃあぎゃあいって
ないているのか
さけんでいるのか
わかんない
人間があばれて
なぐりあいをしている




『夏のまほうつかい』


ぬらした子ども
ぬらす女たち
なめくる女たち
くるう女たち
喜びぬらす子どもたち
同じ手の女を
みんな
バラバラに、ちらした。




 いずれも当時の子どもたちの目に大人の社会がどのように見えていたのかがよく分かる作品です。子どもをナメてはいけない。ときに大人の正体や生態を本人たちよりも正確に見抜いてしまうのです。それに半世紀たった今もこれらのイメージは古びていません。嘘だと思うなら、たとえば『人間のすばこ』はTwitterを、『夏のまほうつかい』は二次創作ファンアート描きまくり女性オタクたちを、それぞれ描いた作品だと思って読んでみてください。いかがですか。では次の作品をどうぞ。



『かげは時と光をころす』


あすをしる、かげの中に光は生まれる
人々は、すにはりめりされ
ことばをころす
時とは、
時は、光にはげしくせんそうする
13日の金よう日には、ぼうれい
4月3日には、あすをしる人げんが死ぬ
はてしない星
たのしい星
うんのない星
星は、かげのうんめい 一生をしり
12月31日の84時間に
さつじんがおきる
時と光のたたかいが
      はじまる




『光る少女』


少女があるいてくる。
少女がひかっている。
少女のひかりをあびると、
自分のからだからでていく。
ひとりひとりの自分が、
つれさられる。
からになった自分のからだから、
むらさきの光が、
でてくる。
自分も光る少女に、
なってしまう。
光る少女になると、
人のからだからでてくる。
ひとりひとりの自分をたべて、
生きる。
からだの中の中から
でてくる。
自分をたべられた人は、
光る少女になる。




 自分の心の中にある不安や恐怖や憎悪や焦りなどネガティブな感情を、少し背伸びして、大人の作品のテイストによせて書いたと思しき作品たち。個人的な印象ですが、『かげは時と光をころす』には『幻魔大戦』(平井和正、石森章太郎、1968)の影響が見えますし、『光る少女』からは『ポーの一族』(萩尾望都、1972)のイメージが感じられます。これらの作品は当時の子どもたちが必死に読んで血肉としていたものばかり。

 このへんは当事者として語ることが出来ます。というのも、私は1962年(昭和37年)生まれで、本書が刊行された1974年(昭和49年)には小学六年生。まさに本書に載った詩の作者たちと同じ年代なのです。

 この頃のボクの日常生活はこんな感じです。まず学校では雑誌や漫画本を回し読みして『デビルマン』(永井豪、1972)や『漂流教室』(楳図かずお、1974)にドキドキして、帰りに本屋さんに寄って『ノストラダムスの大予言』(五島勉、1973)や『恐怖の心霊写真集』(中岡俊哉、1974)を立ち読みしてビビりあがり、家に帰るとテレビで『怪奇大作戦』(1968~1969)の再放送で人がバラバラに千切れたり狂った女が絶叫したりするのを見て、もちろん木曜日ならユリ・ゲラー特番(1974)やUFO特番(1973~)など矢追純一の世界にどっぷり。夜は布団をかぶって震えながら眠る。毎日がこんな感じでした。ちなみに『エコエコアザラク』(古賀新一、1975)や『侵略円盤キノコンガ』(白川まり奈、1976)との出会いがすぐ近くにせまっていることを、当時のボクはまだ知りません。

 このころ女の子がどう生きていたかは知らないのですが、ほぼ同年代の配偶者によると、やはり『洗礼』(楳図かずお、1974)、『はるかなるレムリアより』(高階良子、1975)、『魔女メディア』『白い影法師』(美内すずえ、1975)などに夢中になっていたとのこと。

 というわけでひとくちに70年代オカルトブームといいますが、それは大人の視点から語る言葉です。物心ついたとき当時を生きていた小学生にとっては決して一過性のブームではなく、それが世界と社会と大人について学ぶことのすべて、そう、すべてだったのです。



『血をすう女』


毛ばかりはえた女が毎夜血をすいにくる。
肉をひきちぎり自分の体の毛をさかだてて、
目をギラギラ血の色に光らせている。
毛のはえた女は、夜、変身する。
花をひきちぎり星の上に立っている。
どこかに、血の宝石はないのかなとつぶやいている。
毛のはえた女の心は、くさった血の宝石を食う。
くされた血がくされた肉がかげのようについている。
昼、女は歩いている。
生まれたばかりの赤ちゃんを集めている。
毛がいつのまにかまたはえてくる。
女は、くるう、自分の血をながし、
目をひきぬき、首をひねって、
女は赤ん坊の中でくるい死ぬ。
赤んぼうの血は星にまい上り、
女は、
赤んぼうの心だけ残して光った。




 強烈で力強い、幼くして言葉を武器とするすべを身につけている頼もしさが感じられます。当時の詩人たちから絶賛されたのもよく分かります。しかし、本書によると、教育評論家からは拒絶されたそうです。




 その記事のなかに、古い考えの教育評論家のかたが、こう語っているのがのっているのです。
「性格異常児の一面が感じられる。子供の心から、これほど、世の中のみにくさ、無気味さを引き出すことを、たとえ詩作であってもすべきことなのでしょうか」
 そのために、ちょうどその小学校を卒業して、クリスチャンで有名な学園の中学校へはいったばかりのこの作者は、周囲から、それこそ、異常児としての目でみられる結果となってしまったらしく、それからは全然、詩を発表しなくなってしまいました。(中略)
 しかし、かえすがえすも残念なのは、さきほどの教育評論家の方のような発言によりまして、せっかく、自ら人格を形成していこうとしていますこどもたちの心を、おとなは、そんな目でしか、私たちを見ていない、と逆に閉じさせてしまうばかりか、性格異常児だと周囲の人たちから見られますことで、この作者たちが、社会に対して、歪んだ感情をもってしまうことです。




 この教育評論家は、一人の子どもの心を抑圧し、その才能と、詩人としての未来を、殺してしまったのです。今さら取り戻せませんが、せめて子どもの詩を読むときは、勝手に大人視点で異常だとか病的だとかジャッジをしないようにしたいものです。




 こどもがかいた詩の内容が、たとえ奇怪なもの、常識では判断しきれないものであっても、そこに、こどもの心がつかみだされて、あらわされているのですから、あなたが、ほんとうに、こどもの心を理解したい、とお考えになっておられるのでしたら、こどもがつかんで表現していますその詩の内容を、まず信じる、というお気持ちでお読みになって、そして、じっくりと、味わってみてほしいと思うのです。




 というわけで、本書は児童詩集として格段に面白いだけでなく、70年代オカルトブームに巻きこまれた子どもたちの精神世界をかいま見ることが出来るという点でも、非常に興味深いものがあります。

 私たちの世代が小学生当時の思い出を語るのは簡単だし、実際よく語っているのですが、本当のところどう感じていたのかを正確に思い出すのは困難です。大人になってから振り返ると、どうしても記憶補正がかかってしまう。そして当時の小学生のうち自らの世界観を正直にストレートに表現できるような子はほとんどいなかったはず。数少ないそういう表現の才能を持った子どもたちが、その時代にそのまま残した生々しい言葉の数々。本書にはそれが無修正で記録されているのです。あのブームはいったい何だったのか、子どもたちとその後の社会にどのような影響を与えたのか。そういったことを考える際に参考にすべき一冊だと思います。



『オカルトな子どもたち 悪魔・心霊・四次元・超予言』(松本利昭)

目次
序章 オカルトな子どもの心
1章 悪魔の子の正体
2章 魔女がやってきた
3章 私は魔法使い
4章 妖怪をつくりだす
5章 心霊が宿る
6章 霊魂の世界の探検
7章 四次元時空を飛ぶ
8章 終末感と超予言
9章 ぼくは宇宙感覚をつかんだ
10章 生命の神秘に肉迫する
終章 神の座への挑戦




超常同人誌『UFO手帖7.0』に掲載(2022年11月)
馬場秀和


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